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第七十四話 外交デビュー ⑤

「ねえ、ねえ! シレーヌの星には、い──っぱい獣人さんが住んでいるの?」


 目にも鮮やかなピンクのイブニングドレスを(まと)うレイチェルは、北部方面域辺境にあるビスティス星系諸国家連合に属しているネーベル王国のお姫様だ。

 つい先日に十歳の誕生日を迎えたばかりの彼女は、明朗快活さと旺盛な好奇心を併せ持ったキュートな少女である。

 実はレイチェルにとって、今宵の晩餐会は社交界デビューとなる初舞台であり、王と王妃の代役として使節団を率いている父母と共にランズベルグを訪れた彼女は、まだ見ぬ世界への憧憬もあってか期待に胸を膨らませていた。

 だが、華やかな社交界への憧れを胸に晩餐会に臨んだものの、格式ばかりが重んじられる貴族社会の常識は、天真爛漫な少女にとっては退屈極まりないものでしかなかった。

 同じ年頃の子供など何処(どこ)にもおらず、周囲に居るのは気取った笑みで表情を取り繕った大人達ばかりともなれば、まだ年端もいかぬ少女が落胆するのも無理はないだろう。

 しかし、両親に無理を言って晩餐会へ連れて来て貰った手前もあり、今更文句を言う訳にもいかず、消沈した彼女は母親の背中に隠れて大人達の退屈な会話を聞き流していたのだが、そんな少女に神様は最高のサプライズを用意していたのだ。

 何気なくホールの入口へと向けた瞳が捉えたのはレイチェルも馴染みがある獣人の女性であり、そのボリューム感のある、ふわふわの尻尾を見て破顔した少女は、胸の中に(ひそ)む好奇心という名の天使が命ずる儘、シレーヌへ突撃したのである。


             ※※※


(まこと)に申し訳ありません……私共の(しつけ)が至らぬばかりに従者の方に御迷惑を御掛けしてしまい……」


 一方で、愛娘の不調法な振る舞いを恥じた母親は、当惑し切った表情で頭を垂れるばかりだ。

 しかし、子供のする事に一々目くじらを立てる気などないクレアにしてみれば、殊更に丁寧な謝罪には恐縮するしかなかった。

 (むし)ろ、亜人に対して物怖(ものお)じもせずにスキンシップを図るなど大したものだと感心もしたし、この娘の将来が楽しみだと嬉しく思ったぐらいだ。

 それは、目の前で頭を下げているネーベル王太子妃アリエスに対しても同様で、その謙虚で誠実さが滲み出た人柄に感銘を受けたクレアは、この母子に深い親愛の情を(いだ)いたのである。


「迷惑などとはとんでもありませんわ。私どもは新参者ですので、どの様にすれば皆様と良き関係を築けるか分からずに困っておりました。ですが、お嬢様の御蔭で良い切っ掛けを得られました。本当に救われた思いですわ」

「そう言って頂けて感謝いたします。私共の方こそ貴女様の寛大な御心に救われた様なものですわ……改めて御挨拶させて頂きます。ネーベル王国王太子妃アリエスと申します」

「アマテラス共生共和国大統領 白銀クレアと申します。この良き日に最初に知己(ちき)を得た御相手が貴女様方の様な素敵な方々で嬉しく思っています。今後とも懇意にして頂けますならば、此れに勝る喜びはありません」

「まあ! それは願ってもない事です。此方(こちら)こそ親しくして頂けますならば望外の喜びですわ」


 クレアの鷹揚な対応に安堵したのか、アリエスの表情から憂いが消える。

 他国の高官の前で本心を垣間見せる無防備さは、外交交渉に責任を負う者としては褒められたものではないが、その初々しさも含めてクレアは好意的に受け入れていた。

 それは、彼女の何気ない所作に滲み出る物腰の柔らかさに()かれたからでもあるが、その容姿も含めて王太子妃が(まと)う王族としての覚悟と高潔さに心から敬服したからに他ならない。


