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第三十四話 果断 ②

「おやおや、これは(なご)む光景だね。子供達に愛されていて何よりだよ、クレア」


 間もなく午後十時になろうかという時間に帰宅した達也は、リビングに入るなり相好を崩すや、()(うらや)ましいと言わんばかりに愛妻へ語り掛けた。


 急ピッチで進む新都市開発や、それに伴うインフラ整備だけでも大変な中、衛星ニーニャの軍事要塞&工業プラント化までもが着工されるに至り、達也は日々多忙を極めている。

 それ(ゆえ)に家族団欒のひと時は何物にも代え難い大切な(いや)しの場なのだが、最近はその風景に好ましい変化が見られるようになっていた。


 今日も今日とて、ニーニャの巨大地下空洞視察を皮切りに五つの会議に参加するという殺人的スケジュールを(こな)し、つい先ほど解放されたばかりだ。

 慣れない仕事の所為(せい)か疲労感は半端(はんぱ)なく、重い身体を()()るようにして帰宅したのだが、思わず頬を緩めてしまう光景を目の当たりにし、一日の疲労など一瞬で吹き飛んだのである。

 長ソファーに座っているクレアを左右から(はさ)み、身体を密着させて(はしゃ)ぐさくらとマーヤの歓声がリビングを一際(ひときわ)華やかにしており、愛娘達の無邪気な姿が嬉しくて冒頭の台詞が口から(こぼ)れたという次第だった。


 クレアの妊娠が分かってからというもの、さくらとマーヤは母親に(まと)い付いては、お腹の中で息づく未来の弟妹(ていまい)に話し掛けるのが日課になっている。

 両の瞳をキラキラ輝かせる二人は、お腹に耳を押し付けたり、小さな手でそっと撫でたりしながら新しい命に語り掛けるのが楽しくて仕方がないらしい。

 少し前までなら帰宅すれば真っ先に出迎えてくれた愛娘達が、今や父親の事など二の次で新しく生まれて来る命に夢中になっている。

 少々寂しい気もするが、新しい家族の誕生を心待ちにしている子供達の成長ぶりが、達也としては何にも勝る喜びだった。


「あら、達也さん。お帰りなさい……お疲れさまでした。ほら、さくらもマーヤもお父さんに『お帰りなさい』の御挨拶をしないのかしら? そんな悪いお姉ちゃんは嫌いって、お腹の中の赤ちゃんが言っているわよ」


 (たお)やかに微笑む母親から意地の悪い言葉を投げ掛けられた子供たちは、あわててソファーから飛び降りるや、達也に抱き着いて懸命に言い(つの)る。


「お父さんお帰りなさぁ~い! ほら、さくらおねーちゃんは、いいおねーちゃんなんだよぉ!」

「パ、パパ、お帰りなさいですぅ~~マ、マーヤもいいおねーちゃんだもん!」


 この期に(およ)んでも、(いま)だにお腹の中にアピールする二人の娘が可愛(かわい)らしいやら可笑(おか)しいやらで、夫婦は顔を見合わせて心底楽しそうに笑い合うのだった。


            ※※※


「ふう……ふたりとも(ようや)く寝てくれたよ」

「ありがとう達也さん。あの娘たちをお風呂に入れてくれて……毎日激務に追われてお疲れなのに、ごめんなさいね」


 さくらとマーヤを入浴させ、寝かしつけてからリビングに戻った時分には、(すで)に日付が変わろうかという時刻になっていた。

 (うれ)い顔のクレアは、申し訳なさそうに(ねぎら)いの言葉を口にしたが、達也は(むし)ろ嬉しそうに口元を(ほころ)ばせ、(いつわ)りのない想いを愛妻に伝える。


「子供達の事で礼や謝罪の言葉を言う必要はないよ。一緒にいるだけで何をしても楽しいからね。それに地球と同じで四季があるとはいえ、セレーネ星(ここ)の冬は随分と穏やかだ、湯冷めの心配もしなくていいから楽なものさ」


 セレーネ星の公転と自転周期は地球とほぼ同じだが、外界との関わりを絶ち閉鎖された世界で生きて来たアルカディーナは、先祖から連綿と受け継いできた独自の暦と時間認識の中で生活していた。

 しかし、今後は他の星系国家との係わりを無視できなくなる日が必ず来るだろうし、そうなれば、必然的に他者との整合性を重視しなければならず、銀河標準暦と時間の概念を導入した方が、何事に()いても都合が良いのは言わずもがなだ。

