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第二十二話 逝く者と遺されし者達 ②

「アサルトリーダーより全機へ、ぐぅっ……い、以後の指揮はウォーレンに任せる。防戦に徹して時間を稼げ!」


 言葉を発した途端に腹部から生じた激痛に顔を(しか)めたが、後を(たく)すという最後の命令を伝え終えたラルフは口元を(ほころ)ばせた。


 軍人……いや、戦闘機乗りならば、彼がこれから何をしようとしているのか察せられない者はいないだろう。

 生還が望めない。(ある)いは生還しても不本意な結末が待ち受けていると悟った時、選択しうる最低の……だが、唯一の道。

 過去に同じ決断をした者達を大勢見送って来た。

 その順番が自分にも訪れただけだ……。

 ラルフは瞑目して小さな吐息を吐いたが不思議と恐怖は感じず、避けがたい運命を前にしているのに、静かな心持でいられる己が妙に可笑(おか)しくて仕方がなかった。


 しかし……。


『父さんっ……ねえっ、父さんッ! 何を言ってるの? 変な事言わないでよッ!お願いだから、馬鹿な真似はしないでぇぇ──ッッ!!』


 心残りが有るとすれば、今も号哭(ごうこく)しながら(わめ)いている愛娘の未来だろうか……。

 実姉の死を(あわれ)み、その忘れ形見であるアイラを引取りはしたものの、自分が良い父親でなかったのは、誰よりもラルフ自身が身に染みて分かっていた。

 父親らしいことは何もしてやれず、あまつさえ傭兵団という環境が悪かったのか、女だてらに戦闘機乗り(ファイターパイロット)になると言い張って聞かず、何度口論した事か。

 明らかに父親である自分の影響を色濃く受けた結果であり、その時はひどく後悔したものだった。


 親子喧嘩という名の説得でも愛娘の頑固な決意を変えるには至らず。

 傭兵団の団員達も(なか)ば面白がって、幼いアイラに操縦術を教えるという無法ぶりを発揮。

 しかし、アイラはパイロットとしての天稟(てんぴん)を持ち合わせていたようで、(またた)く間に団員顔負けのテクニックを身につけてしまい、そんな娘の姿にラルフの困惑は増すばかりだった。 

 なまじ優秀な上に相応の覚悟も持ち合わせているが(ゆえ)に『パイロットなんか辞めて年頃の女らしく恋人でもつくれ』……。

 そんな世間一般の父親が口にしそうな台詞が陳腐(ちんぷ)に思えてしまい、説教も満足にできなかった事が悔やまれてならない。


(結局……俺は最後まで駄目な父親だったな……)


 胸を締め付ける後悔に自嘲しながらも、脳裏に浮かぶのはアイラの成長の軌跡。

 それが末期(まつご)のイベントだと理解したラルフは、己に残された時間が(わず)かだと察して苦笑いせざるを得なかった。


(あいつに頼んでおいて良かった……)


 ()しくも出撃前に言葉を交わした女性。

 あの遠藤志保ならば、心根の未熟なアイラを支えてくれるだろう……。

 最後の心残りに光明を見出したラルフは、息も絶え絶えの愛機に(むち)を入れるかのように出力を全開に叩き込んだ。

 目標は敵艦隊旗艦である弩級戦艦。

 脆弱(ぜいじゃく)な戦闘機の体当たり程度ではびくともしないだろうが、辛うじて露出している航行用の艦橋にダメージを与えれば、多少なりとも時間稼ぎにはなる筈だ。

 そう思い定めた彼は最後の願いを愛しい娘に伝えるべく口を開いた。


「……アイラ……おまえの思うように生きて行け……それだけを願っている……」

『いやだッ! いやだよっ、父さんッ! 私を一人にしないでぇぇ──ッ!!』


 言い遺す事は最早(もはや)何もない……。

 これ以上は未練だと割り切り、愛娘の悲痛な懇願は耳を(ふさ)いで聞こえないフリをしておく。

 後は何時(いつ)ものように弾幕を()(くぐ)るだけだと(まなじり)を決した瞬間だった。


『この馬鹿ったれがッ! たかが被弾したぐらいで似合いもしない悲壮感(ただよ)わせて大袈裟(おおげさ)に人生語ってんじゃないわよッ!』


 苛立(いらだ)ちが滲む志保の罵声に耳朶を叩かれたラルフは、日頃の遣り取りで身に付いた条件反射で思わず吠え返していた。


「大声で怒鳴るんじゃないッ! 鼓膜(こまく)が破れたらどうするんだッッ!」


 決死の体当り攻撃を決意しておきながら今更鼓膜(こまく)の心配……我ながら間抜けだと自嘲するが、そんな彼の心情になど全く斟酌(しんしゃく)しない志保は、更に怒りを(あら)わにして(まく)し立てる。


