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第八十八話 両雄邂逅す ①

【革命政府軍旗艦 ガイスト・ノーヴァ】


「よしッ! どうやら白銀達也の運も尽きたようだな……これで勝った!」


『巨大質量の転移反応を探知!』との報に真っ先に歓声を上げたのは、他でもない艦隊司令官ランデルだ。

 それまでの青褪めていた表情がまるで嘘だったかのように双眸を輝かせる様は、まさに〝(はしゃ)ぐ″との表現が相応(ふさわ)しい代物だったが、それを嘲笑する者は誰一人として存在しなかった。

 絶望的な戦況下で忍従を強いられたのは誰もが同じであり、だからこそ、受けた屈辱は倍返しだと将兵らが欣喜雀躍(きんきじゃくやく)したのも無理はないだろう。


「作戦要綱に反して大幅な遅延行為は軍法会議ものだが、期せずして賊徒共の艦隊を挟撃する好機を得たのだ! これこそ勝利の女神が我らを祝福している証だ!」


 (いささ)かオーバーなランデル総司令の物言いも、攻勢に転ずる景気づけだと思えば、(むし)ろ心地良く聞こえるから不思議だ。

 そう感じた部下将兵らは多かったし、開戦以来想定外のアクシデントに翻弄され続けた幕僚の面々が、汚名を(すす)ぐ好機に勇み立ったのは当然の反応だった。

 更に艦隊の目と耳を奪った特殊物質の効果が喪失しつつあるのは明白だし、そのタイミングで増援艦隊が間に合ったのだ。

 曇天の隙間から差す一条の光明が革命政府軍艦隊将兵らの不安を打ち払い、戦況の好転を確約したも同然なのだから、彼らの士気が上がったのも何らおかしな事ではなかった。

 そして、そのボルテージは、歓喜を隠そうともしない管制官の報告でピークへと達したのである。


「前衛艦隊らしき艦艇の転移アウトを確認! 以下続々と現出中!」

「未だセンサー並びに各種光学機器は回復途上であり、戦力の詳細は判然としませんが、最終的には2万隻を超えるのは確実ですッ!」


 だが、高揚する戦意が渦巻く艦橋にあって違和感を(ぬぐ)えずにいた者も少数ながら存在した。

 その代表格は、他ならぬ参謀長のフーバーだ。


(南部方面域各地で勃発した不満分子による騒乱は拡大の一途を辿っている、との報告が(もたら)されたのが一週間前だったはずだ。(しか)も、開戦間際まで暴徒らを鎮圧したとの報告すらなかったのに……そんな過酷な状況下で2万隻もの戦力を割く余力があったのか?)


 旧銀河連邦軍航宙艦隊の宿命でもあるが、配された方面艦隊の戦力でカバーするには担当宙域の版図は広く、また、各方面域を構成する諸国家との関係が必ずしも円滑だとは言い難い実情が、常に中央司令部にとって悩みのタネだった。

 南西部から南東部方面域に至る宙域は特にその傾向が強く、長年に亘って差別的な大国優遇主義が罷り通って来た事への反感からか、中小国家との軋轢(あつれき)は広がるばかりだとフーバーも承知している。


(唯でさえ南部方面全域は仮想敵国であるグランローデン帝国と緩衝宙域を挟んで対峙しているのだ。帝国が内乱の只中にあって疲弊しているとはいえ……帝国?)


 己の思考の中に浮かんだ言葉が、まるでパズルの答えを導き出す鍵だったかの様に、フーバーを最悪の結論へと導く。

 背筋を走った冷たい感触に急かされる様に言葉を探したが、それが形を成すよりも早く事態は動いていた。


「増援艦隊に高熱源反応ありッ! 敵艦隊への砲撃を開始する模様ですッ!」

「我が方の左翼に展開している33独立艦隊と19,23,27の突撃艦隊が呼応して攻撃態勢に入りましたッ!」

「前衛艦隊にも突撃命令を出せッ! 小細工のネタが尽きた賊軍を増援艦隊と挟撃するのだ! 一隻も逃さず殲滅せよッ!」


 熱に浮かされたかの様に高揚するオペレーターらの報告に続くランデルの歓呼によって、フーバーの諫言は掻き消されてしまう。

 その瞬間だった。

 転移を終えたばかりの大艦隊から放たれた砲撃の雨が、攻勢に転じた革命政府軍左翼艦隊へと降り注いだのだ。

 間の悪い事に、梁山泊軍艦隊を挟撃するべく転進を急いでる最中に横っ腹へ直撃を喰らったものだから、為す術もなく数百隻の艦艇が爆散して漆黒の宙空に大輪の炎華を咲かせる羽目に(おちい)った。


 まさかの味方撃ちの衝撃に艦隊は未曽有の混乱へと突き落され、同時に将兵らの間に満ちていた高揚感は吹き飛んでしまう。

 完全に足元を(すく)われた格好の革命政府軍は、物心両面で甚大なダメージを(こうむ)ったが、それは艦隊首脳部も例外ではなかった。


「この馬鹿者共がッ! 遅参した挙句に誤射をするとは何事かぁ──ッ!?」


 折角の好機に水を差したヒューマンエラーに嚇怒して吠えるランデルだが、同時に(もたら)された指向性の強制通信によって援軍艦隊の正体が明らかにされるや、勘違いをしていたのは自分の方だと知って再度表情を青褪(あおざ)めさせるのだった。


