第八十一話 譲れない想い ②
幸いにも、場を支配しかけた悲観的な雰囲気は一掃できたとはいえ、胸の中に蟠る疑念を、達也は完全には振り払えないでいた。
(キャメロットの行動には一切の迷いがない……如何に無慈悲で酷薄極まる司令官であっても、惑星規模の殲滅ともなれば躊躇いもするだろうに……)
譬え、その虐殺行為が己が覇道を成すのに必要不可欠だったとしても、戦後復興という問題を考慮すれば、無差別殺戮兵器の使用には消極的にならざるを得ないのが普通だ。
それにも拘わらず、感染力の強い細菌をばら撒いて惑星を死の星へ変えるなど、戦略とも呼べない常軌を逸した凶行だと断ずるしかないだろう。
(一体全体、奴は何を考えているんだ? 今回の蛮行が、宣言に従わない者達への懲戒だったとしても、強すぎる制裁が反発を生むのも人の世の真理だ)
これまでの経緯を見る限り、キャメロットが綿密な計画の下、慎重すぎるほどに慎重に事を進めて来たのは容易に察せられる。
それを静だと評すならば、時節到来と見なせば一気呵成に行動を起こしたのは、まさに果断に富んだ動だったと言えるのだろう。
静と動という相反する能力を併せ持つキャメロットが、多くの若い将兵達からの狂信的ともいえる支持を得たのは、ある意味で当然の帰結だったのかもしれない。
(だが、だからこそ、奴の心底が理解できない……AIによって統治された社会の実現。それが、大言壮語や唯のハッタリの類でないのは疑い様もないが、余りにも荒唐無稽すぎて明確な未来図が見えてこない……)
キャメロット自身が置かれている立場や家族の事情など知る由もない達也には、彼が辿り着いた〝この世界のあるべき姿″を理解するのは無理だろう。
しかし、譬え、それを知ったからといって、彼の主張に共感して自分自身が思い描く未来を放棄するなど有り得る筈もないのだ。
何よりも、キャメロットとは違い、達也は人間という存在に絶望してはいない。
人間は弱い存在だし、頻繁に間違いを犯す事もあるが、その過ちを反省して自ら正す良識を持っている。
そう達也が考えている以上、ふたりの未来が相容れる事はない。
既に、銀河世界は抜き差しならない所まで来ており、達也かキャメロットの何れかの勝利を以て戦いの幕を引く以外に道は残されてはいないのだから。
(千思万考の刻は過ぎた。奴と俺……何方に理があるのかは歴史家の判断に委ねればいい……今、成すべきは、切望する未来を勝ち取る……唯それだけだ)
最後の迷いを振り払った達也は、眼前に居並ぶ仲間達へ視線を投げ掛けた。
どの顔にも緊張の色が濃く滲んではいるが、決戦を前にして臆病風に吹かれる者は一人もおらず、強い意志を宿した瞳のみが光を放っている。
そんな彼らへ胸の中で謝した達也は、表情を改めて口を開いた。
「さて、革命政府を名乗る連中が、己が理想実現の為ならば人道を無視した蛮行をも辞さない破壊者だと分かった以上、我々は断固として彼らを排除しなければならない。如月参謀、補給の進捗状況は如何なっていますか?」
何時もと変わらない落ち着き払った達也の姿を目の当たりにして安堵したからか、ラインハルトら幕僚部や各艦隊司令部の面々も一様に表情を和らげる。
「長らく御待たせして申し訳ありませんでした、白銀提督。現在、航宙母艦を主軸とした機動部隊への補給を行っておりますが、明朝〇三:〇〇完了予定です」
兵站部門を統括している信一郎は声を弾ませて報告するが、やや窪んだ両の眼の下には薄っすらと隈ができており、疲労困憊しているのはひと目で分かった。
全力出撃が決まって以降の一週間というもの、彼と配下の者達は不眠不休で補給作業に従事し、全力で任務を完遂したのだ。
当初は十日は必要だと言われていたにも拘わらず、僅か八日で出撃準備を完了させた彼らに対し、達也は唯々深謝するしかなかった。
「御苦労様でした……貴方と部下の方々から戴いた二日という貴重な時間を無駄にはしません。心から感謝申し上げます」
「勿体ない……ですが、その御言葉だけで私も部下達も報われます。この上は勝利を……そして、無事の帰還を御祈り申し上げます」
その激励に頷く事で応えた達也は、次に右腕であるラインハルトへ視線を移す。
「現状での問題点を確認しておきたいのだが、東部と西部方面域の敵戦力の動静は如何なっている? ルーエ神聖教国が革命政府に加担する動きはあるか?」
梁山泊軍副司令官でもあり幕僚部総長も兼務する切れ者は、唐突な下問にも慌てた素振りも見せない。