 アリエスやレイチェルがその身に(まと)っている衣装は、この時代でも最上位の礼装とされるローブ・デコルテのイブニングドレスだ。

 地球の中世以降の西洋史に()いて礼装として認知された装束が、広大な銀河系に数多とある貴族社会共通の常識だというのは偶然なのか、それとも何か理由があるのか……。

 歴史家でもないクレアには答えを導き出す術も興味もなかったが、彼女達母娘が纏うイブニングドレスを一目見て魅了させられたのは確かだった。

 ネックラインが大きくカットされたノースリーブが(あで)やかな色香を演出し、膨らんだスカート部分が優美さを(かも)し出しているお馴染みのデザイン。

 娘は淡いピンク、母親は深みのあるパープルという原色を基調にしたドレスからは、華美に走らない落ち着いた雰囲気さえ感じられる。

 また、母娘揃って肘まであるオペラグローブを佩用(はいよう)し、質素だが歴史を感じさせる装飾品を控え目に身に着けた彼女達からは、王族としての気品と教養を強く感じずにはいられなかった。

 しかし、(ただ)それだけの事だったならば、心惹(こころひ)かれはしなかっただろう。

 何よりもクレアが感嘆したのは、母娘が(まと)うドレスが新調されたものではなく、長い時間を経て受け継がれて来たものだというのに気付いたからだ。

 恐らく何代にも(わた)って王族女性の身を飾って来たであろうそのドレスには、明らかに他の女性客の装束とは違う何かがあった。

 見る者が見ればそれは一目瞭然であり、昨今の流行である光沢を重視した生地ほどの(きら)びやかさはないが、落ち着いた色合いと滑らかさを保っているドレスからは、貴族としての揺るがぬ矜持が(うかが)い知れた。

 だからこそ、アリエス王太子妃と知己を得てネーベル王国との(えにし)を得たクレアは、今宵の巡り合わせが偶然ではなく必然だったのかもしれないと心を弾ませたのである。


「ありがとうございます。王太子妃殿下にそう仰って頂けて安堵いたしましたわ。それだけでも、今宵この場に来た甲斐があったというものです」


 口元を(ほころ)ばせるクレアが(こぼ)した意味深な台詞にアリエスは怪訝(けげん)な表情を浮かべたが、彼女の杞憂は直ぐに無用のものになる。

 何故(なぜ)ならば、今回のランズベルグ訪問の目的の一つが、他ならぬネーベル王国の代表団と接触する事だったと、クレアに告白されたからだ。


「実は……偶然ではありますが貴国産の蜂蜜を食する機会に恵まれて、その素晴らしさに感嘆したのです。ですが、希少品であり継続しての入手は困難だと言われて残念に思っておりましたの」


 これは場を取り繕う為の方便ではなく、輸入商品の選定会議の席上でジュリアンとの間で交わされた実話だった。


 銀河連邦に加盟している全ての国々と何らかの取り引きをしているロックモンド財閥は、銀河系のあらゆる場所の特産品を取り扱っており、その中にはネーベル産の蜂蜜の様に、知る人ぞ知るといった希少価値の高い物産品も多く含まれていた。

 しかし、ネーベル王国はビスティス星系の中でも極めて小さい惑星を母星としており、人が生活できる陸地も極めて限定的だ。

 その所為(せい)もあってか、温暖な気候に恵まれながらも、王国の総人口は二百万人を(わず)かに超える程度であり、主たる産業も一次産業に限られていた。

 当然だが、その規模は零細の域を出ず、農産品の大部分が国民の胃袋を賄う為に消費されてしまい、とてもではないが輸出に廻す余力がないのが現実との事……。

 そうジュリアンから説明されたクレアは、一旦はネーベル産 蜂蜜の入手を断念したのだが、反銀河連邦同盟結成会議の招待国リスト一覧にネーベル王国の名を見つけた彼女は、秘かに接触の機会を得んと思いを新たにしたのである。


 しかし、そんなクレアの思惑などに気付く筈もないアリエスは、自国の特産品を知って貰っていた事を喜びながらも、希望に応えられない現状を申し訳なく思うしかなかった。


「それは……せっかく御気に入り戴けましたのに御希望に添えずに申し訳ありませんでした。なにぶん国民が生きていく為の食糧生産が第一ですので、充分な労働力を養蜂事業へ廻す事ができず生産量は微々たるものなのです」

