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第十五話 精霊さん、こんにちわ!? ①

 領地視察に(おもむ)いたシルフィードは順調に航海日程を消化し、目的地であるエスペランサ星系に無事到着した。

 亜人密売に手を染めた愚かな貴族の摘発(てきはつ)というアクシデントに遭遇したものの、その騒動の中で保護した獣人女性達も短期間でシルフィードの乗員達と打ち解け、日常業務を手伝ってくれるまでになっている。

 これは、(ひとえ)にさくらの存在と、獣人の少女マーヤを(こころよ)く養女に迎えた達也の為人(ひととなり)に好感を(いだ)いたという事が大きかったのは言うまでもないだろう。

 ()(へだ)てなく子供たちに接する彼が、新しく娘に迎えた獣人少女にも惜しみない愛情を(そそ)いでいるのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)であり、最初は気後れして打ち解けられずにいたマーヤが、ほんの数日ですっかり(なつ)いてしまった事実からも、達也の行為が真摯(しんし)なものであるのは疑うべくもなかった。

 その事を理解した彼女達が、少なくともこの艦の乗員らは信頼できるのだと思い直し、態度を軟化させたのは当然の成り行きだったのかもしれない。


             ◇◆◇◆◇


「しかし、(ひど)い所もあったもんだねぇ……星系を取り囲む三つのブラックホールの影響で、周囲はほぼ全てが航行不能宙域だよん。航行可能な出入り口は直径五十Kしかない円形の空間だけときたもんだ」

「過去の調査で判明して記録に残っているのは、恒星がひとつ、ある程度の規模の惑星は五つ……その全てが生物の生存は不可能という事だけよ。でも、この様子を目の当たりにすれば、流石(さすが)に泣きたくなるわね」


 スクリーンに映し出される星域内の実状を知ったヒルデガルドとエレオノーラが、何処(どこ)か投げ遣りになるのも仕方がないだろう。

 ()して広くもない星系全域に無数の星間物質を含んだ磁気乱流域が吹き荒れており、各種レーダーやセンサーは(おろ)か、通信システムにまで障害を(およ)ぼしている。

 宙域によっては比較的安定した場所もあるが、急変する天候の(ごと)(なぎ)から嵐へと絶えず変化しており、細心の注意を払わなければならない難所の連続に航海士達は一瞬も気が抜けない有り様だった。


「これは船乗り泣かせの宙域だな……軍用艦は問題なかろうが、民間船は通常航行すら難しいだろう」


 溜息交じりにそう漏らす達也の目は、今回の調査行の目的地である惑星に釘付けにされている。

 初代神将であるランツェ・シュヴェールトに下賜(かし)された惑星サルバシオンは、『水の星』と(たた)えられる美しい星だったと記録にあるが、現在その痕跡(こんせき)は見る影もなく、不気味な循環対流が渦巻く死の星に成り果てていた。


「提督。無人調査艇からデーター入りました。大気成分はほぼ二酸化炭素で構成され濃硫酸や硫黄(いおう)からなる分厚い雲が惑星を(おお)っていますね……温室効果で惑星表面の温度は三百五十℃以上。雲から降る硫酸の雨は高温の所為(せい)で蒸発して地表には届いていませんが、とても人間が生存できる環境ではありません」


 オペレーターの落胆した声がブリッジの雰囲気を更に重くする。


「ふむ、どうやら無駄足だったか。どうにもツキに見放されているなぁ……だが、拠点にするのは無理でも、有効利用できる資源があるかもしれない。各惑星の調査データーの解析を急いでくれ。エレン、地球に帰還する準備を。それから通信可能宙域に出たら調査の詳細をラインハルトに送ってくれ」


