第十二話 創造されし者達 ③
「……亜人と呼ばれる者達は、大宇宙の摂理の範疇でこの世に生を受けた存在ではない……人間の醜いエゴが生み出した悲しい命なんだよ」
さくらを囲んで談笑している獣人女性達へ向けられた達也の視線には、深い哀切の情が滲んでいた。
「彼らが銀河史に初めて登場したのは今から千六百年以上も昔の事だ。その当時は銀河連邦評議会も設立されておらず、数多の星間国家が覇権を争う中、悲惨な紛争が繰り返されていた混沌期でね……」
達也が一旦言葉を切ると、博識なヒルデガルドが話を引き継ぐ。
「人類という生き物は真に愚かな存在でね……同じ銀河に存在していながら、生まれた星が違うというだけでドンパチを繰り広げ、自分こそが正しいのだと主張して譲らないんだから呆れるよ。その結果何が原因だったかも分からない大戦が銀河中で頻発し、多くの命が喪われたんだよん……そんな時代が連邦創設までに二百年間も続いたのさ」
二人の説明を聞いたユリアは、自分の知識と擦り合わせるかの様に何度も頷き、何時もは難しい話には興味を示さないティグルも真剣な表情で耳を傾ける。
生粋の竜種である自分とは違う存在……だが、人間とも違う獣人という種に彼が興味を覚えたのは、紛れもなく自身の成長の証なのかもしれない。
「長い年月を紛争に明け暮れれば、必然的に国力や人口は大きく損なわれていく。それでも勝利する為にはどうするか……当時の指導者達は、その答えを新たな種の創造に見出したんだ」
そう言って沈痛な表情を浮かべた達也は深い溜息を零す。
暗黒の時代と呼ばれている当時の各国の指導者達は、最終的な自国の勝利の為にあらゆる手段を模索した。
脆弱な生身の兵士に代わる存在として開発された無人兵器は、その最たる例だ。
対抗手段が開発され、イタチごっこに陥るのは今と変わらないが、強大な国力に物を言わせた大国は、量産機を大量生産して戦場に投入するのを躊躇わなかった。
今も昔も変わらず物量にあかせた強引な力押しという戦術は有効であり、敵軍を上回る戦力を得た方が有利という点で戦略としても理に適っているが、それが新たな悲劇を生むのだから、実に人類とは度し難い存在だと言わざるを得ないだろう。
「それでは……力ある大国が無力な小国を呑み込んで行ったのですか?」
ユリアの問いに達也は小さく首を左右に振った。
「形勢が不利になり、追い詰められた小国が選択するのは、凡そ軍略の常識からは逸脱した夢物語ばかりだ。この時に生み出されたのが……獣人という新たな種だ」
「優れた身体能力と攻撃性。そして、人間の知性を併せ持つ最高の生態兵器。当時の遺伝子工技術の結晶が彼らなんだよん」
子供達にも理解できるように、ヒルデガルドは言葉を選んで説明する。
「自己学習機能を持つ高性能AIを組み込んだ無人兵器も『ヤマ勘』に代表される人間の異常な瞬発力には劣る事がある。ましてそこに獣の能力が加われば……実際に彼らが投入された初期の戦闘では、獣人部隊の方に軍配が上がったんだよん」
ヒルデガルドの解説には、ユリアだけではなくエレオノーラまでもが目を丸くして驚嘆してしまう。
「しかし……工場で乱造できる兵器と違って、亜人とはいえ生きた人間ですよ? 数の不利は覆せないでしょう?」
エレオノーラのその反問に物憂い表情を浮かべたヒルデガルドは口元を歪めるや、胸中に蟠る憤懣を隠そうともせずに吐き捨てた。
「彼らを生み出した愚昧な馬鹿共は、そもそも獣人を自分達と同じ命を持つ者だとは定義していなかったのさ……獣人はあくまでも兵器に過ぎない。だから良心の呵責に苛まれる事もなく、培養液の中で生み出される命に何の疑問も懐きはしなかったのさぁ……」
