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第十六話 アルカディーナ ①

 静謐(せいひつ)なオーラを(まと)う超常の存在が(うやうや)しく(こうべ)()れる。

 その高貴な存在感に圧倒されて立ち尽くす艦橋の面々は、唯々息を呑んで彼女を見つめるしかなかった。


「さくらが、ランツェ・シュヴェールトの血を引いているだって……?」


 突拍子もない話に不意を()かれた達也も、彼女の言葉をオウム返しに(つぶや)いて唖然とするしかない。

 しかし、常識の埒外(らちがい)の出来事に大人達が思考停止状態に(おちい)る中、果敢(かかん)に行動したのはユリアとティグルだ。

 ポピーと同じフワフワしたお姉さんに見惚(みと)れていたさくらを(かば)い、ユスティーツと対峙する。


「それ以上妹に近寄らないで下さい。私達が貴女に(かな)うとは思えませんが、この娘には指一本触れさせはしません」

「その通りだぜっ! さくらは俺達が守るっ! どんだけ力があるか知らねえが、簡単に俺の姉妹を好きにできると思うなよっ!」


 ユスティーツの強大な力を肌で感じているふたりは、自分達に勝ち目はないのを本能で理解している。

 それでも大切な妹を(まも)る為ならば、己の身を犠牲にするのも(いと)わない覚悟で相対(あいたい)したのだ。

 そんな剣呑(けんのん)な雰囲気に当てられて我に返ったポピーが、慌てふためいてユリアとティグルの鼻先に立ちはだかるや、怒気を(あらわ)にして猛然と抗議した。


「無礼者ぉぉ──ッ! この御方は全ての大精霊を()べる至高の存在なのよっ! 人間(ごと)きが物申すなんて絶対に許されないんだからねぇッ!」


 鼻息荒く満面のドヤ顔で(まく)し立てるポピーの態度にイラついたティグルが、問答無用とばかりにポンコツ精霊を鷲掴(わしづか)みにして凄む。


「許されなきゃどうだって言うんだ? お前さぁ、一度喰われてみるか?」


 そう言うや大口を開けて捕獲したポピーを一呑(ひとの)み……する寸前に微笑むユスティーツが待ったを掛けた。


『幼いながらも正当な竜種である御方よ……その娘に悪意はありません。どうか、私に免じて許しては貰えないでしょうか?』


 その(おだ)やかな視線と神力の波動は、喧嘩腰だった子供達の警戒心を解くのに充分な高潔(こうけつ)さを秘めており、ティグルは舌打ちしながらもポピーを解放してやる。

 食べられる恐怖に涙目になっていた精霊少女は、一目散にユスティーツの背後に隠れたが、()りもせずに白銀姉兄を挑発しては周囲を呆れさせるのだった。

 ポピーの不遜な態度に再び顔つきを険しくした子供達を、苦笑いする達也が片手を上げて制すと、ユリアとティグルは不承不承(ふしょうぶしょう)ながらも妹を(かば)ったまま数歩下がって距離を取る。

 そして、子供達と入れ替わって前に出た達也が、深々と一礼してユスティーツに謝罪した。


「子供達が失礼致しました。なにぶん貴女様のような存在に相見(あいまみ)えるのは初めてですので、必要以上に警戒してしまったのでしょう……この子らに成り代わって私がお()びいたします。(まこと)に申し訳ございませんでした」

『いえ、無作法を働いたのは我らも同じです。貴方様が謝罪なさる必要など微塵(みじん)もございません……改めて名乗らせて戴きます。私は数多の精霊達を束ね、この星系をランツェ・シュヴェールトから(たく)されているユスティーツと申します』

「私は銀河連邦宇宙軍大元帥白銀達也と申します。貴女様の領域に許可も無く立ち入りました無礼をお()びいたします。ただ、我々に害意がないのは御理解戴きたく。伏してお願い致します」