 残念な結果に落胆したのは達也も同じだが、こればかりは仕方がないと気持ちを切り替え、必要な調査を続行するよう指示を出すのだった。


            ◇◆◇◆◇


『くふふっ! そうだ! そうだ! なんにも無いんだから帰っちゃえ!』


 さも愉快だと言わんばかりに(はしゃ)ぐ彼女は、思惑通りの展開にほくそ笑んだ。

 開放された艦橋入り口の陰から人間達の様子を(うかが)っている彼女は、彼らが過去に来た者達と同じ結論に達し落胆する様を見て呵々大笑(かかたいしょう)するのだった。


『何回来ても同じよっ! お間抜けな人間なんかに、この星の秘密が見抜ける筈がないんだからさぁ! さっさと(あきら)めてお帰りあそばせぇ~~! きゃはははは!』


 自分の姿や声が人間には識別できないと知っている彼女は勝ち誇り、己の言葉に酔い痴れてしまう。

 しかし、好事魔多しと言うべきか、慢心(まんしん)し油断していた彼女は背後から忍び寄る危険に気付けず、想定外のピンチに見舞われるのだった。


             ※※※


(ほよぉ~~~? 可愛い虫さんがいるぅ~~)


 三mほど前方の空中に浮遊している不思議生物を見つけたさくらは、その存在に興味津々(きょうみしんしん)といった態度を隠そうともせずに熱い視線を(そそ)いでいる。

 (まさ)しく絵本で見た『妖精さん』そのものの存在が、背中から生えた四枚の羽根を羽ばたかせて滞空しているのだから、好奇心旺盛(おうせい)な幼い少女に興味を(いだ)くなと言うのは無理だろう。

 その不思議生物を『妖精』ではなく『虫さん』と思った理由は、単純に妖精という呼称を思い出せなかっただけなのだが、日頃からさくらが昆虫や小さな爬虫類(はちゅうるい)を苦にせず、(むし)ろ、好んで捕獲しようとする無邪気さに()る所も大きい。

 (もっと)も、毎度戦利品を自慢げに披露(ひろう)されて、震え上がるクレアには気の毒な話ではあるのだが……。


 さくらは生まれて初めて見る『人型の虫さん』に魅入られており、(しか)も、それが可愛らしい声で言葉を喋るとなれば、何が何でも捕獲して自分のものにしたい……もとい、是非(ぜひ)ともお友達になりたいと願うのは当然の帰結だった。

 (さいわ)いにも、その獲物は喜び勇んで愛らしい身体をリズミカルに空中で(はず)ませながら歓声を上げている。

 それ(ゆえ)に背後から(うかが)っているさくらには気づく様子もなく、完全に無防備な姿を晒している状態だ。

 中腰のまま足音を忍ばせ、そろり、そろりと接近を試みる少女にすれば、虫取りは得意中の得意であり、(すで)に気分は一人前の狩人だった。

 そして、慎重に歩を進め、欲する獲物に手が届く距離に到達した瞬間……。


『無駄! 無駄! 無駄なんだからさぁ! 早く(あきら)めちゃいなさいよぉ! 間抜けな人間共めぇ──ッ!』


 歓声を上げて派手に右手を突き上げた獲物の(すき)を狩人は見逃さない。

 満を持して繰り出した両手で油断し切っていた獲物の捕獲に成功するや、さくらは歓喜を爆発させて叫んでいた。


「うわぁぁいっ! やったあぁ──っ! つかまえたぁぁ─!!」

『うえぇ──ッ! な、何よ? 何なのよぉっ!?』


 不意を衝かれて捕らわれた謎生物は、混乱の極みの中で悲鳴を上げて藻掻(もが)くが、両手で捕獲されては身動きすら(まま)ならない。

 慌てて頭を(ひね)り背後に目をやれば、人間の少女が喜びを(あらわ)にして(はしゃ)いでいる姿が目に飛び込んできて、驚いて悲鳴を上げてしまった。


『なっ、何で人間が私を捕まえられるのよぉ──ッ!??』

「えぇ~~? だってぇ~アナタの姿は見えるし、お声も聞こえるんだもぉん! それにね、とっても可愛いから、私大好きになっちゃった!」

『えっ? そう? いやぁ~~それほど……って! 違うわっ! 断じてそうじゃないのよッ! 何で私の姿が見える上に声まで聞こえるのよぉっ? ちゃんと姿を消しているのにっ! 絶対にあり得ないからぁ──ッ!』


 人間に捕獲されるという想定外の事態に彼女は驚きを禁じ得ない。

 狼狽(ろうばい)しながらも己の状態を確認するが、透明化と静謐(せいひつ)の能力は正常に働いており、人間(ごと)きに察知される事も、()してや、精神生命体である自分が素手で捕まえられるなど、絶対にあり得ない筈なのに……。

