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第三十五話 ビバ! 宝島!? ②

『逃げ出したいって言うのならば私は止めないわよ。でもさ、そんな風に軽々しく自分自身を(おとし)めていいの? アンタは嫌になるほど見て、感じた筈よね? 生きる事さえ許されなかった子供達の想いを? 私はねバルカ。そんなアンタだからこそ大切にして欲しいのよ……矜持(きょうじ)って奴をさ』


 癇癪(かんしゃく)を爆発させて(わめ)く自分に投げ掛けられた志保からの重い言葉。

 その意味を理解した瞬間、脳天を大槌(おおつち)で殴られたかのような衝撃を受け、呆然と立ち尽くしてしまったのをバルカはよく覚えている。


 暴威を振るった人食い鬼の災禍の中で、彼らは生贄(いけにえ)に選ばれた子供達を祭壇まで送り届ける役目を一手に(にな)っていた……いや、(にな)わされていたと言った方が正しいだろう。

 そんな割に合わない役回りを引き受けたのも、所詮(しょせん)は、自分達の浅ましい保身に過ぎなかったと、バルカは今でもそう思っている。

 屈強な戦士達が束になって挑んだにも(かか)わらず、全く歯が立たなかった存在。

 そのバケモノの力に屈した時、彼を含む全ての獣人達が自尊心を失ったのだ。

 それをバルカが理解したのは、生贄(いけにえ)に選ばれた子供達の中でも比較的年長の者達が、まるで波紋ひとつ立たない湖面の様に穏やかな表情で最後の地(しょけいじょう)へと歩いていく姿を見た時だった。


(こんな非力なガキでさえ、覚悟を決めて仲間のために命を投げ出そうとしているっていうのに……)


 圧倒的な力に屈し、只々(ひとえ)に己の生を(つな)がんが為に強者に(おもね)る……。

 自分達の行いこそが正にそれなのだと気づいた時、身を引き裂かれるかの様な羞恥(しゅうち)葛藤(かっとう)にバルカは懊悩(おうのう)せざるを得なかったのだ。


 だが、惨めな自分の姿に気づいたからといって、何かが変わるわけではない。

 強者の機嫌を損ねないためには弱者を切り捨て続けるしかなく、せめて死に()く子供達を見送ろうと思い定めた日々の中、彼らは仲間であるアルカディーナ達からも『処刑人』『獄吏(ごくり)』と呼ばれ、次第に忌避(きひ)される羽目になっていた。

 だからこそ、バルカや仲間達は荒れた……。

『おまえらだって同じ穴の(むじな)じゃないか!』と。


 しかし、そんな惨憺(さんたん)たる日々に、(ようや)くピリオドが打たれる日が訪れたのだ。

 運命に導かれるように異星から来訪した人間、白銀達也の奮闘によって、猛威を(ふる)った悪鬼は駆逐(くちく)されたのである。


 唐突に、そして余りに呆気なく苦行から解放されたバルカ達だったが、救世主としてアルカディーナの信望を一身に集める達也とは対照的に、住民達からの冷たい視線に打ち据えられる彼らが、苛立(いらだ)ちを(つの)らせる日々に変わりはなかった。

 そんな時に出会った志保にコテンパンに叩きのめされ、その挙句(あげく)に部下になれと強要されたのだから、その憤懣は察してあまりあるだろう。

 だが、余りにも理不尽なシゴキ漬けの日々に耐えられず、殺されても良いと思い定めて喰って掛ったその時に、志保が口にした言葉が冒頭の台詞だった。


(同じアルカディーナの連中からも見限られた俺たちの想いを、あの人は理解してくれた……)


 たったそれだけの些細な事を境に、まるで()き物が落ちたかのように(くら)(よど)んでいた心が軽くなり、穏やかな心持ちで周囲を見渡せる様になった。

 そうなると不思議なもので、バルカを見る住人達の視線も徐々に柔らかいものへと変化し、空間機兵として正式に梁山泊軍の一員と認められた頃には、声を掛けて来る者達が徐々に増えているのに気付き、面映ゆい感慨を(いだ)いたものだ。

 バルカにしてみれば複雑な心境であるのは(いな)めなかったが、(かつ)てのように(いきどお)りは覚えず、(むし)ろ、嬉しいとさえ思ってしまう自分に素直に驚いたものだった。


