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第二十五話 新天地の夜に ①

『白銀達也死す』との報が銀河系を席巻(せっけん)し、銀河連邦や帝国の両陣営はもとより、大小様々な勢力の思惑が交錯する中、人類社会は否応(いやおう)なく変革の只中へとその(かじ)を切ったのである。

 しかし、舞台を動乱の世界へと移す前に少しだけ時間を(さかのぼ)りたいと思うので、(しば)し御付き合い戴きたい。


            ◇◆◇◆◇


「敵艦隊本艦後方七時方向から追撃してきます! 此の儘ではあと二分で敵主砲の射程範囲に捕捉されます!」


 長時間に(およ)ぶ戦闘で疲弊(ひへい)した脳味噌を叱咤しながら、クレアは懸命にオペレートを続行していた。

 頼みの綱のシルフィードは(すで)に撃破されているが、孤軍奮闘の状況に追い込まれながらもバラディースは懸命の逃走を続けている。

 達也らシルフィード乗員の安否も気掛かりだが、敵の激しい追撃の最中(さなか)では確認する術も余裕もない。


(達也さん……どうか無事でいて……お願いだから私よりも先に()かないで)


 大切な者達の安否を気遣うものの、迫り来る敵の牙から逃れることが最優先だと自分に言いきかせたクレアは、全力で任務に集中する他はなかった。

 コンソールパネル上の敵艦を示す光点が赤色の明滅を(ともな)なう物へと変化し、追撃部隊が脚を速めて急接近して来た事実を知らせる。


「敵艦隊急速接近ッ! 敵の射程に捕捉されるまで残り三十秒ッ!」

「クソッ! あと少しでエスペランサ星系に逃げ込めたのにッ!」


 ラインハルトが初めて焦りを含んだ舌打ちを漏らした瞬間だった。

 それは前触れもなくバラディースの進行宙域に出現し、その絶望的なまでの暴威を(あらわ)にしたのだ。


「超重力振動波探知っ! け、計測不能ッッ!」


 クレアが目を剥いて悲鳴を上げた刹那(せつな)、手元の測定機器のメーターが一瞬で振り切れて真っ赤な点滅へと変化する。

 それと同時に、目と鼻の先の宙空が大きく裂け、まるで巨大な怪物の口腔(こうこう)を思わせる異次元へ続く空間が、その不気味な姿を顕現(けんげん)させた。


「次元崩壊ですッ! この儘では次元断層に呑み込まれ──ッ、きゃあぁぁ!」


 為す術もなく重力波に捕まったバラディースは、次元崩壊を起こした断層開口部に誘引され、激流に呑まれる木の葉の(ごと)く翻弄されてしまう。

 それは満身創痍(まんしんそうい)のグリュックも同じであり、後続の敵艦隊も同様の状況に見舞われ、重力波から逃れようと懸命に足掻(あが)く様子が辛うじて見て取れた。


「右舷全スラスター全力噴射! 取り舵いっぱいッ! 主動力全開ッ!」


 艦に残された全能力を(もっ)て回避するべくラインハルトが指示した時だった。


『その儘でいいッッ! 重力波に逆らわずに断層の開口部に飛び込めっ! そこが唯一の活路だッッ!』


 達也の絶叫が艦橋に響いた。

 敵追撃艦隊も重力波の影響下にある為、秘匿回線を使用した交信を傍受するのは困難だと判断した彼は、()えて無線封止を解いて指示を直接伝えたのだ。

 ラインハルトは、逡巡(しゅんじゅん)する素振りすら見せずにその言に従って命令を撤回するや、新たな指示を矢継ぎ早に叫ぶ。


「スラスターをランダム噴射に切り替えろっ!! 都市部緊急シェルターに通達。全民間人に生命維持カプセルから絶対に出るなと厳命せよッ!」


 艦内通信機能を操作してその命令を三度繰り返しながらも、達也の無事を知って安堵したクレアは両の瞳に涙を滲ませる。


(良かった……生きていてくれた……)


