第三十五話 ビバ! 宝島!? ③
「でっ! でっ! 出たんだッ! 出たんだよぉぉぉ──んッッ!!」
扉を蹴破り、断末魔と錯覚してもおかしくない咆哮を上げながら飛び込んで来たのは、他でもない白銀家相談役を自認するヒルデガルドだった。
しかし、彼女の騒々しさに慣れっこの達也は、何事かと驚いて顔色を変える周囲の人間を尻目に呑気な態度を崩さない。
「どうしたんですか? まさかとは思いますが、季節外れの幽霊が出たなんて言わないで下さいよ? その手のジョークは、此処では笑い話では済みませんからね」
アルカディーナたちに塗炭の苦しみを強いた人食い鬼と幽霊は異質なものだが、不幸な災禍に見舞われた彼らにとっては、気分の良い話ではないだろう。
そう考えた達也は遠回しに予防線を張ったのだが、その見当外れの物言いに憤慨したヒルデガルドは、顔を朱に染めて癇癪を爆発させた。
「馬鹿かぁぁ──ッ! オバケなんか人間に比べたら百倍は可愛いものさぁっ! 巫山戯ていないで、これを見るんだよんッ!!」
怒れるマッドサイエンティストは乱暴に手元の情報端末を操作し、室内に設えらえたスクリーンを起動させる。
だが、そこに映し出された映像は、なんの変哲もない火山地帯特有の光景にしか見えず、怪訝な顔をして首を傾げた達也は、嫌味交じりの言葉を返す。
「これは間欠泉ですか? 周囲の地表がやたらとオレンジ色ですが、まさか温泉を見つけたから、豪華な浴場施設を造ろうなんて言うのではないですよね? 殿下の気持ちは分かりますが、今は都市建設の方が優先で……」
その呑気な言い種が癇に障ったヒルデガルドは、訳知り顔で高説を宣う無知蒙昧な男を激しく面罵した。
「達也ぁ──ッ! 君はどこまで世情に疎いんだい!? いいかい! 軍事オタクなんて、一般社会じゃツブシがきかない人種筆頭だよん!? まさかとは思うが、万が一にも失職した場合は、クレア君に養って貰おうなんて浅ましいことを考えている訳じゃないだろうねぇッ!?」
「な、何を失礼な……」
「憤慨する暇があったら、ユリア君を見倣って一般常識を勉強したまえよんッ! 白銀家の駄目親父は娘達よりも常識知らずだよ! ボクはねぇぇ、最高顧問として恥ずかしいよっ! みっともないよっ! 全ての人に土下座して謝罪したい気分だよぉぉんッ!!」
自称相談役の辛辣な物言いに達也は鼻白んだものの、反論を許さない断罪の一喝を受ければ沈黙せざるを得ない。
しかし、理不尽な叱責を受ける理由に思い当たる節がないため、珍しく不満げな表情を浮かべてしまう……すると。
「こ、これは……シンターですか? しかし、これほどの規模のものは……」
両の眼を見開いて映像に見入るジュリアンが、唖然とした表情で、そう呟くではないか。
そして、ヒルデガルドの歓喜が爆発する。
「そうだよぉ──んッ! 坊やは物知りだねぇぇ! 賢い君の爪の垢をこの無知な軍事オタクに飲ませてやってくれたまえよッ!」
歓声を上げる少女から『坊や』呼ばわりされ、釈然としないジュリアンだったが、『それは違うでしょう? お嬢ちゃん』と、喉まで出掛かった言葉を辛うじて呑み込み沈黙を守った。
その判断は英断だったと評価していいだろう。
ヒルデガルドの怒りを買うという愚を犯さなかったのだから……。
流石にジュリアン・ロックモンドは【鬼才】と称せられるに相応しい傑物だと、サクヤなどは大いに感心したのだった。
しかし、そんな騒ぎを尻目に『シンター』なる単語からして理解できない達也は途方に暮れるしかない。
すると、見かねたサクヤが助け舟を出してくれた。
「達也お兄様……地中のマグマによって熱せられた地下水が循環し、岩盤の隙間を通って地上に吹き出すと温泉や間欠泉になるのですが、その周辺にシリカ(ケイ酸)が沈殿した地表が形成されます……それがシンター、シリカシンターと言うのですわ」
