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第二十一話 虎口 ①

「ふふふ……あの若造め。どうやら口先だけのお調子者ではなかったようだな」


 銀河連邦宇宙軍軍令部総長エンペラドル元帥は、自派閥を取り巻く状況がたった数日で好転した所為(せい)もあり、至極御満悦だった。

 元帥の口から漏れた『若造』とは、宿敵モナルキア元帥派閥の若き筆頭補佐官であるローラン・キャメロット中佐を指してのものだ。

 彼から寝返りを打診された時には、余りの胡散臭(うさんくさ)さに半信半疑だったが、それは杞憂(きゆう)に過ぎなかった。


 亜人密売に関わっていた腹心のルーズバック伯爵が捕縛されて以降は、評議会や軍内部ではエンペラドル派に対する逆風が吹き荒れ、領袖(りょうしゅう)である彼自身も激しい批判に晒され窮地へと追い込まれていたのだ。

 正義面をして非難を繰り返す連中を裏から(あお)っていたのは、他ならぬ軍政部総長モナルキア元帥一派であり、今回のスキャンダルを好機と(とら)えた彼らの追及は執拗(しつよう)で陰惨を極めた。

 しかし、キャメロット中佐は、実に鮮やかな手管(てくだ)で評議会内の空気を一変させるや、エンペラドル派への追及を雲散霧消(うんさんむしょう)せしめたのである。


(我々を追い詰めていた張本人が寝返っているとは、さしものモナルキアも気付くまいて……クックックッ)


 何処(どこ)か楽しげな笑みを口元に浮かべたエンペラドル元帥は、漏れ出そうになる哄笑(こうしょう)(こら)えながら肩を少しだけ揺らす。

 秘かに寝返りを打診して来たキャメロット中佐は、素知らぬ顔を(よそお)って白銀達也に対する不確かな疑惑を世間に流布した。

 情報局新局長でもある【グレイ・フォックス】と異名をとったリューグナー少将まで抱き込んだ彼の思惑は図に当たり、評議会は一昨日辺りからハチの巣を突いた様な騒ぎになっている。


 (かく)たる証拠はないとはいえ、この疑惑が真実ならば、白銀達也に【神将】の称号と貴族位を下賜した七聖国と評議会の面子は丸潰れとなり、責任問題に発展するのは必至だ。

 (しか)も、亜人密売容疑でGPOに拘禁されていたルーズバック伯爵が、自らの愚かな行為を恥じ、獄中で()()()()()げたというニュースがセンセーショナルに報じられるや(いな)や、モナルキア派議員達は追及の矛先を失い、急速にその勢いを減じたのだから、キャメロットの策略が功を奏したのは明らかだった。


 こうして窮地(きゅうち)を脱したエンペラドル元帥は、事も無げに逆転劇を演出して見せたキャメロットを高く評価し、自らの腹心として相応の地位を(もっ)て彼を迎え入れると決めたのだ。


(後はキャメロットの献策(けんさく)通りに仕上げをするだけ……全てが成功裏に幕を閉じた暁には、銀河連邦は儂のものだ!)


 脳内で描くシナリオが、(すで)に達成されたかの(ごと)き高揚感に酔い痴れ、それは高い確率で実現するであろう甘美な未来に他ならないと、エンペラドルはそう確信している。

 すると、執務室の扉がノックされたかと思えば、慇懃(いんぎん)に一礼したキャメロットが入室して来るや、何時(いつ)ものように感情を(うかが)わせない声でエンペラドルが待ち()びていた報告を口にした。


「元帥閣下。獲物が地球を出立致しました。予定通り地球統合政府並びに統合軍と一悶着(ひともんちゃく)を起こしており、地球統合政府より正式な抗議声明が出されております」


 計画が最終局面に入ったのだと理解したエンペラドルは、自身の栄光に(いろど)られた未来を夢想し、その顔を嗜虐を滲ませたものへと変化させるのだった。


            ◇◆◇◆◇


「これはとんでもない代物だよ。次元干渉システムと新発見された粒子だけでも、現在の常識を引っ繰り返しかねないね。情報統制を徹底しなければ、セレーネとの約束が守れなくなってしまうよん」


 アルカディーナ達に受け入れられてから三日という短い時間で調査判明した内容に、驚愕と困惑が綯交(ないま)ぜになった表情で溜息を吐くしかないヒルデガルド。

 先史文明の史跡であるコントロールシステムを解析した彼女は、封印されていた膨大なデーターの取得に成功したのだが、その極端な先進性に頭を抱えざるを得なかったのだ。


「それ程のモノなのですか?」


 その達也からの問いに、ヒルデガルドは真剣な面持(おもも)ちで頷くしかなかった。

 彼ら以外でこの場に居るのはエレオノーラと詩織、そして蓮だけであり、子供達はアルカディーナの都市に残して来ている。

 遺跡内の管制室に立ち入るにはさくらの同行が必須とされていたが、メインコンピューターが危険人物だと認識しない限りは、二度目以降は自由に立ち入りできる様で、ヒルデガルドは三日三晩不眠不休で調査を続けているのだった。

