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第十九話 哀哭 ①

 アルカディーナ星での問題に、達也らが区切りを付けたのと丁度同じ頃……。


 地球では八月も終わったというのに、残暑は一向に(おとろ)える気配もなく、不快指数は高止まりした儘だ。

 その災禍は伏龍士官学校の教職員や候補生らを(さいな)み、多くの者達の精神状態を(いちじる)しく毀損(きそん)しており、奇行に走る憐れな候補生が出たとか出ないとか……。


 そんな暑苦しい平日の午後。

 極東アジア方面指令部から召喚命令を受けた遠藤志保中尉は、眉を(ひそ)めて溜息を吐いていた。

 軍務局開発部からの即時召喚命令と聞いて、どうせ(ろく)でもない用件だと(なか)ば覚悟してはいたのだが……。

 いざ出頭して目の前に居並んだ上官らの面子を見るや、見事に的中した己の直感が(うら)めしいやら可笑(おか)しいやらで、溜め息しか出てこない有り様だった。


(諒次がいる時点で用件は()して知るべきね。それにしても、どこまで腐っているのかしら……本当に見下げ果てた男だわ)


 壁に(しつら)えられた統合軍旗を背にし、無駄に豪奢(ごうしゃ)な執務机に納まっている軍務局長の斜め後方。

 何が嬉しいのか口の端だけを吊り上げ、下卑た笑みを浮かべている早瀬諒次少佐へ、志保は無言のまま侮蔑(ぶべつ)の眼差しを向けていた。

 この男がこの場にいる以上、彼女が召喚された理由が、今も右手首に装着しているヒルデガルド謹製のコンバットスーツユニットなのは明らかだ。

 不本意ながらも先日再会した時の騒動で、この試作品を使用して彼の部下を叩きのめしたのだが、その時の屈辱を晴らすために上官へ御注進に及んだのは、嘲笑を滲ませた諒次のニヤケ顔を見れば一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。


(上官にチクって自分のポイントを稼ぐついでにこの試作品を取り上げ、私に恥を掻かせようという魂胆なのでしょうけど……どこまでも幼稚な男だこと)


 だが、前回再会した時には殺意を(いだ)くほどに憎んでいたというのに、今回は呆れはしたものの不思議な事に怒りは感じない。

 それどころか、思わず口元を(ほころ)ばせる程度の余裕さえあるのだから、人間変われば変わるものだと納得している自分が、妙に可笑しく仕方がなかった。

 それを見咎(みとが)めた諒次が嘲笑(あざわら)われたのだと勘違いして顔を赤らめ、(にら)みつけて来るさまが滑稽(こっけい)に思え、彼女は更に笑みを深くする。


(皮肉なものね。こんなつまらない男を(うら)んでいただなんて……気付かせてくれたセクハラサンタには感謝するべきかな。(もっと)も人の尻を()でた不埒(ふらち)な行為は簡単には許さないけどね)


 見当外れな怒りに顔を(ゆが)める卑劣漢を眼中から排除した志保は、涼しい顔で完全無視の姿勢を貫く。

 そんな彼女の不遜(ふそん)極まる態度を不快に思った局長は、肩を怒らせて高圧的な物言いで(まく)し立てた。


「遠藤志保中尉。君が所持している新型バトルスーツの試作品を開発局に引き渡したまえ! これは要望ではない! 統合幕僚本部からの正式な命令である!」


 思わず口元を(ゆが)めた志保は、その想定通りの台詞に胸の中で失笑するしかない。


(どこまで恥知らずな真似を重ねれば、身勝手な己の愚かしさに気付くのかしらね……この馬鹿共は)


 技術面に()いて銀河連邦の後塵(こうじん)を拝しているにも(かか)わらず、安っぽいプライドに固執するのは、最早(もはや)統合軍のお家芸みたいなものだ。

 先進技術の供与を(こば)み、無理な開発を強行して大勢の犠牲者を出したのは(わず)かに五年前の事であり、この局長の態度を見れば、あの惨事から何も学んでいないのは火を見るよりも明らかだ。

