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第十三話 悪意の胎動 ②

「ええぇぃッ! ルーズバックの馬鹿者が! あれほど下賤(げせん)な性癖は程々にせよと忠告したものをッ!」


 亜人売買に手を染めた上、その所業を隠匿(いんとく)し様とした罪で側近が検挙されたのを知ったエンペラドル元帥は、怒りも(あらわ)豪奢(ごうしゃ)な執務机に拳を叩きつけた。


 白銀達也の【神将】拝命による悪影響を最小限に抑え込み、いざ、モナルキア派に対し攻勢に転じ様とした矢先に起こった不始末だけに、出鼻を(くじ)かれたとの感は(いな)めない。

 (しか)も当面は醜聞(しゅうぶん)の火消しに追われて行動が制限されるのは確実であり、議会工作を仕切っていたルーズバックの凋落(ちょうらく)によって、モナルキア派の跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)を許す事になるのは確実な情勢だった。

 それが、彼を殊更(ことさら)に苛立たせているのだ。


「し、しかしながら、評議会の中立派には相当な資金をバラ撒いておりますれば。今後厳しさを増すであろう世論の追及を(かわ)しさえすれば……」


 恐る恐るという体の側近が楽観的な展望を語るが、再度発せられた領袖の怒声がその言を切って捨てる。


「馬鹿者が! 中立派? 奴らは風向き次第で優勢な陣営に(なび)風見鶏(かざみどり)だぞ。我らとモナルキア派の双方に取り入り、何食わぬ顔をして金を(むさぼ)るクズ共ではないか。我らが劣勢と見れば平然とモナルキアに尻尾を振るに決まっておろうがッ!」


 エンペラドル自身も、長く貴族閥の陰惨極まる世界で暗闘を繰り広げて今の地位に昇り詰めた老獪(ろうかい)な男であり、この程度の逆境で尻尾を巻くほど殊勝な性格の持ち主ではない。

 だからこそ、恐懼狼狽(きょうくろうばい)する側近達を血走った双眸で(にら)みつけた彼は、人の情など微塵も感じさせない物言いで一喝したのである。


「私の名でGPOの捜査に全面的に協力する(むね)を公表せよ! ルーズバック家は、貴族位を剥奪(はくだつ)して財産は没収する。そして、獣人の居留惑星を管理している省庁や団体へ、その金をバラ()くのだ」

「ですが、それではルーズバック伯爵が黙ってはいませんぞっ! 閣下の仕打ちを知って自暴自棄になり、我が派閥の内情や機密と引き換えにモナルキア派に庇護(ひご)を求める可能性すら……」


 激昂(げきこう)する主の非情な命令に戦慄(おのの)き、最悪の展開を憂慮(ゆうりょ)して(いさ)めようとした側近だったが、主から酷烈な視線を向けられては押し黙らざるを得なかった。


「そうなる前に……奴には()()()()()()……わかるな? 持病を悪化させての病死だ……早急に()()の手配をしろっ!」

「し、しかし……」

「奴の妻達や子供らは儂が庇護(ひご)してやる。失態を犯して儂の顔に泥を塗った愚か者には過分すぎる恩情であろうがッ!?」


 失敗し醜態(しゅうたい)を晒す者や、自派閥にとって害悪にしかならない者は容赦なく切り捨て、それが『死』という口封じであっても躊躇(ためら)わず果断に決断する。

 自分が領袖(りょうしゅう)と仰いだ男の冷徹なまでの非情さに、この側近は戦慄(せんりつ)せずにはいられなかった。


 流石(さすが)逡巡(しゅんじゅん)する側近を冷徹な視線で(にら)みつけると、彼は(あきら)めたかの様に『御意のままに……』と一言だけ言葉を残して退出して行く。

 部屋に残った他の者達は青ざめた顔を(うつむ)かせ、自分にトバッチリが及ぶのを避けるべく怒れる主から目を(そら)らすしかなく、革張りの肘掛け椅子に身を沈めたエンペラドルは、大きく嘆息して胸中で悪態をついた。


(ふんっ! どいつもこいつも役立たずの小心者共がっ! 多少足元がグラついた位でビクビクしおって……姑息(こそく)な保身ばかり達者で使えない奴らだ! 早急に新しい手駒を見つけなければ……)