『娘の懇願も聞こえない腐った耳なんか、ドブにでも何処(どこ)にでも捨ててしまえばいいじゃないッ! アンタまだ生きてるんでしょう!? だったら最後まで足掻(あが)いて見せなさいよっ! 特攻して時間稼ぎなんて、隊長としては立派なんだろうけど、父親としては最低の大馬鹿野郎なんだからねッ!』


 烈火の(ごと)き怒りを含んだ彼女の物言いに圧倒されたラルフは、痛い所を衝かれて口籠(くちごも)らざるを得ない。

 すると、そんな赤髭男を尻目に、志保は益々語気を荒げて言い放った。


『どうしても死にたいのならこれ以上は止めないわ! でも覚えておきなさい! いずれ、アイラもアンタと同じ道を選ぶ事になるわよ。尊敬する父親が示した手本ですもの、見倣(みなら)わない訳がないじゃない! いいの? それで本当にいいと思っているのッ!? 答えなさいよッ! 赤髭ッッ!』


 叩きつけるような罵声を浴びたラルフは二の句が継げられず、(しか)も耳朶に木霊する志保の言葉が徐々に湿り気を帯び始めたのに気付いた瞬間、口の中に苦いモノが拡がるかの様な想いに囚われてしまう。


 地球統合軍の空間機兵と一戦交えたあの夜。

 お転婆で強情だと思っていた志保とアイラが見せた弱々しい姿と哀惜の涙……。

 自分の短慮な自裁(じさい)行為が、いつか娘に同じ決断を()いる。

 そう言われて己の浅慮を思い知ったラルフは、ジワリと胸に込み上げて来た恐れに身体を震わせる他はなかった。

 しかし、深刻な戦況を(かんが)みれば……。

 そんな焦燥感との板挟(いたばさ)みに懊悩(おうのう)して逡巡(しゅんじゅん)する彼に決断を(ひるがえ)すように進言したのは、他ならぬラインハルトだった。


『先日も言いましたが、あなたに楽をさせる余裕なんて我々にはないんですよ……親父さんに抜けられては航空隊の構想が頓挫(とんざ)します。それに若い連中にはあなたの指導が必要なんです……どうか短慮は(つつし)んで下さい。お願いします』


 先程までの決死の覚悟が嘘のように心が()いでしまったラルフは、神経を刺激する激しい痛みに顔を(しか)めながらも、彼らの説得を受け入れたのである。


「敵艦隊が突撃して来る前に全機バラディースに帰艦しろ」


 そう命令した彼は傷ついた己の愛機の機首を母艦目掛けて翻すのだった。


            ◇◆◇◆◇


 ラルフ機が帰艦コースに乗ったのを確認した志保は、小さく溜め息を吐きながら濡れた(まぶた)を軽く(ぬぐ)った。

 激情に任せて随分と酷い言葉で(なじ)ってしまったが、何にせよ彼が自死を思い止まってくれて良かったと思うし、絶妙のタイミングでサポートしてくれたラインハルトには心から感謝するしかない。


(これで、アイラに悲しい想いをさせずに済むかしらね……)


 そんな想いが通じた訳ではないだろうが、手元のモニターパネルにアイラの顔が映し出されたかと思うや、泣き()らして赤くなった双眸に涙を滲ませたままの彼女は、喜びを満面に(たた)えて声を震わせた。


『ありがとう……志保……この恩は一生忘れないから……本当にありがとう!』


 妹同然に可愛がっている彼女から感謝された志保は、照れ臭ささを誤魔化すかのように片手をヒラヒラと振って(わざ)と憎まれ口を叩く。


大袈裟(おおげさ)な事を言わないでよ。揶揄(からか)う相手がいなくなったら困る。ただそう思っただけなんだから。そうよ、それだけの事なのよ! アンタも、ゴチャゴチャ言ってないで、さっさと帰って来なさい!」

『うんっ! でも感謝してる……大好きだよ志保!』


 心からの想いを伝えたアイラは、柔和(にゅうわ)な微笑みのまま敬礼し通信を切った。

 面と向かって礼を言われたのがひどく気恥ずかしくて、頬が赤くなっているのが自分でも分かる志保は、二度三度と咳払いをして何時(いつ)もの調子を取り戻そうと躍起(やっき)になる。


(偉そうに他人に説教するなんて、私らしくもないわね……本当にどうしちゃったんだか……)


 どうもラルフと関わる機会が増えてから調子が狂いっぱなしだ……そんな想いが脳裏に浮かんだ志保は思わず顔を(しか)めていた。

 だが、それは不愉快に感じたからではなく、(むし)ろ、好ましいと思ったが(ゆえ)の照れ隠しに過ぎないと気付いてしまう。

 だから、志保は思わず口元を(ほころ)ばせたのだが、隣の席のクレアから投げ掛けられた台詞で一気に現実に引き戻されてしまった。


「本当にあなたは男前だわぁ。昔から、その気っ風の良さで年下の女の子達を(とりこ)にしていたものねぇ。士官学校時代も女子生徒にモテモテだったし……アイラさんも道を踏み外さなければいいのだけれど……」


