第十八話 真実 ②
アルカディーナ達との絆を結び新たな展望を得た達也は、ユスティーツの懇願を受け、数時間前に死闘を繰り広げた森の広場へ戻って来ていた。
『緩やかな破滅に向いつつあるこの星と、そこに暮らす獣人達を救って欲しい』
それが彼女の願いであり、それを叶える鍵が先史文明の遺跡にあると教えられたからだ。
その上で『その場所で達也とさくらを待っている者がいる』と言われ、謎に包まれた尖塔を訪れたという次第だった。
「ふむ……見たところ出入り口は見当たらないねぇ」
高さ二十メートルほどで直径は五メートルもないであろう金属製の尖塔の外壁を調べていたヒルデガルドが唸る。
彼女以外には、白銀チルドレン、そして護衛役として蓮と詩織が同行しており、特に護衛役の二人は周囲への警戒に神経を尖らせていた。
「なるほど。つまり、この塔は目的地への入り口に過ぎない……そう考えても良いのかい?」
稀代のマッドサイエンティストは、謎の尖塔の本質を容易く看破するや、得意げに口角を吊り上げてユスティーツを見る。
大精霊は微笑んで彼女の推察を肯定すると、達也に語り掛けた。
『さあ皆さん。さくらさんを中心にして集まって下さい。準備が済まれたのならば、彼女が塔に触れるだけで目的の場所に移動できます』
ユスティーツに言われる儘に全員でさくらを護るように円陣を組む。
ユリアのフォローもあってか、当のさくらは大精霊の話をある程度は理解していたが、余りに突拍子もない内容に不安ばかりが募ってしまう。
何をどうすれば良いのか分からずに、きょろきょろと視線を彷徨わせていると、肩に鎮座してケラケラと陽気に笑うポピーから揶揄われてしまった。
「なによぉ! ビクビクしちゃってさぁ! さくらは怖いんだぁ~? これだからお子ちゃまは駄目なのよねぇ~」
此処に来るまでにすっかり打ち解け、マーヤを含む三人で仲良く燥ぐポピーだったが、未だに『虫さん』呼ばわりされたのを根に持っており、事ある毎にささやかな意趣返しをしては、過敏に反応するさくらを見て楽しんでいるのだ。
「むうぅ──ッ!? こわくなんかないもん! それにお子さまじゃないよっ!」
さくらがムキになって反論する様が可笑しいらしく、腹を抱えて笑い転げるポンコツ妖精。
そんな二人のやり取りを微笑ましげに見ていた達也だったが、ぷぅ~~っと両頬を膨らませ、可愛い眉毛を逆八ノ字した愛娘が自己主張という名の爆弾を投下した所為で、予期せぬ窮地に立たされてしまう。
「さくらはお父さんの三番目のおヨメさんになるんだもん! ママとサクヤお姉さんのライバルなんだから、お子さまじゃないよぉっ!」
愛娘の発言に狼狽して盛大に咳払いを繰り返す達也へ、周囲の冷たい視線が容赦なく突き刺さる。
「なるほどね。人間の世界では『英雄色を好む』とか言うらしいけど……アンタ、二人も奥さんがいるんだ? それでも飽き足らずに三人目ですって? 然も将来に備えて、こんな幼子をキープしておくなんてねぇ……自分が最低のケダモノだって自覚があるの?」
ユリアとティグルは苦笑いしながらも無言でスルー。
マーヤに至っては、ポピーの台詞の意味を理解できずに不思議顔でオロオロするばかり。
しかし、辛辣な言葉で責め立てて来た潔癖精霊からは極寒の眼差しを向けられ、汚らしいモノを見るような目つきの詩織からも酷烈な非難が投げつけられる。
「言ってやって下さいよポピー様っ! 正妻のクレアさんだって、この朴念仁には勿体ないぐらい素敵な女性なのに! 撚りにも依って、二人目は私と同い年で正真正銘の御姫様なんですよっ! どんな魔法を使ったら、この顔で美しい女性達を虜にできるのか!? 然も、さくらちゃんもターゲットだなんて……野獣よ! 野獣の所業よッ!」
どうやら本気で憤慨しているらしい詩織に、誤解がない様にと事実と反する点を指摘する達也だったが……。
「サクヤは、まだ妻という訳ではないし、飽くまでも、さくらは娘……」
「もはや同じではありませんかっ! 提督の隣にいる時のサクヤ様の幸せに満ちたお顔ときたらっ! この期に及んで自己弁護とは見苦しいですよッ!」
けんもほろろな対応にウンザリした達也は救いを求めて周囲に視線を投げ掛けるが、ヒルデガルドはニヤニヤと意地の悪い顔をして傍観するのみだし、蓮は詩織と同様に冷厳とした目をしている。
この二人は文句を言わないだけマシだと見切りを付けた達也は、藁にも縋る思いで、最後の希望であるユスティーツに救済を求めたのだが、大精霊様は取り繕ったような笑顔を無言のまま背け、その視線を完全無視。
結局、神将様の人格に対する評価は大きく棄損されたまま、一行は目的を果たすべく行動に移るのだった。
さくらが恐る恐る金属壁に触れると、眩い閃光が尖塔全体から発せられ、それが波となって全員を包み込んでいく。
その光の奔流は直ぐに治まったのだが、同時に達也らの姿も忽然と掻き消えてしまったのである。
◇◆◇◆◇
気が付けば、達也らは仄暗い部屋の中心部に佇んでおり、外部から直接この場所へ転移させられのだと思われた。