 誠意を(もっ)(こうべ)()れる達也に、至高の大精霊は柔らかな微笑みを浮かべる。

 それは謝罪を受け入れるのと同時に、達也を認めたという意志表示でもあった。


『貴方様達がこの星系までやって来られた理由は、(すで)に承知いたしております』


 超常の存在ならばそれも在りかと納得した達也は、(ようや)く混乱から立ち直り言葉を選びながら問い返す。


「お恥ずかしい限りですが凡夫(ぼんぷ)たる私には何が何やら……差し支えない範囲で構いませんので、御説明願えないでしょうか?」

『ふふふ。もっと気楽になさって下さい。自然界の中に()いて貴方様と私は対等な存在です……そこに上下はありませんから』


 ユスティーツは穏やかな声音でそう達也に告げてから本題を口にする。


『貴方達が、この惑星をどのような名で呼んでいるかは知りませんが……この星は十万年以上も昔に栄えた古代先史文明『アルカディーナ』の主星でした。ですから正式には『アルカディーナ』と呼ばれております。(もっと)も、その先史文明も(はる)か昔に滅び、(わず)かばかりの名残(なごり)を残すのみではありますが……』


『アルカディーナ』という文明に対する知識を、達也は持ち合わせてはいなかったが、ユスティーツが現れた時に口上の中で『我々アルカディーナ……』と述べたのは記憶に残っていた。


 すると博識なヒルデガルドが驚きを含んだ声で講釈を()れる。


「ファーレンに残る銀河史を記した文献に(わず)かながらに散見される文明の名だね。その存在も何もかもが謎に包まれていて、(わず)かばかりの痕跡(こんせき)すら発見されていない幻の文明だよん」


 彼女の言葉を受けた達也が、真剣な眼差しで大精霊へ問い返した。


「それでは、貴方様達やこの惑星で暮らしておられる方々は、その先史文明に何らかの関わりがある……そう考えて(よろ)しいのでしょうか?」


 長命種と短命種の両親から生まれたさくらの持つ不思議な力……。

 それが『アルカディーナ』なる先史文明に起因するものであるのならば、愛娘がランツェ・シュヴェールトの血を引くと言うユスティーツの言葉にも、ある程度の合点はいく。

 しかし、それは達也の早計に過ぎず、事実はもっと奥深きものだった。


『それは違いますわ。()の文明を築いた者達と私を含む古来の精霊は、同じ時間を共存した隣人ではありましたが全く別の存在です……彼らは突出した科学力を妄信(もうしん)していたが(ゆえ)に我らに気付かなかった……ですから、現在、この星に暮らしている知性ある者達は、ランツェ・シュヴェールトの理念に共感し、共に戦った者達の末裔(まつえい)ばかりなのです』


 彼女の説明を聞いて(なお)、疑問は深まっていく。


(彼女の話に(いつわ)りはないだろう……だとすると、英雄とその仲間達に何が起こったというのだ? 惑星を丸ごと隠蔽(いんぺい)していた技術が先史文明の遺産だったとしても、そんな物騒なものを使用してまで、自らの存在を隠さなければならなかった理由とは何だ? それに、ポピーが言っていた『悲しみで汚すような真似』とは?)


 考えれば考えるほど謎が謎を呼び、思考の迷路に(おちい)ってしまうが、ユスティーツから問い掛けられた事で、達也は現実に引き戻されてしまう。


『この星系は千五百年前。動乱の時代を安寧(あんねい)へと導く働きをしたランツェと仲間達に与えられたものです。ここは彼らにとっては理想郷になる筈の新天地でした……今回貴方様が来訪なさったのも、同じ希望を(いだ)いての事でございましょう?』

「御推察の通りです。初代神将であるランツェ・シュヴェールト殿に比肩(ひけん)するなどと自惚(うぬぼ)れるつもりはありませんが……この星系を領地として(たまわ)った以上は、我々の願いを(かな)える為の基盤としたい……その様な思惑があるのは否定しません」


 ポピーがそうであるように、ユスティーツにとっても、この星は深い想い入れのある場所だと推察できた。

 そんな大切な場所に土足で踏み込む様な真似(まね)をした自分達を、彼女がどう思っているのか……。

 説得には、かなりの困難が伴うと覚悟しなければならないだろうと考えた達也は気持ちを引き締めて大精霊の返答を待った。


『正直な方ですね……(いく)らでも言葉は飾れましょうに』


 そんな好意的な評価を口にしながら(たお)やかな微笑みを返すユスティーツ。

 その一方で、彼女の評価をどの様に解釈するべきか達也は迷ったが、超常者相手に駆け引きが通用するとは思えず、子供たちを含めて他のメンバーも固唾(かたず)を呑んで見守っている以上、愚直なまでに正直であろうと思い定めて懇願した。


