第十二話 創造されし者達 ①
(くっ! 振り切れないぃぃッッ!!)
大小様々な岩塊が不規則な間隔で密集するデブリ帯。
その隙間を縫う様に蓮は機体を疾駆させる。
急旋回!急制動!急加速!
訓練で培った技術の全てを叩き出し愛機を操るのだが、後方を占拠し続ける敵を躱す所か振り切る事すらできない。
ロックオンされたのを知らせる警報が狭いコックピットに鳴り響けば、その度に回避を繰り返さねばならず、息つく暇さえない厳しい状況に追い込まれている。
度重なるオーバーGに痛めつけられた身体は悲鳴を上げるが、生き残る為には、この不利な状況をひっくり返す以外に術はないのだ。
だが、そんな死に物狂いの足掻きも虚しく、牽制射撃に釣られて安易に右旋回を選択した瞬間に止めの一撃を喰らった機体は、激しい衝撃と同時に爆炎に呑まれて四散するのだった。
そんな映像を最後に、訓練終了を告げるメッセージが目の前の宙空で躍るのを、蓮は茫然としながら見つめるしかなかったのである。
※※※
「はあ、はあ、はあ……んっ……くそおぉぉ──っ! また負けたぁ──っ!」
戦闘機専用のヴァーチャル訓練機のハッチが開放された途端、蓮の悔しげな叫び声がトレーニングルームに響き渡る。
何とか呼吸を整えた彼は纏い付く疲労感を堪えながら訓練機から降り、指導教官の前で敬礼した。
「本日も目出度く二十五回の戦死だな。機体の制御はだいぶマシになってきたが、ヤマ勘で回避運動をしているうちは、実戦では使いモノにならないぞ?」
連動しているもう一方の訓練機から降りて来た達也が、厳しい評価を下し注意点を教授する。
息も絶え絶えの自分とは比べるまでもないが、汗も掻かずに平然としている上官を見れば、己が如何に未熟なのかを痛感せざるを得なかった。
今回の航海に於いて従卒の任を仰せつかった蓮は、直接指導を受けられる幸運に歓喜して日々訓練に勤しんでいるのだが、ファイターパイロットとしての実力差は歴然としており、未だに一勝もできずに負けっぱなしという為体だった。
「よしっ。今日の訓練は此処までだ。焦った時に反射的に右旋回をする癖を直すように。いいな?」
「はっ! 御指導ありがとうございましたッ!」
気力を振り絞って声を張り上げた辺りが限界だったらしく、両膝から力が抜けてしまい、蓮はその場にへたり込んでしまう。
すると訓練室の隅で様子を窺っていた詩織が歩み寄って来るや、よく冷えた濡れタオルを手渡してくれた。
「おぉっ! サンキュー……詩織」
汗と共に火照った顔を拭いながら礼を言うと、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる詩織から発破を掛けられた。
「一方的にやられてばかりなのにさ、アンタだけがバテバテだなんて情けないにも程があるわよ! 少しは提督を苦労させるぐらいの気概を見せたらどうなの!?」
「ちぇっ。簡単に言うなよぉ……腕前が違うなんて次元じゃないんだぞ! あの人は絶対に改造人間に違いないっ! バケモノなんだよっ!」
不貞腐れて投げやりに言い放つと背後からこつんと頭を小突かれ、併せてお叱りの言葉が頭上から降ってきた。
「お前ねぇ……それが雇い主に言うセリフか?」
頭を押さえて振り返ると、達也が苦笑いしながら缶ジュースを差し出してくれている。
詩織にも同じものを手渡し、三人はボックスシートに腰を落ち着けて休憩がてら雑談に興じた。
「でも良かったですね。サクヤ様との御関係をランズベルグ皇王家の皆様に祝福して戴いて……随分と好意的だったとエレオノーラ艦長から聞いていますよ?」
詩織は口元を綻ばせるが、彼女の意に反して達也は顔を顰めてぼやいた。
「ソフィア皇妃様やケイン皇太子殿下をはじめ、御兄弟達には祝福されたがね……レイモンド陛下には『貴殿は鬼かっ!? ケダモノかっ!?』と延々と愚痴を聞かされたよ……最後はソフィア様に叱られて渋々ながら承知してくれたがな」
