最終話 日雇い提督は仁愛を得て英雄へと至る
この物語に御付き合い頂いた全ての方へ、心からの感謝を捧げます。
本当にありがとうございました。
グラシーザ星系首都星ダネル宙域を戦場とした最終決戦から早くも一か月余りが過ぎたが、銀河世界は未だ喧騒の最中にあった。
その間一切の対外行動を自粛したアマテラス共生共和国は、国内に於ける喫緊の課題を解決するべく、その対応に追われていたのである。
それらの諸問題の中でも最大の懸案は〝梁山泊軍″に対する処遇だった。
白銀達也率いる梁山泊軍艦隊が、今回の騒乱沈静化に於ける最大の功労者であるのは衆目の一致するところだ。
だが、如何せん彼の艦隊は私設軍隊であり、アマテラスと傭兵契約を結んでいるだけの無頼漢の寄せ集めだと非難する声があるのも事実だった。
現に圧倒的に不利な状況を覆し、戦力的優勢を誇る革命政府軍を撃破した驚異的戦力を危惧する国家は多く、それは、同じフェアシュタント同盟に名を連ねる他の加盟国も例外ではない。
『神将白銀達也が、その神算鬼謀を以て銀河世界の掌握を目論んでいる』
そんな荒唐無稽で無責任な憶測が真しやかに囁かれているのだから、同盟内部での無用な軋轢を避ける為にも、一個人が軍権を掌握している危険な集団との誤解を解く必要があった。
だからこそ、戦後処理で騒然としている銀河世界に背を向けたアマテラス政府は、新たに国軍創設の為に必要な関連法案や基本制度の整備を急いだのである。
「大統領閣下、国務委員会に於いて、新設される国軍に関する概要の草案が纏まりました。御目通しの上で特に御異論がないのであれば、早急に議会へ上程したいと思います」
シレーヌから差し出されたファイルに記されている項目を目で追ったクレアは、その内容を熟考した上で、特に問題はないと判断した。
(私設軍の色合いが濃い梁山泊軍を解体し、新たに国軍として再編する……残留を希望する人員は全て雇用し、先の戦闘で捕虜となり志願してダネル宙域戦に参加した旧銀河連邦軍士官らも、希望者は全員を受け入れる……妥当でしょうね)
元々、最終作戦が如何なる形で終結したとしても、その時点で〝梁山泊軍″は解散すると達也は言明しており、国務委員会の試案が、その意向を最大限慮ったものになるのは当然の帰結でしかない。
またクレアは、帰国して早々にアルカディーナ星系戦役で捕虜とした敵軍将兵を解放して各々の母星へと送還したが、一部の残留希望者からの移民申請も受諾しており、その中には地球からの脱出組も多く含まれていた。
ポピーら精霊たちの献身的な厚情により兵力の人的損害は皆無であり、損耗が著しい主力艦隊の再建は順調との報告も受けている。
その為、国軍創設という一大プロジェクトに障害はなかった。
「そうね……これで問題はないわ。初代最高司令官をラインハルトさん、そして、航宙艦隊司令官をエレオノーラが引き受けてくれるのならば心強い限りね。早急に議会へ諮って審議を急がせて頂戴。私のスケジュール調整も御願いね」
そう伝えたクレアは、ファイルを受け取って慇懃に一礼するシレーヌの表情から微かな憂いを感じ取り、退出しようとする彼女を引き留めた。
「何か懸念があるのかしら? もしも気が付いた事があるのならば、どんなに些細な事でも構わないから、意見して貰えるとありがたいのだけれど……」
「意見だなんて、そんな……ただ、白銀達也様は、やはり……」
動揺しながらも、紡ぐ言葉に滲むのは深い憂慮の念。
それは、新設される国軍の人事に達也の名前が無い事が原因であり、その理由を彼女自身も承知しているからでもある。
敬愛して已まない達也が自ら決断した事だとは理解しているが、彼を英雄視するシレーヌやアルカディーナ達には納得しかねるものだった。
だが、夫の性格を誰よりも熟知しているクレアにしてみれば、今更どんな説得も受け入れないのは分かっていたし、何よりも彼女自身が達也の決断を正しいと思ったからこそ、その意志を尊重したのである。