シルフィードの第一艦橋を数倍に拡充したが如きその部屋は、周囲を無数の管制装置で埋め尽くされており、その広さを考慮すれば何処か別の場所か、さもなくば地下施設に跳ばされたと判断せざるを得ない。
ハンドガンを構えた蓮と詩織が周囲を警戒するものの、室内の機器は全て沈黙しており、彼ら以外の生命体の気配は感じられず、全てが死に絶えたかの様な静寂のみが辺りを支配していた。
すると、達也にしがみ付き不安げな表情で佇むさくらに、ユスティーツが優しい声で促す。
『何も怖くはありませんよ、さくらさん。全てのアルカディーナ達の為、あそこに在る球体に触れて下さい』
周囲の不気味さに脅えるさくらが一歩を踏み出せずにいると、達也が愛娘を優しく抱え上げてやる。
急に目線が上昇して驚いたさくらだったが、父親の腕の温もりに包まれて安心したからか、たちどころに不安が消えた気がして微笑んだ。
「お父さん、ありがとう! もうこわくないよ」
「それは良かった……何も心配しなくていい。いざとなったら、僕が必ずさくらを護るからね」
その言葉に嬉しそうにする愛娘を抱いたまま、達也が大精霊が指し示した球体に歩み寄ると、さくらは大きく息を吸い込むや、勇気を振り絞り『えいっ!』という掛け声と共に球体に両手を添えた。
するとどうだろう、灰色の球体の中心部に虹色の光が渦を巻き始め、それは次第に密度を増して遂には球体から溢れ、空中に拡散していく。
その様子を平然と見守るユスティーツやポピーの態度から危険はないと判断した達也だったが、万が一を考えて愛娘を抱いたまま数歩だけ後退した。
すると虹色の光の渦が今度は急速に収束し、瞬く間に球体を覆ったかと思うや、それは皆が良く知る人物の形を成したのだ。
そして数秒後には優艶な美女が顕現して一同に微笑みかけたのである。
しかし、精霊達とマーヤ以外のメンバーは驚愕し、誰一人として例外なく言葉を失い、呆然と立ち尽くしてしまうのだった。
そんな彼らの中から辛うじて零れ落ちた言葉が二つ……。
「クレア?」
「マ、ママ?」
達也とさくらが同時に呻いたのは当然であり、それは眼前に顕現した女性が達也にとっては妻であり、さくらにとっては母であるクレアに瓜二つだったからに他ならない。
すると、その女性が楚々とした笑みを浮かべて語り掛けて来たのだ。
『漸く巡り逢えましたね……我が娘ニーニャの血を引く血族の娘。私は今日この日が来るのを千五百年も待ち続けたのです……よくぞ帰って来てくれました。これで私も本懐を遂げられます』
伝説に語り継がれる竜母セレーネが、クレアに酷似しているという事実。
厳密には子孫であるクレアが面影を継いでいるというのが正解なのだが、それは必然的にさくらが、セレーネとその娘のニーニャの血を引いている証でもあった。
目の前で両の瞳を潤ませる女性からは、単に記録媒体を再生させた映像には持ち得る筈のない、確かな意志の力が感じられる。
さくらを床に降ろして一歩前に出た達也は、恭しく一礼し竜母に問うた。
「無礼を承知の上でお訊ねいたします。貴女様は竜母セレーネ様なのですか?」
『その通りです……と、言いたい所ですが正確には思念体の残滓……そう言った方が適切でしょう。私の肉体は、夫であるランツェが死した時に共に滅びてしまいました故……ですが、この思念を留めておくのも既に限界なのです』
「そ、それは、どういう事でしょうか?」
緊張した面持ちの達也に、竜母の思念体は瞑目して頭を垂れた。
『白銀達也様。ランツェと同じ心を持つ御方。この度はアルカディーナの民を危難から御救い戴き、心から御礼申し上げます。しかしながら、今の私に貴方様の献身に報いる術はなく、それどころか図々しくも更なる苦難を押し付けてしまう身勝手な願いを……聞いて戴けますでしょうか?』
まるで哀切の情を浮かべたクレアと話しているような気がして、達也は戸惑いながらも思わず微苦笑を浮かべてしまう。
(この顔で懇願されたら、俺には断れないよなぁ……)
得る物など何も期待せずにやって来たこの星で、とても大きなものを手にいれたと達也は思っている。
それは、この美しい惑星の存在以上に、アルカディーナ達と邂逅して絆を結んだ事に他ならない。
これから互いを知って理解を深めていけば、その絆はより強固なものになって、この星とそこに生きる全ての存在に恩恵を齎すだろう。
ならば、それに報いるのは自分の責務だと達也は思い定めたのだ。
「既に報酬は戴いております……この星に我らを受け入れてくれた上に、私の我儘同然の願いに協力までしてくれる……そう彼らは約束してくれました。ならば、如何なる難事であっても、必ず解決して御覧にいれます。どうか御遠慮なく御申し付け下さい」
達也が要請を応諾すると、セレーネだけではなくユスティーツやポピーまでもが顔を見合わせて破顔し、一様に安堵した表情で達也を見つめる。
『貴方様の御心に感謝いたします。千五百年前にランツェと私……そして、多くの仲間達が果たせなかった願い……それを貴方様に託させて戴きます』
そう前置きした竜母セレーネは瞑目して過去に想いを馳せ、哀惜の念を噛み締めるかの様に語り出すのだった。