 (もっと)も、完全精神生命体の彼女にとって、疲労という概念は人間らしさを形成するイミテーションに過ぎず、実際には睡眠すら必要とはしないのだが……。

 その彼女が疲労感を(あらわ)にしているのだから、達也も事の重大性を嫌でも認識せざるを得なかった。


「君だって軍人なのだから、現在実用化されている次元干渉システムが、稚拙(ちせつ)(きわ)まりないモノだという事は知っているのだろう? 転移システムも転移用のゲートに応用されてはいるが、辛うじて安定性を確保しているに過ぎない代物さ」

「それは仕方がありませんよ。私たちの次元とは異なる次元に複数の結節点を(つな)げてジャンプするのですから、システム的に未成熟で不安定な部分があるのは、現状の技術力では已むを得ないかと」


 優等生の詩織が思案顔でそう答えると、蓮も片手を(あご)に当てながら小首を(かし)げて言葉を重ねる。


「そう言えば、銀河連邦軍を筆頭に多くの国家が競って研究開発を推し進めている《次元潜航艇》も、思うような成果は出せていないよなぁ……」


 ヒルデガルドは詩織の答えに頷きながらも、蓮の疑問には両肩を(すく)めて見せるや嘲笑(あざわら)うかの様に鼻を鳴らした。


「それは当然さ。如何(いか)なる艦種であっても、自力で異次元空間内を自由に航行する能力は持ち合わせてはいないからね。現状の科学力では次元の狭間を形成し、その穴に(もぐ)る程度が精一杯……だから()()()ではなく()()()なのさ」


 その講釈は達也も納得のいく話だ。

 実用化されている次元潜航艇なる艦種は、形成した(わず)かな次元の狭間に(もぐ)るという能力を有してはいるが、次元空間を自在に動ける訳ではなく、いわば掘った穴に身を(ひそ)めるという表現が適切な代物だった。

 それ(ゆえ)、敵勢力の動向や艦隊行動の監視と偵察が主たる役割であり、相手が反撃手段を持たない非武装の商用船団等だった場合のみ攻撃が許される……その程度の汎用性(はんようせい)の乏しい戦力に過ぎない。

 大海原を自在に潜れる潜水艦とは違い、一旦発見されたが最後、敵の攻撃を(かわ)す術すら持ち合わせていないが(ゆえ)に、運用が極めて難しい艦種だと認識されている。


「つまり、現状の次元潜航艇は風呂場の浴槽の(ふち)に掴まって、湯に頭まで浸かるようなものなんだが……先史文明アルカディーナが開発した次元干渉システムを応用すれば、浴槽がプール並みの広さに拡大された上に、一定の範囲内なら航行も思いの儘……立派な超新兵器の誕生というわけさ」


 本来のヒルデガルドであれば、このような革新的な世紀の大発見に接すれば歓喜して小躍りするのが常なのだが、今の彼女は明らかに何時(いつも)もと様子が違った。

 直ぐにその真意に思い至った達也とエレオノーラは、今後想定される事象に戦慄を覚えてしまう。


「そうか……シルフィードの探査機が、サルバシオンを覆っていた別次元の惑星の投影体に到達したという事実を(かんが)みれば……異次元空間に潜航したまま現行空間に存在する艦船を攻撃可能という事よね……」

(しか)も、狭いながらも一定の範囲を自在に逃げ回れるとなれば、敵から捕捉される危険性も激減するな。姿も見せず自在にミサイル攻撃が出来る潜航艦か……戦略と戦術の常識が根底から引っ繰り返るぞ」


 エレオノーラに続いた達也の言には蓮も詩織も絶句するしかない。

 何もない宇宙空間から突如雷撃に見舞われたならば……。

 常識を(くつがえ)す事態を想像して恐怖を覚えない者は居ないだろう。

 軍人である四人は、その恐怖が実感できるからこそ一様に眉を(ひそ)めてしまったのだが、ヒルデガルドの話はそれだけでは終わらなかった。


「厄介なのはそれだけじゃないんだよ。このエスペランサ星系の環境は、先史文明が自衛目的で構築した人工ブラックホールの影響に起因しているという話を覚えているかい? それを踏まえて調査してみたんだが、星系内で荒れ狂う全ての乱流帯から未知の粒子が発見されたんだよん」


 ヒルデガルドは表情を固くして達也を(にら)むや、話を聞かれて困る者が居る訳でもないのに声を(ひそ)めて言葉を重ねる。


「星系内で交信やレーダーが使用不能になるのは、この粒子が原因なんだがね……大概の電波を吸収する上に光学兵器、いわゆるビーム兵器やレーザー兵器。挙句(あげく)に高出力の粒子砲の威力まで大幅に減衰させる効果を秘めていると分かったのさ!」