 (しか)も、つい先日には絶対防衛圏内への他国の軍隊の侵攻を許した挙句に、防戦も儘ならずに傍観(ぼうかん)する愚を犯したばかりではないか。

 おまけに、そんな醜態を同盟諸国に晒しておきながら、恥じ入りもせずに他人様の成果まで横取りしようとするとは……。

 自分が所属する軍隊の無様な実相に、志保はホトホト愛想が尽きてしまった。

 だから寸瞬も躊躇(ためら)わず、辛辣(しんらつ)な拒絶の台詞を叩き返したのだ。


「残念ながら、その命令には従えません。寝言は寝て言って下さい!」


 六十代に届くかどうかの痩身(そうしん)の開発局少将は、最初何を言われたのか理解できなかったらしく、(ほう)けて間抜け面を晒した。

 見れば、諒次は怒りに顔を紅潮させ口元に力が入っている様子だが、志保は気にもせずに冷然とした眼差しで彼らを(にら)み返す。

 その態度を見て(ようや)く自分が発した命令を拒絶されたと理解した司令官は、神経質そうな面相を(ゆが)めて怒鳴り返した。


「な、何たる言い種かッ! この無礼者めッ! 上官に対して不遜(ふそん)な態度をとったばかりでなく、幕僚本部からの命令を拒絶するとは何事かぁッ!?」


 だが、そんな恫喝紛(どうかつまが)いの罵声など痛痒(つうよう)にも感じない志保は、更に冷たさを増した極寒の視線で少将閣下を睥睨(へいげい)して言い放つ。


「幕僚本部からの命令? 何時(いつ)から地球統合軍は他人様の成果を公然とネコババするようになったのですかね? これは知人から依頼されて評価試験を手伝っている代物です。私物ではありませんので、巫山戯(ふざけ)た命令には服しかねます」

「お、おのれぇ──ッ! 遠藤中尉。君は自分がどういう立場に立たされているのか理解しているのか!? 他国の兵器開発の片棒を(かつ)ぐ君の行為は、我が統合軍に対する厳然たる裏切り行為ではないかぁッ!?」


 頭から湯気を噴きだしそうな勢いで(まく)し立てる上官が、余りに滑稽(こっけい)に思えて失笑する反面、自分の中にあった統合軍という組織に対する情熱が急速に冷めていくのを志保は感じていた。


(軍の面子(めんつ)を守る為ならば、どんな卑劣な真似をしても恥じ入りもしない……言い掛かりを吹っ掛けた挙句(あげく)に部下を裏切り者扱いね……嘘でも『他人様の成果を盗んででも、部下達に良い装備を与えてやりたい』とでも言えば、まだ可愛(かわい)げがあるものを)


 楽をして成果を得て己の出世に役立てたいが、卑劣漢の(そし)りを受け面子(めんつ)を失うのは御免(こうむ)る……。

 荒ぶる上官の顔にそう書いてあるように見えた志保は、虫唾(むしず)が走る程の嫌悪感に衝き動かされて覚悟を決めた。


(ヒルデガルド殿下……折角の御厚情ですが、私はへそ曲がりなんです)


 そう心の中で苦笑いしたのと同時に、この試作品の評価試験を依頼された時に、ヒルデガルドから『くれぐれも』と念押しされた事が思い出される。


『いいかい志保君。この試作品を君の所の上官に見咎(みとが)められたり、開発関係の部署から拠出を求められた時は遠慮なく応じて構わないからね。どうせ今の地球の科学レベルではシステムの解析すら不可能な代物だから、実用化なんて夢のまた夢さ。ボクに義理立てする必要はないから、さっさと渡してしまっていいよん』


