第二話 大っ嫌いっ! ①
今回より本格的に第二部の話が始まります。
今後とも御付き合いくださいますよう心からお願いする次第です。
「家族の絆だってぇ? そんなモノは幻想に過ぎない! 肉親だって例外じゃないぞ! 血が繋がっているというだけで、卑しい打算と欲望に塗れた連中ばかりじゃないか! 見せかけだけの綺麗事には欠片ほどの値打ちもありはしないッ!」
嚇怒して声を荒げる金髪碧眼の少年をユリアは醒めた目で見ていた。
それは、今まで彼が見せていた笑顔の仮面とは違い、心の奥底に秘めていた本心に違いない……。
ユリアは何の感慨もなくそう思った。
だからこそ、彼に対して憐憫の情など懐ける筈もなく、癇癪を起して喚き散らす子供を叱る母親のように痛烈な言葉を浴びせたのだ。
「哀れなものねぇ。貴方は何も分かっていないわ。抱き締めてくれる人がいる……それがどれほど幸せな事か。そんな事も知らない、いえ、知ろうともしない貴方は只の駄々っ子と同じよ」
※※※
【四十時間ほど前】
情報局員とその娘に扮した達也とユリアは、手配された巡航艦に乗船して銀河連邦中心域南部境界線に位置する交易惑星ホーネスへ無事到着した。
ユリアの実父である帝国皇帝ザイツフェルト・グランローデン七世と会談して、彼女の安全を確約させるのが今回の目的だ。
母親から受け継いだ異能の所為で【災厄の忌み子】と疎まれ迫害されたユリアの力は、さきの土星宙域でのバイナ共和国艦隊との戦闘に於いて遺憾なく発揮され、その有用性を証明する結果になってしまった。
帝国科学陣の識者であれば、あのビット兵器を起動させ、縦横無尽に動かしてみせたのが誰なのかは容易に想像がつくだろう。
ましてや、シグナス教団にユリアの存在を知られている以上、いつ襲撃者が送り込まれても不思議ではない、と達也は懸念していた。
そのリスクを回避する為に実父である皇帝に直談判し、ユリアの身の安全を担保しようと考え、無理を承知の上で凄腕エージェントであるクラウス・リューグナーに帝国への橋渡しを頼んだのだ。
だが、困難を覚悟していたにも拘わらず、あれよあれよという間に話が纏まってしまい、逆に何か裏があるのではと、クラウスは訝しんだのだが……。
交渉を持ち掛けた帝国の諜報員が驚きも露に語った所によると、重臣達の反対を一蹴した皇帝自身の裁可で会談が決まったという。
ザイツフェルトの思惑は判然としないものの、交渉の橋渡し役という目的は果たせた為、クラウスはそれ以上の詮索はせず、詳細を達也へ伝えたのだ。
また、達也にとっては面談が叶う事が重要であり、皇帝の思惑など知った事かという思いもある。
だから、この結果は寧ろ好都合であり、胡散臭い舞台裏の事情には目を瞑って、渡りに船の誘いを受けたという次第だった。
しかし、中継点である惑星ホーネスに勇んで降り立ったまでは良かったのだが、想定外のアクシデントに見舞われて足止めを余儀なくされたのである。
「参ったなぁ。選りにも選ってダブルブッキングとは……」
出入国者でごった返す宇宙港のロビー。
その人波から外れた場所にある太い円柱を背にする達也は、隣に寄り添っているユリアの肩を抱きながら溜息交じりにボヤくしかなかった。
正規のルートで手配していたにも拘わらず、予約していた客船の一等船室が他の家族連れと二重契約されていたのだ。
「仕方ありませんわ……あちらは赤子を連れた四人家族でしたもの……」
「う~~ん。それについては異論はないんだが『遅れます』と簡単に連絡もできないしなぁ……どの便も満席でキャンセル待ちも期待できそうにないし。はてさて、一体全体どうしたものかね」
チケットの権利は赤ん坊連れの家族に譲ってしまったし別便の手配も儘ならず、最悪の場合は身分を明かし、近隣にある銀河連邦軍の基地で小艦艇を貸り受けるのも已むを得ないと考えたのだが……。
