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第一話 神将は難題を抱えて前を向く ⑤

『リ~~ンゴ~ン・リ~~ンゴ~ン・リ~~ンゴ~ン』

 がちゃ……

「ハ~~イッ! 伯爵ふっじぃ~~ん(夫人)!! 御機嫌いっかがぁ?」

「帰れっ! 馬鹿ッ!」

 バッタァ────ン!!


「…………あ、あれっ?」


 呼び鈴を鳴らしてから一度は開かれたアンティーク調の扉が、鼻先一ミリの至近距離に叩きつけられるまでの僅か十五秒の顛末(てんまつ)がこれである。


 出迎えにでた親友が珍しくも激怒する様を目の当たりにした志保は、自分の何が至らなかったのか理解できず、呆然とした顔で立ち尽くすしかない。

 しかし、直ぐに『私は何も悪く無いじゃん!』と開き直った彼女は、己の行為が逆恨みの蛮行なのは棚に上げ、不当な? 対応に抗議するべく扉を叩くのだった。


「ちょっとぉ──っ! 何の真似(まね)よ、クレアっ? これが態々(わざわざ)訪ねて来た親友達に対する仕打ちなのぉ──っ!? 私は、断固! 抗議するわよぉ──ッ!!」


 この傲岸不遜(ごうがんふそん)な志保の暴挙に慌てたのは、他でもないエレオノーラだ。

 扉をたたき破らんばかりの勢いの友人を羽交い絞めにして強引に引き剥がすや、声を荒げて捲し立てた。


「ば、馬鹿やってんじゃないわよっ! 『伯爵夫人』なんて口にしたアンタが悪いに決まっているでしょ──がッ!」


 達也に貴族位が下賜(かし)されたという事実は、白銀家が銀河貴族の仲間入りを果たしたという事に他ならない。

 これは地球人としては初の名誉であり、この快挙をメディアが放っておくはずもなく、昼夜を問わず大々的に報道攻勢をかけた挙句(あげく)、白銀家の周囲に騒動と迷惑を撒き散らしたのだ。


「自宅も勤め先にも大勢の記者やレポーターが押し掛けて、周囲がパニック状態になったのはアンタだって知ってるでしょう?」

「そっ、それは知っているけど、もう半月も前に済んだ話じゃない。この都市型船バラディースに移住して騒動は落ち着いたんじゃなかったの?」


 その後の経緯(いきさつ)を志保が知らないのも無理はないだろう。

 今回の騒動の余波を受けたクレアは退役を余儀なくされ、一学期終了を待たずに伏龍士官学校を退職せざるを得ない状況に追い込まれてしまったのだ。

 志保も彼女に会うのはそれ以来であり、土星海戦の余波で混乱が続く中、心配しながらも連絡を取り合う余裕など微塵(みじん)もなかったのである。

 眉根を寄せて(いぶか)る志保に、エレオノーラは顔を(しか)めて溜息交じりに口を開く。


「そんな簡単な話じゃなかったわよ……元の自宅を引き払ってここに移った後も、搬入資材や日用品の荷物に(まぎ)れてバラディースに潜り込もうとするマスコミ連中が後を絶たなくてねぇ。ラインハルトがブチ切れて、物資搬入口で拘束(こうそく)した記者達をスパイ容疑で逮捕し、そのまま軍法会議にかけちゃったのよ」

「うわぁ~~強引ねぇ……一応はお灸を()えておこうって事か……対外的な抑止力にはなるものね」


 極めて良識的な志保の見通しを聞いたエレオノーラは、左右に(かぶり)を振って大きく嘆息した。


「あのねぇ……アンタもライを見縊(みくび)っているわ。これは本来ならスパイ容疑を適用されて当然の案件なの。下される判決は問答無用の銃殺刑よ」

「まっ、まさか……」


 最悪の結末が脳裏を()ぎった志保は、思わず生唾を呑み込んでしまう。


「さすがに、そこまではね……でも禁固三十年が確定し、適当な流刑地が見つかるまでは、シルフィードの営倉に拘禁(こうきん)すると決まったのよ」


 幸いと言えるかどうかは微妙な所だろう。

 辺境の流刑地での三十年の禁固刑では、生きて地球に帰るのは不可能に等しく、死刑判決同然と考えるのが軍内での常識だ。


『どうせ、適当に説教を受けて放免される』と高を(くく)っていた記者連中や、彼らが所属するマスメディアも、この処置が銀河連邦法に定められた正式な裁定である旨を公文書で通告した途端、気が狂ったように(わめ)き始めたという。