『私は新生グランローデン帝国暫定政府代表 セリス・グランローデンだ。我が国はアマテラス共生共和国との友誼(ゆうぎ)に基づき梁山泊軍を掩護するッ!』


           ◇◆◇◆◇


【惑星ダネル王立病院地下10F】


「来援したのはグランローデン帝国艦隊で、率いているのがセリス兄様だと言うのは本当なのですか?」


 血相を変えて性悪狐(クラウス)へ詰め寄ったのはユリアだ。


 敵増援艦隊到着の報に皆が色めき立つ中、好奇心を滲ませた眼差しでクラウスを見ていたさくらが零した問い掛けによって、真実が暴露されたのである。


『ねぇ、クラウスおじちゃん。とっても嬉しそうだけど、良い事でもあったの?』

『おや? おかしな事を言いますねぇ。この顔が嬉しそうに見えますか?』

『うんッ! エリザさんに甘えている時と同じ顔をしてるよ!』

『失礼な事を言わないでください。名誉棄損で訴えますよ?』

『えぇ──ッ! だってエリザさんが言ってたもん!「私の旦那様は機嫌が良いと眉毛がピクピク動くのよ」って! さっきからピクピクしっぱなしじゃない!』

『まったく。こんな幼子に何を吹き込んでいるのですかねぇ、うちの女房殿は?』


 (およ)そ味方にとっては最悪の状況であるにも(かか)わらず、そんなものは何処吹く風と言わんばかりにほのぼのとした遣り取りをされては、普段は妹に甘いユリアも温厚な顔はしていられず、大人達の邪魔をしては駄目だと(たしな)め様としたのだが……。


『仕方がありませんねぇ……名探偵さくらちゃんの観察眼には敵わないみたいですから白状しますがね……あの増援艦隊は革命政府軍のものではなく、帝国軍のものなのですよ。総司令官は帝国暫定政府の代表者に就任したセリス殿下です』


 納得がいかずにクラウスの腰の辺りにしがみついたさくらが、上目遣いに抗議の唸り声を上げるや、観念したかの様に苦笑いした灰色狐が唐突に驚愕の事実を白状したものだから、傍にいたユリアが激昂したのも無理はないだろう。

 そして、その驚きと困惑は周囲の面々にも伝播する。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そんな話は聞いてないわよ! セレーネを出撃する直前の会議でも、援軍の可能性なんか俎上(そじょう)にも上がらなかったじゃない?」

「そもそもがだねぇ、帝国は前皇帝を支持していた一派とセリス君を支持する勢力との紛争が続いているんじゃなかったのかい? 戦力が拮抗しているからドロ沼の内戦が繰り広げられている……そうボクは聞いていたんだがねぇ?」


 眉根を寄せて不信感を(あらわ)にする志保が剣呑な雰囲気を隠そうともせずに詰問すれば、(たばか)られたと憤るヒルデガルドが冷ややかな視線を情報局長殿へと投げる。

 だが、クラウスの(つら)の皮の厚さも人後に落ちず、皆から恐れられている女傑二人を相手にしながらも、()(とぼ)けた態度を崩しもしない。

 (しか)も、しれっとした顔で更なる爆弾を投下して我が身の保身を図るのだから、流石(さすが)は天下のグレイフォックスだと感心するべきが(いな)か……そこは賛否が分かれる所だろう。


「おや? 白銀提督も人が悪いですねぇ。帝国内で続いていた内乱は一か月も前に終息していますよ。まぁ、南部方面域での騒乱が急速に拡大していた時期ですからねぇ……革命政府軍も帝国の情勢にまで気が廻らなかったのでしょう。お陰さまでセリス殿下率いる帝国艦隊の奇襲が成功し、南部方面域の敵勢力は壊滅に近い打撃を被ったという次第なのですよ。皆さんが聞いていなかったとは意外ですねぇ」


 しかし、したり顔でそう(のたま)われても、胡散臭(うさんくさ)い性悪狐の言葉が信頼に足るものか否かは判別が難しく、皆の憤懣と憤怒の情は増すばかりだ。

 (もっと)も、その怒りの矛先はクラウスではなく達也へと向けられるのだが……。


「つまり、達也の分際で、このボクまで(たばか)ったって訳かい? まったく偉くなったもんだねぇ……一度キッツイお灸を据えてやらないといけないかな?」

「賛成ですわ殿下。また一端(いっぱし)の兵法家気取りで『敵を(だま)すには、まず味方からだ』とか言いやがるんですよ。嫁が極道ですから旦那も性根が歪んでいるのでしょう。セレーネへ帰ったら根性を叩き直してやりますわ!」


 妖しい微笑みを交わし合うヒルデガルドと志保の近寄りがたい雰囲気に当てられたユリアとさくらは、恐る恐るといった体でクラウスの背後へと退避しながらも、辛うじて両親を擁護する。