 しかし、そう思ったのも束の間、バラディースとグリュックは次元断層に呑まれて異次元空間に突入したのである。

 その刹那(せつな)、敵艦が緊急転移を敢行した反応をレーダーが捉えた。

 取り()えず敵の追撃からは逃れたものの、異次元という新たな危地に為す術もなく翻弄されるバラディースの面々は、激しい衝撃に見舞われる度に船体が分解するのではないかと恐懼(きょうく)するしかない。


 しかし、その恐怖に(さいな)まれる時間は唐突に終わりを迎えた。

 まるで車や列車が長いトンネルを抜けるかの(ごと)く、バラディースとグリュックは異次元空間から通常空間へと弾き出されたのだ。


「通常空間に出ましたっ! こ、これはッ! わ、惑星ですッ!?」


 宙域に拡散されている粒子体の影響で、全てのレーダーシステムがダウンする中、クレアは思わず素っ頓狂な声を上げていた。

 危地を脱したバラディースの目前には巨大な惑星が存在しており、その青き星の幻想的な姿に彼女は恐怖を忘れて心を奪われてしまう。

 それは隣の席の志保や艦橋のクルー達も同じだったが、唯一人ラインハルトだけは不如意(ふにょい)郷愁(きょうしゅう)に囚われずに眼前の緊急事態に対応して見せた。


「グラビティキャンセラー始動! 前部スラスター全開! 突入角が深すぎる! 姿勢制御急げッ!」


 その大喝に我に返ったクルー達が慌ただしく動き出す。

 (すで)に大気圏突入は不可避の状況であり、此の儘では甚大な被害どころか、船体が摩擦熱で燃え尽きてしまう可能性すらある。

 だが、相次ぐ危機的な状況に動揺しながらも、クルー達が懸命の操艦を試み様とした時だった。

 陽気で、それでいて脱力モノの声がスピーカーから流れたのだ。


『やっほ──ッ! 元気だったかい、諸君ッ! アルカディーナ星へようこそ! 心から歓迎するよんっ!』

「ヒ、ヒルデガルド殿下っ!? ヒルデガルド殿下なのですか!?」


 悲鳴にも似たクレアの問い掛けにも、ヒルデガルドの声からは欠片(かけら)ほどの切迫感も感じられなかった。


『おや、その声はクレア君だね。大丈夫だよん。心配しなくていい。直ぐに船体は安定する筈さぁ』


 全てお見通しだと言わんばかりの返答と同時に巨大移民船は急減速を果し、姿勢を水平に安定させたかと思うや、大気圏内を滑空し始めたのである。

 まるで不可視の力に導かれたような錯覚をクレアは(いだ)いたが、それは(あなが)ち間違いではなかった。

 後続のグリュックもバラディース同様に安定飛行に入っており、両艦はゆっくりとアルカディーナの大海目指して降下していく。


『設備が骨董品だから音声でしか交信できないが、何も心配はいらないよ。()()()に任せておけば、都合の良い場所まで勝手に導いてくれるからね』


 その言葉の真意は理解できないが、損害著しい両艦が無事に大気圏突入を果したのは紛れもない事実だ。

 しかし、そんな不可思議な状況に戸惑うクレア達に、アルカディーナ星の実相がファンタジー世界そのものなのだと想像しろというのは酷だろう。

 ヒルデガルドが口にした、『彼女達』という言葉が、幻想界の住人である精霊を指しており、その力で大気の流れを自在に操っている等とは、誰も想像できる筈もないのだから。


「状況が把握できないが、殿下の(おっしゃ)る事に従うしかないだろう……だが万が一の事態に備え総舵手並びに航行担当者は準備と心構えを(おこた)るな」


 油断なく指示したラインハルトだったが、彼の不安は杞憂(きゆう)に終わる。

 激戦で傷つきながらも辛うじて生き延びた両艦は、大気の精霊が行使する気流に護られ、無事にアルカディーナ星の大海へと着水した。

 そして、多くの犠牲を払いながらも、過酷を極めた逃避行は一応の結末を迎えたのである。


             ◇◆◇◆◇