ヒルデガルドの言う通り、この手の知識が一般教養か否かは意見が分かれる所だろうが、敢えてその事には言及せず、サクヤは要点だけを説明する。
「熱水の流路やプールには好熱性の微生物が棲んでいますから、この様なオレンジ色や褐色のような色彩をしているのです」
達也は彼女の言葉に頷いて見せたが、実は『それが何か?』と言うのが偽らざる本音であり、サクヤの説明を聞いても、その内容を一向に理解できなかった。
無知とは恐ろしいモノで、梁山泊軍、延いてはアルカディーナ全体の将来を左右しかねない一大事であるにも拘わらず、彼には『将来的には温泉リゾートで観光客を呼ぶのも有りかな?』という程度の認識しか懐けないのだから始末に悪い。
しかし……。
「つまり、簡単に言いますと、このシンターの下……地中に金や銀の鉱床が眠っている可能性が大きい……殿下はそう御指摘なさりたいのですわ」
サクヤの最後の言葉に御気楽な妄想を薙ぎ払われた達也は、降って湧いた吉報に唖然として言葉を失うのだった。
◇◆◇◆◇
「諸君らの手元の端末に映っているのが資源調査の結果だよん」
ヒルデガルドに促されて調査結果に目を通しているメンバーたちの反応は、概ね三つに分かれた。
ジュリアンを筆頭に、鉱産資源に精通し、データーに記された内容を容易く理解できるロックモンド一行は総じて驚嘆の色が濃く。
一方でこの事実が齎す恩恵に想いを馳せるサクヤは、一驚する彼らとは違って、高揚感に顔を桜色に上気させている。
しかし、達也とオウキ、そしてシレーヌの三名は、価値のある埋蔵資源の存在は理解できても、その事実を上手く消化できずに戸惑う他はなかった。
「まぁ、難しい話をクドクド説明する必要はないだろう……兎に角! 簡単に言えば、このセレーネは鉱産資源の宝庫って事なのさぁ! 然も、衛星ニーニャは言うに及ばず、アルカディーナ星系内の五つの惑星にも優良な鉱床の反応が検知されているからねぇ~~言わば、此処は手付かずのフロンティアッ! 文字通りの宝島なんだよぉん!」
蔑む様な哀れな視線で達也を一瞥していたヒルデガルドが、一転して興奮を露にして吠えた。
黄金のお宝を幻視しているからか、アゲアゲ状態の彼女は、速射砲の如く口泡を飛ばしながら詳しい説明をする。
それによると、現在唯一の文明が存在しているこの大陸を含め、他の三つの大陸にも万遍なく様々な資源の鉱床が確認されており、それらとは別に氷に閉ざされた南北の極地にも、それらしい反応が見られるとの調査結果が齎されていた。
特に金鉱床の数は膨大で、当然ながら、それに勝る規模の銀鉱床が存在するのは確定的だと言っても過言ではない。
同時に他の惑星にも有益な資源が埋蔵されている事実が判明しており、それだけでもアルカディーナ星系の価値は計り知れず、それは取りも直さず達也らの今後に大きな役割を果たすのは間違いないと言えた。
「……と、言うのが概ねの状況だよん!」
一気呵成にまくし立てて息が切れたからか、ヒルデガルドは自分の椅子にヘタリ込んで荒い息を吐く。
そんな中、怒涛の展開に誰もが言葉を失って静まりかえる室内に軽快な笑い声が響いた。
「くっくっくっ、あははははは! いやいや、これは凄い! 本当に貴方は強運の持ち主だ。銀河系随一の大富豪になった気分はどうですか? 白銀提督?」
愉快げに哄笑するジュリアンが、目尻に涙を滲ませて楽しげに達也に問う。
これまで、右を向いても左を向いても逆境だらけだったのに、それを捻じ伏せるに足る手札を無償で手に入れたのだから、幸運と呼ぶには、あまりにも荒唐無稽に過ぎる……。
