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第一話 神将は難題を抱えて前を向く ④

「あぁ! やっぱり此処(ここ)だったのねぇ……やっと見つけたよ。蓮!」


 耳に飛び込んで来た歓声の主に思い至った蓮は、顔を(しか)めて溜息交じりの吐息を(こぼ)した。

 その失礼極まりない態度に憤慨して頬を膨らませた詩織は、細腰に両手を当てて前屈(まえかが)みの姿勢で不満を(あらわ)にする。


「その嫌そうな顔は何よ!? こんなに可愛い女の子が態々(わざわざ)訪ねて来たんだよ? 少しは感激して喜びなさいよっ!」


 柳眉を吊り上げて文句を並べる幼馴染の台詞に反応した蓮は、キョロキョロと大袈裟(おおげさ)仕種(しぐさ)で周囲を(うかが)う。

 そんな彼の態度を見た詩織の顔から感情が抜け落ち、淡々とした問いが愛らしい唇から(こぼ)れ落ちた。


「……何をしているのかしらね? 蓮?」

「いやぁ~~何処(どこ)に可愛い女の子がいるのかと思っ───ッ、げほぉッッ!」


 お約束のリアクションに対して容赦ない右爪先蹴りが一閃するや、蓮の右脇腹にクリーンヒット。

 屋上全面に敷かれたラバーの上で悶絶してのた打つ幼馴染を、詩織は冷然とした視線で見下して一言。


「その手の冗談はヨハンの馬鹿だけで充分だからね……それとも、もう二~三発、試し蹴りの実験体になってみる?」


 蓮は痛む脇腹を押さえ涙目の顔を上げるや、双眸に冷たい光を宿す詩織の怒りの度合いを理解して震えあがってしまう。

 だから、意地も体裁もかなぐり捨て、左右に頭を振って許しを()うのだった。


「かっ、勘弁して下さい詩織様。私が悪うございましたぁ──ッ!」

「分かればいいのよ。分かれば……ふんっ!」


(しっ、しまったぁ……詩織の奴メチャクチャ機嫌が悪いじゃないか! ヨハンのお調子者めぇ─ッ! また余計な事をしやがったなぁ)


 自分の無礼な言動は棚に上げた蓮は、この場に居ない親友に内心で悪態をつきながらも、何とか痛みを(こら)えて元の姿勢に戻る。

 口より先に手や足が出る幼馴染には盛大に文句を言いたい所だが、下手に(やぶ)をつついて蛇を出すのも馬鹿らしい。

 何よりも再び詩織の殺人キックを喰らおうものなら、紙装甲(かみそうこう)同然の自分に明日の朝日を拝む機会が訪れないのは確実だ。

 兎にも角にも無難にやり過ごそうと思った蓮だったが、断りもなしに隣に並んだ詩織は、身体が触れる程の至近距離に腰を降ろして歓声を上げる始末。

 どうやら居座る気満々のようだ。


「うわぁ! ここは日陰になっていて気持ちいわねぇ。涼しい風も吹いてるし……バラディースもシルフィードも一望できて最高のロケーションね」


 先程までの怒りは何処(どこ)へやら、無邪気に感嘆の声を上げる幼馴染を見て蓮は呆れざるを得ない。

 これでは()られ損だと思わないでもないが、(はな)やかな笑みに(いろど)られた横顔を見れば、これ以上抗弁するのも躊躇(ためら)われてしまう。

 すると、その視線に気付き立てた両膝を抱え込んで顔を伏せた詩織が、声を落として(なじ)るかの様に(つぶや)いた。


「最近薄情だよね? 何も言わずに居なくなっちゃうしさ……口五月蠅(くちうるさ)い幼馴染が(わずら)わしくなったんでしょう?」

「そ、そんなんじゃないよ……た、たださ……」


 突然の詰問に戸惑って言葉を(にご)した蓮は、膝を抱えている詩織のスカートの裾が風ではためき、健康的な白い太腿がチラチラしているのに気付いて顔を赤らめてしまう。

 女子候補生の制服は本人の希望でスカートかパンツかを選択できるが、膝上までのミニスカートを選ぶ女子が圧倒的に多い。

 例に漏れず詩織もスカート派であり、裾が比較的ゆったりした物なので、油断していると風などに(あお)られて下着が見えてしまいそうになるのだ。


「……何よ、黙りこくっちゃって?」

「何よじゃないよ! スカートっ! 裾が(まく)れて中が見えちゃうぞ!」


 指摘しないわけにもいかず、恥ずかしさを我慢して忠告した蓮の努力は、想定外の返答によって木っ端微塵に打ち砕かれてしまう。


「今更下着を見られるくらい何よ? だいたいさぁ。蓮は散々私の裸を見た上に、胸やお尻も触ったよねっ?」

「ぶ────ッ! ひ、人聞きの悪い事を言うなっ! 三歳の頃まで一緒に風呂に入っていただけじゃないか! いくら幼馴染だからって俺は触ってないぞッ!」


 しかし、慌てふためいて身の潔白(けっぱく)を訴える蓮を尻目に、詩織は口角を吊り上げて決定的事実を突き付けた。


「触ったよぉ~~。『どうして同じ女の人なのに、おかあさんは胸がお山で詩織はペッタンコなのぉ?』って、無邪気な顔で本っ当ぉ~にっ失礼な事を言ってさ! 散々私の胸を撫で廻したくせに」