「もし? 突然声を掛ける御無礼を御許し下さい」
不意に背後から呼び掛けられて振り向くと、そこには一目で高級品と分かるタキシードに身を包んだ金髪碧眼の少年が立っていた。
まだ十代半ばにしか見えないその少年は、幼さの残る顔に柔らかい微笑みを浮かべており、優雅な足取りで近付いて来るや丁寧な所作で一礼する。
「不躾な真似をして誠に申し訳ございません。実は私の主が貴方様との歓談を希望しております。御迷惑かとは存じますが、御時間を戴けないでしょうか?」
突然の申し出に相手の意図を測りかねたが、さりげなく目の前の少年を観察した達也は笑顔を装って問い掛けた。
「さて、君の御召し物から察するに、御主人様は相当身分のある御方だと思うのだが? その様な大身が、私のような何の変哲もない人間に声を掛けて下さる理由に思い当たる節がないのだがね?」
軽くジャブを放って様子を見たのだが、少年は無邪気な笑顔を浮かべるや、鋭いストレートを返して来た。
「御謙遜を。大提督であらせられる白銀達也大元帥閣下に拝謁の栄誉を賜る機会など滅多にあるものではございません……ならば是非にもと、主が燥ぐのも致し方ないと存じます」
既に此方の正体を知った上での誘いだと知ったユリアは、警戒心を露にして敬愛する父親を護らんと少年の前に立ちはだかる。
その行動が想定外だったのか、少年は端整な顔に驚きの色を滲ませ、まじまじとユリアを見つめ返した。
「ユリア。大丈夫だよ……危害を加えるつもりはないようだ。正体がバレているのなら惚けても仕方があるまい。御招待を御受けしようじゃないか」
さり気なく体を入れ替えて愛娘を背後に庇いながら、達也は少年の申し出を応諾して微笑んだ。
「ありがとうございます。我が主の元へ御案内致しますので此方へどうぞ」
慇懃に頭を下げてから先導するように歩き出した少年に従い、ロビーの更に最奥に在るゲートを潜る。
この先はVIP専用のプライベートシャトルが駐機されているゾーンで、少年は警備のガードマンに一礼して最奥の区画へと歩を進めた。
案内されたVIPルームには、こんな物が必要なのかと呆れるほどの豪奢な応接セットに高級映像機器、そして雰囲気のある美術品が設えられている。
しかし、統一性のないその装いにユリアは不快感を覚えずにはいられなかったが、それを言葉にして達也に恥を掻かせるような真似はしなかった。
部屋の中央に設えられた年代物の高級ソファーから腰を上げた五十代前半の紳士が、人好きのする笑顔で白銀親子を出迎える。
一見しただけで鍛えられていると分かる体躯を高級な三つ揃いに包んだその紳士は、大股で歩み寄って来るや右手で握手を求めながら歓迎の意志を露にした。
「ようこそおいで下さいました……御目に掛かれて光栄であります白銀元帥閣下。私は銀河系内で手広く商いを営んでいますジュリアン・ロックモンドと申します。どうか御見知りおき下さいますよう」
「ほう……こちらこそ御目に掛かれて光栄に思います。【鬼才】との異名で銀河系に名を馳せる財閥総帥殿に顔を覚えて頂けるとは望外の喜びです」
ジュリアン・ロックモンドは、銀河連邦加盟国だけに留まらず、他の非加盟国家とも手広く商取引を行う大財閥の領袖としてその名は広く知られている。
しかし、『偏屈で人間嫌い』だとの噂もあり、滅多に人前に姿を見せないのでも有名な人物だ。
差し出された彼の手を取って礼を返した達也だったが、直ぐに怪訝な表情を浮かべて顔つきを改めた。
柔和な笑みは消え、相手の心の奥まで見透かすかの如き冷厳な視線でジュリアンと名乗った壮年の男を値踏みする。
「ただ、それは、貴方が本物のロックモンド総帥であれば……の話ですがね?」
言葉を突き付けた瞬間、眼前の男の片眉が微かに跳ねたのを達也は見逃さなかったが、その変貌は一瞬であり、総帥は両肩を僅かに竦めて惚けて見せた。
