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第九十一話 父として

「システムプログラムの解除は済んだよん。メインカプセルで保護した状態で地上の医療病棟へ移送してくれたまえ! 志保君、施設に敵部隊が残っているとは思えないが、先行して医療区画を制圧して貰えないかい?」


 目の前で唯一の肉親を奪われ、悲嘆の余り急激に容体を悪化させたマチルダだったが、ヒルデガルドの懸命な処置で辛うじて命脈を保っていた。

 しかし、覚醒に成功したとはいえ、予断を許さない状況に変わりはない。

 高機能の生命維持装置を内蔵した保護カプセルから出さずに治療施設へ移送する方法を選択したのは、容体が急変する可能性を否定できないからだ。

 少女の命を繋ぐ為には一刻も早く本格的な治療を開始する必要があり、その為にも施設の確保は焦眉(しょうび)(きゅう)だった。

 当然だが、志保も彼女の部下達にも(いな)やはない。


「任せて下さい。5分以内に制圧しますから、駆け足で御願いしますよ」


 唇の片端を(わず)かに吊り上げて軽口を叩いた志保は、即座に行動を開始する。


「殿下と子供たちの護衛はリューグナー局長に任せ、私達は適当な車両を奪取して医療施設の制圧に向かうわよ! 小細工なしの正面突破! 骨のある相手が居なくて欲求不満気味だから、せいぜい暴れさせてもらいましょう!」


 嬉々としてそう(のたま)う隊長が部屋を飛びだして行くや、部下達も喜色満面といった風情で後に続く。


「やれやれ、万が一にも居残っている敵兵がいれば御愁傷さまと言う他はありませんねぇ……まぁ、彼女達に任せておけば問題はないでしょう。我々も移動を開始しましょうか、殿下。それから貴方がたも遅れずについて来て下さいよ」


 言葉の端々に諦念を滲ませたクラウスに促されたユリアは、ジュリアンと視線を交わしてから妹の手を取ろうとしたのだが、肝心のさくらは天井の一角を見上げて微動だにしない。


「さくら。病院施設へ移動するわよ。お手伝いできることはないかもしれないけれど、マチルダさんを放ってはおけないわ。それに、ティグルの事も気掛かりだし」


 妹が何を案じて立ち尽くしているかは、今更言葉にするまでもないだろう。

 思念波が途絶えた今、達也との繋がりばかりではなく、その存在を感じ取る手段も失われており、不安を募らせるさくらの心情は痛いほど分かった。

 とは言うものの、何時(いつ)までもこの場に留まっていられないのも確かだからこそ、努めて穏やかに語り掛けたのだが……。


「うん……そうだよね。それに、お外に出れば達也お父さんに声が届くかもしれないもんね!」


 前向きな言葉とは裏腹に、その表情には不安の影が濃く滲んだ儘だった。

 だが、愛しい妹を元気づける特効薬を持ち得ないユリアは、小刻みに震えているさくらの身体を抱き締めてやるしかなかったのである。


(お父さん……どうか無事に帰って来て……この子に悲しい想いをさせないためにも……必ず帰って来て下さい)


            ◇◆◇◆◇


 (えにし)とは不思議なものだ……達也はそう思わずにはいられなかった。


(偶然の成り行きから地球へ帰還してクレアとさくらに出逢い、その縁がユリアやマーヤ、そして蒼也との絆を(もたら)してくれた。ティグルも含めて家族と呼べる存在を得る事ができたのは、やはり奇跡だったのかもしれないな)


 テミストリアとの死闘の最中、胸中に去来した場違いな感傷に苦笑いが零れる。

 今にして思えば、傭兵時代も含めて銀河連邦軍に奉職していた年月は、死に場所を探して彷徨(さまよ)っていた様なものだった。

 勿論(もちろん)自覚があった訳ではないが、己が犯した(あやま)ちと、他者の命を奪い続けて来たという罪悪感に(さいな)まれていたのは確かだ。

 しかし、大切に想える家族を得た事で、何かが大きく変化した。

 そして、その変化があったからこそ、この最終局面で強大な敵と互角に渡り合えているのだから、やはり皆との出逢いが僥倖(ぎょうこう)であったのは間違いないのだろう。

 そう思えば、クレアや子供らには心から感謝するしかなかった。


(もしも皆と出逢っていなければ、俺に勝ち目は無かっただろうな)