純粋な敬愛の情を捧げてくれるシレーヌには申し訳ないが、この場を取り繕うだけの気休めを口にはできない。
そう自分に言い聞かせたクレアは、柔らかい微笑みを湛えた表情で感謝の言葉を伝えた。
「あの人の事を心配してくれて、ありがとうね。でも、頑固な人だから……それにね、達也さんの想いは正しいと思うの……だから、貴女も応援してあげて頂戴」
不承不承といった風情で頷くシレーヌへ、今度はクレアが追い討ちを掛ける。
「きっと悪い結果にはならないから心配しないでいいわ。それよりも、ヨハン君が貴女にプロポーズしたと詩織さんが燥いでいたわよ。もう返事はしたのかしら?」
「えぇッ! ご、御存知だったのですか……もう! 詩織さんったらぁ……」
濃い憂色を滲ませていた表情を一転させて顔を赤らめるや、急にモジモジしだすシレーヌ。
ヨハンから結婚を申し込まれて間がないというのに、もうクレアにまで知られているなんて羞恥で顔から火が出る思いだったが、相手は尊敬して已まない国家元首なのだから問われれば答えないわけにもいかない。
「は、はい……彼も詩織さんや蓮さん達と同じく国軍士官になりますから、設立後の混乱が収まってから結婚式を挙げようって……」
真っ赤な顔を俯かせ、しどろもどろの言葉を紡ぐ秘書官殿の姿が微笑ましい。
「そう! おめでとう! 式には私も出席させて貰いますからね。きっと達也さんも喜んでくれる筈だから招待状は私達夫婦宛で御願いね……さて、午後は席を外しますが、緊急の案件があれば直ぐに連絡を頂戴」
自分への望外の申し出に恐縮するばかりのシレーヌだったが、優秀な秘書官との評価は伊達ではなく、クレアの真意を正確に理解して恭しく一礼する。
「中央病院へ行かれるのですね。御安心ください。各評議会からの案件は私の方で整理しておきますから……白銀達也様も完全に御快癒なされたと聞いております。どうか御無理なさいませぬ様にと御伝え下さい」
◇◆◇◆◇
政庁府から中央病院までの距離は然したるものではないのだが、一国の大統領ともなれば、『天気も良いから歩いて行きましょう』などという気楽な真似は許されないのが常だ。
外出の際には、志保が指揮する空間機兵団の猛者が護衛に付くし、移動に使用されるのは装甲車並みの防御性能を誇る公用車一択。
然しものクレアも、周囲の過剰な配慮に難色を示すしかないのだが、戦争終結を契機にセレーネを訪問する諸外国からの要人も増えつつある以上は、あからさまに不満を口にする訳にもいかなかった。
中央病院へ足を運んだのには二つの目的がある。
一つ目は、他でもない負傷入院している達也の、その後の経過だ。
何といっても、生還して再会した時の惨状が酷すぎた。
まさに生きているのが不思議なほどの重傷なのが一目瞭然で、さくらは元より、年長のユリアやティグルまでもが取り乱して大騒ぎになったのだから、妻のクレアが不安を払拭できずにいるのも当然だろう。
しかし、帰国して緊急入院したものの、二週間もしないうちに……。
『ほぼ完治しつつあります……あの方は本当に人間ですか?』
主治医の春香から溜め息交じりにそう問われたクレアは、安堵するべきか、今後も心配のタネが尽きないのか、と大いに悩むのだった。
人並外れて頑丈なのは知っているつもりだったが、本職の医者から疑念を懐かれるレベルならば、これからは無茶をしない様に監視を強化しなければ……。
そう、秘かに決意を固めるクレアだった。
そして、もう一つの懸案は、ダネルの病院施設から救助したマチルダの治療経過と、今後の彼女への対処だ。
長期に亘る冷凍睡眠からの覚醒には成功したものの、その間も難病に蝕まれていたダメージは大きく、一時は生死の境を彷徨う程に重篤な状態だった。
だが、幸いにもヒルデガルドと春香ら医師団の懸命な治療が功を奏し、危篤状態を脱したマチルダは、最先端再生治療の効果もあって順調な回復を見せている。
数日前からリハビリの許可も出て、日々頑張っているとの報告も受けていた。