サクヤの押し掛け女房騒動に対する報告と謝罪の為に、ランズベルグ皇国に立ち寄った達也を待っていたのは、面食らうほどに熱烈な皇族達の祝福だった。
尤も、サクヤ姫を掌中の珠同然に猫可愛がりしていた皇王陛下だけは例外だったのだが……。
結局諸手を挙げての祝賀ムードに気圧されし、『今後の関係についてはこれから時間をかけて』との真実は告げられず、ヒルデガルドと合流するや、視察を理由にして逃げ出すように惑星セーラを出立したのだ。
「そりゃあ仕方がないですよ。陛下にしてみれば目の中に入れても痛くはない姫様を、横から掻っ攫われたも同然ですからね。然も、クレアさんという勿体ない位の奥様がいるくせにサクヤ様まで……陛下から『呪われてしまえっ!』と罵倒される程度で済んだのだから良かったじゃないですか」
従卒として同席を許された蓮がニヤニヤ笑いながら揶揄って来る。
「そうらしいわねぇ! エレオノーラ艦長も帰って来られてから『はらわたが捩れちゃったぁ──っ!』って艦橋で笑い転げていらしたんですよ」
ケラケラと無邪気に笑う詩織の言葉が恨めしい。
己の威厳が地に墜ちているのを思い知らされた達也は、苦労している割に報われないという悲哀を噛み締めるしかなかった。
そんな弛緩した雰囲気の最中に、艦橋で指揮を執っているエレオノーラから通信が入る。
「訓練中に申し訳ないけれど、至急ブリッジに来てくれないかしら?」
彼女の声音には微妙な戸惑いが滲んでおり、厄介事が起きたのだと察した達也は直ぐに腰を上げ、不安げに表情を硬くする詩織を促して艦橋へ向かうのだった。
(こんな辺鄙な宙域で一体全体何が……?)
◇◆◇◆◇
ランズベルグ皇国を出立し下賜された星系調査に向ったシルフィードは、早々に調査を終わらせるべく、転移ゲートを併用した通常航路を通らずに当該宙域までの最短航路を選択していた。
隣接する巨大な二つの星団の外縁部を迂回するルートが通常航路に指定されているのだが、周囲に生命体が生息できる惑星は皆無という辺境地でもあり、おまけに他の方面域との物流ルートからは大きく外れている為、転移ゲートも等閑に設置されているだけだ。
このルートを避けて、多少大廻になっても長距離転移が可能な航路を選択するという手もあったが、時間を大幅に浪費するという点に変わりはない。
そこで達也は、二つの星団の間にある僅かな隙間。
所謂獣道と呼んでも差し支えの無い間道の突破を選択したのだ。
両星団からの強い影響を受けるこのルートは、シルフィードの様な高性能艦でしか航行できず、おまけに時間短縮以外にメリットは無いため、一般の船舶どころか銀河連邦宇宙軍の戦闘艦艇すら足を踏み入れない……筈だったのだが……。
「なるほどね。確かに怪しいと言わざるを得ないな」
正面スクリーンに映し出されている大型船の映像を見た達也は、そう呟いて眉間に皺を寄せた。
現在宙域は間道の入り口周辺なのだが、いざ突入という時になって、その間道から抜け出て来た艦船と鉢合わせしてしまったのだ。
何か不審なものを感じたエレオノーラが停船命令を勧告したのだが、相手はそれに従わず強硬突破を図ろうとした為、已む無く威嚇攻撃をして強制的に停船させたのである。
「船体に描かれた紋章から、ルーズバック家の持ち船だと判明したのだけど……」
厄介な奴に絡んでしまったと後悔している節がありありと顔に出ているエレオノーラに代わって、好奇心という名の悪癖をその表情に滲ませたヒルデガルドが口を挟む。
「東部方面域から選出されている評議会議員の一人だよん。それなりの派閥を率いていて、議会内では一定の発言力を有している実力者だね」
「貴族閥でも我が物顔って噂が絶えないわ。それも当然で軍令部総長エンペラドル元帥の腰巾着ですもの。『虎の威を借りる』とかいうやつ……偏執的で執念深いと噂のね」
まるで汚物を見る様な視線を件の艦船に向けるエレオノーラが悪態をつく。