 それは正直な心情であり、決して大袈裟なものではない。

 従来の人型機動兵器や戦闘機とは根本的に操縦システムが異なる〝疾風(ハヤテ)“は、ヒルデガルドが開発した「完全思考制御」を実現した画期的な機体だ。

 これまでの操縦桿やフットペダル、そして各種制御装置を駆使して操る兵器とは違って、コックピットブロックと一体化したパイロットの思考を瞬時に読み取った人工知能が、その思い描いた動きを忠実にトレースして機動へ反映させる優れものであり、あらゆる面で従来の機動兵器を凌駕していた。

 だからこそ、パイロットの技量と経験が機体性能を左右すると言っても過言ではないのだが、驚異的な操縦技術と膨大な経験値を有する達也との相性は抜群であり、まさにお(あつら)え向きの機体だといえる。

 それは、常人ならば一瞬で撃破されてもおかしくはない砲煙弾雨の中で、今なおカスリ傷程度の損傷で戦い続けている事実からも明白だろう。


 しかし、その高性能が(もたら)す代償から逃れられないのは達也も同じであり、加重によるダメージは確実に命の根幹を(むしば)みつつあった。

 (すで)に痛覚はその役目を放棄し、視覚や聴覚も怪しくなってきている。

 度重なる加圧迫により筋組織は各所で断裂しており、内蔵へのダメージも深刻なレベルだというのは、医師の判断を待つまでもなく自覚できた。

 恐らくこの戦いに勝利できても生還は覚束(おぼつか)ない……。

 そんな好ましくない結末が脳裏を(よぎ)るが、不思議と心は()いでいた。


(今更惜しむものなんか何もない……この戦いにケリを付ける事で子供達の未来を護れるのならば、残りの人生と引き換えにしたとしても、お釣りがくるさ)


 約束を破った、そうクレアは怒るだろう。

 生きて帰ると言ったのに、と子供らは泣くだろう。


(だが、それでもだ……今の俺は父親だからな……絶対に譲れない生き方がある)


 誰に言うでもなく零した呟きが胸の中で溶けて消えゆく。


「さあ、テミストリア。決着を付けようかッ!」


 母体となる眼下の要塞へと降下を続ける巨大な女神像が死に物狂いの反抗を繰り広げる中、達也は網の目の様に張り巡らされた弾幕をものともせずに突貫する。

 回避を繰り返しながら巧みに炎鳳と氷虎を振るって直撃コースのビームを弾くや、また変幻自在の機動で回避を続けながら、ビームディフェンダーを操ってテミストリアの攻撃手段を潰していく。

 しかし、下方に拡がる極北の白い大地は目前に迫っており、この儘では逃げ切られてしまう公算が大きいと断じるしかない。

 だが、達也は焦ってはいなかった。

 (むし)ろ、出口を見いだせない迷路の中で混乱しているのはテミストリアの方だ。


 彼が掌握している人工知能群から(もたら)されるのは膨大なエラー信号ばかりであり、それは取りも直さず、万全だと断を下したプラン全体が崩壊しつつある事を如実(にょじつ)に物語っていた。


 北部方面域に派遣した艦隊は、ランズベルグを主体としたフェアシュタント同盟との戦いで予想外の苦戦を強いられているし、南部方面域で勃発した騒乱は沈静化の目途も立たずに悪化の一途を辿っている。

 挙句の果てに、決戦の本命と目されていた白銀艦隊の驚異的な反撃にあった主力艦隊は、その機能を消失しつつある為体(ていたらく)なのだから、それらの修正に能力の大半をフル稼働させなければならない彼の負荷は言語に絶するものがあった。

 だが、それが如何(いか)に危険な兆候であるかを彼は知り得ない。

 元よりこの様な窮地へ追い込まれるなど想定外なのだから、それも当然だろう。

 だからこそ、事態のリカバリーに傾注する余り、更なる負荷が蓄積されていく事の恐ろしさが理解できないのだ。

 そして、プランの最終段階に()いて最も重要なキャメロットの自我との一体化を果たした彼は、全てのアクシデントを払拭してプランを正常なものへ修正するべく究極の選択をしたのである。