 お気に入りの煙草に火を点け一服する彼は、事態を収拾するべく妙案を模索し、目まぐるしく思考を回転させる。


(ルーズバックが死にさえすれば、批判の矛先(ほこさき)()らす方策は(いく)らでもあるが……モナルキアがこの状況を座視しているはずもない……動揺した配下の切り崩しや、評議会内の同志に甘言を(もっ)て接近するのは必定)


 (かんば)しくない状況に苛立(いらだ)ち、思わず舌打ちを漏らした時だった。


『閣下。軍政部総長付筆頭補佐官ローラン・キャメロット中佐が、御面会を求めておられますが、如何(いか)が取り計らいましょうか?』


 執務机に置かれた小型の情報端末に映し出された見目麗(みめうるわ)しい女性秘書官が、御伺(おうかが)いを立てて来た。

 告げられた来客の名を聞いて、それまで(しお)れていた側近達の顔に朱が宿る。

 対抗派閥の憎き俊英(しゅんえい)の来訪ともなれば、彼らが(いき)り立つのも無理はないだろう。


「構わんよ……御通ししなさい」


 だが、当のエンペラドルは鷹揚(おうよう)に頷くや入室を許すや、ライバルが重用している若き側近の来訪目的を詮索(せんさく)する。


(この状況で儂に接近する理由は何か……罠か……それとも……)


 あれこれ考えているとドアが開き、秘書官に先導されたローラン・キャメロット中佐が入室して来て慇懃(いんぎん)に頭を垂れた。

 その眉目秀麗(びもくしゅうれい)な容姿も相俟(あいま)って、見惚(みほ)れるような男ぶりを見せる彼の雰囲気に気圧(けお)されしたのか、周囲の者達は不躾(ぶしつけ)な視線を投げるだけで黙したままだ。


「さてさて……軍政部総長殿の懐刀(ふところがたな)である貴官が、いったいどのような用件で訪ねて来たのかな? 儂も今は少々立て込んでいてね。重要な案件でなければ後日にして欲しいのだが?」


 剣呑(けんのん)な敵意を隠そうともしない側近たちに囲まれたキャメロットは、その老獪(ろうかい)なエンペラドルの問い掛けにも顔色ひとつ変えない。


(ほう。なかなか(きも)()わっておるではないか……男色趣味のモナルキアの御飾(おかざ)り人事かと思っていたが、どうやら(あなど)れない男のようだな)


 訪問者に対する認識を改め警戒レベルを一段階引き上げた元帥だったが、返って来た彼の言葉に意表をつかれ表情を固くした。


「本日は閣下の御為に妙案を持参いたしました次第……つきましては、御人払いを願いたく……」

「ふん。まぁ良かろう……皆の者、(しば)し席を外せ」


 主の政敵である自分に妙案を持って来たとは巫山戯(ふざけ)た物言いだが、仮面を張り付けたような無表情の男の()(ぐさ)に興味を覚えた元帥は、その要求を受け入れた。

 配下達は歯噛(はが)みしながらも、若造と(あざけ)る男を一瞥(いちべつ)して退出していく。

 そして、二人きりで向かい合ったエンペラドルは片頬を(ゆが)め、固い表情を崩さない来客へ問いかけた。


「どうして儂の所に来た? モナルキアの差し金かね?」


 腹の探り合いをする気など毛頭ないストレートな問いを、(かす)かに口角を吊り上げたキャメロットは、左右に頭を振って否定する。


「誤解しないで戴きたい……私は自らの意志で貴方様の下に参ったのであります」

「その言葉を信じろと? その歳で軍政部総長付きの筆頭補佐官にまで取り立てて貰いながら、何が不満だというのかね?」


 大袈裟(おおげさ)に顔を(しか)めるエンペラドルの問いにも眉ひとつ動かさないキャメロットは、極めて淡々とした声音で答えた。


「モナルキア元帥は自らを革新的な指導者だと思っておられるようですが、結局は連綿と続いた家柄や爵位の呪縛からは逃れられない御方……今回の騒動に便乗し、弱体化する敵対派閥を搔き乱す事にしか興味を(いだ)かない……愚かな男であります」