 詩織の回想録が呼び水となって、幼い頃の一コマが脳裏に蘇る。


「そ、そういえば、そんな事……あったかも……」


 そう呟いた途端身悶(みもだ)えするような羞恥(しゅうち)に襲われた蓮は、弁解しようと詩織に視線を移し……そして言葉を失ってしまった。

 抱え込んだ両膝の上に、視線をこちらに向けたまま頭を軽く乗せて微笑んでいる幼馴染の女の子。

 学園祭の鉄板イベントとして人気のミス伏龍コンテストで二年連続ぶっちぎりの優勝を果たしている学年首席様は、才色兼備の美少女だと形容しても何ら遜色(そんしょく)ない存在だ。


(黙って微笑んでいれば、本当に可愛いのにさ)


 その事実を認めながらも口に出すのは気恥ずかしく、あまつさえ敗北を認めるようで悔しい。

 だから、詩織の視線を避けて反対側を向いた蓮は、辛うじて聞き取れる程度の声で謝罪したのだ。


「悪かった……ひどい事をしたよ。ご、ごめん」

「あははは! 謝らなくてもいいわよ。相手は蓮だったし、ちっとも嫌じゃなかったわ。でも……すっごく恥ずかしかった」

「わ、悪かったよぉ! 俺だって思い出すだけで恥ずかしいんだから、いい加減に勘弁してくれよぉ!」


 途中から羞恥が混じった詩織の言葉が妙に(つや)っぽくて、蓮は完全に白旗を上げるしか無かったのである。

 降参だとばかりに両手を上げる蓮に、詩織は表情を改めて言葉を投げ掛けた。


「それで……決心はついたのかしら?」


 その短い問いの真意を蓮は誤解する事なく正確に理解した。

 この世に生を受けて以来、重ねた月日と同じだけの時間を共有した幼馴染同士。

 だからこそ、相手が何を考えているのかは、朧気(おぼろげ)ながらでも察する事が出来る。

 そして、如月詩織という幼馴染が今回のように単刀直入に問うて来る時は、嘘や曖昧(あいまい)な言い逃れは絶対に許してはくれない。

 それを骨身に染みてよく知っている蓮は、このひと月余り悩み抜いて出した結論を包み隠さずに彼女に告げたのである。


「俺さ……白銀教官。いや、白銀提督の下で働きたいんだ」

「働きたい? 軍人として戦いたいじゃなくて?」


 小首を(かし)げた詩織が問い返すと、蓮は真剣な眼差しで大きく頷いた。


「ひとりの人間としてあの人の下で働きたい……勿論(もちろん)、今の俺にできるのは軍人の仕事しかないけれど……いや、それすらも今は半人前だけど。それでも白銀提督の役に立てる人間になりたいんだ」


 曖昧(あいまい)だった自身の願いを口にした事で、それは彼が進むべき道の大きな指針へと変化していく。

 しかし、彼の希望は地球統合軍での任官を断念すると言っているに等しく、実現するには様々な問題をクリアーしなければならない。

 それは蓮自身が誰よりも良く理解しており、だからこそ申し訳なくて詩織の顔をまともに見れなかったのだ。


「折角成績が上がって、学年で五位になれたのに? このまま何事もなければ来年年明け早々には、念願だった少尉任官を果たせるんだよ?」


 やる瀬ない想いが込められた言葉が胸に突き刺さり、その傷口から滲み出る鬱積(うっせき)した罪悪感と後ろめたさに(さいな)まれる。

 子供のころからの夢であり、父親を(うしな)ってからは悲願でもあった士官学校合格を果たしたものの、()(こぼ)れ寸前だった自分を励まし、支えてくれたのは他でもない詩織だ。

 最上級生進級を前に、ボーダーラインギリギリの成績で首切り寸前だった時も、年末年始の帰郷も取り止め、特別授業の選考のために春休みまで付きっ切りで面倒を見てくれたのも詩織だった。


 白銀達也という敬愛するに()る教官の指導により成績が著しく伸びたとはいえ、彼女の献身的なサポートがなければ、その出逢いさえなかったのだと思えば感謝は尽きない。

 それにも(かか)わらず、(ようや)く掴んだ任官の道を棒に振ってでも達也の下に行くという願いは、詩織から受けた献身を全て無にするに等しいものだろう。

 それが分かっていても、これ以外の選択は在り得ないと決断したのだ。

 だから罵倒されるのを覚悟し、彼女の問いに真摯(しんし)に答えるしかなかった。


「ごめん詩織。俺は知ってしまったから。信じるに値する人の下で生きて行く喜びを。だから統合軍で任官を受ける訳にはいかない。散々面倒を見て貰っておいて、巫山戯(ふざけ)た事を言っている自覚はあるし、許されるとは思っていないけれど、お前の気が済むのなら好きなだけ殴って良いよ」