 地球の科学レベル云々(うんぬん)は兎も角、ヒルデガルドが態々(わざわざ)念押ししたのは、最悪でも志保に迷惑は掛けられないと気遣ったからに他ならない。

 しかし、志保にしてみれば、ヒルデガルドの想いを知るからこそ、目の前で(わめ)き散らすだけの傲慢(ごうまん)(きわ)まる下衆(げす)の言いなりにはなれないのだ。

 (たと)え、それでヒルデガルドの厚情を無にする事になったとしても、こんな愚物共のポイント稼ぎの片棒を担ぐつもりは毛頭なかった。

 だから、志保は腹を(くく)るや、意識して不敵な笑みを作り言い放ったのである。


「裏切り行為ですか……それは確かに統合軍軍人として許されざる行為ですわね。分かりました……御命令に従うのは(やぶさ)かではありませんが、評価試験の依頼者は、ファーレン王国のヒルデガルド・ファーレン殿下ですので、幕僚本部から上申して御了承を(たまわ)るよう手配して下さい」

「ぐっ……くっ、くぅぅぅ──ッ……」


 思いも掛けずに真っ当な意見具申をされた開発局少将は言葉に詰まり、目を()いて苛立(いらだ)ちを(あらわ)にするしかなかった。

 誰が開発した武装なのかを彼らは最初から承知しているにも(かか)わらず、面倒事を回避する為に命令権を()(かざ)して志保を恫喝(どうかつ)しているのだ。

 スパイ容疑を調べる過程で押収した証拠品を調査するという大義名分さえ立てば、如何(いか)に七聖国王族とはいえ文句は言えない筈だ……。

 そんな浅はかな幕僚たちの思惑を、志保はヒルデガルドの名を(おおやけ)にする事で打ち砕いたのである。


「あぁ……そう言えば、ヒルデガルド・ファーレン殿下は現在地球にはおられない筈ですわ。本国に確認すれば行き先は分かるかもしれませんが……まぁ、殿下より御許可が出たならば再度連絡を下さい。それでは、私はこれにて!」


 白々しいまでに狡猾(こうかつ)な微笑みを浮かべて敬礼し、退出しようと背を向けた志保に、早瀬諒次が苛立ちに震える声を投げ掛けた。


「志保……いや、遠藤中尉! 図に乗っていると後悔するぞ!」


 鬱屈(うっくつ)した暗い感情を隠そうともしないその捨て台詞を鼻で(わら)った志保は、両肩を(すく)めて見せるや、悠然(ゆうぜん)と部屋を後にしたのである。


           ◇◆◇◆◇


「御苦労様……何から何まで(たよ)り切ってしまって、本当にごめんなさいね」


 (ようや)く幼年保育所が完成して本格的に幼児童教育がスタートする中、責任者である由紀恵は沈痛な面持ちで深謝した。

 母親同然である彼女に頭を下げられたクレアは、慌てて彼女の肩に手を添え顔を上げさせて言い(つの)る。


「お、お母様! やめて下さい! そんな真似をされたら私の方が困ってしまいますから」


 由紀恵が恐縮しているのは、何も立派な保育所を建てて貰ったからではない。

 以前、彼女が運営していた養護施設ルミナス教会で幼年期から少年期を過ごし、卒院後は地元で就職を果して生活していた者達が、正式にバラディースの住人になるべく大挙して来訪したのだ。

 由紀恵の養護施設も経済不況と、降って湧いた巨大観光開発プロジェクトの(あお)りを受けて移転を余儀なくされたのだが、それと同じく、彼らが生計を得ていた企業や農家も同様の理由から立ち退きを強要されたのである。

 (しか)も、農業や酪農、そして漁業を営んでいた施設出身者達は、保証金を割り増しされただけで移転先も提示して貰えない有り様だった。

 確証こそないものの、国民から熱狂的な支持を受けている達也に対する統合政府の嫌がらせではないかとの憶測も世間では飛び交っており、温厚な由紀恵も随分と憤懣を(いだ)いたものだ。

