第十八話 真実 ④
『ランツェの理想に共感した亜人達が競うようにしてアルカディーナ星に集う中、そのような状況を快く思わない人間達も大勢いたのです……』
哀切を帯びたセレーネの言葉が、彼女の心情を如実に物語っていた。
戦争という狂気に満ちた愚行の中で生み出された亜人という存在は、支配者側の王侯貴族達にとっては便利な道具に過ぎず、所有物に過ぎない亜人達が、持ち主である彼らを差し置いて英雄扱いされる事に日増しに不満を募らせていったのだ。
その結果、その我慢が限度を超えた時、貴族たちは共謀して悪辣な罠を画策し、ランツェら亜人を貶めんとしたのである。
『エスペランサ星系周辺宙域で、所有する物資輸送船が海賊に襲撃されたと複数の貴族達が連邦評議会に訴え出たのです……金銭で雇ったならず者の亜人達を犯人に仕立てるという、巧妙な手管まで用いて……』
悔しげに表情を歪ませて独白するセレーネの無念を思えば、今も昔も変わらない貴族の偏狭さを再認識させられた達也は、胸に込み上げて来る嫌悪感に顔を顰めるしかなかった。
『ランツェを支持していた七聖国でさえ、我々を擁護して慎重な捜査をするべきだと主張する国と、議会が与えた恩顧に泥を塗った輩を許すなと非難する国に別れて紛糾する有り様でした。時間が経過する程に擁護の声は小さくなり、遂には亜人達のリーダーであるランツェに対し、評議会に出頭して申し開きをせよとの召喚状が発せられたのです』
「ランツェ殿とあなた方は、その要請を蹴ったのですね?」
竜母は力なく頷き、達也の問いを肯定する。
『身に覚えのない濡れ衣を着せられた亜人達や我ら神竜族は、人間達の不当な言い掛かりに激怒しました。ランツェは、自分が評議会に出頭して弁明しさえすれば、七聖国の中でも我々に好意的だったランズベルグ皇国やファーレン王国が必ず仲裁してくれる……そう言って仲間を説得したのですが……』
「なんだい? ファーレンやランズベルグは君達に味方していたのか。少しは気が楽になったかな。そうでなければ、今度国に帰った時には、王家の墓所を掘り返して当時の王を叩き起こしてやろうかと思ったよん」
ヒルデガルドは冗談めいた口調でそう言ったが、誰も笑う者はいない。
「貴女の仲間達はランツェの説得にも耳を貸さなかった……と?」
『召喚状は形式的なものに過ぎず、どんな弁解も受け入れられないと誰もが理解していましたから……平和の為に命懸けで尽力したランツェを辱め、漸く得た安住の地を奪おうとする者達に対する怒りが……私達の目を曇らせてしまったのです』
結局、連邦評議会からの召喚要請を拒絶したアルカディーナたちは、銀河連邦に対して公然と叛意を露にしたのである。
だが、この行為は敵対する貴族閥にとっては正に思う壺であり、『新銀河の秩序を乱す亜人を討つべし!』というスローガンの下、評議会内部の意思統一を醸成したい彼らにとっては、正に願ったり叶ったりの展開に他ならなかった。
また、漸く大戦が終息し、ささやかな平和を謳歌し始めた人々にとって、勇猛で鳴る亜人の蜂起が、戦乱中に味わった恐怖の記憶を呼び覚ますに充分な効果を発揮したのは想像に難くないだろう。
その所為もあり、銀河連邦の理念である『多文化共生』を実現する為に造られた各都市では、暴徒化した人間による亜人への迫害が頻発し、双方に死者が出る事態となって社会基盤が大きく揺らいだのだ。
『人間の迫害から逃れた者達は、命からがらアルカディーナ星に辿り着いたのですが、無傷な者は皆無という酷い有り様でした……各地の惨状を知らされたランツェが、どれほど落胆して絶望したか……ですから、彼は評議会の説得を諦めて仲間達を護る為に戦いを決意したのです』
その想いは勇壮で尊いものだったが、陸な戦闘艦艇も持ち合わせてはいない彼らに、新設された銀河連邦軍航宙艦隊を擁する評議会に抗する術はなかった。
一万隻に上る討伐艦隊の猛攻に晒されたエスペランサ星系は忽ち戦火に包まれ、至る所で一方的な虐殺が繰り広げられたのだ。
亜人達は劣勢にも拘わらず、大戦力を相手に一ヶ月に亘って善戦したが、大勢の戦死者を出して忽ち劣勢へと追い込まれてしまう。