「飾り立てた言葉は軽いものです……その様な不誠実で浅薄(せんぱく)な想いでは、貴女様を納得させられないでしょう。私は……いえ、我々は自らが信じる理想を()すためにこの惑星が必要なのです。この星で安寧(あんねい)を得ている方々にとっては迷惑極まりないとは思いますが……どうか御力添(おちからぞ)え戴けないでしょうか?」


 胸の中にある想いを包み隠さず吐露(とろ)して深々と頭を下げる達也。

 その真摯(しんし)な懇願にユスティーツは微笑むや、両手を広げて目を閉じた。

 その瞬間(まばゆ)いばかりの光量が艦橋に拡がり、そこに居た者達を包み込む。

 そして、光の奔流が消え失せたのを感じた達也が、(まぶた)(しばた)かせてその目で見たものは……。


 子供達が、ヒルデガルドとエレオノーラが、そして艦橋に居た者達全員が彫像の(ごと)くに固まり、ピクリとも動かない光景だった。


「こ、これは……?」


 茫然(ぼうぜん)としたのは寸瞬の間であり、達也はユスティーツに視線を向ける。


『御安心ください。皆様の時間を止めただけです……危害を加えるつもりはありませんし、貴方様が試練を乗り越えられた暁には、必ず元に戻すと御約束致します』


 時間を止めるという、常識の埒外(らちがい)の行為を成してしまう存在に畏怖(いふ)しながらも、達也は不思議と怒りや(あせ)りを感じなかった。

 この超常者からは、ランツェ・シュヴェールトとその仲間達に対する深い敬愛の情が(うかが)い知れる。

 だからこそ、彼女が口にした『試練』という言葉の意味に思い至ったのだ。


「私が乗り越えなければならない試練とは、この星に住まう人々の説得で間違いないでしょうか?」

『その通りですわ。たとえ貴方様の子供がランツェの血を引く者であるとしても、今を生きる者達にとっては千五百年も昔の残滓(ざんし)に過ぎません……ならば、貴方様が望まれる未来が彼らに如何(いか)なる困難を(もたら)すのか……知った上で納得させるべきではありませんか?』


 ユスティーツの言い分は達也も理解できるものだった。

 銀河連邦の制度改革などは、外界との接触を断って静かに暮らしているこの星の住人には傍迷惑(はためいわく)な話であろうし、過去の英雄達に対する憧憬(しょうけい)にも似た信仰に付け込んで協力を強要するのも間違っている。


「つまり、私自身の力量と誠意を(もっ)て、住人を説得しろと(おっしゃ)るのですね?」


 達也の言葉に彼女は満足げに微笑み小さく頷いた。


『はい……貴方様がそれを成せたならば、過去から現在に至るまでの全てをお話しいたしましょう……この星は(ゆる)やかな破滅へと向かっております。願わくば貴方様の想いが未来を良き方向に導きますように……』


 瞑目(めいもく)するユスティーツの言葉に不吉な疑問を覚えずにはいられなかったが、今は彼女から課された試練を乗り越えるのが先だと決意を新たにする。

 話が(まと)まったと判断したユスティーツは、隣で胡散臭(うさんくさ)いものを見る様な目で達也を(うかが)っていたポピーに微笑みかけた。


『ポピー。アナタが御案内して差し上げなさい。何があってもお(そば)を離れないようにね。そうすれば、アナタもこの御方の真意に思い至るでしょう」

「うげぇぇ──ッ!? そっ、そんなぁ~~!」


 ポンコツ精霊は主からの命令を受けて心底嫌そうに顔を(しか)めるや、盛大な悲鳴を上げるのだった。

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[一言] 時間停止とは……ッ。 トンデモない存在だわさ(゜Д゜;)
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