 常識の埒外(らちがい)の出来事に謎生物の混乱は増すばかり。

 だが、実際に捕まってしまった以上、彼女にとって事態が最悪の方向へと転がり始めたのは間違いなかった。


「消えてないよぉ……だってお人形さんみたいで可愛いんだもん。私はさくら! 白銀さくらって言うの。あなたのお名前は何ていうの?」


 好奇心に瞳を輝かせて訊ねるさくらと名乗った少女に対し、彼女はそっぽを向いて何とか逃げ出そうと足掻(あが)くが、実体化している訳でもないのに逃れられない。

 こうなったら、意地でも名前なんか教えるものかと心に誓ったのだが……。


「さくらは名前を教えたのにぃぃ……『虫さん』も名前を教えてくれないとズルイよぉ!」


 少女の心外極まるその台詞に決死の覚悟も一瞬で消し飛んでしまった。


『誰が《虫さん》かあぁぁ──ッ!? こんな愛くるしい大精霊ポピー様を虫扱いするなんて! 信じられないっ! アンタの目は腐っているんじゃないのぉっ……あっ……』


 挑発された訳でもなく、()してや高度な誘導尋問でもない。

 昆虫扱いされてプライドを傷つけられた挙句(あげく)、ポンコツぶりを曝け出してしまった大精霊様は、さくらの手の中で地団駄(じだんだ)を踏むしかなかったのである。


「わあぁっ! ポピーちゃんかぁ~~すっごく可愛いよ!」


 名前を聞き出せて御満悦のさくらは子供らしい承認欲求を満たす為、ニマニマと口元を(ほころ)ばせて艦橋に踊り込むや、一直線に大好きなお父さんに駆け寄って戦利品を突き出す。


『わあぁぁッ! 何すんだバカぁ──っ! 私の苦労が台無しじゃないのぉ!』


 全ての(たくら)みが露顕(ろけん)し断頭台に引き立てられる犯罪者の(ごと)き心境で、自称大精霊のポピーは絶望に悶絶するのだった。


            ◇◆◇◆◇


 すぐ(そば)まで駆けて来た愛娘が、中途半端に合わせた両手を突き出して満面に笑みを浮かべている。

 何かを握っているような手の形だが、さくらの掌中には何もなく、達也は戸惑(とまど)うしかなかった。


「お父さんっ! 見て見てっ! かわいらしい精霊さんを捕まえたのぉ!」


 得意げに小さな鼻を(ふく)らませる少女の無邪気な物言いに、艦橋の面々は顔を(ほころ)ばせて温かい視線を向ける。

 調査行が期待外れに終わり、艦橋に鬱積(うっせき)していた重い空気をさくらの笑顔が払ってくれた事に感謝しなければ……。

 そう思った達也は愛娘の頭を優しく撫でてやった。


「あらあら……可愛らしいわねぇ~~。本当にクレアが(うらや)ましいわ……私もこの娘みたいな子供が欲しいわね」

「あっ! 私もそう思います! 絶対に最初の子供は女の子ですよね!」


 エレオノーラと詩織が交わす、ほのぼのとした会話を耳にした達也は……。


(君達は子供云々(うんぬん)の前に伴侶を何とかするべきでは? ふっ! まぁ君らの子供では俺のさくらに(かな)う訳はないがね)


 最近益々親馬鹿ぶりに磨きが掛かってきた白銀家家長は、彼女達を内心でせせら笑い自己満足に浸ったが、その嘲弄(ちょうろう)を声にしない(あた)りは流石(さすが)に大人の分別だと、自画自賛するのも忘れなかった。

 しかし、その大人の分別を(もっ)てしても、嬉しそうに手を振りかざす愛娘へ、何と返事をすればいいのか悩まざるを得ない。

 子供の夢を壊してまで現実を押し付ける様な真似(まね)はしたくはないが、存在する筈もない精霊を捕まえたと主張する愛娘に迎合するのも、親として問題があるのではないかと考えてしまう。

 この場に居るのが家族だけならば、(いく)らでも物分かりの良い父親になれるのだが、指揮官としては部下達には見せられない姿というものがある為、艦橋(ここ)では絶対に不味(まず)いと判断せざるを得なかった。

