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第七十八話 大虐殺 ②

「長距離転移完了! レーヴェ星系に到達しました。ヴァッヘン要塞まで巡航速度で約一時間。全て予定通りです」

「後続艦艇群も順次転移を終了し、各戦隊ごとに陣形再編を急いでおります」


 矢継ぎ早に告げられるオペレーター達からの報告に力強く頷いたナーメは、旗艦の戦闘艦橋に(しつら)えられた、玉座を彷彿(ほうふつ)させる豪奢(ごうしゃ)な司令官席に身体を(ゆだ)ねたまま早口で(まく)し立てた。


「直ちにルング・バイトラーク総司令官とコンタクトを取れッ! 儀礼的な歓迎のセレモニーなどは不要。我が艦隊の要塞到着を(もっ)て間髪入れずに決起宣言を行う。そう伝えるのだッ!」


 実弟のホドスや配下達の前では強気の姿勢を貫いたナーメだが、余裕など微塵もないのが実情だ。

 だが、それは、戦力的な不安や要塞奪取後の銀河連邦軍の反撃を恐れているからではない。

 飽くまでも、己と母国が最大限の栄誉を得んと欲するが(ゆえ)の焦りだった。


 今回の極秘作戦にオルグイユが投入した戦力は、自国と傘下の国々の艦艇を併せて五万隻にも上る。

 これらにヴァッヘン要塞が保有する駐留艦隊一万隻が加われば、レーヴェ星系に接する近在宙域の銀河連邦軍の戦力を大きく上回るのは確実だ。

 おまけに要塞が有する戦闘力も加味すれば、中央軍主力艦隊とも互角以上に渡り合えると言っても過言ではないだろう。


 しかし、その規模の大艦隊が移動するともなれば隠密裏に事を運ぶのは困難であり、敵哨戒網に捕捉される可能性が高まるのは自明の理だ。

 勿論(もちろん)、哨戒部隊など鎧袖一触のもとに葬り去るのは容易(たやす)いが、それでは、今回の極秘作戦の意味がなくなってしまう。

 だから、平静を装いながらも、ナーメは常に神経を(とが)らせていたのだ。


 自軍とヴァッヘン要塞が連携するという秘事を銀河連邦軍に悟られてはならないのは当然だが、決起宣言を行うまでは、味方であるフェアシュタントにも、今回の侵攻作戦を察知されない様に細心の注意を払う必要があった。

 〝オルグイユ単独での敵拠点奪取″という大殊勲を掌中にする前に抜け駆け行為が露見すれば、味方からも批判されるのは確実だ。

 今後の同盟内での地位と影響力の拡大を目指す上で、ライバルと成り得る他者に付け入る隙を与えるのは如何(いか)にも拙い。

 だからこそ彼は、何よりも迅速な勝利を求めたのである。


(参加国が足並みを揃えて互いに協力するようにと、レイモンド皇王やガリュードらがほざいておったが冗談ではないッ……黄昏(たそがれ)の銀河連邦を打倒し、銀河史に名を残すのはこの儂……ナーメ・アハトゥングでなければならないのだッ!)


 胸の奥底に熱く(たぎ)る野望実現の為にも完璧な勝利が必要だ、ナーメは己を鼓舞するかの様に決意を新たにした。

 そして、その想いに触発されたのか、事態が動き始める……。


「光学レンズがヴァッヘン要塞を捉えました。スクリーンへ映像を繋ぎます」


 オペレーターの言と同時に戦闘艦橋のメインスクリーンへ、銀河連邦軍北方要塞ヴァッヘンが映し出された。

 この直径が三十キロメートルにも及ぶ巨大球状の宇宙要塞は、グラシーザ星系を拠点とする銀河連邦軍本部アスピディスケ・ベースにとっては、北方防衛の要ともいえる存在だ。

 常駐している艦隊は一万隻を数え、要塞自体も、砲の直径が一キロメートルにも及ぶ巨大な高Ⅹ線ビーム砲と各種ビーム砲台三千基を有していた。

 また、要塞表面は耐ビーム用鏡面処理が施された超硬度鋼で覆われており、更に流体金属の海とでも言うべき分厚い層が追加されている。

 これにより、主砲を含む戦闘艦艇に搭載された艦砲程度では傷一つ付ける事ができず、高出力の大口径陽電子砲を搭載した弩級戦艦のみが、辛うじて対抗できるという怪物だった。


「その豪勇無双ぶりも敵であれば脅威だが、味方となれば頼もしい限りよ!」


 無敵を誇る要塞の威容が次第に大きくなるにつれ、自ら仕掛けた策謀が成ったと確信するナーメは、(わず)かばかり残った懸念を払拭(ふっしょく)せんとして軽口を叩く。


(隠密行は成功したッ! あと一時間もせぬうちにナーメ・アハトゥングの名が、銀河の隅々にまで響き渡るのだッ!!)