『BC(細菌)兵器による惑星ダネル上に存在する全ての生命体の排除。そして、艦隊の統率権を人間から奪取し、全力攻撃を以て脆弱な敵艦隊を殲滅する』


 それが、テミストリアが下した最適解だった。

 器たる要塞と一体化すれば、銀河系全体に張り巡らされた人工知能によるネットワークは完成し、同時に人類掌握の為のプランが発動する。

 旧銀河連邦軍が有していた既存の戦力は元より、各星系にある兵器製造工廠から無尽蔵に生み出される戦艦群は、瞬く間に銀河系を席巻するだろう。

 機械は死を恐れないし、その戦力が枯渇する事もない。

 そして、掌握するべき存在は脆弱な知的生命体のみなのだから、その達成は容易だと判断したのは、彼にとって至極当然の事だった。

 しかし、この期に及んでも想定外の事態は止まることを知らず、混迷の中で積み重なるエラーから生じる負荷は、テミストリア本体の核を(むしば)みつつあった。


『残存艦隊による全力攻撃を(もっ)てしても、敵艦隊の進攻を完全に阻めず』

『艦隊乗組員による造反が発生。情報伝達区画の破壊行為が相次ぐ』

『敵艦隊は徐々にその数を減じつつあるものの、殲滅は困難と判断する』

『ユニコーン発射準備完了以前にアスピディスケ・ベースが攻撃を受ける可能性は70%以上。この儘ではプランの達成は不可能。不可能!』


 何もかもが想定外であり、そんな事態に陥った根本的な原因すら判然としない事に、彼は生まれて初めて経験する困惑の只中にあった。

 そして、その困惑の最たる存在が、他でもないテミストリア自身が対峙しているたった一人の人間だというのだから、最高の英知を極めた人工知能が現状の何故(なぜ)に答えを導き出せないのも当然だったのかもしれない。

 創造主であるキャメロットが恐れた唯一人の人間だが、それを重要視する必要はないと早々に判断し、他の懸念事項と同様のものだと認識するに留めてしまった。

 決して侮った訳ではないが、脆弱な人間でしかないのだから、覚醒した人工知能の前では無力な塵芥(ちりあくた)に等しい……。

 そう軽んじた彼の判断は間違いではなかったが、唯一見誤ったのは、白銀達也という人間は常人を遥かに上回る男だという点だろう。

 そして、その力の源泉たる執念と情念は人工知能であるテミストリアには無縁のものであり、永遠に理解する事ができない(たぐい)に他ならないという事か……。

 だから、累積していく負荷に耐えきれなくなった彼は、まるで生身の人間がそうするかの様に、溜まりに溜まった憤懣を曝け出すのだった。


『貴官は不合理極まる存在だ。人が有する限界など当に越えているにも(かか)わらず、(いま)だ戦意を喪失せずに戦い続けている。軍人として、高級士官という責任ある立場の人間としての矜持があるとはいえ、有り得ない、理解できない存在だ』


 その疑問をぶつけられた当の達也は、不謹慎だと思いながらも可笑(おか)しくて仕方がなかった。

 それはそうだろう。

 テミストリアから発せられた疑問は、これまでに幾度となく耳にして来たものと同じだからだ。

 それは、戦いの末に散って逝った多くの敵が遺した怨嗟の言葉と同じもの。

 その事実が示すのは、人工知能が人と同じ領域へ到達した証に他ならない。


(喜べキャメロット……お前が次代を託そうとした存在は確かに優秀だったよ)


 だから、最上級の敬意を胸に秘めた達也は、その疑問に答えを返すのだった。


「馬鹿な事を言うなよ。俺は〝日雇い”だからな……任務だから、責任があるからと痩せ我慢をしてまで、こんなシンドイ事をやっていられるものか!」

『ならば、なぜ? なぜ戦い続けられるのだ?』

「そんなのは決まっているさ……俺が父親だからだ」

『────???』


 その回答が想定外だったのか、会話を途切れさせたテミストリアには委細構わず、達也は思いの丈を吐き出す。


「父親っていうのはな強くなきゃ駄目なのさ。大切な子供達が見ているんだぜ……その前で無様な姿を曝してどの面さげて『俺が父親だ』と胸を張れる? だから、オマエなんぞに負けていられないんだよォ──ッ!!」