 何とか着水に成功したグリュックだったが、船体に受けた致命傷に等しい損傷は如何(いかん)ともし難く、艦内に海水が流入し始めると同時に船体が傾き始めてしまう。

 最早沈没は避けられないと判断した達也は直ちに退艦命令を発した。


「海洋汚染を避ける為に機関部を完全封鎖する。早急に処理をしろ! 下手に海を汚すと精霊達に怒られるぞ! 残りの乗員は直ちに退艦! 負傷者を連れてバラディースに退避せよ。バトルスーツの飛翔機能を使えば泳ぐ必要もない筈だ。さあ、急げっ!」


 そう命令し終えて(ようや)く死地を脱した現実を実感したが、イェーガーをはじめ多くの仲間達を無為(むい)に死なせた事に深い無念を覚えずにはいられない。


(閣下……いずれお逢いした時に如何様(いかよう)にもお詫びいたしますから……それまで、この命を御貸しください)


 自分が置かれている立場を誰よりも自覚している達也は一瞬だけ瞑目したが、悔恨(かいこん)の情を胸の中に押し隠して決然と顔を上げるや、悄然(しょうぜん)とするエレオノーラを気遣い声を掛けた。


「アルエットさんには俺から告げるよ……」


 イェーガーの死に落胆している彼女を(おもんばか)っての言葉だったが、エレオノーラは弱々しく口元を(ほころ)ばせ小さく左右に(かぶり)を振った。


「駄目よ……この役目はアンタには譲れないわ……閣下の言葉を御預かりしたのは私ですもの……奥様に御伝えするのは私しかいない」

「そうか……俺も後でお詫び申し上げるから(よろ)しく頼む。それから今回の不始末は全て俺の不甲斐なさに帰するものだ……おまえが気に病む必要はないからな」

「ふんっ……アンタのそういう所は大っ嫌いだわ。傷ついた女相手に見境(みさかい)なく甘い言葉を掛けていたら大変な事になるわよ? クレアの頭に角が生えても、私は知らないからね」


 そう憎まれ口を叩くエレオノーラの表情が幾分(いくぶん)か柔らかい物に変化する。

 彼女の強さを知る達也はそれがせめてもの救いの様に思え、小さく頭を下げ謝意を表した。


「忠告は胸に刻んでおくよ……それからユリアを連れて行ってやってくれ」

「お父さま……」


 エレオノーラが頷くのと同時に愛娘が不安げな眼差しを向けて来る。

 達也は(いつく)しむような微笑みを浮かべ、ユリアの頭を優しく撫でてやった。


「オウキさんら長老衆に事態の説明をしてから、さくら達を連れてバラディースに向かうよ。どうやら夕暮れ間近みたいだから、ラインハルト達とアルカディーナ達の顔合わせは明日にした方が良いだろう。先に行ってクレアを安心させてやってくれ。きっと心配しているだろうからね」


 ユリアはほんの少しだけ躊躇(ためら)う素振りを見せたが、直ぐに笑顔で頷く。


「分かりました……先に行ってお母さまと一緒に御帰りを待っています。それに、マーヤの事も説明しておかないと……きっと驚かれるでしょうね」

「そうだね……だけどクレアならマーヤを喜んで受け入れてくれる筈さ……さあ、急ぎなさい。愚図愚図していると艦が沈んでしまう」


 連れ立って艦橋を出ていく二人の背を見送る達也は軽く吐息を吐いた。

 放っておくと際限なく沈んでいく心を意識して奮い立たせる。

 そして、再起を誓うのと同時に新たな決意を胸に(いだ)くのだった。


(ローラン・キャメロット……いずれこの借りは返させてもらう。今日、俺を殺せなかった事がおまえ達に何を(もたら)すのか……いつか必ずっ! 骨の髄まで思い知らせてやる!)

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― 新着の感想 ―
[一言] >クレアの頭に角が生えても、私は知らないからね 確かに先祖返りな感じで竜のツノが生える可能性も(ォィ ここから先は、達也センセ達のステージだ(ガ○ム(ォィ
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