「あらあら……今日もギャラリーが賑やかね」
リハビリテーション専用病棟を訪れたクレアは、四方の壁面を硬質ガラスで覆われた広いリハ室の一角で歓声を上げる一団を見て目を細めた。
「頑張れ! マチルダお姉ちゃん!」
「あうぅ~~、も、もう少しですぅ!」
心配げなさくらとマーヤ、そして無言のまま見守っているユリアとティグル。
子供達の視線の先では、ガラス越しに差し込んで来る陽光の中、壁に沿って設えられた手摺に縋る様にして歩行訓練をしているマチルダの姿があった。
そして彼女が伝う手摺の先では、蒼也を肩車した達也が、床に片膝を付いた姿勢で両手を広げて待ち構えている。
細い棒を握った細腕で身体を支えながら、思う様にならない下肢を懸命に動かすマチルダは、やがて達也が広げた腕の中へ倒れ込む様にして辿り着いた。
「うん! 良くできました。だが、余り頑張り過ぎるのは逆効果だからね。先生が組んでくれたメニューを守って、少しづつ量を増やしていけばいい」
その達也からの賛辞に、照れたように顔を赤くするマチルダは小さく頷く。
その様子は微笑ましくもあるのだが、クレアとしては思わず零れてしまう微苦笑と複雑な心境を持て余さざるを得ない。
(どうして我が家の娘たちは、揃いも揃って達也さんが相手だとテレテレにデレるのかしら……まさか『将来はお父さんのお嫁さんになる』とか、本気で言い出さないでしょうね)
そんな馬鹿げた心配ができる程に今は平和だと言えなくもないのだが、ここまでの道のりは決して平坦なものではなかった。
辛うじて一命を取り留めたものの、覚醒したばかりの頃のマチルダは、兄の死という現実を受け入れられず、生に対する執着心を喪失している状態だった。
何度も危篤状態に陥り、その度に春香らの懸命な尽力で命を繋いでいたのだが、それも限界に近づきつつあるのは誰の目にも明らかだった。
だが、そんな絶望的な状況にも転機が訪れる。
緊急入院から半月あまりで回復した達也が面会して会話を重ねた事で、固く心を閉ざしていたマチルダの様子に変化が表れたのだ。
『君の兄さんは、最後まで君の事を案じていたよ。それは、彼の最後に立ち会った私が保証する……だから、ローランの願いを無にしないでやって欲しい』
懇々と諭してくる達也の言葉に次第に心を開いたマチルダは、それと並行するかの様に目に見えて回復していった。
その後も同じ病棟に入院している事もあり、毎日会話を重ねていく中で『いっその事、私とクレアの養女として一緒に暮らさないかい?』と達也が切り出したのは至極当然の事だった。
何といってもマチルダは近しい全ての肉親を喪っており、遠い縁戚に連なる者も居るには居たが、反逆者の妹と関わり合いになるのを恐れてか、引き取り手は終ぞ現れなかったのである。
然も、生家は既になく、当地を管轄している行政府によって戸籍さえもが抹消されており、帰れる場所すら皆無という有り様。
それらを考慮して養子縁組を申し出たのだが、最初マチルダは頑なに拒んだ。
それは兄が犯した罪への罪悪感と、迷惑を掛けた達也に対する後ろめたさに因るものだった。
しかし、その程度で諦める白銀達也ではない。
況してや、白銀チルドレンという強力な交渉人らから日替わりで説得を繰り返されるのだから、端からマチルダに勝ち目はなかったのである。
そして、つい先日の事……。
『無理をして家族と思う必要はないわ。不幸にも亡くなられたお父様やお兄様との思い出も大切にしなければならないもの……だから、焦らなくていいの……時間は無限にあるのだから、ゆっくりと絆を紡いでいきましょう』
との、クレアの説得に、然しものマチルダも頷かざるを得なかったのだ。
それからというもの、子供たちが学校帰りに病院に立ち寄ってリハビリに付き合うのは当たり前の光景になり、新しい家族との関係も築かれつつある。
問題は、子供への過剰な親愛の情を隠そうともしない無自覚な父親の存在なのだが、『嘗てのユリアの例もあるし、今は目を瞑っておこうかしらね』と、取り敢えずは様子見を選択するクレアだった。