「つまり、この星系内では現行の艦船が装備している主兵装は(ほとん)んど役に立たないという事ですか?」


 達也の問いに彼女は大きく頷くや、不気味な表情を浮かべて口角を吊り上げた。


「その通りだよん。効果を見込めるのは実弾兵装だけだろうね……この事実が何を意味するか分かるかい?」

「実弾兵器と言っても、レーダーが役に立たなければ命中率は悲惨の一言に尽きるんじゃないですか? それなら五十歩百歩だわ」


 軍人ならば誰もが(いだ)く疑問をエレオノーラは口にしたが、達也はヒルデガルドの意味深な言葉から正確に彼女の意図を看破して問い返した。


「『大概の電波が吸収される』と仰っていましたが、例外もあるのですね?」


 満面の笑みでその問いを肯定したヒルデガルドは説明を続ける。


「電波と言うよりも、精霊の能力と言った方が正しいね」


 突飛な発言を受けた一同の頭の上にクエスチョンマークが浮かぶ様が見て取れ、意味ありげにほくそ笑んだヒルデガルドは、思案顔の彼らにはお構い無しに種明かしをした。


「ファンタジーだと馬鹿にしたものでもないんだよん。あの粒子が散乱する宙域の位置情報を正確に把握する能力がポピーら精霊にはあるらしいんだが、その情報を含んだ精霊達の思念波をファーレンの精霊石を媒体にして受信する照準システムを開発できれば……」


 妖艶な笑みをその顔に張り付けて喉を鳴らす彼女は、(まさ)しくマッドサイエンティストの面目躍如たる超技術を示唆したのである。

 だが、現状では頼りになる戦力などないに等しい白銀軍には、スーパーウェポンの誕生は朗報(ろうほう)に違いなく、達也はヒルデガルドの懸念を考慮しながらも、これらの新発見を利用して戦力の増強に努める道を選択した。


「殿下。新技術の秘匿(ひとく)は絶対のものとして、艦の建造を進めて下さい。最悪の場合に秘密事項の消去法は殿下に一任致します」

「ふむ。君が覚悟を決めたのならばボクに異存はないよん。鉱石惑星型の秘密プラントが到着次第艦の建造に取り掛かろう。とはいえ資金面の問題からも急激な軍備拡張は無理だ。当面は艦種を絞って建造を進めた方が良いと思うんだが……」

「それならば、私からお願いがあります……」


 達也はこれまでの話を(かんが)みて、自分なりのプランを皆に披露した。

 こうして今回の調査行は、思いもよらぬ僥倖(ぎょうこう)を得て前途に明るい希望を見出せたのである。


            ◇◆◇◆◇


 一同が打ち合わせを終えて都市に戻ったのは昼食時を少し過ぎた頃だった。

 移住先の目途が立った以上、一旦地球に戻って仲間達に説明し同意を得なければならない事が山ほどある。

 しかし、彼らの了承を得るのは難しくはないと達也は思っていた。


(俺の下に残ってくれた連中は、ガリュード様の教育の賜物(たまもの)か差別意識の薄い連中ばかりだし、クレアや母さん達も同様だ……きっと亜人達の存在を快く受け入れてくれる筈だ)


 やや安直に過ぎる楽観論かもしれないが、それが(あなが)ち夢物語ではないと確信できる光景が目の前にあるのだ。

 シルフィード後部甲板に着陸したシャトルから降り立ち陸地をみれば、二百m程離れた海岸辺りで歓声を上げながら楽しそうに遊んでいる子供達の姿があった。

 さくらとマーヤを中心にして、三十名程のアルカディーナの子供達が波打ち際で(はしゃ)ぎ廻っており、木々がせり出し木陰になっている砂浜では、幼い子供らに囲まれたユリアが本を読んで聞かせている。

 大人達の思惑や(こだわ)りが如何(いか)に空虚なものであるか、子供達が見事に体現してくれているのを見た達也は、破顔して益々希望を強くしたのだ。


(種族なんか関係ない。皆が笑顔で手を取り合える世界がきっと来る……その為にも過去の経緯や憎しみを、あの子たちに背負わせてはならない。それが我々大人の責務なのだから)


 胸の中で形を成し始めた願いに心を熱くした達也だったが、その決意を新たにしたのと同時にブリッジから連絡が入った。


『白銀提督。たった今バラディースから発せられた超短文暗号を受信しました』


 エスペランサ星系内の特殊な環境(ゆえ)に通常の長距離通信が使用不能だとはいえ、超短文暗号を送って来た事情を(かんが)みれば、バラディースに不測の事態が起こったと考えて間違いないだろう。

 一抹(いちまつ)の不安を(いだ)いた達也は、笑みを消して足早にブリッジに向うのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ミノ○スキー粒子に似た粒子!?(違 というかこの世界の次元跳躍技術のレヴェル、私の星々における次元跳躍技術ほどには到達していなかったのか!(゜Д゜;) でもって、憎しみとかは後世に繋いじ…
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