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第八十八話 両雄邂逅す ③

「なるほどね……浮世離れした思考の持ち主だと思ってはいたが、貴様自身が破滅願望に()()かれていたとはな……ならば、切望する未来が味気ないのにも納得がいくよ」


 初めて相見(あいまみ)えてから(すで)に三年以上の年月が過ぎているとはいえ、キャメロットの変貌ぶりは明らかに想定の範囲を超えていた。

 初対面の時に感じた得体の知れない薄気味悪さと、何を考えているのか推し量れない雰囲気は、今も忘れられない記憶として頭の片隅にこびりついている。

 だが、それは参謀タイプの官僚軍人にはよく見られる傾向であり、必ずしも否定するべきではない、そう自分を納得させたものだ。

 ()してや、寡黙で折り目正しい所作からは軍人としての矜持が(うかが)えたし、(むし)ろ、達也にしては好意的な評価だったと言っても過言ではなかった。


 それが、どうだろう……。

 今目の前に投影されているホログラムのキャメロットからは人間らしさなど微塵も感じられず、平淡で冷めた眼差しには、この世の全てを拒絶する意志が宿っているかの様にも思えてしまう。

 その変化は余りにも微細であり、常人には察する事も難しいものだったが、数え切れない程の悲哀と後悔を数多(あまた)の戦場で味わって来た達也には一目瞭然だった。

 だから、気付いてしまったのだ。

 (すで)にローラン・キャメロットという人間は、この世に存在しないのだと……。


「一体全体何時(いつ)からだ? 人である事を捨てて機械の一部に堕した先に何があるというのだ?」


 推測は確信の域に達しており、胸の奥から込み上げて来る腹立たしさに唇が震えるのを抑えられない。

 しかし、そんな激情に駆られた言葉にも眉一つ動かさないキャメロットは、実に呆気なく己の正体を曝して達也の疑念を肯定したのである。


『その慧眼(けいがん)には恐れ入るしかありませんね……えぇ、確かに貴方の推察通りです。ですが不思議な事ではないでしょう? ウィルソン・キャメロットは私の父なのですから、息子が親の研究を手伝うのは至極当然の事ですよ』


 自ら望んで〝フォーリン・エンジェル・プロジェクト″の実験体になったばかりか、微塵も後悔していないその口ぶりに、達也は少なからぬ衝撃を受けた。


 人間の生と尊厳を踏みにじる悪夢の人体改造術。

 (かつ)ては幼かったユリアを、そして数多の罪もない亜人達に犠牲を強いた悪辣非道な行為は許されるべきものではないし、()してや、実の親が我が子を実験体にするなど断じてあってはならない事だ。

 だというのに、その忌むべき事実を、()も当たり前の事であるかの様に肯定するキャメロットに、達也は強い嫌悪感を(いだ)かずにはいられなかった。


「正気の沙汰じゃない……好意的に解釈しても、高性能AIの補完システムに過ぎない欠陥品に何ができると思っているのだ!?」


 珍しくも感情を(あらわ)にした達也がそう吐き捨てるや、キャメロットも間髪入れずに否定する。


『欠陥品との指摘は妥当ではありませんよ。私こそが〝フォーリン・エンジェル・プロジェクト″唯一の完成体なのですから……それから『機械に堕した』との御指摘も的外れな代物ですので、二度と口になさらない様に御願いいたします』

「完成体だと?」

『そうです。ナイトメアに実装されたシステムなど所詮(しょせん)玩具(オモチャ)でしかない。完成体である私は銀河系を統括する巨大ネットワークのコアとなり、全ての生命体を管理する超常の存在なのです』

「神にでもなるつもりなのか?」

『そんな不確かな存在ではありませんよ……絶対的裁定者です』


 自らを完成体だと喧伝するキャメロットは相変わらず心の内を悟らせない物言いに終始しているが、その言葉の端々から感じる違和感を達也は見逃さなかった。


(おかしい……プロジェクト唯一の完成体との自負があったとしても(はしゃ)ぎ過ぎだ。己に酔って自画自賛など、この男に限っては有り得ない)


 気付いてしまえば急速に頭の芯が冷えていくのが分かる。


(どうやら柄にもなく熱くなっていたらしいな。この戦いの本質を見失ったら負けだ……この男の真意を見極めなければ……)


 冷静さを取り戻した達也の頭脳はフル回転し、コンマ数秒の間に様々な可能性を提示する。

「功名心というものとは最も縁遠い人間がローラン・キャメロットである」

 (かつ)て身上調査を依頼したクラウスから受けた報告に記載されていた一文が脳裏を(よぎ)った瞬間、疑念が確信へと変化していく。


「そうか、絶対的裁定者ときたか……つまり、言葉遊びでも誇大妄想の(たぐい)でもなく、人類の自己選択権を奪った上で家畜にする気なのだな?」


 口にするのも(おぞ)ましい内容だが、キャメロットや革命政府軍将官らの言動を(かんが)みれば、それ以外に的確な表現を達也は持ち得なかった。


 AIによる管理の下で個々の生死を掌握してコントロールする世界。

 それは余りにも荒唐無稽であり、(かつ)ては達也も彼らの正気を疑うしかなかったが、自らの意志で人間である事を捨て、巨大なシステムの一部品として理想社会の実現を目指すキャメロットの本気を知った今、そんな疑念は綺麗さっぱり消し飛んでしまった。

