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第三十四話 果断 ③



「本艦前方ポイントF〇三に次元開口部形成!」

八重霞(やえがすみ)発射完了しました。次元回廊を通過中。通常空間への開口部到達まであと三秒です」


 ミサイル発射による軽い振動を感じたのと同時に、ブリッジでは矢継ぎ早に発せられるオペレーター達の声が交錯する。

 その喧騒の中で詩織は高揚する戦意を(おさ)え、冷静な声音で指示を返した。


八咫烏(やたがらす)からの映像データーをメインスクリーンに出して頂戴」


 汎用型(はんようがた)の護衛艦と比してもイ号潜・紅龍のブリッジは(せま)く、備え付けられているスクリーンも通常の半分程度の大きさしかない。

 だが、八咫烏(やたがらす)の高感度カメラがとらえた映像は極めて鮮明であり、敵艦隊の動静を観察する分には全く支障はなかった。


 追撃戦を仕掛けた三隻の帝国軍護衛巡航艦が、漂流する御座船(ござぶね)に接近する様子が手に取る様に確認できる。

 そして正に彼らが標的の息の根を止めるべく、必中の距離からの艦砲射撃に転じようとした刹那(せつな)、詩織の思惑通りに事態が急転した。


八重霞(やえがすみ)二基、通常空間に現出っ! 帝国艦隊に向けて直進中!」

「新型圧縮粒子散布開始!」


 その報告と同時に通常空間に飛び出した二本のミサイルが、敵艦隊目掛けて疾駆(しっく)する姿がスクリーンに映し出され、同時に耳朶(じだ)を叩くオペレーターの歓声!


「全レーダーホワイトアウト! 帝国艦隊を全艦ロストっ!! 八重霞(やえがすみ)搭載の圧縮粒子は想定通りの効果を発揮っ! 実験は成功ですっ!」


 しかし、その朗報にも殊更(ことさら)に歓喜するでもない詩織は、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)で踏ん反り返る大精霊を叱咤(しった)した。


「まだよっ! まだ実験は半分成功しただけだわッッ!! さあ、あなたの出番よポピーっ! ヘマをやらかしたら、ユスティーツ様に言いつけるからねっ!」

「寝言は寝て言いなさい詩織っ! 私の本当の力を見せてあげるわッッ! これでどうよぉ──ッ!」


 脱力ものの掛け合いに弛緩(しかん)しかけたブリッジの空気が、次の瞬間には驚嘆と興奮に塗り潰される。

 気合一閃!! ドヤ顔のポピーが叫ぶや(いな)や、レーダー管制席のパネルの一角に設置された装置が、瑠璃色(るりいろ)に光発して稼働を開始した。

 特殊硬質ガラスで作られた円柱のなかに浮かぶ正八面体の精霊石が、ゆっくりと回転しながら淡い光を激しく明滅させた途端、使用不能に(おちい)っていた全てのレーダーシステムが息を吹き返したのである。


「し、新型レーダー正常に稼働! 帝国艦三隻を再度捕捉っ! 雷虎への諸元入力開始……入力終了しましたっ! 攻撃準備完了! いつでもどうぞッ!!」


 オペレーターの絶叫を受けた詩織は間髪入れずに攻撃命令を下す。


「敵艦の行動予想進路に直接雷撃を敢行(かんこう)する。三番、五番、七番発射管開口っ……雷虎発射ぁっ! 残りは撃ち漏らした場合に備えて発射態勢のまま待機!」


 この時点で詩織は()すべき仕事を()したといえる。

 しかし、白銀達也が()めそやした新人艦長は気を(ゆる)めることなく、更なる指示を発してベテラン士官達を(うな)らせた。


「取り舵十。機関両舷微速前進。万が一の反撃に備えて移動を開始」


 まるで熟練の艦長が(ごと)き詩織の用心深さに感嘆した部下達は、一様に心の採点表へ高得点を記入するのだった。


             ◇◆◇◆◇


「ふん! やっと沈黙したか……手古摺(てこず)らせおって!」


 帝星アヴァロンを脱出した逃亡艦を勢力圏ギリギリの境界域で発見できたのは、正に僥倖(ぎょうこう)だったと司令官はほくそ笑んだ。

 機関トラブルに見舞われた僚艦が修理のためにこの宙域に留まっていなければ、転移してきた指名手配艦を捕捉できなかっただろう。

 不運から一転して巡り得たチャンスに彼は興奮を禁じ得なかった。

 


(ようや)く俺にも運が向いて来たようだ……帝星脱出時に親衛艦隊の精鋭艦五隻を撃破した手練(てだ)れを仕留めたとなれば、頭の固い連中も俺の力を認めざるを得まい)


 僚艦二隻を率いるこの小艦隊の司令官は、自分に都合の良い未来を夢見て陶然(とうぜん)と頬を(ゆる)(えつ)に入る。

 長い戦場暮らしで少なからず武勲を挙げたものの、些細(ささい)な物資の横領を(とが)められ辺境宙域の哨戒艦隊に左遷された彼は、中央に返り咲こうと躍起(やっき)になっていた。