また、頼みの綱の神竜族も戦士のほぼ全てが戦いの中で散るに至り、敗北は避けられない事態となったのだ。
『最後に残った神竜の戦士が斃れ、私も瀕死の重症を負いました……最早これまでと観念したランツェと私は、生まれたばかりの娘ニーニャと神竜族の幼竜達に僅かばかりの供をつけて、この星から落ち延びさせたのです』
最後に残された恒星間航行船を、強制的に発生させた次元回廊を通じて別の宙域に逃がす……船が何処の宙域に出るかも分からず、無事に追っ手の手を逃れて生き延びられるかも分からない。
そんな不確かな状況だったが、親として愛しい我が子を道連れにはできないと、苦渋の決断をせざるを得なかった当時を思い出したセレーネは、悲痛な表情で唇を噛んだ。
「お気持ちは痛いほど理解できます……さぞ御無念だったでしょう」
ランツェとセレーネの決断に敬意を表した達也は、瞑目して頭を垂れた。
『ありがとうございます。ですが、悲劇はそれで終わりませんでした。最後の決戦に臨む直前。ランツェは盟友だった科学者に、先史文明の遺産を起動させるように命じたのです。そして、彼は敵の旗艦と刺し違え、その生涯を終えました……』
沈痛な想いを含んだ言葉が、凄惨で怨念に彩られた英雄の末路を如実に語っており、蓮や詩織までもが彼女の苦衷を想って涙する。
司令官と旗艦を失った連邦軍艦隊が混乱する中、ランツェに事後を託されたその盟友は、彼の望むままにシステムを起動させた。
エスペランサ星系を取り囲む三か所の宙域に配置された小惑星帯には、先史文明の科学者達が開発した人工ブラックホール発生装置のメインコアが隠されており、それを起動させる事によって発生する疑似ブラックホールは、星系の環境を激変させ、最終的には、全ての惑星を呑み込むるように設計されていたのだ。
所謂、惑星の自裁装置であったのだが、この科学者はその効果を限定的なものに制限するようシステムを書き換え、星系内の環境や次元断層の誘因を自在に操る為の最終兵器に改造したのである。
発動した最終兵器は、一瞬で星系内全ての宙域を暗黒粒子が荒れ狂う大嵐に変貌させ、勝ち誇って侵攻して来た銀河連邦艦隊を、その獰猛なる牙で蹂躙した。
千五百年前の建造技術で造られた艦艇ではその猛威に抗う術はなく、激流に呑まれる木の葉の如く翻弄された挙句に、味方同士で接触爆散する艦が続出したのだ。
然も、前触れもなく顕現する次元断層に呑み込まれて消失する艦も後を絶たず、一万隻の大艦隊は、その全てを辺境の宙域に滅したのである。
こうして真実を知る全ての者が死に絶え、凄惨な反乱劇に幕が降ろされたのだ。
そこまで語ったセレーネに、恐る恐るといった風情の詩織が質問する。
「そんな強力な手段があったのならば、なぜ開戦劈頭に使用しなかったのですか?」
詩織の問いに少し困った顔をするセレーネに代わって、達也が推測を口にした。
「その最終兵器の威力で一度は侵攻を跳ね返せたとしても、二度、三度ともなれば、ジリ貧に追い込まれるのは目に見えている。たった一度きりのチャンスならば最後まで切り札として残しておく……そうすれば、領地と仲間を道連れに自決したと見せかけて災禍をやり過ごすのも可能になる……そんな作戦だったのではありませんか?」
儚げな微笑みを浮かべて頷くセレーネ。
『御推察の通りですわ。しかし、ランツェはもう一つの指示を出していました……死して思念体となった私をシステムの鍵とし、長い年月の果てに私の思念が途切れた瞬間に、疑似ブラックホールが暴走を開始するようにと……何度もそう念を押してから、彼は息絶えたのです』
達也は溜息を吐きながら力なく左右に頭を振るしかなかった。
「何とも気の長い……ですが、卑劣な人間達に対する憎しみが、彼を狂気に走らせたのでしょうか?」
『愛しい娘が幸せになれない世界ならば滅びてしまえばいい……それが最後の言葉だったそうです……英雄ランツェも人の親だったという証なのでしょう。しかし、だからと言って、罪のない生命を巻き込んで良い筈はないのです』
悲痛な面持ちでそう告げるセレーネは、その切なげな視線を達也に向けた。