「ふんっ! その弱体化する派閥とやらがエンペラドル派だと、正直に口にしても構わんぞ? その程度で不快になるほど儂は小者ではないつもりだからな」


 殊更(ことさら)にモナルキアと自分は違うと強調するエンペラドルに対し、キャメロットは(うやうや)しく(こうべ)()れる。


「そう見極めましたが(ゆえ)、閣下の下に馳せ参じた次第であります。無能な重臣達にも辟易(へきえき)しておりましたので……御許し戴けますならば、貴方様の下僕(げぼく)の末席に加えて戴きたく」


 みえみえの追従(ついしょう)だと分かってはいても、鼻持ちならないモナルキアを見限ったと(のたま)う若者の言は、ささくれていた気分を(いく)ばくかは(いや)してくれた。


「ふふ……それで? 自分を売り込む為に、この窮地を(かわ)す妙案を持って来たのであろう? まずはその手土産(てみやげ)吟味(ぎんみ)してから貴官の去就を語ろうではないか?」


 そう(うなが)されたキャメロットは感情の読み取れない顔を上げ、元帥が驚愕する言葉を口にしたのである。


「【神将】白銀達也大元帥に銀河連邦への反逆の意思あり……との嫌疑が掛かっております……グランローデン帝国ザイツフェルト・グランローデン皇帝と秘密裏に密会した事実を掴みました。この秘事を知るのは情報局局長リューグナー少将と私。そして閣下の三人だけで御座います」


 白銀達也の醜聞(しゅうぶん)を暴き立てて世論の非難の矛先(ほこさき)をすり替え、亜人密売問題を有耶無耶(うやむや)にする……。

 そんな絵図面を瞬時に脳裏に描いたエンペラドルは喜色に染まった顔を(ゆが)めるや、低い含み笑いを漏らすのだった。

 憂慮(ゆうりょ)すべき事態に光明を見出し浮かれる彼には、(すで)に目の前の青年将校は見えてはいない。

 それ(ゆえ)にキャメロットが(うやうや)しく(こうべ)()れたその仮面の下で、不気味に口元を(ゆが)めたのに気づけなかったのである。


            ◇◆◇◆◇


 アスピディスケ・ベースに()いて静かに悪意が胎動していたのと同じ頃、地球でも暗愚な為政者たちの暴走が始まっていた。


「何をやっても世論の非難は激しさを増すばかりではないかッ!」

「政権与党も野党も軒並み支持率が下落している……またぞろ政治不信とメディアに叩かれようて……」

「各地の大型リゾート計画も反対運動を助長させただけだぞ! (しか)も、景気浮揚を(うた)った臨時給付金制度はバラ撒きだと揶揄(やゆ)される始末だ!」

「土星と木星の独立連合との関係も冷え切ったままだ……奴らは事ある(ごと)に地球圏からの完全自立を口にして、揺さぶりをかけてきよるっ!」

「大統領予備選挙で選出された最終候補達にも、その選出方法が民意を無視したものだとの非難が集中しておる。このまま本選を強行すれば、世界中で暴動が起こりかねんぞ」


 地球統合政府の大議事堂の一室では、政府与党と各野党の代表者が極秘裏に会談を行っていた。

 とは言え、集まった政治家達の口から出るのは、何をやっても裏目にしか出ない現状に対する不満と愚痴ばかりだ。

 統合政府に対する民衆の支持率はとっくに三十%を割り込んでおり、与党政権のレームダック化が叫ばれて久しい。

 ならば、野党に支持が流れているのかといえばそうでもない。

 先日の混乱の折に、『大統領一任』という無責任な一票を投じた現職の議員達は総じて非難の矢面に立たされた儘であり、今も彼らと彼らが籍を置く政党は釈明(しゃくめい)に追われる日々を過ごしているのだから。


 そんな悲嘆と焦燥感に満ちた室内に誰かの台詞が(むな)しく響いた。


「それもこれも……あの男のせいだ。白銀達也の……な……」


 その議員の言葉はこの場に居る全ての者達の(いつわ)らざる本音に他ならない。

 『政治家になる気はない』と本人が明言しているにも(かか)わらず、白銀達也が民衆からの熱烈な支持を得ているのは(まぎ)れもない事実であり、現職議員らの中に英雄に対する怨嗟(えんさ)醸成(じょうせい)されるのは当然の成り行きだった。