ヒルデガルドが語った内容は、銀河連邦設立以前の暗黒史として、深い悔恨と共に、その後の連邦の理念すらをも左右したのである。
だが、万能と思われた獣人にも問題は多々あった。
科学者たちは彼らの旺盛な繁殖力にも大きな期待を懐き、生存欲求に従い多くの子孫を残すのを前提にして、その子孫らを兵士として利用する……そんな青写真を描いていたのである。
しかしながら、この思惑は大きく裏切られる結果となり、その後の戦局どころか国家の命運までをも傾ける事態を招いてしまったのだ。
「第一世代以降……自然な繁殖行為で生まれた子孫達は、獣人としての能力の大半を受け継ぐことはなかったんだよん。三世代目ともなれば、最早普通の人間と何ら変わらない存在になってしまったのさ……科学者達は研究を続けたが、原因は解明できなかったようだね」
溜息を吐いて言葉を切るヒルデガルドに代わって達也が別の問題を指摘する。
「能力的な問題も誤算だったが、それ以上に為政者や軍指導部を悩ませたのが獣人達の反乱だよ。訓練された思考力や瞬発力には目を見張るものがあるが、理不尽な強制や虐待には強く反発する……それも人間の一面だ。だからこそ、戦場で戦う事だけを求められた彼らが反乱を起こしたのは必然だったのかも知れないね」
投薬による意識の操作、自我や反抗心を抑える為に行われた脳改造……。
科学者達は為政者に命じられる儘に非道な行為を亜人達に加えたが、そんな境遇に何時までも甘んじている彼らではなかった。
自分達を『創造されし者』と蔑み、その命を軽んじて恥じない支配者達への憎しみが頂点に達し、獣人達の堪忍袋の緒が切れる。
彼らを生み出し、彼らの力を以て大国と伍していた国々は、獣人達の一斉蜂起による反乱で疲弊し、敵国に屈して滅びの末路を歩む他はなかったのである。
「そんな悲惨な時代は、七聖国の尽力により銀河連邦評議会が設立される事で漸く終焉を迎えた。戦乱末期には七聖国に協力して戦った獣人達も多かったと聞いている。詳細な資料は残されてはいないが、だからこそ銀河連邦はその理念に《多文化共生》を謳い、命の尊さと平等を理念にしたのさ……しかし……」
そこで言葉を切った達也の顔に遣る瀬ない心情が滲む。
その憂いは、そのまま獣人達の歴史に対する憐憫に他ならない。
時代の狭間で大半の獣人は戦火の中にその命を散らし、銀河連邦設立時に生存していた個体は僅かな数でしかなかった。
然も、銀河連邦の高邁な理念を理解できない人間は多く、獣人達は人でも獣でもない存在として忌み嫌われ、迫害の対象にされたのだ。
彼らは人間社会での共生を拒まれ、その多くが未開の惑星に追いやられたと古い文献に記されている。
その事態を憂慮した銀河連邦評議会は、東部方面域や北東方面域の複数の惑星を亜人達の居留惑星に指定し自治を委ねたのだが、今日に至るまで彼らが貧困と迫害から抜け出せてはいないのが現実だった。
「獣人らを取り巻く劣悪な環境の原因が、連邦を形成する加盟国にあるのは明白。七聖国であってもその非難から逃れるものではないよん……その上、グラーニのように無知蒙昧な貴族連中は、獣人達を己の邪な欲望の為に平然と貶めて恥じ入る事もない。貧困に付け込み、僅かばかりの対価で彼らを奴隷にして慰み者にする。そんな下衆な連中が後を絶たない……本当に情けない話だよん!」
さくらに抱きつかれて笑顔を浮かべている獣人女性達を目で追うヒルデガルドは、そう吐き捨てて怒りを露にする。