 そんな矢先に大金星を挙げるチャンスが転がり込んで来たのだ。

 軍人としての矜持(きょうじ)など欠片ほども持ち合わせていない男が、棚牡丹(たなぼた)の戦果に浮かれるのは至極当然だった。

 その愚かしいまでの驕慢(きょうまん)さが、自らの命取りになるとも知らずに……。


「命令は造反者の確保ではない! 直ちにあの逃亡艦を撃破するっ! 戦闘詳報と映像の記録を(おこた)るなよっ! 最後のシーンは主砲の一斉射で粉微塵(こなみじん)になった敵艦の映像で決めるぞッ!」


 だが、自身の栄達を確信した愚昧(ぐまい)な司令官が、攻撃命令を発するより一瞬早く、驚愕に顔を歪めたオペレータの疾呼(しっこ)がブリッジを揺るがした。


「次元振動感知っ! 十時方向ッ、距離二○○○! ミ、ミサイル二基捕捉ッ! 我が艦隊目掛け突っ込んで来るッ!」

「ば、馬鹿なっ! 何処(どこ)からの攻撃だっ!? 距離二○○○? そんな至近距離に接近されるまで敵艦に気付かなかったのかッ!? この間抜けめぇッ!!」

「ち、違いますッ! 敵艦の反応はありませんでしたっ! 何も、何も存在しない空間に突然ミサイルが出現したのですッ!」


 驚倒(きょうとう)し、(わめ)き散らす部下を司令官は無能と断じ舌を(はじ)いたが、今は事態に対処する方が先だと思い直し、すぐさま迎撃を下命した。


「迎撃開始ッ! 急げッ!」

「はっ! 面舵いっぱい! 機関増速! 左舷対空レーザー機銃群迎撃開始ッ!」


 司令官の怒声に叱咤(しった)された艦長は的確な指揮を執ったが、追い打ち同然に新たなアクシデントに見舞われた挙句に思考停止状態に(おちい)ってしまう。


「レ、レーダーに機能障害ッ!? こ、これは……す、全てのレーダーがホワイトアウトッ! ミサイルをロストしましたぁ──ッ!?」


 想定外の事態に混乱をきたしたオペレータの悲鳴に、司令官をはじめ、その場にいた全員が凍り付いた。

 各種電探システムが使い物にならなければ、レーダー連動で自動迎撃をおこなう対空機銃は(ただ)の飾り物に成り果ててしまう。

 誰もが被弾を覚悟し身構えた刹那(せつな)、幸運にも旗艦と僚艦の間を()うようにして、二基のミサイルが猛スピードで通過して行くのがブリッジからも視認できた。


(は、外れたのか……驚かせよってぇッ!)


 辛うじて九死に一生を得たものの、正体不明の敵の脅威は健在であり、何としてもレーダーシステムを復旧させ反撃に転じなければ、折角(つか)んだ栄達の道が台無しになってしまう。

 己が手にした手柄を(あきら)められない司令官は、狼狽して立ち尽くす部下達を見て癇癪(かんしゃく)を爆発させた。


「何を愚図愚図しておるのかっ!? さっさとシステムを復旧させんかッ! この無能共めッ! きさまらは俺の栄進をぶち壊す気なのかぁッ!」


 しかし、いくら怒鳴り散らしてもそれで事態が好転する訳でもなく、原因が分からないのでは熟練の艦長とて手の打ち様がない。

 それでも上官の命には逆らえずシステムの再チェックを下命し、次の攻撃に備えて艦を移動させようとした途端、まるで霧が晴れるかのようにレーダーシステムが回復したのである。


 短時間で稼働を再開したレーダー画面を見て安堵したオペレーター達だったが、その表情は瞬時に恐怖に満ちたものに変化し、怒声に似た絶叫を放つ。


「ミサイル急速接近っ!! は、早──ッッ!??」


 危急(ききゅう)を告げる言葉は最後まで発せられなかった。

 紅龍から放たれた熱核反応弾の直撃を受けた三隻の帝国艦は、瞬く間に爆砕して巨大な火球に包まれ、宇宙の藻屑(もくず)と成り果てる。

 だが、司令官を含む全ての乗員は、ある意味で幸運だったのかもしれない。

 苦痛や恐怖に(さいな)まれもせず、自分達が死んだという事実さえ認識する間もなく、黄泉路(よみじ)へと旅立てたのだから……。


            ◇◆◇◆◇


「雷虎全弾命中ッ! 帝国軍護衛巡航艦は全艦爆散っ!」


 その報告に顔色一つ変えない詩織は小さく頷くのみだ。

 だがそれは、必死に平静を装っているだけに過ぎず、実際は激しい葛藤(かっとう)(さいな)まれて心は千々(ちぢ)に乱れていた。

 軍人としての職責を果たす……。

 それは他者の命を奪うのと同義だと覚悟はしていたが、己が下した命令で大勢の人間が死んだという事実は、考えていた以上に重いものだった。

 恐れと罪の意識に(さいな)まれる中で正気を保っていられたのは、(ひとえ)に『指揮官たるもの、如何(いか)なる場合でも取り乱さないように』という達也からの教えを何度も何度も心の中で繰り返していたからに他ならない。