よほど嫌っているのか、それとも相性が悪いのか、過去にルーズバックとの間に何かが有ったのは確実だが、それを問い質したいという誘惑は耳障りな悪声によって遮られてしまった。
「おのれえぇぇ──ッ!! 連邦評議会で重責を担う儂の船に砲撃を加えるとは、一体全体どういうつもりかぁ──ッ!? 儂をグラーニ・ルーズバックと知っての狼藉であれば、貴様らを一人も生かしてはおかんぞぉッッ!」
時代がかった陳腐な貴族服を纏った壮年の髭男が、肥え太った巨躯をスクリーンいっぱいに晒している。
怒りで真っ赤に染まった顔を醜悪に歪ませて怒鳴り散らす姿は、なるほどエレオノーラでなくても好感は懐けないと達也は納得した。
しかし、こんな辺鄙な宙域をコソコソと隠れる様にして航行する必要性が、この有力貴族の御当主様にあるとも思えない。
グラーニ伯爵の態度にも何処かキナ臭い焦りの様子が窺え、どうにも胡散臭いと達也は判断せざるを得なかった。
「私は銀河連邦宇宙軍大元帥。白銀達也であります」
そう名乗っただけで顔を引き攣らせたグラーニは、途端に視線を泳がせ始める。
それは自ら『疚しい事をしています』と白状したようなものであり、相手が怯んだのを見た達也は、己の勘が当たったのを確信した。
「お急ぎの所を申し訳ないが、貴船を臨検させて戴く。こちらの指示に従って速やかに受け入れるよう要求する」
「なっ!? なにを馬鹿げた事をっ! 無礼な真似は許さんっ! 第一儂は軍令部総長エンペラドル元帥閣下と懇意にしている大貴族である! 貴様のような若造がどうにか出来ると思っているのかっ!?」
まさにエレオノーラの言う通り『虎の威を借りる狐』だと認識した達也は、口元に笑みを浮かべて睨みつけてやる。
「無礼? 無礼なのは貴方の方だろうっ! 畏れ多くもエンペラドル閣下の御名を持ち出して臨検を拒むとは如何なる所存か!? 拒否するというならそれも結構。貴船を海賊船と認定し、この場で跡形残さず撃破するまでだ!」
【神将】の気迫に呑まれ、恫喝に怯んだグラーニ伯爵は渋々ながらも臨検を認める他はなく、舌打ちしながらスクリーンからその姿を消した。
「相変わらず悪い男だねぇ。達也に睨まれた哀れな伯爵君に、ボクは心からの同情を禁じ得ないよん」
「こんなのは序の口ですわ、殿下。この男の腹黒さときたら……」
ニヤニヤ笑っている悪女達を完全無視した達也はさっさと命令を下す。
「速やかに艦を接舷させろ! 臨検の指揮はエレン。君に任せる。俺もティグルを連れて同行する」
「ティグルを? なるほどね……分かった。確かにあの子が適任ね」
訳知り顔で頷いたエレオノーラは、艦を接舷させるべく指示を出した。
◇◆◇◆◇
「だから言ったであろうっ! 儂に疚しい事など何も有りはしないとっ!!」
背後に張り付くようにして喚き散らす肥満体の伯爵を無視し、達也は艦の下層部へと向かっていた。
有力貴族の持ち船とはいえ、規模は連邦軍の主力護衛艦クラスに過ぎない。
辛うじてこの難所を踏破できる程度の性能しか有していない艦であるにも拘わらず、危険を冒さなければならなかった理由が必ずある……。
達也はそう確信していた。
だが、艦内を隈なく捜索したが、何処で収集してきたのか定かではない悪趣味な彫像や絵画が目につく以外には特に問題は見受けられず、残るのは船底にある積荷の保管倉庫だけである。
三十m四方で高さは五m程度の狭い空間に、様々なコンテナや密封された小箱が所狭しと積み重ねられていた。
「儂の領内で採れる産物や希少鉱石だ。粗略に扱って傷をつけるんじゃないぞ! 殆んどがエンペラドル元帥閣下御所望の品々だからなぁ」
信奉する権力者の名を殊更に強調する伯爵の態度に辟易とさせられたが、達也は取り合わずに無視する。
だが、結局チェックリストと照合した限りでは、その内容に不審な点は見つけられなかった。
途端に強気に転じて語気を荒げる伯爵。