『ですから、システムを発動させたその盟友は、破滅への回避条件を、私の思念が尽きる前にニーニャの血を引く者がこの星を訪れる事……そう設定したのです』
銀河中心域にある疑似ブラックホールの暴走が、どれ程の効果を齎すのかは研究が必要だと思われるが、エスペランサ星系だけではなく他の星系にも大きな被害を及ぼすのは容易に想像できる。
「私もこの子らの親ですからね。ランツェ殿の気持ちは痛いほど分かる……」
不安なのか、縋るようにして身体を寄せて来るさくらとマーヤの頭を撫でる達也は、今は亡き英雄の御霊に哀悼の意を奉げながら、そう呟いていた。
しかしながら、何時までも悲しみに浸っている訳にはいかない。
千五百年前の真実が詳らかにされた上は、残された先史文明の遺産をどうするべきなのか、また『緩やかな破滅』を如何にして回避すればいいのか、きちんと確認する必要がある。
「過去の経緯は理解致しました。その上で御伺いしたいのですが、貴女は先史文明が残した遺産をどうするべきだと御考えなのでしょうか? 御話を聞く限りでは、我々人間の手に負える代物だとは思えないのですが」
問われたセレーネは、達也ではなくヒルデガルドに視線を移した。
『現在のアルカディーナにこの機械を維持する技術はありません……さくらさんが来てくれて、破滅の引鉄が引かれるのは回避されましたが、老朽化したシステムが暴走するのは確実です……それがユスティーツが申し上げました《緩やかな破滅》に他ならないのです』
既に力を使い果たしつつある竜母の言葉を遮ったのは、他でもないヒルデガルドだった。
「分かっているよ。システムの修復はボクに任せて欲しい。我々に役立つ物は利用させて貰うが、念願が成就した暁には……ボクの責任に於いて全て処分すると約束するよ。誰にも邪魔はさせない。それが、譬え達也であってもね。だから安心してゆっくり休むといい。貴女の使命は果たされたのだから」
その言葉に感謝し瞑目したセレーネの思念体が、愛娘の面影を持つ子孫を愛おしげに見つめるや、その視線に魅入られたさくらが達也から離れて彼女に歩み寄る。
すると、竜母の思念体は淡い光の渦へと変化し、さくらとティグルの身体を優しく包み込んだ。
『さくらさん。幸せになりなさい。私達やニーニャの分まで、素敵な家族の皆さんと一緒に……』
『誇り高き神竜の末裔よ。あなたには私の残された力を託していきます……ですから、さくらさんを護って下さい。そして叶うならば、いつの日にか一族を再興してくれたら嬉しいです』
縁者であるふたりの心に想いを託したセレーネの残滓は、子供達の頭上で最後に一度だけ強く輝くや、無数の粒子を撒き散らしながら掻き消えてしまった。
一同が呆然とする中、両の瞳から涙を溢れさせるさくらが、喜びに口元を綻ばせながら言葉を紡いだ。
「もう寂しくないって言ってたよ……これから大好きな人と娘さんのところに行くから……って! よかったぁ……本当によかったぁ」
「言われなくても、俺の家族は俺が護るさ。将来はどうなるか分からねぇけれど、いつかは仲間を増やしてみせる……銀河系は広いからなぁ。この星から逃げ延びた奴らの子孫だッて何処かに居るはずさ!」
嬉し泣きする妹に続き、ティグルも顔を綻ばせて力強く宣言する。
(ランツェ殿。セレーネさん……そしてこの地に斃れた多くの英雄達よ……どうか安らかに眠れ。貴方達が夢見た理想は私が引き継ぎます。誰もが身分など関係なく笑って暮らせる世界を)
数多の人々の悲しみに触れた達也は、偉大な先人達の魂に報いる為にも、彼らの想いを引き継ごうと誓うのだった。
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「残念ながら、その命令には従えません……寝言は寝て言って下さい!」
眼前で踏ん反り返る高級将官を極寒の視線で射抜いた志保は、凡そ、敬意の欠片も感じられない不遜な物言いを叩きつけたのである。
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