 そこで達也は長老連を説得し、現行の制度を銀河連邦諸国家が使用している暦へと改めたのである。

 アルカディーナの一部には混乱し不平を漏らす者達もいたが、それも(わず)かな日数で馴染(なじ)んだようで、今では何の問題もなくなっている。

 ()れも()れも、幼児から大人までが利用できる学び舎が果たした功績の賜物(たまもの)であり、アルエット・イェーガーら経験豊富な教育陣は、獣人達からも高い評価と信頼を得るに至っていた。


 ソファーに座る妻の隣に腰を下ろし、用意されていた紅茶に秘蔵のブランデーを数滴たらす。

 立ち昇る酒精に満足しその香りを楽しみながらも、そろそろ底を尽き掛けているコレクションの先行きには不安を覚えずにはいられなかった。

 『(ひそ)かに入手ルートを開拓せねば』

 それは達也にとって喫緊(きっきん)の課題に他ならず、頭を悩ませている問題でもあるが、こんな些末な事で渋い顔をして身重のクレアに心配を掛けさせる訳にもいかない。

 だから、達也は努めて平静を装ったのだが、愛妻はそんな夫の内心には気付かず、無邪気な微笑みを浮かべる。


「そうね……これから(しばら)くの間は寒さが厳しくなるそうだけれど、冬は総じて短いそうよ」

「それは春の訪れが楽しみだ。いつか地球から桜の木を取り寄せて植樹し、満開の花の下で家族でお花見……それも良いかもしれないな」

「ふふっ、そうね。きっと楽しいわ……ねぇ、達也さん?」


 柔らかい微笑みを浮かべたクレアだったが、そっと達也の腕に自分のそれを絡めるや、表情を曇らせて躊躇(ためら)いがちに夫に問い掛けた。


「如月さんの事ですけれど……艦長に抜擢するには早過ぎたのではないかしら? 実戦経験がないに等しい彼女に、艦を預かる大任は荷が重いのではなくて?」


 クレアの懸念は、詩織の技量云々(ぎりょううんぬん)ではなく、経験の蓄積に裏打ちされた実績がないという事実に依る所が大きい。

 それが理解できるからこそ、達也は妻の不安を払拭(ふっしょく)する為にも、詩織を艦長に抜擢(ばってき)した理由を話して聞かせねばならなかった。


「確かに君の心配は(もっと)もだし、士官候補生に毛が生えた程度の新人を艦長に()えるなんて……まぁ、正気の沙汰(さた)ではないな」

「だったら……」


 未経験者を抜擢(ばってき)して派生するリスクを冒してまで、彼女を登用する必要はないのではないか?

 クレアはそう続けるつもりだったが、達也が小さく首を左右に振ったのを見て、その言葉を呑み込まざるを得なかった。


「でもね、俺の考えは少し違う……今はまだ歴戦の艦長達には及ぶべくもないが、あれは正真正銘の天才だ。(しか)も、勤勉で努力を惜しまない。この手のタイプは現場で苦労させた方が伸びる。幸い、今回の任務で彼女の部下を務める連中はエレンの配下の中でも精鋭中の精鋭ばかりだ、万が一の事態に遭遇しても、不都合な状況に(おちい)りはしないだろう」