「連中は『民衆の知る権利を妨げてはならない』、とか『人権を踏みにじる真似は許されない』とか勝手な事を(わめ)いて騒いでいたけど、(らち)が明かないと悟ったらしくてね……統合政府のお偉いさんを通じ、穏便に済ませて貰えないかと情状(じょうじょう)酌量(しゃくりょう)を懇願して来たわ」


 余りに情けない顛末(てんまつ)に呆れるやら恥ずかしいやらで、同じ地球人である志保は、まさに(ほぞ)()む思いだった。


「そんなやり取りは大人の事情だから気に病む必要もないけれど、馬鹿なメディアの連中が、さくらちゃんが通っていた幼年保育所まで押し掛けてね……可哀そうにさくらちゃん……退所を余儀なくされて二~三日は泣いてばかりだったのよ」

「なるほど。それでクレアの奴ピリピリしていたのね……」


 志保が後悔の念に(さいな)まれて肩を落としたのと同時に玄関の扉が開き、憤懣やる方ないといった風情のクレアが顔を出す。

 志保は駆け寄るや、平身低頭して謝罪した。


「ごめんなさい……知らなかったとはいえ私……」


 大きな身体を小さくしている腐れ縁の親友を見たクレアは、固い表情を(やわ)らげて言い訳じみた台詞を口にする。


「もういいわ。済んだ事だし。ただ、今日はちょっと想定外の事件があってね……虫の居所が悪かっただけよ」


 クレアの物言いに妙に引っ掛かる部分があったが、許して貰えた事で良しとした志保は、()()えずスルーしておく。

 それよりも、酷い目にあったさくらの事が心配でならず、事情を訊ねようと口を開いたのだが……。


「それで、肝心のさくらちゃんは……」

「ああぁ──っ! 志保お姉さんとエレンお姉さんだぁっ! こんにちわぁ!」


 さくらの様子を訊ねようとしたが、快活な声と共に背後から駆けて来た当の本人が、彼女の太腿辺りに抱きついて来たものだから、最後まで言葉にならなかった。


「わぁぉ! びっくりしたわぁ~~どうしたの? お友達と遊んでいたの?」


 話に聞いていた感じとは違って一片の曇りもない少女の笑顔に戸惑いながらも、志保は安堵して相好を崩す。

 さくらの隣に立つ金髪を三つ編みにした同じ年齢ぐらいの少女は新しい友達らしく、笑顔でお辞儀をする仕種も可愛らしくて、まるでお人形さんのようだ。


「違うよぉ~~今まで学校だったのぉ! これからね、キャッシーちゃんと公園に行って遊ぶの! 他の友達もいっぱい来るんだよ!」


 満面に笑みを浮かべたさくらはそう言うや(いな)や、キャッシーと呼ばれた女の子と仲良く手を繋いで玄関の中に飛び込んで行く。

 そんな子供達の背中に向けてクレアが優しく声を掛けた。


「キッチンにケーキとジュースを用意しているから、手を洗ってから食べるんですよぉ」

「「はあぁ~~いッ!」」


 まさに旋風(つむじかぜ)のような慌ただしさに志保が呆然としていると、晴れ晴れとした笑顔のクレアが説明する。


「あの娘はキャサリン・ミュラーといって、ラインハルトさんと奥様のオリヴィアさんの一人娘でね、さくらと仲良くしてくれているのよ」


 クレアの言葉を引き取ったエレオノーラが説明を補足した。


「イエーガー閣下の奥様のアルエットさんが、未成年児童の学校を作ろうと言いだされてね。奥様自身が(かつ)ては高等女学校の教員をなされていたし、バラディースに越して来た連中の中には教員資格を持っている者も結構いてさ。約四百人の子供達を年齢別にクラス分けして学校をスタートさせたという訳よ」