そう、ジュリアンが笑うのも無理はなかった。
しかし、達也は軽く両肩を竦めるや、この男らしい言葉を口にしたのである。
「別に俺自身の財産という訳ではあるまい。この星系で生きていく人々全てのものだよ。まあ、当面は開発費用として有難く使わせて貰うが……」
すると、この言にシレーヌが否を唱えた。
「白銀様は無欲すぎます。私達アルカディーナの民は苦難から救って戴き、心から感謝しているのです……そして貴方様にならばお仕えしても良いと、全ての者達が思っています! ですから、この星の全てを存分にお使い下さい! 勿論、私達をもです!」
真摯な眼差しに熱を帯びた声。
予想だにしなかった強い想いを目の当たりにした達也は、逆に戸惑い恐縮せずにはいられなかった。
しかし、オウキが口元を綻ばせて頷いているのを見る限り、シレーヌの想いは、決して彼女だけのものではないのだろう。
とは言うものの、自分がそんな大それた存在ではないと知る達也は、ある意味で迷惑この上ない状況に閉口するしかなかった。
そんな何とも言えない空気が漂う中、助け船を出してくれたのはサクヤだった。
「これで将来的な資金の捻出に不安はなくなりました。ですが、様々な準備が整うまでは、我々の存在を公にする訳にはまいりません……当面はロックモンド財閥の御厚情に縋るしかないのですが……」
歯切れの悪い物言いをするサクヤが、憂いを帯びた視線をジュリアンに投げる。
アルカディーナと梁山泊軍の存在、延いては白銀達也が生存しているという事実は、反攻準備が整うまでは絶対に秘しておかねばならない。
となれば、有益な鉱産資源を手中にしたといっても、表立って他国と貿易をして財貨を稼ぐという訳にはいかないのだ。
必然的に取引の全てをロックモンド財閥に委ねるしかないのだが、如何に銀河を股に掛けて商業活動を展開している大財閥とは言え、出所不明の鉱物を扱っているとなれば不審の目を向けられるのは避けられないだろう。
それが金銀や希少鉱石となれば尚更だ。
しかし、当のジュリアンは不敵な笑みを浮かべ、嬉々とした声音で嘯いた。
「何を今更……もとより財閥の全てを注ぎ込む覚悟でしたからね。寧ろ、将来的に投資分の回収が確約されたのですから、我々としては万々歳ですよ……何も御心配されませぬように。資金は全て我がロックモンドが提供いたします」
「おいおい……新都市の建設に、ニーニャの軍事ならびに工業プラント化、それにアルカディーナの民達が豊かになれる様に各種産業の育成。軍隊と呼ぶに相応しい戦力の構築。資金は……」
流石に御気楽すぎると思った達也が戒めようとしたのだが、ジュリアンをはじめランディウスら重役達は小動もしない。
「先日ユリアにも言いましたが、私どもの役目は貴方……白銀達也を最後の戦場に送り出す……それだけです。その為ならば、我が財閥を磨り潰しても悔いはありません。この銀河に住む人々の未来を憂う気持ちは、貴方にも負けないつもりです。私は私の戦をするだけですから、どうかお気遣いなきように」
力強く宣言するジュリアンの想いに心打たれた達也は、ありったけの感謝を込めて深々と頭を垂れた。
この時に見せた彼の決意が言葉だけではなかったのを、達也らは直ぐに知る。
彼らが来訪した三日後には、各種建築資材や食料医薬品、そして生活雑貨を満載した二百隻にも上る大輸送船団がセレーネに到着したのだ。
此の日より【鬼才】と畏怖されたジュリアン・ロックモンドは、まるで水を得た大魚の如く銀河という大海を駆け巡る事になる。
そして神将白銀達也と共に英雄の一人として、銀河史にその名を刻むのだった。
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