「この始末を如何にして贖うつもりかッッ!? 儂の顔に泥を塗った事を必ず後悔させてやるッ! 評議会に於いて問題にしてくれるわッ!」
しかし、醜悪な顔を喜色に歪めて勝ち誇るグラーニ伯爵の罵倒も達也にとっては只の雑音に過ぎず、嫌な顔をする所か、寧ろその口元には笑みさえ浮かべて周囲を見廻した。
そして……。
「この保管庫……随分と天井が低いのではありませんかな? 伯爵」
「な、何を突然っ……」
思わぬ反撃に虚を突かれたグラーニ伯爵の額に一瞬で汗が吹き出す。
たった一言で狼狽するその様子が余りにも滑稽で、達也は口元を歪めて含み笑いを漏らしてしまう。
「怒鳴りつければ大人しくなる……世の中そんな人間ばかりではないのですよ? 御自分を大物だと胸を張りたいのならば、この程度のブラフで馬脚を現すのは感心しませんね……ティグル。出番だ!」
「あいよっ! 待ち草臥れたぜ! パパさん」
隣で所在無げにしていた長男坊主が、漸くの出番を得て白い歯を剥き出しにして笑うや、両の瞳を閉じて意識を周囲に解き放った。
幼いとはいえ竜種の五感は人間のそれを遥かに上回っており、超高性能センサーに匹敵すると言っても過言ではない。
「……右奥の隅……その下に生き物がいる……これは……てめえぇぇッ!!」
鼻を鳴らしそう断言したティグルが、そのエメラルド色の瞳に瞋恚の炎を宿して伯爵を睨みつけた。
彼はその類稀なる嗅覚で、床下の秘密部屋に存在する者達の正体を敏感に感じ取ったのである。
「馬鹿なっ! 戯言をぬかすなっ! 何も無いっ! 何も有りはせんぞぉぉッ! お前らっ! この無礼者どもを外に叩き出せッ!」
図星を衝かれて狼狽した伯爵は家臣達に怒鳴り散らす。
しかし、命令に従って達也らに群がろうとした連中を足止めしたのは、他でもない満面に怒りを浮かべたティグルだった。
右腕を真横に一閃しただけ……。
たったそれだけで、突進しかけた家臣達は衣服の胸元辺りを斬り裂かれてしまい、愕然として立ち竦んでしまう。
彼らの驚愕に見開かれた視線の先には、白髪の少年の右手の指先に顕現した鋭利な刃が、倉庫内の証明に反射して不気味な光沢を放つ姿があった。
「迂闊な真似は控えた方が長生きできるぞ……可愛い形をしてはいるが、この子は正真正銘の竜種だ。怒らせたら止める術はないからな。逆らわない方が身の為だ」
そう忠告する達也の隣では、ティグルが冷然とした爪先をグラーニ伯爵の喉元に突き付けるのと同時に、家臣らの動きを牽制している。
その間にエレオノーラ達が彼らを次々に拘束していく中、達也はティグルが気配を感知した場所に歩み寄った。
そこには荷物が置かれていない僅かな空間があるだけで、一見何の変哲もない様に見えたが、達也は側面の壁の一部を指差して伯爵に命令する。
「ここに操作パネルが隠してあるだろう? 開けて貰おうか?」
ルーズバックは顔を歪めて臍を嚙んだが、ティグルが指先を首筋に押し当てると、観念したのか項垂れてしまった。
彼の代わりに部下が隠しパネルを露にし暗証コードを打ち込むや、床がスライドして薄暗い隠し部屋が露になる。
その僅か十m四方の小部屋の隅には、固まって震えている者達がおり、その姿を確認した達也は憤怒に顔を歪め、射殺さんばかりにルーズバックを睨みつけた。
しなやかな肢体は成熟した女性のものであり、顔立ちは多くの男性を虜にするであろう程に美しく整っている。
中には、さくらと同じ年頃の少女も混じっており、そんな女性ばかりが二十名ほど船倉に閉じ込められていたのだ。
ただ、彼女達は普通の人間と異なる点を有していた。
頭から生えた特徴的な耳と下半身から力なく垂れる尾……。
彼女達は紛れもない亜人……いわゆる獣人と呼ばれる者達だったのである。
この獣人たちとの邂逅こそが、白銀達也とその一党を取り巻く運命を決定づけた瞬間だった……。
後の世の多くの史家達が異口同音にそう語ったのである。
 