※※※
「これ……国軍の人事案。何か希望や意見があれば聞かせて欲しいわ」
達也の病室へ場所を移したクレアは、応接セットの対面のソファーに腰を下ろす夫へタブレットを差し出した。
車椅子のマチルダを伴った子供たちは、一階のレストランでオヤツタイムを堪能しており、この場には居ない。
「妥当な人事案だろうね。まぁ、ラインンハルトとエレンに任せておけば、各部門の統括責任者も適任者を選出してくれるだろう……敢えて注文をつけるとしたら、地球統合軍からの離脱組の処遇かな……ヴラーグ閣下と皇参謀長にはまだまだ苦労して貰わなければならないから、地位と待遇面で便宜を図ってあげて欲しい」
タブレットに表示されている人事案の一覧に目を通した達也は、軽く何度か頷いてから簡単な注文を付けただけで了承する。
もっと詳細で具体的な指示があると思っていたクレアにしてみれば、実に淡白な夫の反応には、ある種の寂寥感を覚えずにはいられなかった。
だが、何度もふたりだけで話し合った末に辿り着いた結論だ。
そして、達也の意志を最大限に優先させたいとクレアは覚悟を決めていた。
「同意して貰えて良かったわ。早速議会へ上程して審議させます……あとはあなたの事なのだけれど……」
胸の中に秘めた固い決意とは裏腹に、いざ想いを口にしようとすれば、抑えきれない葛藤に苛まれて言葉が震えてしまう。
しかし、そんな愛妻の心情は、誰よりも達也自身が理解しており、如何にも申し訳ないといった風情で軽く頭を下げた。
「いつも心配ばかり掛けて済まない……しかし、誰かが声を上げなければ、何時まで経っても何も変わらないだろう……それでは今次大戦で死んだ者たちは浮かばれないよ」
「えぇ、分かっているわ……でもね、やはり考えてしまうのよ……なぜ、達也さんばかりが貧乏くじを引かなければならないの、ってね」
「はは……性分なのだろうね。だが、君が結婚した相手が融通が利かない朴念仁だというのは分かっていたのだろう? 諦めて貰うしかないかな」
重苦しい雰囲気にならないようにとの気遣いはクレアにも分かった。
「そうね……ごめんなさい。駄々を捏ねる子供の様な真似をして……」
そう謝罪してから背筋を伸ばし、纏う雰囲気を一変させて再度口を開く。
「春香先生からは三日後に退院できるように許可は取っているわ。ランズベルグのアナスタシア様とファーレンのエリザベート陛下には打診済みよ。驚いておられたけれど、あなたの希望に沿う形で尽力を惜しまないとの確約を頂戴しています」
「ありがとう……君は本当に大したものだ。俺が我儘を通せるのも、君が居てくれるからだ……クレア、君に出逢えて良かった。心からそう思うよ」
席を立った達也は愛妻の隣へ移動するや、その手を取って感謝の言葉を贈る。
「それはお互い様ね。私も達也さんと出逢えて本当に幸せよ……だから、何があっても負けないで……そして、私や子供たちの所へ帰って来てね……んっ……」
想いを交わしさえすれば、それ以上の会話は野暮でしかない。
互いの身体へ腕を廻して抱き合うふたりは、相手の心の熱を確かめるかのように、長い口づけを交わすのだった。
◇◆◇◆◇
ダネル宙域決戦が終焉して二か月近くが経過していたが、銀河連邦評議会を舞台にした各勢力間の主導権争いは混迷を深めるばかりだった。
勝者となったフェアシュタント同盟内部でも、その功績を巡って各国の綱引きが繰り広げられている有り様だし、敗者へと転落した貴族閥の生き残りや、その属国らも、各々の生存権を懸けて勝者へ取り入らんと躍起になっている。
この間、最大の功労者だと目されているアマテラス共生共和国やランズベルグ皇国とファーレン王国、そしてグランローデン帝国は沈黙を守っていた。
それが、混乱を助長したとも言えるが、彼らは待っていたのだ。
今次大戦に於ける最大のキーマンが声を上げるのを……。
※※※