「久しぶりだね、バルカ。漆黒のコンバットスーツが良く似合うじゃないか!」


 自分らしくないとは思いながらも、心地良い感傷に浸っていた彼は、快活な声で背中を叩かれ両肩を()ねさせてしまう。

 慌てて振り返ったバルカは、そこに立っている人間を見て、少なからず当惑し、その人物の名を(つぶや)いていた。


「し……白銀総帥……」


 眼前で柔らかな微笑みを浮かべている男。

 その梁山泊軍トップの名を、(ほう)けた表情で口にするバルカだったが、直ぐに我に返って地獄の訓練で身につけた見事な敬礼を披露する。

 そんな彼の様子を興味深げに見ていた達也は答礼した後に破顔するや、バルカの肩を親しみを込めてポンポンと叩いた。


「すっかり見違えてしまったなぁ。(くら)鬱屈(うっくつ)したものが消え失せて本当に良い顔になった。なにぶん人手不足で苦労を掛けると思うが、これからも宜しく頼むよ」

「はあ……し、しかしよぉ~~」


 余りにも達也が自然体であるが(ゆえ)につい粗雑な口調で返事をしたバルカは、己の非礼な行為に気付き、思わず叱責を覚悟して顔を()()らせてしまう。

 思えばこの二ヶ月の間、志保隊長(オニ)から何度鉄拳制裁を喰らった事か……。

 返事が遅い! 姿勢が悪い! (たる)んでいる! 顔が変!?……等々数え上げたらキリがない程の理由で散々修正を受け続けたのだ。

 その結果、へまをやらかしたと自覚した瞬間に条件反射で歯を喰いしばるクセが身についてしまい、そんな自分が哀れに思えて仕方がなかった。


 あの鬼を討ち果たした白銀達也の鉄拳……その威力を想像しただけで震え上がったバルカに対し、普段から上官に対する物言いには頓着(とんちゃく)しない達也は、特に気にした風もなく彼に問い返す。


「なんだ? 何か不満でもあるのかい? 全ての要望を聞いてやれる訳じゃないが、可能な限り善処はするよ?」


 体罰を受けないと分かって安堵したものの、その質問にバルカは逡巡(しゅんじゅん)して言葉に詰まってしまう。

 胸に(つか)えたままの苦い想い。

 眼前に(たたず)む英雄と自分を引き比べた時に(いだ)いた仄暗(ほのぐら)嫉妬心(しっとしん)と胸を焦がすような羨望(せんぼう)

 それは、負の呪縛から解放されつつある今でも、心の一番深い場所で(くす)ぶり続けてバルカを縛っている。


 だが、新しい生き方を選んだ以上、ケジメはつけなければならない。

 でなければ此処(ここ)から先には一歩も進めない、そう決意したバルカは険しい視線で達也を見据え、慚愧(ざんき)に満ちた言葉を吐露した。


「あ、あんたの様な英雄の下に、俺みたいな破落戸(ごろつき)がいても良いんですかい!? 俺はあいつらを、まだ年端もいかないガキ共を見殺しに……そ、そんな俺が……」


 ずっと(わだかま)っていた想いを吐き出そうとするのだが、胸を()悔恨(かいこん)の情に()せてしまい、上手く舌が廻らずに言葉が途切れてしまう。

 そんなバルカの辛く苦しい心情が、達也には痛いほどよく分かった。

 それは、長い軍人生活の中で達也自身が幾度となく味わったのと同じ(にが)い想いに他ならないからだ。

 だからこそ、言葉を飾らずに自分もそうなのだと(さと)したのである。


「人間ひとりの力など高が知れているよ……戦場で力及ばず、この手から尊い命が零れ落ちていく度に非力な自分を責めて来た……だからお前さんの気持ちは俺にもよく分かるさ」


 英雄だと信じていた男のストレートな独白に衝撃を受けたバルカは、その大きな双眸を更に見開いて絶句してしまう。

 そんな彼の肩を再度軽く叩いた達也は、表情を引き締めて言葉を続けた。


「だからこそ軍人は強くなければならないんだ。非力で無力な存在でしかない弱者を護る……その為にこそ、軍人はその存在を許されているのだからね……だから、おまえさんにとって大切な人々を護れるだけの強さを持ちなさい……救えなかった命を(かえり)みて(なげ)く想いがあるのならば、おまえはもっと強くなれる筈だよ。それを、誰よりも願っているのは、犠牲になった子供達なのだから」


 達也は一方的に(しゃべ)るや、バルカの返事を待たずに送迎用のデッキへと歩き出す。

 それはクドクドと説教臭い話をしなくても、今の彼ならば充分理解してくれると信じたからに他ならない。

 実際に達也の思惑は正鵠(せいこく)を射ており、バルカは無言のまま潤んだ両目を隠すように深々と頭を下げたのである。


 この後に勇名を馳せる梁山泊軍空間機兵団に()いて、その勇猛果敢な奮戦ぶりでバルカは名を知られていく。

 そしてトレードマークの漆黒のコンバットスーツと、その巨躯(きょく)に似合わぬ俊敏(しゅんびん)さから【黒旋風(こくせんぷう)】と渾名(あだな)されて、数多の敵から恐れられる存在になるのだった。