「そうでしたか……あれほどの高品質を誇る蜂蜜は(まさ)しく奇跡の賜物(たまもの)だと言っても過言ではありませんもの。味は元より含有されている成分量も他に類を見ない優秀なものでしたから……ですが、御国の事情であるのならば致し方ありませんわね」


 恐縮して謝罪するアリエスを慰めるクレアだったが、彼女の話には腑に落ちぬ点があり、無礼は承知の上で訊ねてみた。


「自国で食料の全てを(まかな)っておられるとの事ですが、ビスティス諸国家連合は相互扶助の理念の下に結成された国家集合体だと聞いております……連合に属する他の国々との交易で食料品を入手する事は容易(たやす)いのではありませんか?」


 その疑問は至極真っ当なものであり、如何(いか)に小国とはいえ対外貿易に廻す特産品すらないほどに国家運営が行き詰まるなど、本来ならば有り得ない事だ。

 また、困窮している国があるにも(かか)わらず、相互扶助の理念を掲げる連合が救いの手を差し伸べないのは、その責任を放棄したに等しい暴挙だといえるだろう。

 だが、困惑した表情で躊躇(ためら)いがちに口を開いたアリエスが語った内容は、クレアを大いに憤慨させるものだった。


「我がネーベルは国家形態を維持していますが、内実は普通の国の都市規模のものでしかありません。政治形式も王政を掲げているとはいえ、現国王である義父上様(ちちうえさま)や王妃である義母上様(ははうえさま)が、複数の役職を兼務しておられるのが実情なのです」

「そうなのですか……だから、王太子殿下の妃であらせられるアリエス様も、陛下の御名代としてこの場に居られるのですね」

「ふふっ。王太子殿下や王太子妃などとは面映ゆいですわ。王族でありながら夫は幼い頃から庶民と同じ学校へ通っていましたし、私に至っては同じ学び舎で十年の月日を共にしただけの平民なのですから」

「まあ!」


 気恥ずかしそうに微笑むアリエスの告白に驚かされはしたが、彼女が在野の出と知っても、その評価には(いささ)かの変化もなかった。

 (むし)ろ、度重なる銀河貴族の腐敗と愚劣さを見せ付けられて来た身としては、鷹揚な気風を良しとするネーベル王家の人々と国民に共感を覚えずにはいられなかったぐらいだ。

 しかし……。


「そのような家族的な国家の成り立ちを疑問視する国も連合内には多く、評議会を主導している国々からは、『貴族らしく大局を見据えた国家運営を行うべし』との是正勧告を受けているのです……それに義父王陛下が反発なされたものですから、他国との関係も(こじ)れてしまって……」


 一転して表情を暗くしたアリエスが語った内容にクレアは唖然とするしかない。


(何よそれは? 大局を見据えた国家運営って、この場合は国民から搾取(さくしゅ)してでも国力を上げろという意味よね? 貴族らしい? 巫山戯(ふざけ)るにも程があるわ。そんなの唯のイジメじゃないの!) 


 貴族制度の弊害など(あげつら)えば切りがないが、銀河系全体を危機に(おとし)めている多くの問題の根幹を成しているのは確かだ。

 それは、クレア自身も我が身を(もっ)て痛切に感じている事実だった。

 そして、その元凶ともいえる銀河連邦政府に対して反旗を翻そうとしている今、力を合わせて結束しなければならない仲間内で、この様な無法が許されて良い筈がないと強く確信したのだ。

 だからこそ、胸の中に灯った熱情に衝き動かされる儘にアリエスの両手を取ったクレアは、息せき切ってその想いを吐露したのである。


「それでしたら、我が国との間で相互協力を前提とした通商条約を結んで頂けませんか? 我がアマテラスも新興の小国ですが、小国は小国同士助け合っていくのが道理でしょう。御話を御聞きする限り現王陛下の御人柄も信頼に足るものだと思いますし、何よりも……アリエス様との御縁を無にしたくはないのです」