 好んで笑い者になるような趣味を達也は持ち合わせてはいないのだ。


 だが、進退窮(しんたいきわ)まって苦悩する父親へ、聞き慣れた子供達の声が投げ掛けられたのはそんな時だった。


「お父さま。さくらは巫山戯(ふざけ)てはいませんよ……確かに目には見えませんが、私も何かのオーラを感じます」

「あ~~本当だな。胡散臭(うさんくさ)い雰囲気がビンビンするぜ」


 遅れて艦橋にやって来たユリアとティグルが怪訝(けげん)な顔でさくらの手元を(のぞ)き込むや、確信ありげに謎の存在を看破して見せた。


『何なのさぁ! アンタ達はぁっ!? 人間にしては異常に霊力が高い女にぃ……げえッ!? りゅ、竜種ぅぅ──ッ!?? ちょっとぉッ! アンタの家族構成は無茶苦茶じゃないの──ッ!』


 ユリアとティグルを見たポピーが驚愕に顔を()()らせてそう(なじ)ると、さくらは姉兄を悪く言われたのだと勘違いし、ムッとした表情を浮かべて言い返す。


「ユリアお姉ちゃんとティグルを悪く言わないでぇぇ──ッ! 二人ともさくらの家族なんだからね!」


 眼前で繰りひろげられるさくら主演の一人芝居を目の当りにする大人達は、完全に置いてきぼりにされて顔を見合わせるしかない。

 非常識人のヒルデガルドまでもがそうなのだから、達也を筆頭に他の凡夫は尚更(なおさら)である。

 だが、困惑する彼らが一転して驚愕する事態が、唐突に眼前で起こったのだ。

 ティグルの背中に隠れて恐る恐る顔を出していたマーヤが、さくらの手元を指差して(つぶや)いたのだ。


「う~~羽虫がいるよぉ」


 この一言にポピーは一瞬でキレてしまう。

 折角、さくらという暴虐無人な少女に『精霊』という正しい認識を叩き込んでやったというのに……再びの昆虫扱い!? 

 (しか)も『羽虫』と(おとし)められては黙っていられる訳がない。

 (かつ)て、英雄と(たた)えられた男の右腕を自負する自尊心と、精霊の矜持(きょうじ)を傷つけられたポピーは、獣人少女を鬼の形相で(にら)みつけて吠えた。


『獣人のくせに偉大な精霊様を羽虫扱いするとはいい度胸じゃないのよぉぉっ! ぶっ殺されたくなかったら()びをいれなさいよっ! ()びをッッ!』


 マーヤは「ひっ!?」と(かす)れた悲鳴を発し、恐怖に顔を(しか)めてティグルにしがみ付いてしまう。

 その反応に少しだけ溜飲(りゅういん)を下げたポピーだったが、自分に突き刺さる痛い視線を感じ何事かと視線を巡らせれば……。

 間違いなく人間達の目が自分に向けられており、彼らが一様に驚いている様子を嫌でも理解してしまう。

 ここに(いた)ってポピーは(ようや)く己の失態に気付き、絶叫に等しい悲鳴を上げたのだ。


『げえぇ──ッ! 魔法が解けちゃってるじゃないのぉッ!? 全部! 全部! アンタの所為(せい)だぁぁぁ──ッ!』


 突然姿を現すや乱暴な物言いで地団太を踏む不思議物体に、大人達は唖然として言葉も出ない。

 そんな中で、流石(さすが)の強心臓を誇るエレオノーラが(ほう)けた声で(のたま)い、達也もそれに賛同せざるを得なかった。


「達也……アンタの所の子供達……スーパーチルドレンと呼ばせて貰うわ」

「お、おう……俺もそうする……」


 こうして急転直下、落胆に塗り潰されていた調査行に希望への光明が差したのである。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] レーザーなど……撃つヤツの視線と銃口の方向からある程度対策を立てられるってもんよ(ぇ ならば最後に頼りになるのは……拳のみッ!!(ぇ [一言] 子供って、大人が汚いと思うモノに反応しま…
[一言] これは惑星単位のすごい拾い物があるという事ですよね。 それにしてもキッズがすごすぎる。
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