「確かに如月さんは候補生時代から群を抜いて優秀でしたけれど……それ程のものなのですか?」


 普段からあからさまに他者を()めない達也が、手放しで教え子を称賛したのには驚くしかないが、その真意に感嘆しながらも、クレアは臆せずに問い返した。

 大切な教え子であり、仲間でもある詩織を無為(むい)に危険な目に遭わせたくはない。

 そう願うからこそ、彼女は安易な妥協を選択できなかったのだ。

 だが、達也は満面に笑みを浮かべるや、まるで未来は確定しているのだと言わんばかりに断言する。


「如月はいずれ俺やエレンを()えて行く逸材だよ。だから今のうちに(きた)えると決めた……鉄は熱いうちに打てと言うだろう?」


 詩織に対する信頼を滲ませた決意を口にした夫の顔を見たクレアは、それ以上の説得は諦めざるを得ず、達也の判断を信じようと思うのだった。


              ◇◆◇◆◇


 尊敬する人物から望外の高評価を得ているとは思いもしない詩織は、緊張の中で懸命に(はや)る心を抑えていた。


 グランローデン帝国でクーデター発生との報を聞き、情報収集の為に帝国の勢力宙域に進出した刹那(せつな)に遭遇した帝国艦同士の追撃戦。

 多勢による不利な戦闘を()いられ、撃沈の瀬戸際に追い込まれている御座船(ござぶね)らしき逃亡艦に手を貸す……。

 そう決断した詩織の指揮の下、イ号潜紅龍は攻撃可能ポイントに向け異次元空間を疾走する。


「詩織。その決断に後悔はしないかい? 下手に事態を荒立てるのは決して得策ではないし、あの艦を救助したとして、有益な情報を得られるとは限らないよ?」


 平然とした顔をしてはいても、娘が緊張の極みにあるのは信一郎には筒抜けだ。

 その不安には同じ軍人として自分にも大いに覚えがある。

 だから、乗員でないにも(かか)わらず(くちばし)を差し(はさ)み、わざと否定的な意見を述べて愛娘の緊張を(ほぐ)そうとしたのだ。

 しかし、その問いに返された言葉に、信一郎は瞠目(どうもく)せざるを得なかった。


「分かっているわ、お父さん。でも、当てもないのに帝国勢力圏の奥深くまで進出するのは、この紅龍を(もっ)てしても危険が大きいわ……ならば、この遭遇を奇貨(きか)とし全力を尽くす。『少しでもチャンスがあれば迷わず行動せよ』と私は白銀提督から教わった。だから……」


 毅然(きぜん)とそう言い放ち、少しだけ口元を(ほころ)ばせた目の前の艦長は、紛れもなく彼が良く知る娘に違いはなかったが、その中身は知らぬうちに大きく成長を遂げた一人の軍人に他ならなかった。


(わず)か数年……たったそれだけの月日しか過ぎていないのに、どれだけ濃密な時間を重ねれば、これほどの成長を遂げられるというのか……)


 内心でそう感嘆する父親の気持ちを知ってか知らずか、詩織は(したた)かな笑みを浮かべるや、軽妙な口調で冗談交じりに(うそぶ)く。


「それに私たちは国家じゃないわ。吹けば飛ぶような独立勢力ですからね……今はアルカディーナの人々を含めた自分達の利益が最優先よ、お父さん」


 娘の笑みに釣られて相好を崩した信一郎は、軽く頷いてその言葉を了承した。


「元より艦長は君だ。部外者の私に意見具申する資格はないからね……詩織の思う通りにやると良い」


 父親の柔らかい言葉に背中を押されたのと同時に、オペレーターの声がブリッジに響く。


「艦長。作戦ポイントに到達しました!」


 詩織はエレオノーラから譲り受けた軍帽の鍔をグイっ引くや、表情を引き締めて矢継ぎ早に命令を発した。


「次元結節点に開口部形成せよ! 八咫烏(やたがらす)からの観測データーを解析急げ! 艦首ミサイル発射管一番と二番に“八重霞(やえがすみ)”。三番から八番には“雷虎(らいこ)”装填! 諸元入力急いでッ!」


 ブリッジが一気に慌ただしさを増し、乗員同士のやり取りが活発になる。

 (ちな)みに八重霞(やえがすみ)とは、アルカディーナ星系で採取された、レーダーシステムを無効化する粒子を圧縮搭載したミサイルだ。

 これを敵周辺に散布する事で短時間ながら敵の目を奪う役割を期待でき、限定的ながらアルカディーナ星系と同じ環境を作り出して、精霊レーダーの実験も同時に行うという詩織の作戦だった。

 また、雷虎(らいこ)はイー四○○型専用の対艦ミサイルであり、驚異的な速度と、強力な破壊力を誇るヒルデガルド自慢の新型熱核反応弾である。


「如月艦長。八咫烏(やたがらす)より入電『守護対象艦、被弾多数にて沈黙。援護急がれたし』以上ですっ!」


 詩織はその報に(まなじり)を決するや、丁度タイミングよく右肩に飛来した大精霊様を揶揄(やゆ)する。


「さて、いよいよ出番よポピー。散々御託(ごたく)を並べた挙句(あげく)に、無様な醜態(しゅうたい)を晒したりしたら只じゃおかないわよ?」

「はん! 二度とその減らず口が叩けないように、私達精霊の力をアンタの魂源に叩き込んであげるわ! 涙を流して感謝しなさいッ!」


 全く良いコンビだとブリッジの面々は苦笑い。

 だがその空気は、次に響いた詩織の大音声により一瞬で霧散する。


「作戦開始ッッ! 直ちに帝国軍護衛艦三隻を撃破する! 新型レーダーシステム起動ッ! ポピー、コンタクト宜しく。通常空間への回廊を形成しミサイルの最終軌道確認を急げ!」

「進路オールクリアー! 敵艦三隻全て捕捉しましたッ!」

「了解ッ! 艦首発射管一番二番八重霞(やえがすみ)発射ッ!」


これが後に『神将の双翼』と呼ばれて畏怖される彼女の初陣だった。    

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― 新着の感想 ―
[一言] お酒コレクション……こっちで作るっていう手もありますよ(ォィ 精霊居るくらいだから酒精も捜せばいるでしょ(ぇ 地酒【アルカディーナ】響き的にもいいんでね?( ´∀` ) 桜を持ってくる!…
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