           ◇◆◇◆◇


「総帥自らの御来訪とはね……恐縮の極みだよ、ジュリアン」


 (わず)か数か月ぶりの再会であるにも(かか)わらず、大人びた表情を見せるジュリアンに感嘆した達也は、右手を差し出して歓迎の意を表す。


「とんでもありません。私こそ一刻も早く貴方に御会いしたかった……白銀提督が死亡したというニュースを耳にした時は、絶望で目の前が真っ暗になりましたからね……まずは無事の再会に心からの感謝を……」


 武骨で(たくま)しい手を取ったジュリアンは、喜びを隠そうともせず、破顔し声を弾ませた。

 そんな彼に達也は意地の悪い笑みを浮かべて一言。


「その絶望の原因は、俺が死んだからじゃなくて、ユリアに逢えなくなるから……の間違いじゃないのかい?」

「えっ! あっ、あぁ~まあそうですね。()えて否定はしませんよ、()()()()()


 これまたシレっと問題発言で返すジュリアン。

 二人のやり取りで室内の空気が(なご)やかなものに変わり、リラックスした参加者達の表情にも笑みが浮かぶ。


 セレーネ星を来訪したジュリアン一行は、バラディース都市部の迎賓館に案内され、豪奢(ごうしゃ)な内装が(しつら)えられた大会議室にて再会の喜びを分かち合っていた。

 シックな木製の長テーブルを挟んで向かい合っているのは、梁山泊軍からは達也とサクヤ、アルカディーナを代表して長老のオウキと若手からシレーヌ。

 財閥からはジュリアンと腹心のランディウス、その他に重役が三名そして梁山泊軍の隠れ(みの)になるべく設立された、輸送艦隊の運用責任者であるマーティン艦長という顔ぶれだった。


「それにしても……この星系の出入り口の光景には度肝を抜かされましたよ。正に天然の要害と言っても過言じゃない。(しか)も、次元崩壊ゾーンを装った転移ゲートだなんて、本当に驚かされっぱなしです」


 ジュリアンの感嘆した物言いに、マーティン艦長が憮然(ぶぜん)とした顔で頷いている。

 達也はその言い種に苦笑いしながらも、素直に頭を下げて謝罪した。


「いやぁ~~申し訳ない。出立直前になって星系入り口の環境操作システムと転移トンネルが完成してね。本当は君らが入り口に到着した時点で迎えを出す筈だったんだよ。驚かせてしまって済まなかったね」


 すると、(しき)りに頷いていたマーティン艦長が何かに気づいたらしく、怪訝(けげん)な顔で小首を(かし)げる。


「あの周辺は(いた)る所で次元境界線が崩壊していましたし、星系への唯一の出入り口も間断なく荒れ狂う磁気乱流の影響で通信は完全に不可能だった筈です……そんな状況下で、一体どうやって我々の到着を知る御積もりだったのですか?」


 周囲には中継衛星や監視艦の存在は一切確認できなかった為、マーティン艦長が不思議に思うのは当然だった。


「あぁ。それは……」


 彼が抱いた疑問は(もっと)もであり、このセレーネ星の()()()()()を知らない者が理解できないのは仕方がない。

 だから達也は包み隠さず真実を話そうとしたのだが……。


『遅れてしまい、誠に申し訳ありませんでした』


 透き通った声音が響いたかと思えば、達也の隣の空間が(まばゆ)い銀光を放つ。

 それは一瞬で美しい女性の姿へと変化し、愕然(がくぜん)として絶句する客人達へ微笑んで(こうべ)()れた。


「こ、これは……?」


 辛うじて声を絞り出したジュリアンに達也は頭を掻きながら彼女を紹介した。


「こちらは精霊を束ねる大精霊のユスティーツ様だ。この星の護人(もりびと)であり、我々と共に生きる大切な仲間だよ」

『ようこそセレーネ星においで下さいました。皆様の御来訪を歓迎いたします……私は精霊のユスティーツと申します。どうぞよしなに』


 ビックリ案件を()も当然のような顔で平然と(のたま)う達也と、清廉(せいれん)で高貴な雰囲気を(まと)うユスティーツ。

 ジュリアン一行は怒涛(どとう)のファンタジー展開に茫然自失(ぼうぜんじしつ)となり、間抜け顔を晒して絶句するしかない。

 しかし、思考停止した彼らに、更なる騒動が容赦なく追い打ちを掛けた。


 ドッカァァ──ンッ! バリバリッ!!


 (およ)そ扉が開かれる音とは思えない異音と共に、広い室内を(つらぬ)く激震が走る。

 同時に驚愕に顔を歪めたロリポップが飛び込んで来るや、その場にいる全員の鼓膜(こまく)(やぶ)かんばかりの咆哮(ほうこう)を発したのだった。


「でっ! でっ! 出たんだッ! 出たんだよぉぉぉ──んッッ!!」

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