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第二十一話 虎口 ④

 バラディースに接近する正体不明の艦隊を無人偵察機が捕捉したのは、エスペランサ星系を目指して銀河中心域西部を航行していた時だった。

 地球を出航した際に秘匿(ひとく)暗号通信をシルフィードに向けて発して以降、完全無線封止の状態で航海を続けているが、これは、将来的に敵対する可能性がある勢力に付け入る隙を与えたくないという、ラインハルトの判断に他ならない。


「八時の方向、距離五万五千。高低差マイナス百五十! 艦影三隻を確認! 艦種照会中……データーに該当する艦種あり。銀河連邦宇宙軍ゾルダート級汎用護衛艦(駆逐艦)です」


 緊張しながらも的確な手際でデーターを解析するクレアは、接近中の艦船の詳細を報告した。

 場合に()っては、これが初めての実戦経験になるかもしれないと思えば、(おの)ずと肩に力が入るのが分かる。

 伏龍在職中。航宙研修の最中(さなか)に正体不明の敵に襲われた経験はあったが、短時間の逃走劇でもあり、実戦と呼ぶには気恥ずかしくて戦歴にはカウントしていない。


(今日が本当の初陣ね……見守っていてね。達也さん)


 緊張と不安に思わず最愛の夫の顔を思い浮かべるクレア。

 だが、指揮官を筆頭に百戦錬磨(ひゃくせんれんま)の面々は、普段と何ら変わらない自然体で任務に臨んでおり、そんな彼らに囲まれているだけで勇気づけられる気がした。


「さて……小規模とはいえ、こんな辺境域には似つかわしくない艦隊だな。クレアさん。光学レンズで捕捉できますか? 遠景になっても構いませんから」


 思案顔のラインハルトの要望を受けて直ぐにシステムを操作する。

 いわゆる電信電探システムというものは、多種多様なシステムの複合体であり、それらを効率よく組み合わせる事で無限の効果を得られる代物だ。

 特にオペレーター自身の学習能力や先進性等が結果を大きく左右するため、どの部署でも優秀な熟練者は引く手数多(あまた)で、現場指揮官による人材争奪戦は熾烈(しれつ)を極めるのが常だった。


「了解しました。最大望遠による映像を解析し、立体ホログラムで再構築した上で映像化いたします」


 クレアはいとも容易(たやす)く言ってのけたが、ラインハルトとイェーガーは怪訝(けげん)な表情でお互いを見合ってしまう。

 バラディースは元々が移民船であり戦闘力は無いに等しいのだが、白銀家に譲渡(じょうと)される際に改装が(ほどこ)され、防御力増強と武装が増設されたという経緯がある。

 とはいえ、第一級戦闘配置が()かれている現状では、各電算機器に掛かる負荷は膨大であり、残された(わず)かな余力でクレアが選択した手順を行使するのは不可能ではないか、そう二人は考えたのだが……。


「解析並びに再構築完了いたしました。メインスクリーンに転映します」


 ものの数秒もしないうちに、鮮明な連邦軍汎用護衛艦の3D映像が映し出され、二人の顔に少なからず驚愕の色が浮んだ。


(これは凄いな……達也の嫁さんなんかにしとくのは勿体(もったい)ない腕前だ)


『いっそ達也と別れて軍の専任になりませんか?』

 

 喉まで出掛かった言葉を呑み込んだラインハルトは、何食わぬ顔をスクリーンに向けたのだが、次の瞬間には動揺を(あらわ)にしてシートから立ち上がっていた。


「この形状とカラーリングは……アスピディスケ・ベース親衛艦隊っ!?」


 長年銀河連邦軍本部に勤務していたラインハルトが、細部まで正確に再現された映像を見紛(みまが)う筈がない。


「これはこれは……どうやら悪い予感が当たったようだね……」


 顔つきを険しくして(うな)るイェーガーを見れば、ブリッジの他の面々もその表情を固くせざるを得ない。

 それらのメンバーの中にあって、唯一銀河連邦軍勤務経験がないクレアだけが、彼らの驚倒を共有できずに戸惑ってしまう。

 そんな彼女の様子に気付いたイェーガーが、状況を把握できていないクレアにも理解できるよう簡単に説明した。


「あの派手なカラーリングで統一された艦船群は、銀河連邦宇宙軍独立親衛艦隊に所属するものなのです。親衛艦隊とは、連邦軍本部アスピディスケ・ベース防衛をただ一つの任務とする、軍令部直属の精鋭部隊なのですよ」