(今日……貴方達の命を奪った事を一生忘れないわ。(うら)み言は再会した時に聞いてあげる。だから、それまで待っていなさい。いつか私も貴方達と同じ場所に()くでしょうから……)


 奪った命に哀悼(あいとう)の意を奉げた詩織は、毅然(きぜん)と双眸を見開き意識を切り替えた。


「真宮寺中尉に大破している逃亡艦の捜索を急ぐように伝えて頂戴。異変を察知した別の帝国艦隊が駆け付けて来る前にこの宙域を離脱するわよ」

「了解っ! 直ちに八咫烏(やたがらす)へ指示を伝えます」


 オペレーターの復唱を聞いて(ようや)く緊張から解放され、詩織は小さく息を()く。

 すると信一郎から微笑みと共に(ねぎら)いの言葉が掛けられた。


「よくやったね。見事な指揮だったよ……思う事は多々あるだろうが、軍人として恥じる必要は何もない。これからも胸を張って信じた道を歩いていきなさい」

「うん……ありがとう、お父さん」


 父親から贈られた言葉に微笑みを()って礼とした詩織は、今度は殊勲(しゅくん)の大精霊に惜しみない称賛の言葉を贈る。


「ありがとうね、ポピー。お蔭で白銀提督に良い報告ができそうよ。さすがは偉大なる大精霊様といった所かしら?」


 しかし、お褒めの言葉を頂戴したにも(かか)わらず、ポピーは腕組みをして渋い顔をしており、詩織は拍子抜けして小首を(かし)げてしまう。

 褒められれば調子に乗って鼻息を荒くする彼女が、どうにも納得できないといった顔をしているのが不気味に思えて仕方がないのだが、詩織が再度声を掛けるよりも早く、珍しくも真剣味を帯びた声音でポピーは苦言を呈した。


「やっぱりねぇ~~拡散が早過ぎて、あの程度の粒子じゃ物の役にもたたない……つまり、あの粒子で満たされているアルカディーナ星系以外では、私達の力は充分には発揮できないとハッキリしたわね」


 お調子者だとばかり思っていたポピーが、意外にも生真面目(きまじめ)に実験に取り組んでいてくれたのだと知った詩織は、相好を崩して素直な感謝の気持ちを伝えた。


「貴重な意見をありがとう。貴方の言葉は必ず提督やヒルデガルド殿下に御伝えするから心配しないで。それに白銀提督もアルカディーナ星系以外で精霊達の助力を頼む気はない筈よ」


 詩織は純粋に達也の人柄から推測した意見を述べたのだが、ポピーにしてみれば自分達精霊が軽んじられているようで、どうにも面白くない。


「何よ、それ! 私達の力なんて大した事はないって言うの? ちょぉ~っと気分悪いんですけどぉ!?」


 不満を滲ませたその言葉に詩織があわてて弁明するよりも早く、歩み寄って来たユリアが彼女の真意を代弁した。


「馬鹿ね。精霊も共生する仲間だと考えているからこそ、必要以上の無理を貴方達に()いたくないだけよ。『神聖な精霊に血生臭い闘争を強要し、その存在が変質するようなことになれば、悔やんでも悔み切れない』お父さまはそう仰っていたわ」


 ユリアのフォローに自尊心を(くすぐ)られたポピーが、不満顔から恵比須顔(えびすがお)に転じた時だった。


「如月艦長! 真宮寺中尉からエマージェンシーコールですっ!?」


 蓮からの緊急通信が入り、詩織は自慢話を始めるポピーを押し留める。


「音声を出して頂戴! 真宮寺中尉? 何か発見したの?」


『艦内は何処(どこ)もひどい有り様で生存者はいなかったが、脱出用の小型シャトル内で一名の生存者を発見した。(ただ)し重傷を負っていて意識がない。直ぐに帰艦するから治療カプセルの準備を頼む』


 逃亡艦の外観を見れば大破しているのは一目瞭然であり、生存者がいただけでも儲けものだと言わざるを得ないだろう。


「分かった。直ぐに帰艦して頂戴っ。一応救助者の確認をユリアにして貰うから、顔の映像は送れるかしら?」

『OK。直ぐにデーターを送る』


 そう返信があったのとほぼ同時に『八咫烏(やたがらす)』から映像データが送られて来るや、メインスクリーンにその救助者の顔が映し出される。

 だが、その帝国軍人の顔立ちを見たユリアの双眸が驚きに見開かれ、彼女は唇を震わせながら(かす)れた声で(つぶや)いたのだ。


「セ、セリス……お兄……さま? どうして……」

◎◎◎


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― 新着の感想 ―
[一言] ここまでで、ユリアちゃんの色々な一面が見られました。初恋??に戸惑う彼女の様子や、照れ隠しで大きな声を出しているところや、思春期ですね~。恥ずかしいし認めたくないんですよね。 クロイゼルング…
[一言] よくよく考えりゃ、亜空間雷撃……個人的には平成セブンのワープ航法ミサイルやガイアのワームジャンプミサイルを連想しますわ(ぉ 絢爛さん的にはヤマトでしょうか。 そして……生きててよかったぜセ…
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