「旧オルグイユ連邦宙域に居座っている派遣艦隊へ主力艦隊を徴用されているからか、新たな動きは見られないとの報告が入っている。実際の所、革命政府が発した無茶振りに対して担当方面域内の国家群が如何なる答えを出すかは不透明だからな、万が一を考えれば、これ以上残存戦力を削る余裕はないだろう」
「まあ、当然と言えば当然だが……ルーエ神聖教国の方は?」
そう達也が問い返すと、ラインハルトは鼻を鳴らして苦笑いした。
「今の所は沈黙を守っているよ。尤も、御神体をAIに鞍替えはできないだろうから、何かしらの譲歩をしてでも現体制の存続を勝ち得たいというのが奴らの本音だろう。取り敢えずは様子見を決め込むという線が濃厚だな」
元七聖国の一柱として東部方面域で隠然たる勢力を誇っていたルーエ神聖教国も、最高評議会が解体されてからは凋落の一途を辿っている。
長きに亘って敵対して来たシグナス教団との抗争が国力を疲弊させたという面は無視できないが、それ以上に、七聖国という肩書を失った事が信者達を動揺させ、信仰心と教国への依存心を棄損させた事が痛手となったのだ。
「ならば、オルグイユ星系に陣取っている革命政府軍艦隊が、我が軍の脅威になる事はないだろう。多少は展望が開けて来たかな」
そう結論付ける達也だが、その言を軽率に過ぎると断じたエレオノーラが、眉を顰めて苦言を呈した。
「ちょっと……幾ら増援がないとはいっても、相手は多方面への同時展開を可能にするだけの戦力を有しているのよ。フェアシュタントへの牽制目的の戦力を残し、それ以外の艦隊がアスピディスケ・ベースへ取って返す可能性は否定できないわ。そんな楽観的な見通しでは痛い目を見るわよ、達也?」
だが、その諫言にも表情を変えない達也は、既に手は打ってあると、事もなげに言い切る。
「出撃準備を急ぐ様にと下命した前回の会議の後、暗号通信をガリュード閣下宛に発しておいた。内容は『出撃準備開始。完了次第進発す』だ……閣下ならば、此方の動きに合わせて攻勢に転じて下さる筈だ」
「おいおい! 劣勢のフェアシュタントの方からオルグイユ星系へ侵攻すると言っているのかい? 幾ら何でも、それは……」
ラインハルトが懐疑的な言を漏らせば、エレオノーラも苦虫を嚙み潰したかの様な表情で小さく嘆息した。
それは、他の幕僚や艦隊司令官らも同様で、皆が一様に怪訝な顔をしている。
彼らの懸念は至極真っ当なものであり、本来ならば、戦力的に劣勢を強いられているフェアシュタント混成軍が、地の利を捨ててまで優勢な敵軍へ攻め込むなど、戦略としては有り得ないと考えるのが普通だ。
だが、それでも、ガリュードは動いてくれると達也は確信していた。
「現状のまま睨み合いを続ければ、不利にるのはフェアシュタントの方だと閣下も理解なされておられるだろう。時が経てば経つほど革命政府の恫喝に屈して寝返る国家が出かねないし、そうなってからでは全てが手遅れになる。それが分かっていながら、座して敗軍の将に甘んじる御方ではないよ、ガリュード閣下はね」
ガリュード・ランズベルグという軍人を良く知るラインハルトやエレオノーラ、そして他の幕僚達も、達也の言を否定する材料を持ち得ない。
〝冥府の金獅子″と畏怖されたガリュードの為人を知る彼らだからこそ、達也の言い分は正鵠を射ていると認めるしかないのだ。
「オルグイユ星系に陣取っている敵軍を討ち破る必要はないんだ……奴らを釘付けにしてアスピディスケ・ベースへの援軍を阻む……敵の中枢へ攻め入る我々の援護が目的だから時間稼ぎに徹すればいい。その間に本丸を落とせば、それは必然的にフェアシュタントの勝利だと、ガリュード閣下なら御考えになるさ」
達也の言葉は理に適っている。
だが、それは戦略の正道ではなく、飽くまでも、それ以外に勝利する方法はないという、崖っぷちに置かれた者が採る最後の選択肢に過ぎないのだ。
しかし、だからこそ、自らが置かれている立ち位置を、この場にいる全員に理解させるには好都合だったと言えるだろう。
事実、それ以上の反論は、ラインハルトやエレオノーラは元より、他の面々からも出なかったのだから。
満足げに口元を綻ばせた達也は話を続ける。
「残る懸案は南部方面全域に亘る敵軍の情勢だが……此方は少々厄介な様相を呈している……我々の命運をも左右しかねない重要事項なので心して聞いてくれ」
その不穏な内容が伝播するや、部屋の空気が一気に重苦しいものに変わる。
混沌とした南部情勢を鑑みれば、それも仕方がないと割り切った達也は、現状で上がって来ている報告に対する自身の見解を開陳するのだった。