 そして、その達也の変化を察したキャメロットは、片頬を(かす)かに上げるや、質問に対して質問を返す。


『御言葉ですが、家畜は不幸な存在でしょうか? 最低限とはいえ衣食住を約束された上で安穏とした生を謳歌できる。他者の邪な思惑に翻弄されて死を強要される今の世界の方が、遥かに理不尽ではありませんか?』


 ひどく耳障りな言葉の羅列だったが、それが現世の本質を衝いているのは否定できない事実だ。

 戦場という理不尽極まりない世界で生きて来た達也も、悪意ある思惑を無視できずに辟易(へきえき)させられた経験は幾度もあるし、敵対者を排除する為には多少乱暴な手段も已む無しと思った事だってある。

 しかし、悪意に悪意をぶつけるのは間違いだと己を律し、根気よく議論を重ねる事で他者との共存の道を模索して来たのも紛れもない事実だ。

 それが間違いだと思った事はないし、それは今後も変わらないと確信している。

 だからこそ、皮肉げな笑みと共にキャメロットの言を否定したのでだ。


「この世界には様々な(しがらみ)がある。生真面目な奴ほど生き辛いのは確かだろうさ。苦しさとは無縁の人生を望む者だって大勢いるだろう……だが、夢や希望を捨てなければ得られない平穏に如何(いか)ほどの価値があるのだ?」

『価値観ですか……その高邁(こうまい)な観念こそが、人間の傲慢さを生み出す原因だと何故(なぜ)気付かないのです? 個の理想や価値観など不要。人生という揺り篭の中で微睡(まどろ)む事こそが、未熟な人類には似合いの至福なのですよ』


 その物言いに(かす)かな嘲笑が滲んでいるのを見逃さなかった達也は、不快感を振り払うかの様に語気を強めるや、譲れない想いを叩き返すのだった。


「それを〝余計な御世話″と言うんだ。おれの母星の宗教の経典にある戒めにはな、〝人はパンのみにて生くるものにあらず″とある。生とは与えられるものじゃなく、自らの意志で切り拓くものだ。()してや、自分の生き方さえ選択できない不自由な世界を子供達へ遺すつもりもない!」


 その不退転の決意を受けたキャメロットの表情が、ほんの(わず)かだが歪んだように見えたのは錯覚だったのか……。

 兎にも角にも、この瞬間に両雄の決裂は極まったと言える。


『そうですか……やはり、何処(どこ)まで行っても平行線なのですね』

「あぁ……ならば、互いに信じる未来を勝ち取るために決着をつけるしかない」

『えぇ、その通りです。ですが、貴方に勝ち目はありませんよ、白銀提督』

「ふんっ! それはどうかな? 物量頼みの馬鹿共が辿った末路は見せてやった筈だがな……折角の学習機会をフイにしたのならば、お前も先の連中の二の舞だぞ」


 静かに言葉を重ねながらも、二人を取り巻く空間には緊張感が満ちていく。

 白く発光するキャメロットの本体を取り巻くリングの回転が上がり、片や達也の疾風は、その両手に二本のビームソードを顕現させていた。


『貴方を葬るのに手抜きなど有り得ない……我々にも譲れない夢がありますので、邪魔者は全力で排除させて頂きます』


 その無機質さを増した言葉と、高速回転に移行した三本のリング上で多数の光の明滅が起きたのは同時だった。

ラストでこんなにも苦労するとは思いもしませんでした。

書籍化されている作品の続き読みたさにこの「なろう」へやって来て、折角サイトに登録したのだから記念に何か足跡を残そうと思って書き始めたのが「日雇い提督」です。

勿論、これまでの人生の中で小説を書いた経験などないので、

『素人のへぼ小説なんか誰の目にも止まらないだろうから、自己満足優先。自分が読みたいと思える物語を書こう』

そう思ったのが2019年の春先の事でした。

まさか4年間も投稿を続ける事になるとは思いませんでしたが、多くの方々の御厚情に支えられて完結間近まで漕ぎつける事ができました。

相変わらずのへぼ小説で恥ずかしい限りですが、年明けには仕事も落ち着くと思いますので今暫くお付き合い頂けたらと願っております。

ブクマ、★評価、PV、感想、レビューやFA。

皆様から頂戴した全てのものが掛け替えのない財産であり、この4年間の全てであります。

完結まではもう少々かかりますが、今ここで感謝の言葉を伝えさせて頂きます。

迷走気味へぼ小説に御付き合い頂いた全ての皆様へ、本当にありがとうございました。

                   2023年12月11日  桜華絢爛

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― 新着の感想 ―
キャメロットさんの言葉の中には達也さんと同じような考えが見え隠れしているようにも感じたので、もっと落ち着いた状況にて二人が話し合えたら両者そこに気づいたかもしれないと思うと、なんとも歯がゆい思いです。…
[一言] 凄い展開キタ──!! でもローランというキャラクターに於ける正義を考えたら、自然な結果に思えます。 うーん、ローラン、ブレない。お見事。 敵ながら天晴としか。
[一言] キャメロットさん、人間としては不当な事が多く、さらに助からない妹の姿を見てきたから、命に対する考え方が歪なのでしょうね。 もしかしたら、眠っている彼女を見ながら、生死も手中だが、幸せと感じて…
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