「これは異な事を。銀河広しと言えど財閥を率いているジュリアン・ロックモンドは私しかおりんませんぞ? はっ、ははは、余りに不躾な御招待でしたので御気を悪くなされましたかな?」
「堅苦しいだけの称号を賜ろうが貴族に叙せられようが私は唯の軍人です。不躾に扱われる位が気楽で丁度良い……しかし、欺かれて笑い者にされるのは嫌いでね。君もそうじゃないのかね? ジュリアン君?」
その言葉を投げ掛けた相手はジュリアン・ロックモンドを名乗る紳士ではなく、斜め後方に控え粋なタキシードを着こなす少年執事だった。
すると、今度こそ顔色を変えた男は、怒りを露にして言い募ろうとしたが……。
「なっ、何を馬鹿な事を……私を愚弄する……」
「もういいよ……ラッセル。どうやら楽しい暇つぶしの時間は終わりのようだ。色々と面白い趣向も用意していたんだけれど……当てが外れたみたいで残念だよ」
自分の影武者を制した金髪碧眼の少年。
所謂本物のジュリアン・ロックモンドは愉快そうに口元を綻ばせ、値踏みするかの様な視線を達也に向けた。
「この悪巫山戯を初見で見破ったのは貴方だけだよ。いやいや、ビックリしたな。因みに後学のために聞かせて欲しい。どうして気付いたんだい? ラッセルの演技におかしな点はなかった筈だけど?」
如何にも相手を見下しているのが透けて見え、然も、それを隠す気は微塵もないようだ。
その余りにも無礼な態度に腹を立てたユリアは、柳眉を吊り上げて席を立とうとしたが、それをやんわりと制した達也は、穏やかな声で質問への答えを返す。
「訓練で培った習性は簡単に隠せるものではなくてね……足運びや体捌きは誤魔化せても、ガードする対象を無意識のうちに護ろうと自分の立ち位置を修正する癖は誤魔化せなかったようだ。後は鍛え抜かれた拳かな……彼の拳は商人のものではなく軍人のそれだ。今後は迂闊に握手はしない方がいい」
「へえ~~惚けた顔をして抜け目がないねぇ……大したもんだ」
「大財閥の総帥殿にお褒め戴いて光栄だよ。さて、用事も済んだ様だから御暇させて貰おうか。ユリア」
達也は愛娘を促して席を立ったが、ユリアは険しい視線をジュリアンに向けたまま動こうとはしない。
敬愛する父親を揶揄われて腹を立てているのは明白だったが、達也に優しく頭をポン、ポンと触れられるや、視線を外して促される儘に立ち上がった。
「せっかくの御招待だが失礼させて貰うよ。別れの挨拶代わりにひと言だけ忠告させてくれ。君にとっては只の退屈凌ぎなのかもしれないが、こんな悪趣味で下品な真似は止めた方がいい。でないと大切な人間まで不快にさせてしまうからね」
その達也の忠告にジュリアンはバツの悪そうな表情を浮かべるや、華やいだ声音で新たな提案をした。
「まあ待ってよ! そう急ぐ事もないだろう? 聞けばバンドレットへの便に空きがなくて困っているそうじゃないか? 幸い僕の行き先も同じなんだ……不愉快な思いをさせた御詫びに僕のプライベート船で一緒に連れて行ってあげるよ。君達にとっても悪い話ではないだろう?」
彼は自身の感情の変化を笑顔の下に押し包み、如才なく和解案を提示した。
達也は彼の提案を受け入れるか悩んだが、ユリアにこれ以上不快な思いをさせたくはなかったので、丁重にお断りしようとしたのだが……。
「いいじゃありませんかお父さま。渡りに船とはこの事です。御厚意に甘えさせて戴きましょう」
達也が断るよりも早くユリアの方が申し出を承諾してしまい、話はあっという間に纏まってしまった。
愛娘が了承したのも不思議だったが、その瞬間に見せたジュリアンの苦悶を滲ませた歪な微笑みが気になった達也は、小さな溜め息を漏らしてしまう。
(やれやれ……大事の前に厄介事に巻き込まれなければいいが……)
悪い予感ほど的中するというが、自分の勘が外れてくれと願わずにはいられない達也だった。