 この申し出を大いに喜んだアリエスは、その愛らしい顔を喜色に染め、クレアの手を握り返して歓喜の声を上げた。


「願ってもない御提案ですわ! 夫のフライハイトと私が今回の使節に選ばれたのは、『これからはお前達若者の時代だ。自らの力でネーベルの未来を勝ち取ってみせよ』という、お義父さまの御厚情と期待があったからなのです。正直なところ、私には荷が重いと消沈していたのですが、白銀大統領閣下の様な御方から御厚情を賜るなど身に余る光栄ですわ……心から感謝申し上げます」

「大統領閣下などと形式ばった呼び方はお許しください。是非ともクレアと呼んで下さいませ。その方が私としても嬉しいですわ」


 こうしてアマテラス共生共和国とネーベル王国の同盟は成った。

 お互いに相手の事を完全には理解しない儘のトップ同士の合意による友誼(ゆうぎ)だったが、その決断が間違っていなかったのは、今後の両国の長い付き合いが証明する事になる。

 とは言え、現時点のクレアやアリエスに未来を見通せる筈もなく、それぞれが、素直に初外交の成果を喜ぶのだった。


 ほんの数分の立ち話だったが、望外の成果を得たクレアは安堵して息を吐く。

 すると、隣から賑やかな会話が耳に飛び込んで来たものだから、思わず其方(そちら)へと意識を向けてしまったのだが……。


「ひゃんッ! レイチェル様ぁ~~。尻尾に抱き付くのは止めてくださぁい!」

「えぇ~~? だって、すっごくモフモフで気持ち良いんだもんっ! ねえ、ねえシレーヌさん! ネーベル王国へおいでよ! 一緒に王宮で暮らそうよぉ!」

「ばっ、馬鹿言ってんじゃねぇ! シレーヌはアマテラスの重臣なんだ。それに、将来は俺と……」

「えぇ~!?? 早まっちゃ駄目だよぉ! この人は乱暴そうだから将来苦労するのは確実だし、お婿さんにならレイチェルがなってあげるからぁ!」

「ふっ、巫山戯(ふざけ)んなぁぁ──ッ!」 

「あぁ~~ん! とにかく尻尾を放して下さあぁぁ──いッ!!」


 羞恥に顔を赤くした儘のシレーヌを挟んで繰り広げられるコントが継続中だ。

 おませなレイチェルと、そんな少女に張り合うヨハンとのコントラストが面白いのだが、クレアとアリエスは顔を見合わせて苦笑いするしかなかった。


「す、済みません私の従者が……レイチェル様は姫君ですのに……」

「い、いえ。(ろく)(しつけ)もできておらず……我が娘ながら御恥ずかしい限りですわ」


 互いに恐縮し合う二人だったが、レイチェルが獣人を忌避しない理由をアリエスから聞かされたクレアは破顔して納得する。

 約百年もの昔。

 ネーベルに漂着した宇宙船には、他星系の国家から逃れて来た獣人奴隷らが百人ほど乗っていたのだ。

 先々代の王は彼らの居住を認めて手厚く保護し、国民らも喜んで迎え入れた。

 それ以降は獣人と結婚する国民も増えて今日に至っており、ネーベル王国の日常に彼らは欠かせぬ存在として生活を共にしているのだ。

 そんな話を聞いたクレアは益々感銘を深くし、両国間の友好を深めるべきだとの想いを強くするのだった。


 と、その時だ。

 玄関ホール入り口に控えていた執政官らしき人物が恭しく一礼するや、歓談している代表団の面々へ主宰者の来場を告げたのである。


「御歓談中にも拘わらず(まこと)に申し訳ありません。間もなく皇后陛下、皇太子殿下が御到着あそばせます。皆様も本会場の方へ御移動戴きます様に御願い致します」


 いよいよ本番だ……クレアは緊張を胸に秘めて決意を新たにするのだった。

◎◎◎

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― 新着の感想 ―
[一言] 初外交に良き出会いがあり良かったです。 ヨハン、せっかく思いが通じ合えたのに思わぬライバル登場ですね(笑)一歩も引かなさそうなので、手強そうです。ある意味勝ち目なしですね~。 ネーデル王国…
[一言] うぅむ、ヨハンよ……君はもう少し成長するべきだ(;'∀') それはそうと!! もしかしてお姫様には数滴くらい獣人の血が入っている可能性が!! いやぁ似たような国があって……ホント良かった…
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