『銀河連邦評議会 特別司法審議委員会に於いて、彼の英雄提督 白銀達也が戦犯の容疑者として起訴される! 然も、告訴人は白銀達也本人!』
この衝撃的なニュースが各種ネットワークを通じて銀河系全域へ流れるや、過去に例を見ないこの壮挙、若しくは暴挙に世界中が騒然となった。
今次大戦最大の殊勲者であり、戦後世界の軍事バランスを左右する存在だと目されていた人間が、自らを犯罪者だとして告訴したばかりか、戦争行為全般の妥当性を審議して欲しいと申し出たのだ。
本来ならば勝者として称賛されて然るべき人間が自らの首を差し出したものだから、大した貢献もない儘に自国の権益を主張していた国々は、その黄色い嘴を噤まざるを得なかったのである。
この達也からの告訴状を銀河連邦評議会は即刻受理するや、特別司法審議委員会を緊急開催し、同時に評議会本会議でも質疑応答と議論の場を設けた。
この決定にランズベルグ皇国とファーレン王国の意向が強く働いたのは自明の理であり、達也と敵対していた勢力からの反発など完全に無視されてしまう。
また、この様な重要な審議は非公開にされるのが慣例だが、今回ばかりは本議会も司法審議員会の内容も余さずに公開され、全てのメディアが連日中継した。
開戦に至るまでの経緯と全ての作戦、各戦闘の詳細が記録データーを元に開示され、それに対する質疑に達也が答えるといった形で審議は進んだ。
真実だけを淡々と証言する達也は、この間一切の弁明を口にしなかったし、自己を正当化する論陣を張る事もなかった。
それ故に、達也を成り上がり者だと蔑む者達は、これを好機と捉えて様々な議会工作や悪意に満ちた質疑をぶつけて来たが、それは悪手でしかなかった、と直ぐに思い知る事になる。
真っ先に行動を起こしたのはグランローデン帝国だ。
公開審判が開始されたのと時を同じくして、セリス・グランローデンが皇帝位を継承し、同時に『五年後に帝政を廃止して民主共和制国家を樹立する』と宣言して銀河世界を驚かせた。
また、ランズベルグ皇国第一皇女 サクヤ姫との結婚も発表され、既に姫君が懐妊している事も明かされるや、『今世紀最大のデキ婚』として連日メディアを賑わせたのである。
勿論、セリスとサクヤに対する帝国臣民の親愛度は極めて高く、民主化への移行も高い支持を得ていた。
また、軍事侵攻によって属国化された国々の主権も回復させ、前政権による過酷な弾圧に苦しめられた民衆への補償も約束された。
その資金援助と復興支援を担ったのが、ジュリアン・ロックモンド率いるロックモンド財閥だ。
ジュリアンにとってセリスは、刎頚の友であるのと同時に将来の義兄になる存在なのだから、手を差し伸べないという選択肢はなかった。
復興には莫大な資金が必要だが、これまでは断絶していた銀河連邦と帝国の経済圏が統合されれば、そこから生み出される利益は途方もないものになるだろう。
それに、アマテラス共生共和国も資金援助を確約しており、帝国の民主化と再生は加速度的に進む事になる。
この帝国の動きに追随したのが、ランズベルグ皇国とファーレン王国だ。
先の大戦中にモナルキア派へ靡いて無用な混乱を引き起こした皇族や高位貴族らは、その責を問われて家門共々に粛清されており、現在の重鎮らの中で貴族主導による政治体制の廃止に異を唱える者はいない。
ただ、皇王家に対する国民の敬愛の情には一方ならぬものがあり、その処遇については今後も議論を重ねる余地があった。
これらの事情を踏まえた上で、数年の準備期間を経た後に議会制民主主義国家へと生まれ変わる……そう、レイモンド皇王は宣言したのだ。
また、元来特殊な女王制を継承してきたファーレン王国に至っては、民主主義を標榜するのに何の差し障りもなかった。
国民の意識が総じて高い上に出生率が大幅に改善された事で、他国で気儘に生活していた者達が大挙して帰国しており、現状の官僚集団とは別の組織を立ち上げ、新国家設立の準備に専心させるのは容易な状況だ。