 たったそれだけの説明で、(さと)いクレアは自分達が置かれた危機的状況を理解してしまう。


「基地防衛を(にな)う筈の艦隊が、こんな所に出没する理由はひとつしかありません。彼らの元締めであるエンペラドル元帥の意向……何かと目障(めざわ)りな白銀提督を排除したいという意志の現れでしょうね」


 淡々(たんたん)と語るイェーガーだったが、内心の動揺は隠しようもなく、それがクレアを益々不安にさせてしまう。

 達也を快く思わない者が多数存在するのは知っていたが、その一翼を担う勢力がこのタイミングで姿を現した現実には、漠然(ばくぜん)とした懸念を(いだ)かずにはいられない。

 だが、そんな状態であっても、事態は最悪の方向へと推移して行く。

 管理操作している機器から読み取れる情報は膨大であり、クレアは思案に没頭する暇もなく目の前の仕事に集中せざるを得なかった。


「接近中の艦隊から複数の暗号通信が発せられました。同盟国軍で共有されているコードでは解析不能。独自の秘匿(ひとく)暗号だと思われます」


 彼女の報告を受けたラインハルトは、イェーガーと視線を交わして頷き合うや、矢継ぎ早に指示を出す。


「機関二十%増速。艦種面舵十度。全火器のセーフティ解除……(ただ)し命令あるまで待機だ。それからクレアさん。艦内都市部の住人にシェルターに退避するよう通達お願いします」


 その言に補足するかの様にイェーガーも言葉を重ねる。


「戦闘になった場合、この船も深刻な損害を受ける可能性があります。アルエットやサクヤ様から住人を説得して貰い、生命維持装置付き脱出用カプセルに待機して司令部からの指示に従うよう徹底させて下さい。特に子供達には必須です」

「了解いたしました、直ちに……あ、待って下さい。連邦軍親衛艦隊先遣偵察部隊旗艦より通信が入りました。此方(こちら)を呼び出しているようですが……」


 緊張の面持ちで報告して来たクレアに、泰然(たいぜん)とした態度を崩さずにラインハルトは(うなず)いて見せた。

 指揮官の命に従い機器を操作すると、メインスクリーンに連邦軍大佐の階級章を附けた細身の中年男性が映し出される。

 (もっと)も、その艦長らしき人物に(いだ)いたクレアの印象は良いものではなかった。

 見栄だとしか思えない過度な装飾が(ほどこ)された軍服を(まと)い、片肘を曲げて腰に手をやる気障(キザ)なポーズで立ち尽くす彼から滲む、何処(どこ)傲慢(ごうまん)な雰囲気。

 (しか)此方(こちら)を見下しているのがありありと見て取れる尊大な態度。

 そんな彼が貴族出身の士官であるのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)であり、それを察したクレアは慨嘆(がいたん)する他はなかった。


(もう少し表情を取り(つくろ)うなりすればいいのに……これでは敵ですと言っているのも同然じゃない)


 あまりに分かり易い敵意に接したクレアは、恐れを感じる所か呆気に取られてしまったのだが、彼女の人物評は(おおむ)ね間違ってはいなかった。


「こちらは銀河連邦宇宙軍親衛艦隊、第十二戦隊指揮官ノーヴァ・アルシュ大佐である。貴艦乗員には銀河連邦評議会に対する反逆容疑が掛けられており、拘束せよとの命令が出ておる。抵抗は無駄だ! 直ちに投降しろ!」


 一方的に告げられたその高圧的な物言いは、ラインハルトとイェーガーにとっては想定内のものに過ぎず、相手にする価値も認められないものだ。

 (むし)ろ、余りに芸のない彼らの言い分に、連邦軍の人材不足も此処(ここ)まで来たかという悲哀さえ覚えてしまう。


「勝手に罪状を(あげつら)われても、当方としては身に覚えのない言い掛かりだと言わざるを得ない。()って貴官の申し出には従えないし、我々を拘禁したいのであれば、最高評議会並びに評議会議長連名の召喚状を持って来い。話はそれからだ」