 物憂(ものう)げな表情でトンデモない妄言を口走る腐れ縁。

 本人に悪気はないのだが、生来の天然気質持ち(ゆえ)か、彼女が無自覚に周囲に迷惑を撒き散らす困った性癖の持ち主なのを志保は嫌になるほど知っていた。

 (しか)も、言うに事欠いて親友を平然と百合(ユリ)扱いするのだから性質(たち)が悪い。

 不本意極まる濡れ衣の洗礼を受けた志保は、顔色を変えて猛然と抗議した。


「ち、ちょっと、クレアっ! 『男前』は褒め言葉じゃないと何度言えば理解するのよアンタはっ!? (しか)も、誤解を招くような言い方はやめなさいよ! アンタが言ったら、根も葉もない虚言も本当だと思われるでしょうがッ!」

「あら? 私は嘘なんか言ってないわよ?」


 速射砲の(ごと)き言い争いが勃発し、二人の辺りだけが別次元と化す。

 緊迫している筈の戦闘の最中にも(かか)わらず、この余裕の態度……。

 二人のやり取りを目の当たりにしたラインハルト以下ブリッジクルー達は、圧倒されて立ち尽くしてしまい言葉もなかった。


(度胸があるのか無神経なのか……どちらにしろ、平和ボケした地球統合軍出身としては異質な軍人なのかもしれないな)


 彼女達の能力が(ひい)でているのは理解しているが、戦闘中に浮かれられては士気に関わると案じたラインハルトは注意しようとしたが……。


「ミュラー司令! 敵艦隊に動きがあります……敵戦艦五隻が前進を開始。中軸に旗艦を中心にした大集団を形成し、殿(しんがり)に補給部隊らしき大型艦が多数随伴している模様っ!」


 直前までの弛緩(しかん)した雰囲気を一変させたクレアが状況報告をすれば、続いて志保が言葉を発する。


「味方ティルファング隊全機帰艦しました。生存機は二十三機ですが再出撃可能な機体は十三機のみ。ビンセント隊長、並びに負傷者達は医療室へ緊急搬送。また、敵の残存航空戦力も撤収した模様!」


 一瞬で軍人の顔に戻った二人に、ブリッジの面々は秘かに舌を巻くしかない。

 しかしながら、彼らも銀河連邦宇宙軍で名を馳せた一流の軍人達であり、危機に際して素早く反応して見せた。


「真面にやり合っても勝ち目はない……ティルファング隊は現状のまま待機。緊急転移を敢行し時間稼ぎに徹するぞ!」


 改装され幾分(いくぶん)はマシになったとはいえ、足の遅い移民船と損傷著しい三隻の護衛艦では親衛艦隊相手に勝機は微塵もない。

 追い詰められた彼らに残された選択肢は、シルフィードが救援に来てくれるのを信じて待つ事だけだった。


 大きく面舵を切って逃げを打つバラディース。

 クレアは平静を装い、恐怖や不安と戦いながら懸命に心の中で祈る。


(お願い達也さん……間に合って頂戴。困難な未来を覚悟してこの船に乗ってくれた大勢の人達を……誰一人死なせたくはないのっ!)


 しかし、そんな彼女の願いを嘲笑(あざわら)うかの様に、最悪の事態が彼らに襲い掛かる。

 前衛を形成する敵戦艦群から発せられる膨大な熱量をレーダーが検知し、それが強力な陽電子砲の発射準備の兆候だと判断した彼女は、狼狽を(あらわ)にして絶叫した。


「敵戦艦群、陽電子砲の発射体勢に入った模様っ! 熱量増幅ッ!」


 一気に慌ただしくなるブリッジだったが有効な対処法は無いに等しく、必殺兵器の集中砲火に晒されれば、如何(いか)に巨大構造物であるバラディースでも、ひとたまりもなく宇宙の藻屑(もくず)になるしかない。

 後は全エネルギーを注ぎこんだシールドが、何処(どこ)まで耐えられるのか……。

 刻々と忍び寄る死の匂いに戦慄するクレアは、思わず双眸を閉じるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ラルフのオッサン……よくぞ特攻をやめてくれた!! でも次から次へともんげー危機……やべぇよ達也センセはよ来て!!(゜Д゜;)
[良い点] 劣勢の戦いのぎりぎり感が手に汗を握らせますね! [一言] ティルファング隊の生存機23機ということは、 確か全体25機だったはずだから2機やられたのだろうか…。
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