然も、暇を持て余している人材も多く、議員のなり手など掃いて捨てる程にいるのだから、臨時に制定された選挙法の下、近日中に第一回の議員選出選挙が行われる事になったのである。
これら民主化へと進む急流は、静観を決め込んでいた国々を巻き込んで加速していく事になる。
それは、国民から搾取する事を当然として来た旧来の貴族政治に執着する国々へも広がり、民主化を叫ぶ国民との間で血生臭い闘争が勃発する事態に発展。
これにより、幾つかの封建制度を敷く国家が倒れ、民主主義を標榜する新国家が誕生したのである。
それらの動きは達也が意図したものではなかったが、銀河世界の喧騒とは裏腹に、一年間にも及んだ審判は無事に結審した。
この間、当初からの姿勢を貫いて一切の自己弁護をしなかった神将提督を慮ったのか、評議会本会議での最終審議の場で議長は達也へ問うたのである。
「評議会と司法審議会で開催された審議も二百回越えて漸く結審しました。これらは全て時空間ネットワークにて銀河系中に公開されております。それに対する反応も様々なのですが、多くの民衆が貴方の真意を聞きたいと希望しております……如何でしょう、せめて最後に何か御言葉を頂けませんでしょうか?」
その計らいに一瞬だけ苦笑いを零した達也は、表情を改めてから口を開いた。
「議長と審議委員の方々の御厚情に感謝申し上げます……折角の機会を賜りましたので、最後になりますが、この銀河系にて共に同じ時代を生きている全ての人々に御願いがあります」
刹那の間と静寂が支配する議場に、達也の声だけが滔々と響き渡る。
「私は英雄などではありません。そして、勝者でもない……己の信念と大切な者達を護ると言えば聞こえは良いが、その為に戦争という手段を選択し、多くの無辜の命を奪った張本人なのです」
「戦いに勝利したのだから全てが赦される? 勝者の言い分や理想は全て正しい? こんな馬鹿げた道理が罷り通るなど断じてあってはならないのです。譬え、そこに至る経緯と結果が如何なるものであれ、数多の尊い命を死へと追いやった罪は問われて然るべきなのです」
「そうでなければ、『勝ちさえすれば何をやっても赦される』という、これまでと何ら変わり映えしない世界が連綿と繰り返される事になるでしょう……皆さんは、そんな世界を望むのですか? 力で他人を捻じ伏せる事を是とする世界を子供たちへ遺すのですか?」
一旦言葉を切った達也は、前方やや斜め上の虚空へ視線を向けて再度口を開く。
「もしも、そう望むのであれば、革命政府軍を率いたローラン・キャメロット氏が渇望した世界こそが、今の人類には必要だった……そう思わずにはいられません」
「今次大戦への本当の審判は、これから下されるのです。そして、それを決めるのは、この銀河系に生きる皆様方の意志と生き方に他ならないのです」
「このメッセージを聞いている全ての方々が、より良い未来を掴み取らん事を願います。重ねて申し上げますが、私は英雄ではありません! くれぐれも誤解のないように……そして、悲惨な戦争から解放された世界の実現を心から切望するものであります」
深々と頭を垂れた数秒後、議場は万雷の拍手に包まれたのである。
◇◆◇◆◇
【エピローグ】
あの日から数か月の月日が流れ、今年も桜の蕾が綻ぶ季節が巡り来た。
珍しくも公務が早く片付いたクレアは、残務をシレーヌに任せるや早々に家路に就いた。
帰宅するといっても向かう先は郊外の新居ではなく、都市型移民船 バラディースにある旧邸宅の方だ。
現在、達也は気儘な楽隠居生活を満喫している訳だが、兎にも角にも面会を希望する者が後を絶たず、政庁府には『便宜を図って欲しい』との要請が引っ切り無しに押し寄せており、日々の業務にも支障を来す有り様になっていた。
達也自身には公職に復帰する気は更々なく、銀河連邦軍の後継組織として新設される宇宙軍や、大国からの軍司令官就任要請を固辞し続けている。
また、神将提督の私生活を暴こうとする不埒な輩までが散見されるに至り、家族全員が新居を放棄し、外界から隔離された旧邸宅へと避難したのである。