 とは言うものの、そんな(らち)もない憶測を声高に訴えても、何一つ事態が好転する事はなかった。

 だから、途方に暮れる彼らの窮状(きゅうじょう)(うれ)いた由紀恵は、申し訳ないと思いながらも、達也不在の中で諸事に忙殺されているクレアに相談を持ち掛けたのだ。


「他人行儀な事は仰らないで下さい。達也さんにとって兄弟も同然の方々の窮状(きゅうじょう)は見過ごせませんわ。それに、住み慣れた土地を離れなければならない皆様の無念を思えば、これしきの事など……」


 由紀恵の手を取るクレアの表情にも(うれ)いの色が滲む。

 勿論(もちろん)、達也に欠片(かけら)ほどの非が有る訳もなく、迫害に等しい目に()った彼らが悪い訳でもない。

 狭量(きょうりょう)な者達の嫉妬心の醜さを改めて思い知らされたクレアは、彼らの同意を取り付けた上でバラディースで受け入れると決めた。

 母親と慕う由紀恵の存在も彼らの決断を後押しして、独身既婚を問わず八十人の卒院者がバラディースへの移民を希望し、その家族や親族を含めると、実に五百名以上の人々を新しい住人として迎え入れたのである。


「そう言って貰えると、本当に助かるわ。でも、この船の落ち着き先も決まらない中で移民を希望するなんて……あの子達も余程鬱屈(うっくつ)した想いがあったのね」


 溜息が交じる由紀恵の言葉に、クレアは曖昧(あいまい)な微笑みを浮かべてその場を取り(つくろ)ったが、内心では理不尽な地球統合政府に対し大いに憤慨していた。


(保証金だけ渡して移転を強要し、挙句(あげく)に関係省庁に圧力を掛けて、勤め先や産業団体に恫喝紛(どうかつまが)いの通達を出すなんて……非道にも程があるわ)


 情報戦略のエキスパートとして名を()せたクレアにとって、軍の情報システムと比べれば、ザル同然のセキュリティーでしかない省庁のデーターをハッキングするなど、目玉焼きを焼くより容易(たやす)い。

 動かぬ証拠を掴んで不当な扱いを撤回させようかとも考えたのだが、統合政府のやり方に辟易(へきえき)した彼らが、地球に見切りをつけて新天地で一から出直したいと強く希望した為、その意向を()んで(おおやけ)にはせずに黙って受け入れを決めたのだ。


 幸いにも都市部には空き家があり余っており、彼らには家族構成に合わせ無償で住居を提供し、仕事等は移転先の状況を見てから考えるという条件で合意した。

 そんな移住問題も解決し、彼らも処遇に満足してくれたので一安心したのだが、クレアの頭を悩ませる問題は他にもある。


『白銀達也大元帥が、グランローデン帝国と秘かに繋がりを持っている……』


 ここ数日の間に(ちまた)に拡散されたこの噂は急速に広がっており、未確定の情報だと前置きした上で報道するメディアも増え始めていた。

 ユリアの件で皇帝陛下に面会したのは確かだが、後ろ指を指されるような(やま)しい思惑など何もない。

 だからこそ自分達が沈黙を守る中で世論がどの様に反応し、それに対し統合政府がどんな動きを見せるか……。

 そんな事ばかりが脳裏を()ぎれば、憂鬱(ゆううつ)な気分にならざるを得なかった。


(せめて、達也さんが居てくれたら……ううん……あの人が帰って来るまでは私が頑張らないと)


 軽く頭を振って弱気の虫を追い出したクレアは、深呼吸して気持ちと思考を切り替える。


(早急にラインハルトさんとイェーガーさんに相談しよう……最悪の場合は、達也さんが帰還する前に地球を離れた方が良いのかもしれない)


 (いま)だに申し訳なさそうに謝意を口にする由紀恵を慰めながら、胸中に拡がる得体の知れない不安を押し殺すクレアは笑顔を()(つくろ)うのだった。 

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[一言] 所持者以外の者の手に亘った場合、半径1キロ以内が吹っ飛びますが、とか言ったらどう反応するのか気になる(ぇ
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