 真面に相手をするのも馬鹿々々しいと断じたラインハルトは、ぞんざいな口調で要求を拒絶した。


「なぁッ!? キサマッ! 評議会の決定に逆らうというのかっ!?」

「それを証明するものを見せろを言っているのだ。我々は大元帥たる辺境伯の命を受けている者だ。それ相応の対応の仕方があって(しか)るべきだろう? 礼を欠く無礼には断固とした処置を取る用意が此方(こちら)にもある……そう通達しておく」


 議論する必要を認めないラインハルトは明確な覚悟だけを相手に伝えるや、早々に通信を切って不快げに鼻を鳴らした。


「よろしかったのですか? 話し合いを継続して無実を主張した方が……」


 不安げな顔でそう訊ねてくるクレアに副司令官は苦笑いを返し、自分達が置かれている状況を説明する。


「無駄でしょう。相手は我々を……邪魔者である白銀達也を排除すると腹を(くく)った様ですから。どんな抗弁も受け入れられないでしょうし、そもそも、穏便に捕縛して評議会に連行しようなどとは、彼らも考えていない筈です」

「グランローデン帝国皇帝との密会疑惑を喧伝(けんでん)し、地球統合政府と銀河連邦評議会を(あお)ったのは、軍令部を牛耳(ぎゅうじ)るエンペラドル元帥派でしょう……こじ付けでも何でも、名分さえ手に入れれば、彼らには独断で動かせる親衛艦隊という手駒があります。航宙艦隊統括局のガリュード閣下も、親衛艦隊の運用には口出しできませんからな……」


 愛する夫の存在を敵視し抹殺しようと目論(もくろ)む者達が、問答無用で牙を剥き出しにした事実にクレアは身震いしてしまう。

 しかし、否応(いやおう)もなく権力闘争の渦中に巻き込まれた現状を、不運だと(なげ)く暇さえも与えては貰えなかった。


「敵性艦隊に新たな動きがあります。単縦陣に陣形を変更し増速を開始。解読不能な通信電波を多数発信中! 本艦へ向けて急速接近中ッ!」


 レーダー機器から(もたら)される情報を手早く解析したクレアは悲鳴にも似た声で報告したが、それは至極当然の成り行きに過ぎない。

 敵にしてみれば警告と投降要請を拒絶した以上、撃沈も已むなしと判断した上での戦闘行動なのは明らかだ。

 だが、敵の思惑がどうであれ、それに屈する訳にはいかない以上、自分達が成すべき行動は決まっている。

 ラインハルトは毅然と顔を上げるや、強い口調で下命した。


「他の偵察艦隊、もしくは本隊が近隣宙域に居るはずだ! 我々が成すべきは敵の本隊に追い付かれる前に白銀提督との合流を目指す! それだけだ。バラディース並びに僚艦に攻撃を加える者は全て敵として対応せよ! 各艦は自らの裁量で防衛行動を徹底せよッ!!」


 事実上の戦闘命令を受け、バラディースは元より三隻の随伴護衛艦の動きが慌ただしくなる。

 進路をエスペランサ星系寄りに変えた艦隊は、防戦陣形のまま可能な限りの増速を開始した。


「私は護衛艦グリュックに移乗して防戦の指揮を執る。シルフィードとランデブーするには、後一日位は掛かるかもしれないが……その間を何とか(しの)ぐしか生き残る道はなかろう」


 イェーガーの言にラインハルトも同意せざるを得ない。

 自分達にできるのは、ただひたすらに逃げる他にはないのだから。

 艦橋を出て行く参謀長を敬礼で見送った副司令官はクレアに命令する。


「シルフィード宛てにSOSコールを発信してください。状況報告はいりません。達也やエレンならば、それだけで察してくれる筈です」

「はい。直ちにSOSコールを発信します!」


 命令を復唱して手早く仕事をこなす彼女から視線を前方に移したラインハルトは、予想される困難な逃避行を思って覚悟を新たにするのだった。

◎◎◎

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ところで、今さらながら疑問なんですが……作中では暗黒物質を暗黒粒子と呼んでいるのですか? 勘違いであればすみません。 [一言] ヤベェ事態になって来たぜ(゜Д゜;)
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