 少しづつだが全てが良い方向へと進んでいるのだと知った志保は、深く安堵してホッと一息つく。

 色々と苦労は絶えないのだろうが、親友達の新生活が希望に満ちたものになりつつあると知って喜びに破顔するのだった。


             ◇◆◇◆◇


「ふわぁ~~これは、これは……どこぞの大富豪の豪邸が鶏小屋(にわとりごや)に見えちゃうわねぇ。全く恐れ入ったわ」


 まるで宮殿の様な広い廊下を歩きながら、志保は感嘆の吐息を漏らした。

 表から一瞥(いちべつ)しただけでは分からなかったが、建物の奥行もかなりあって、廊下だけでなく各部屋の面積もかなりのものがある。

 今どき珍しい豪勢なシャンデリアが等間隔で天井から吊るされており、雰囲気のある彫像や絵画が飾られている様は、まさに別世界と言わずにはいられなかった。


「あなたまでそんな事を言う? 勘弁してよぉ。こんなお屋敷を戴いても困ってしまって……住んでいるのは子供達を含めても五人だけなのよ? (しか)も、達也さんもユリアも居なくて余計に心細くて、夜はさくらやティグルと一緒に寝ている有り様なんだからね」


 揶揄(からか)われたとでも思ったのか、クレアはゲンナリした顔で愚痴を(こぼ)す。

 さすがにそんな腐れ縁に志保は同情したが、実家が貴族であるエレオノーラは、あっけらかんとした顔で(のたま)う。


「何を言っているのよ。実情はどうであれ、辺境伯は大貴族なんですからね。本当ならこれでも手狭な位なのよ?」

「爵位を(たまわ)ったと言ってもそれは達也さんにであって……私は貴族社会になど縁もゆかりもない普通の民間人なのよぉ~~」


 情けない声を出して項垂(うなだ)れる友人に、エレオノーラは肩を(すく)め真顔で忠告した。


「あのねぇ~~あの達也に格式なんか期待するだけ無駄だからね。白銀家の隆盛はアンタ次第だと覚悟しておいた方がいいわ。でないと、この件で尽力してくだされたアナスタシア様やヒルデガルド殿下の顔に泥を塗る事になるわよ?」

「これ以上プレッシャーを掛けないでよ……本当に胃が痛いんだからぁ~」


 万能超人のクレアが珍しく打ち拉(うちひし)がれて溜息を吐く様子に困惑しながらも、今日呼び出された相談とはこのことかと志保は考えたのだが、この程度は時候の挨拶に過ぎなかったと直ぐに思い知らされるのだった。


               ◇◆◇◆◇


「やあやあっ! 遅いじゃないかね君たちぃ~~ボクは待ち草臥(くたび)れてお腹と背中がくっついてしまいそうだよぉ~~」


 一階の奥まった場所にある、裏庭に突き出した総ガラス張りのサンルーム。

 その快適な空間に案内された志保とエレオノーラを出迎えたのは、長椅子に踏ん反り返って間抜けな声を上げるヒルデガルド・ファーレンと、楚々(そそ)とした風情の金髪碧眼(きんぱつへきがん)美女だった。

 ヒルデガルドは七聖国の一柱であるファーレン王国の次期女王候補筆頭であり、GPO(銀河警察機構)最上級捜査官の肩書を持つ天才科学者として、広く銀河系にその名を知られた貴人だ。

 見た目は十代のあどけない少女であるにも(かか)わらず、精神生命体のファーレン人の例に漏れず、実年齢は三百歳をオーバーしているドンデモ婆さんでもある。

 目の前のテーブルに並ぶ手作りスィーツを、物欲しそうな顔でチラチラ見ながら悪態をつく彼女を、微笑みながら見ている金髪の女性。

 このふたりとエレオノーラは旧知の間柄だが、志保にとっては初対面である為にクレアが双方を紹介した。


「こちら見ため少女の我儘婆(わがままばあ)さんがヒルデガルド・ファーレン殿下。アナタだって聞いた事があるでしょう? 七聖国のひとつファーレン王国の次期女王様に内定されている方。もう御一人は、さっき会ったキャサリンちゃんのママでオリヴィア・ミュラーさん。ラインハルトさんの奥様よ……こちらは遠藤志保地球統合軍中尉。士官学校で教鞭(きょうべん)を執っております私の親友ですわ」