「それならば、人と獣人が共生できるような特区を作るなり、共生に関する法律を整備するなり……何かしらの施策は検討されなかったのですか?」
亜人達への理不尽な仕打ちに憤るユリアが、柳眉を吊り上げて語気を荒げた。
少女の純粋な怒りを好ましく思いながらも、現実の厳しさを誤魔化して教えるような無責任な真似はできない……。
ヒルデガルドはそう思い、敢えて歴史の真実を語って聞かせたのだ。
「残念ながら当時の人間達は、戦場で猛威を振るった彼らを忌避したんだよん……ましてや、身内を殺された者に至っては激しく彼らを憎悪し、獣人の女子供を迫害する者が後を絶たなかった。連邦が掲げた理念が如何に素晴らしいものであったとしても、人の心に巣くう闇を払う事はできなかったのさ……貴族はもとより、民衆にも獣人を排斥しろという声は大きくてね。発足したての連邦評議会はその圧力に負け、共生の理念を有名無実化せざるを得なかったのさぁ」
『忌み子』だと蔑まれた過去を持つユリアは、悲劇の歴史を辿らざるを得なかった彼らへ、深い憐憫の情を懐かずにはいられなかった。
すると、それまで黙って話を聞いていたティグルが、気落ちする姉を励まそうと自慢げに胸を反らす。
「そんなに悲しい顔をするなよユリア姉。確かに世の中には欲深い馬鹿が多いかもしれないけど、達也は違うんだ! この二年間で数え切れないほどの海賊をやっつけて、攫われて売り飛ばされそうになってた獣人達を救けてきたんだぜ!」
突然褒め称えられた達也は顔を顰め、まるで我が事の様に得意げに語るティグルを押し留めようとした。
しかし、エレオノーラまでもが相槌を打って武勇伝を追加披露するという暴挙に出たため、止めるタイミングを逸してしまう。
「それにさぁ~~東部方面域に派遣された時に。獣人の居留惑星に押し寄せて来た海賊艦隊をたった一隻で相手取った貴女のパパ様は、それを全滅させちゃったの。ガリュード艦隊で参謀をしていた先輩が、彼方此方で吹聴して廻ってね、結構有名な話なのよ。これ」
二人の話で気を良くしたユリアは、敬愛する父親にキラキラ輝く瞳を向けるのだった。
ニヤニヤと計算高い笑みを浮かべるエレオノーラの視線が『ポイント稼がせてやったんだから、今度何か奢りなさいよ』と訴えているのが分かってしまう達也は、ゲンナリした表情で口を開く。
「軍人の俺にできるのは所詮その程度だからな。彼らの境遇を憐れんでキレイ事を声高に叫んだとしても、それで罪業から逃れられる訳ではないさ。抜本的な解決策を持たない俺も愚かな連中と大差はないさ……職責を果たしただけで称賛されるのは何処か間違っているんだよ」
達也は隣のユリアの頭を撫でてやりながら、ティグルにも優しく微笑んでやる。
すると、ユリアは父親の言葉に敢然と異を唱えた。
「お父さまは連邦の制度改革を行おうとなさっているじゃありませんか! それを成したならば、有名無実と化している理念を実効性のあるものに変えられる筈です。自信をお持ちください! 私も、いいえ、お母さまやさくら、ティグルが……そして皆さんが、お父さまの力になりますから!」
「はははっ! 娘に励まされているようじゃ、まだまだ父親としては力不足じゃないのかい? だいたいねぇ~~君は謙遜が過ぎるんだよんっ! もっと傲慢になりたまえ。君はそれ位で丁度いいのさ!」
ユリアのエールに続いたヒルデガルドの茶々に、その場は温かい笑いに包まれ、達也は苦笑いしながらも、皆の気遣いを心から嬉しく思った。
そして、改革の必要性を再認識して気持ちを新たにしたのである。
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