『有り得ない! 有り得ない! 理解不能! だから消去するしかない!』

「人の根幹を成す大切な事さえ理解できないのならば、キサマが人類のパートナーを名乗るなど百年早い。その面白みのない(ツラ)を味噌汁で洗って出直して来い!」 


 問答中も途切れる事なく続く戦いは一気に加速する。

 機能が生きている防衛システムをフル稼働させるテミストリアは、周囲の空間へ無差別にビームを撒き散らしつつ、目前に迫る要塞の防衛機能も起動させて狂ったかの様な攻勢を仕掛けた。

 それは、感情を有しない筈の存在が見せた、『消滅したくない』という精一杯の自己主張だったのかもしれない。


 そして、その猛攻が襲い来る刹那、達也の心に愛しい者の想いが響く。


『達也お父さん! 死なないでッ! さくらの前から消えちゃ嫌だよぉ!』


 途切れた筈の愛娘の悲痛な声に背中を押された達也の動きが、弾けた!

 息つく間もなく襲い来るビームやミサイルを双剣のみで薙ぎ払うや、満身創痍の身体への配慮も投げ捨てて愛機を疾駆(しっく)させる。

 それはまさしく一陣の疾風(しっぷう)であり、神速と称するに相応(ふさわ)しい双剣の輝きを(もっ)て、滅すべき敵へと迫った。


 だが、傷つき混乱しているとはいえ、テミストリアの防衛機能は健在だ。

 至近距離まで接近した事で起動したレーザー機銃群の銃口が疾風(ハヤテ)を捕捉する。

 如何(いか)なる高性能機を(もっ)てしても回避は不可能。

 最難関だと自らが認めた敵の末路を確信した人ならぬ存在は、最初で最後の歓喜にその思考を震わせたが……。

 唐突に(もたら)された新たな負荷が、千分の一秒の停滞を彼に()く。


『アスピディスケ・ベース内で動力炉と情報区画の破壊を確認。ユニコーン発射のカウントダウン停止、要塞機能の喪失により、周辺宙域に展開する艦隊の統率にも不具合が発生!』


 その刹那の間に生じた隙が全てのシナリオを崩壊させた。

 必殺の一撃は疾風(ハヤテ)の頭部を吹き飛ばすに止まり、敵の最接近を許したテミストリアは、最大級の警戒警報に翻弄されるのみ。

 敵の機動兵器が装備する双剣から検知できるエネルギーは膨大なもので、それがコアを消失させるに足るものだとの演算結果に、彼は混乱の極みへ達する。


『混乱? テミストリアが? 有り得ない、有り得ない、有り得ない』


 それが単なるエラーだったのか、はたまた存在進化を遂げた事で得られた恐怖だったのかを知る機会は、白銀達也渾身の一撃で永遠に失われてしまう。

 なぜならば、疾風(ハヤテ)の双腕から突き出された炎鳳と氷虎の切っ先が、テミストリアの胸部に内蔵されたコアを正確に貫いたからだ。


「手加減も一切の忖度(そんたく)も無用だ! 早すぎた者へ安らかな眠りをッ!」


 その喊声(かんせい)にも似た達也の咆哮(ほうこう)に応えるかのように、猛り立つ双剣がその力の全てを解き放つ。

 急襲され急所を貫かれたテミストリアは、それまでの整然とした降下から一転してその巨躯(きょく)(かし)がせるや、疾風(ハヤテ)の勢いに押される儘に折り重なって地上へと落ちていくしかない。

 そして、巨体の彼方此方(あちこち)から噴き出した炎の衣に包まれた彼らは、至福の瞬間を待ち侘びて大きく開口した要塞へと吸い込まれるのだった。


 ほんの刹那の間だけの静寂が(もたら)されたが、それは極北の地を揺るがす程の振動と、全てを焼き尽くさんとする膨大な熱量の渦に呑まれて消失して行く。

 そして、数多(あまた)の犠牲とテミストリアの崩壊を(もっ)て、この長かった激戦に終止符が打たれたのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 他のみんなが……とっても気になっています。 [一言] 最終局面、達也さんが笑って言うところが面白かったです。そうですよね。守りたい誰かがいるから、限界を越えられるんですよね。自分ひとり…
[一言] み、味噌汁(;゜Д゜) いや確かにこういう軽口的なのもアリだけど……聞く人によっては迷言やな(;'∀') 個人的にはしょう油を塗ってのり巻いて炙ってほしいですー(餅じゃねぇよ それはとに…
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