 クレアの仲立ちで三人は互いに自己紹介を交わしたのだが、不満げな顔のヒルデガルドが苦言を(てい)した。


「黙って聞いていれば君も随分と酷い事を言うじゃないか、クレア君? ()りにも()って『見ため少女の我儘(わがまま)婆さん』はあんまりじゃないかい? こんなキュートなボクのどこが婆ぁさんなんだいぃ? 失礼しちゃうよ! プンプンだよっ!」


 しかし、我関せずとばかりにそっぽを向いたクレアは、貴人であるヒルデガルドを平然と無視して志保を驚かせた。

 彼女のこんな無礼な態度を見るのは、腐れ縁を自負する志保でさえ初めてであり、不機嫌モードを(あらわ)にする親友の真意が分からずに小首を(かし)げるしかない。

 だが、付き合いが浅いエレオノーラはクレアの変化には気付かず、ヒルデガルドを揶揄(やゆ)して地雷を踏み抜くのだった。


「しかし、殿下も暇ですねぇ~。またクレアの手料理目当てで押し掛けているんですか? あまり頻繁(ひんぱん)に仕事をサボっているとGPOをクビになってしまいますよ」


 一応は『殿下の身を案じています』というニュアンスを匂わせてはいるものの、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていては台無しである。

 だが、そんな無礼を笑い飛ばすかのようにヒルデガルドの非常識爆弾が炸裂(さくれつ)し、彼女らを唖然とさせるのだった。


「GPO? 何を言っているんだいっ! あんな銀河連邦宇宙軍のランチみたいに味気ない職場は、もう真っ平御免なのさぁッ!」


 凍り付くエレオノーラとは裏腹に、クレアの呆れ果てた顔とオリヴィアの苦笑いする顔が妙にコミカルで、志保は思わず吹き出しそうになるのを懸命に我慢するしかない。


「しょ、正気ですか殿下? そもそもGPOを辞めてどうするつもりなんです? 今度こそファーレン王国女王位を継承なさるのですか?」


 エレオノーラが狼狽するのも無理はないだろう。

 自分本位で暴虐無人、歩く傍迷惑(はためいわく)と言われるヒルデガルドだが、その能力を疑う者は一人もいない。

 彼女が退職した後のGPOが、どの様な混乱に(おちい)るかは想像するに容易(たやす)い。

 しかし、そんな懸念は何処(どこ)吹く風とばかりに、彼女はドヤ顔で(のたま)った。


「馬鹿を言うんじゃないよエレン! あんな(かすみ)を食べて生きている様な星の後継者なんか眼中にないよん! 心して聞き給え! ボクは白銀家最高顧問として未熟な達也とクレア君に貴族の何たるかをビシビシ仕込むつもりだよ! どうだいっ? これで白銀家は万々歳だよぅ!」


 得意満面の殿下の雄叫びを聞いて思わず顔を背けるエレオノーラ。

 オリヴィアは困惑しながらも苦笑いを維持し、その憂鬱(ゆううつ)そうな顔を片手で(おお)ったクレアは溜め息を零す。


(なるほど……クレアが言ってた『想定外の出来事』って、これだったのね)


 天災かはたまた人災か……理解の埒外(らちがい)の事案は()()えず棚上げし、志保は素直な疑問を(つぶや)くのだった。


「結局のところ美味いもの食べたさに、仕事も何もかも放り出して来たんだ?」


 腐れ縁の妙に感心した声を耳にしたクレアは、肩を落として(なげ)くしかない。


「勘弁してくれませんかぁ……非難されるのは、絶対に私なんですからぁ」


 しかし、その哀愁に満ちた(なげ)き節に同情する者はいても、救いの手を差し伸べる勇者は、誰一人として存在しなかったのである。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >住んでいるのは子供達を含めても五人だけなのよ? ちょっと、使わない部屋から埃が立つぞ。メイドや執事を雇った方がいいぞ(゜Д゜;) [一言] >物資搬入口で拘束した記者達をスパイ容疑で…
[一言] 日本でも芸能界やマスコミに政党と癒着した教団の影響が広がってるように、この物語世界のマスコミにもシグナス教団の息がかかった人間がいるだろうから、本物の兼業スパイとかバイトのスパイもいそうだな…
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