 しかし、それに対する妙案もない彼らは鬱々とした感情を持て余すしかなかったのだが……そんな時だ。


「お困りのようですねぇ。実は皆様に妙案を御持ちしたのですが……お時間を戴けますか?」


 室内に響いた飄々(ひょうひょう)とした声音に驚いた議員達は、その声の主の姿を見て吃驚(きっきょう)せずにはいられなかった。

 いったい何時(いつ)何処(どこ)から現れたのか……。

 黒いマントに身を包み、顔には滑稽(こっけい)なピエロのマスクをつけた、男と思しき人間が窓辺に立っており、その余りの胡散臭(うさんくさ)さに議員達は声を失ってしまう。


「だ、誰だっ、貴様っ!? 何処(どこ)から入って来たッッ!」


 何とか再起動した重鎮の一人が怒鳴るように誰何(すいか)する。

 (たと)え、事態が好転しなくても、廊下に控えているSP達が騒ぎを聞きつけて飛び込んでくる手筈になっているのだが、待てど暮らせど何の変化も起きはしない。

 そして、唖然と立ち尽くす彼らをしり目に、黒マントのピエロは優雅に一礼して見せる。


「お静かにお願いします……私は貴方様達の味方でありますよ。本日は民衆の怒りを買って崖っぷちに立たされている皆様に、起死回生の一手を御持ちしたのです」


 そう告げた男は(ふところ)から記録ディスクを取り出すや、眼前のテーブルへ置く。


「これには、白銀達也の背信行為の全容が収められております……彼は銀河連邦を裏切って帝国と気脈を通じている様ですねぇ。そう。前大統領ドナルド・バックと同じ穴の(むじな)なのですよ」


 その衝撃的な内容に議員達が色めき立ち、室内が騒然となる。

 しかし、彼らとて百鬼夜行が住まう政界を泳いで来た者達だ、不審者の戯言(ざれごと)鵜呑(うの)みにするほど愚かではない。


「な、何を訳の分からない事をっ!? し、証拠! 証拠があるのかッ?」

「そうだ! 証拠がなければ、またぞろ非難が我らに向くのは必定だ!」


 その罵声に近い言を受けても動じる素振りもないピエロは、くぐもった(わら)い声を漏らして(うそぶ)いた。


「証拠? そんな物が必要ですかねぇ……このディスクには、()の【神将】が惑星バンドレットを極秘で訪れ、姿をくらませた詳細が記されております。皆様に必要なのは、彼が帝国の支配下にある星でコソコソと何かをした……という事実だけで充分なのではありませんかぁ?」


 その指摘を正しく理解した議員達の顔に醜悪な笑みが浮かぶ。

 真実などはどうでもいい……。

 疑惑を流布(るふ)して糾弾(きゅうだん)の花火を打ち上げさえすれば、後は放っておいても民衆という名の正義漢達が勝手に炎上させてくれる……。

 胡散臭(うさんくさ)いピエロの思惑を理解した彼らが喜色に(ゆが)んだ顔を上げた時、黒衣の男の姿は跡形もなく消え失せていたのだった。


             ◇◆◇◆◇


 議事堂を抜け出し街路の人波に(まぎ)れた男は、先程までのピエロ姿から一転して、上質な三つ揃いを身に(まと)った紳士を装い足早に歩を進める。


(この私にこんな雑用を押し付けるなんて……ローラン・キャメロット。あの男は何を考えているのか……底の知れない男ですねぇ)


 その細い双眸を更に細めるクラウス・リューグナーは、星空を見上げて溜息交じりに(つぶや)く。


「悪く思わないでくださいねぇ……私も宮仕えの身なのです。仕事より趣味を優先させる訳にはいかないのですよ。健闘をお祈りします白銀提督……毒蛇に噛み殺されませぬように」


 そう祈るように瞑目(めいもく)した彼は、そのまま人波の中に姿を消すのだった。

◎◎◎

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[一言] 今の状況を一変させうる……トンデモない爆弾を置いて行きやがった(゜Д゜;)
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