 屈辱の日々に終止符を打ち、新たな栄誉を手にする瞬間が目前に迫っている。

 己の晴れがましい姿を幻視したナーメは高揚する気分の儘に酔い痴れ、その愉悦が滲んだ表情に釣られた幕僚らも、緊張を解いて笑み崩れてしまう。

 しかし、〝好事魔多し″とはよく言ったもので、浮かれ切った彼らに冷水を浴びせるかの(ごと)き事態が勃発し、戦闘艦橋は喧騒(けんそう)坩堝(るつぼ)へと様相を一変させたのである。


「要塞座標上に高エネルギー反応探知ッ! 要塞砲が発射態勢に入った模様ッ!」

「エネルギー反応増大中ッ! 間もなく臨界点に達すると推測されます!」


 狼狽(ろうばい)するオペレーターらの金切り声に耳朶を叩かれるが、一体全体何が起こっているのかナーメには理解できない。

 周辺に存在する戦力はオルグイユ艦隊のみであり、ヴァッヘン要塞にとって脅威と為りうる敵など存在しない筈だ。

 それにも(かか)わらず、巨大要塞砲を起動させたのは何故(なぜ)なのか……。

 想定外の事態に直面したナーメや幕僚達が判断を躊躇(ちゅうちょ)した次の瞬間ッ!


「要塞砲発射ぁぁ──ッ! 標的は我が艦隊ですぅぅ──ッ!!」


 動揺したオペレーターの絶叫が艦橋中に響いた刹那、直径一キロメートルの光の渦が艦隊左翼を薙ぎ払う。

 その獰猛と評するに相応(ふさわ)しい威力は通常兵器の比ではなく、強固な戦闘艦艇ですら一瞬で蒸発させてしまう凶悪な代物だ。

 そして、宙空を彩る閃光が味方艦の成れの果てだと将兵らが察したのを境にし、オルグイユ艦隊は収拾のつかない恐慌状態へと(おちい)ったのである。


「第三打撃艦隊、並びに第八から第十二護衛艦群通信途絶ッ!」

「後続の第六、第七機動部隊は要塞砲の直撃により消滅した模様ッ!」

「状況混乱! 左翼の同盟国艦隊からも救援要請が入っています!」

「被害を(まぬが)れた各艦隊は直ちにフォーメーションを変更せよッ! 散開して各個に防御陣形へ移行!」

「損害を(こうむ)った艦は後方へ退避ッ!」

「艦隊旗艦が消滅? だったら後方へ退避だッ!」

「今やっているッ! 状況を把握(はあく)するまでは、自力で立て直すしかないだろう!」


 要塞砲が直撃した宙空は惨憺(さんたん)たる様相を呈しており、自力での航行が出来なくなったものを含めれば、実に一千隻もの味方艦が損害を(こうむ)り、混乱は増すばかりだ。

 だが、艦隊総司令部の幕僚らとて無能者ばかりではなかった。

 これ以上損失が拡大するのを許せば致命的な状況になり兼ねないと判断した彼らは、事態を収拾して指揮系統を回復せんと全力を尽くしたのである。

 しかし、狂気を(はら)んだ怒号が飛び交う中、ナーメは(いま)だに茫然自失の体から抜け出せないでいた。


「な、なぜだ……なぜ我が艦隊が攻撃されなければならないのだ? 共に手を携えて傲慢極まる貴族閥に天誅を下そうと約束したではないか……」


 脳裏に浮かぶのは、青臭いまでに真摯な理想を語っていた要塞総司令官の顔。

 しかし、その全てが嘘で塗り固められたものだったとしたら……。


(ルング・バイトラークめッ……貴族閥の専横に憤慨して見せたのも、自由で平等な未来を築く為の改革を語ったのも、全てが芝居だったというのか!? 我が軍を罠に()める為の……)


 そう気づいたナーメの形相が一変し、憤怒と憎悪によって(ゆが)んだ悪鬼の(ごと)きものとなる。


「おっ、おのれえぇぇ──ッ! 許さんぞバイトラークッ! この儂を(たばか)っておいて、唯で済むと思うなあぁッ!」


 秘密会合の折に交わしたホットラインを繋ぎ、激高する儘に吠えるナーメだったが、その罵倒に答えたのは要塞司令官バイトラークではなかった。


『無知で下賤な負け犬風情がキャンキャン吠えるでないわッ! よいか、ナーメ。身の程を(わきま)えぬ強欲は罪じゃ……貴様だけではないぞ。この儂に歯向かう愚か者共は全て地獄へ送ってやる! 覚悟するがいいッ!!』


 情報端末に映し出されたのは、他ならぬモナルキア銀河連邦大統領であり、その老醜が浮き彫りとなった相貌(そうぼう)(ゆが)ませて哄笑(こうしょう)している。

 最初から仕組まれた罠だった……。

 そう察したナーメは、屈辱に顔を朱に染め地団太を踏むしかなかったのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] ナーメさんはやる事は大体わりー事だけどこうなったらちょっと可哀そうかも(;'∀')
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