結局、連邦評議会が達也へ下した判決は『無罪』。
『その経緯が如何なるものであれ、国家間の戦争責任は個人に帰結するものであってはならない。また、被告人に私欲があったと認定するに足る証拠もない』
判決理由には尤もらしい文言が並んでいたが、白銀達也という人間の評価について賛否が飛び交う状況を鑑みた評議委員らが、判断を先送りしてお茶を濁したとの感は否めなかった。
だが、審議の最後に達也が発したメッセージが、それを聞いた人々の心に何かしらの変化を齎したのは間違いないだろう。
その結果が現れるのはずっと先の事になるだろうが、より良い未来を求めて歩んでいく……それ以外に道はないとクレアは思っていた。
(焦っても仕方がないもの。今を大切にして生きる……きっと、それで良いのよ)
※※※
施錠もされていない玄関を潜って屋敷の中へ入れば、邸内から人の気配は感じられず深閑としている。
それはそうだろう。
蒼也を除く子供たちは全員が学校の寄宿舎に入居しており、週末にしか帰宅して来ないし、アルバートと美沙緒は、経営するスイーツショップの最上階を改修して当面は其処で暮らすとの事。
だから、数名のメイドらを除けば、達也とクレア、そして蒼也だけの少々寂しい暮らしを余儀なくされている。
(まぁ、その方が子供達の目を気にせずに甘えられるから、私としては嬉しい限りだけれどね……うふふ)
最近は蒼也も手が掛からなくなってきたから、もう一人くらい赤ちゃんが……。
そう切望するクレアだった。
「さて、今日も、あそこかしらね」
サンルームから庭へ降りるや、真っ先に目に飛び込んで来るのは、立派な枝ぶりに満開の花弁を咲かせた染井吉野だ。
そして、その傍に立つ二本の巨木の間に吊るされたハンモック。
それが、達也最大のお気に入りの場所なのである。
「あらあら、まぁ……」
足音を忍ばせて近づいたクレアが見たのは……。
仰向けの姿勢でハンモックに身体を委ね、実に呑気な寝顔を晒している旦那様と、その上にうつ伏せになってしがみ付いている愛息の仲睦まじい姿だった。
その他愛もない様子を見ているだけで胸が温かくなる。
だから、クレアは無意識のうちに言葉を零していた。
「『自分は英雄ではない』そうあなたは言ったけれど、そんな事はないわ……私や子供たちにとって英雄はあなた一人なのですから……私に出逢ってくれて、そして家族になってくれてありがとう……愛しているわ、達也さん」
そう告げて微笑んだクレアは、少し離れた場所にある小型テーブルの上に鎮座している情報端末に気付き、画面に残っている打ちかけの文章を目で追う。
そこに書かれていたのは……。
『宇宙の何でも屋 白銀カンパニー開店いたします!
傍迷惑な海賊の駆除から輸送艦の護衛まで、何でも引き受けます!
国軍の新前士官の教育もOK!
お値段は応相談! 長年の経験を活かした迅速な対応と結果を確約します!
また、ご希望があれば、〝日雇い提督″ 承ります!!』
どうやら、自ら起業するつもりの様だが、最後の一行を見たクレアは思わず吹き出してしまう。
(何だかんだ言っても、結構気に入っていたのね、日雇い提督)
一頻り笑った後、澄んで晴れ渡る蒼穹を見上げたクレアは、そこに居るかもしれない大切な友人へ向けて、想いの丈を込めた言葉を贈るのだった。
「早く戻っていらっしゃい……もうすぐ、子供たちの時代がやって来るわ……」
春陽と柔らかな風に溶けたその言葉は、セレーネの隅々にまで届いたのである。
瑞月風花様より頂戴いたしました。
~終幕です~
長いだけが取り柄の拙作に御付き合い頂き、本当にありがとうございました。
もしも、未だブクマや評価をなされておらず、『素人ヘボ作家にしては良くやった方だよね』と感じて頂ける方がいらっしゃるのならば、是非とも☆☆☆☆☆をクリックして頂けると嬉しいです。
御礼の御挨拶と次回作の予定については、ラストの一文にて……。