「あ、あの……お父さんも決して悪気があった訳ではないと……思いますぅ」

「そ、そうだよぉ~~だから、イジメちゃダメだよぉ~~」


 流石(さすが)に幼子を怯えさせたのでは後味が悪い。

 そう思い直して冷静さを取り戻した志保は、改めてクラウスに訊ねた。


「でも、どうして内密にしていたのよ? 帝国艦隊が味方に付くと分かっていれば将兵の士気も上がったでしょうし、何よりも、先行きの見えない不安だけは払拭(ふっしょく)できた筈だわ」


 その質問は戦隊指揮官ならば当然のものであり、()しものクラウスもお巫山戯(ふざけ)は封印して軍人の顔へと様相を改める。


「仕方がなかったのですよ。セリス殿下は兎も角としても、周囲の側近や暫定政府を形成する実力者らが、梁山泊軍への増援部隊派遣に同意するかは五分五分でしたからねぇ……帝国内の荒廃ぶりは悲惨の一言に尽きましたし、提督としても無理は言えなかったのでしょう」


 (たと)え、前皇帝派に勝利しても、その後の復興が困難を極めるのは世の常だ。

 クラウスの言葉に疑念を挟む余地はなく、志保も納得せざるを得なかった。

 だが、それでもヒルデガルドは引っ掛かるものがあったようで、小首を傾げながら再度問い掛けてみる。


「それにしても、敵対派閥の神輿(みこし)だったリオン前皇帝が死んだとはいえ、両勢力の戦力は拮抗していたが故に、決着がつくまでには相当な時間が掛かるんじゃなかったのかい?」


 その疑問は当然だろう。

 長年に亘って拡大戦略を推し進めて来たグランローデン帝国の版図は広大であり、近年になって斬り従えたばかりの辺境宙域に至っては、敵味方の判別すら儘ならない程に混沌とした様相を呈していたのだ。

 ()してや、前皇帝派を構成する貴族閥にしてみれば、敗北は此れまで築いた財と名声の全てを失うのと同義であり、手強く抵抗するのは当然だろう。

 これらの要素を(かんが)みれば、内戦の終結には数年の月日を要するとの見方が大勢を占めたのは必然であり、早期終戦など荒唐無稽な夢物語でしかなかったのだ。

 それが、僅かな月日で決着がついたばかりか、南部方面域を制圧するという快挙を成したのだから、ヒルデガルドが疑問に思ったのも不思議ではなかった。

 しかし、問い掛けられて苦笑いするクラウスは、顔だけを覗かせているさくらとユリアの頭を優しい手つきで撫でてやりながら、実に呆れたと言わんばかりの口調で真相を暴露したのである。


「白銀提督からは、南部方面域の攪乱工作と共にグランローデン帝国内の情勢調査も頼まれていましたからねぇ……前皇帝派の勢力圏の情勢と戦闘記録は逐次報告していたのですよ……すると、半月もしないうちに提督自身が立案した作戦計画書が送られてきましてね……」

「おいおい……現場にも居ない人間が作戦を立案するなんて乱暴過ぎないかい?」

「えぇ、そうですねぇ……しかし、敵主力艦隊から遊撃部隊に至るまで全ての戦力の潜伏場所が看破されていましたし、判然としなかった敵司令部の場所も指摘されていました。(しか)も、欺瞞情報で敵を誘引して一網打尽にする作戦案までが添えられているという、まさに至れり尽くせり……つくづく思ったものですよ。この子らの父親を敵に廻す愚を犯さなくて良かったとね……」


 クラウスの言葉に、さくらとユリアは(くすぐ)ったそうに相好を崩す。


「まぁ、その作戦を全面的に支持して受け入れたセリス殿下の度量の賜物でもありますが、唯一度(ただいちど)の決戦で前皇帝派を討ち破った暫定政府軍が帝国の実権を握ったのです。その上でセリス殿下とサクヤ姫が重臣らを説得し、混乱を極めている南部方面域へ侵攻、その余勢をかって今回の増援まで漕ぎつけたという訳なのですよ」


 長い説明を終えたクラウスは、その視線を何もない天井の一角へと向ける。

 そして、その遥か先で戦っている男へ無言のエールを贈るのだった。


(散々苦労してお膳立てをしたのです……これで負けましたなんて冗談を聞く気はありませんからねぇ……()してや、この娘(さくら)を悲しませるなど論外ですよ)


 それは、同じ娘を見守る父親の片割れとして精一杯の想いに他ならなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 私より先に300話到達おめでとうございます! というか達也さん……ここまでくるとさすがにジョバンニならぬ「達也が一晩でやってくれました」なレヴェルじゃねぇか(;゜Д゜) 本当に人間として…
[一言] 300回記念にセリスが登場ですね! さすが王子様☆ あれ? 達也さん主人公なのに……(笑)まぁ、最後の最後まで水面下でいろいろ企んでいそうなのが達也さんですけどね。 フーバーさんの感じた一抹…
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