 顔も見ずに告げるのは礼を欠くと思い、精一杯の勇気を振り絞って詩織の端整な顔に視線を向けて想いの丈をぶつけた。


「ふうぅぅ……」


 (しば)しの重い沈黙の後に吐き出された吐息の音。

 それが彼女の怒りを表している様に思い、いよいよ殴られると覚悟を決めた蓮だったが、それは杞憂(きゆう)に終わった。

 何と詩織は妙にサバサバした口調で、当然の(ごと)くに今後のスケジュールに言及したのだ。


「そこまで覚悟を決めたのならば仕方がないわね。私が蓮の進路に(くちばし)(はさ)む権利は無いし……でもね、春香おばさまにだけはキチンと相談しなければ駄目よ! 幸い明後日から夏季休暇に入るから直ぐに帰省しましょう」


 予想に反して泰然(たいぜん)とした表情で(のたま)う幼馴染の態度にすっかり拍子抜けした蓮は、それでも尋ねずにはいられなかった。


「お、怒ってないのかよ? 俺は、お前に……」

「今更恩着せがましい事を言う仲でもないでしょう? 蓮が自分で考えて決断したのなら私は反対しないよ。たった一人の幼馴染だもん……もっと信用してよ」


 そう言った詩織は何処(どこ)か照れ臭そうに微笑むのだった。


             ◇◆◇◆◇


 青龍アイランドの南部にある統合軍傘下の士官学校伏龍から目と鼻の先の洋上に浮かぶ都市内包ドーム型宇宙船バラディースは、銀河連邦最高評議会から【神将】の称号並びに貴族位と併せて下賜(かし)された巨大移民船である。

 一個人に最新式の都市型移民船を無償で与えるなど豪気の極みだが、本来ならば宇宙船どころか恒星系を丸ごと与えられるのが慣習なのだから、スケールダウンの感は(いな)めないだろう。

 とは言うものの、収容人員十万人のキャパに対し、軍民合わせても四千人を少し超える程度の住人しかいない現状では、贅沢(ぜいたく)な居住環境であるのは間違いない。

 半球状のドーム外壁は開閉型であり、天気が良い日は完全開放されて自然の陽光を楽しめるし、同時に空調によってドーム内部の温度と湿度は完璧に管理されており、年中快適な生活環境が保証されている。


 そんな都市中心部のメインストリートに並行する遊歩道を、肩を並べて闊歩(かっぽ)する女性がふたり。

 共に鼻筋の通った細身で長身の美女。

 その上メリハリのあるボディーラインの持ち主とくれば、擦れ違う男共の視線を釘付けにしてしまうのも当然だろう。

 品のある銀縁眼鏡をアクセントにして、軽くウェーブした暗紫色の髪を軽やかに揺らす女性は、元銀河連邦宇宙軍・西部方面域艦隊所属エレオノーラ・グラディス中佐であり、白銀艦隊旗艦艦長を務める優秀な軍人だ。

 一方の黒髪ショートヘア―をボブカットで決めている女性は遠藤志保中尉。

 地球統合軍伏龍士官学校で格闘技の教官を務める女傑であり、S級資格を有する数少ない空間機兵でもある。

 彼女達は最近知り合ったばかりだが、お互いに寛容な性格の持ち主であり、早速意気投合したふたりはクレアを交えて親友付き合いをするようになったのだ。


「一体全体何事かしらね? クレアから相談を持ち掛けて来るなんて、珍しい事もあるものだわ」


 クレアと士官学校時代からの腐れ縁である志保が小首を(かし)げると、エレオノーラは口元を(ほころ)ばせて明るい声を返す。


「そうなの? 付き合い始めて月日が浅いから私は何とも言えないけれど、彼女には尊敬の念しかないわぁ。何をやらせても完璧だし、あの生活不適格者白銀達也と結婚しちゃうんだからねぇ~~度胸あるわ」


 変な処に感心するエレオノーラの言葉に釣られた志保も、()可笑(おか)しいと言わんばかりに呵々(かか)大笑する。

 そんな他愛もない話をしながら歩くふたりの視界に目的地が見えてきた。

 都市中心部の小高い丘に堂々と立つ三階建ての白亜の洋館がそれであり、まるで歴史ある博物館のように豪奢(ごうしゃ)な様式美が際立っている。

 この建物こそが【神将】白銀達也とその妻クレア。そして可愛い三人の子供達が暮らす家だった。

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[一言] ガキの頃じゃあしょうがねぇよ蓮。 いや、ガキの頃からあったらあったで怖いよ(何の話だよ
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