第七十四話 外交デビュー ④
クレア達が迎賓館へ到着した時には既に夜会開始時刻まで三十分を切っており、他の国家代表団は全て会場入りした後だった。
本来ならば建国したばかりの新参国家は、他国との知己を得る為にも早々に会場入りをし、積極的に挨拶廻りをするのが常だ。
人と人の関係でも、意志の疎通を図って無用な軋轢を避けるのは当然の処世術だし、それは国家間の外交に於いても例外ではない。
特に反銀河連邦同盟結成という一大イベントが控えている今回は、新組織の中で少しでも有利な立場を得んと、大国同士が鎬を削る政治的駆け引きが繰り広げられているのだ。
ならば、自国の命運を託すに足る大国の傘下に入って庇護を得る他に生きる道はない小国が、寄り添うべき大樹を見極めんと必死になるのは当然だと言える。
しかし、そんな熾烈な状況であるにも拘わらず、選りにも選って政治基盤が弱いアマテラス代表団が一番最後に会場入りしたものだから、他国の代表団が失笑したのも無理はなかった。
政治の何たるかを知る彼らにしてみれば、それが親睦目的の夜会とはいえ自国の行く末を左右する重要な場だの認識は誰もが持っているし、そうでなくては政治家など務まる筈もない。
だからこそ、遅参したクレアらを素人同然と見下し、自分達を脅かすライバルには成り得ないと早々に断じたのだ。
だが、自分達への風当たりが強い事など想定済みのクレアにしてみれば、他国からの評価に拘泥する気は毛頭なかった。
対外的には極秘にしているが、アマテラス共生共和国はランズベルグ皇国並びにファーレン王国と親密な関係を築いており、安全保障と経済通商の分野で相互条約を締結するに至っている。
押しも押されもせぬ地位を確立している大国が、海のものとも山のものとも知れない新興国と対等の条約を結ぶなど前代未聞の事だが、両国に対してアマテラスが成した功績は絶大なものがあり、ランズベルグ、ファーレン共に、その点を最大限に考慮したのは間違いないだろう。
その様な背景もあり、国家間の利害関係を重視しての関係構築など端から眼中にないクレアは、亜人種との共生を掲げるアマテラスの理念を他国へ喧伝する為の場として、今回の夜会を大いに利用する気でいたのである。
※※※
「中々に注目の的じゃない? 周囲からの視線が痛すぎるわ」
軽口を叩く志保は飄々としているが、視線に宿る険しさは隠し様もなく、胸中が穏やかでないのはクレアも御見通しだ。
それでも憤りを抑えてくれている親友には感謝するしかなかった。
煌びやかな赤絨毯が敷き詰められた玄関ホールには、所々で歓談している他国の代表団らの姿がある。
だが、既に奥にある大会場へ入場している者達も多いのか、その数は思ったよりも少ない。
それでも、クレア達を見咎めて不躾な視線を向けて来た人間は少なからず存在したし、その中には同伴者であるシレーヌに対する忌避感を隠そうともしない者達が混じっているのも見て取れた。
しかし、その数は予想していたよりも少数だったし、彼らの視線に滲む嫌悪感も随分と穏やかなものだと感じたクレアは、その原因が何なのか考えを巡らせる。
もっと露骨な感情を向けられる可能性も覚悟していただけに、遠巻きにして此方の様子を窺うだけの状況には、いっそ肩透かしを喰った気分だ。
だが、その理由は直ぐに分かった。
ホールに屯している面々は、どの集団も主賓以外には僅かな護衛官を伴うのみであり、その事からも彼らが小国の代表団であるのは容易に察しが付く。
つまり、今も本会場内で熾烈な外交戦を繰り広げているであろう、大国や中堅国には相手にして貰えなかった国々が細々と交流を図っているのだと理解した。
(他の国から見れば、軍事力の風評ばかりが突出した我が国は、薄気味悪い存在でしかないわよね……亜人に対する忌避感はあっても、不用意に地雷を踏んで相手を刺激する粗忽者はいない……そういう事なのね)
そう結論付けたクレアは、志保達にだけ聞こえる様に呟く。
「ざっと見渡す限りでは、このホールに残っている代表団は三十国余り……然も、経済的にも軍事的にも小国と呼ばれている方々ばかりね。彼らも、正体不明の私達にどう接すれば良いのか戸惑っているみたいね」
祖国であるアマテラス共生共和国の全容は未だに詳らかにされてはおらず、達也率いる梁山泊軍の活躍ばかりが喧伝される所為もあり、軍事一辺倒の強権国家ではないか、そんな危惧を懐いている国が多いのは事実だ。
だが、それはアマテラスの実相からは大きく乖離したものであり、軍事力に依存する危険な国だと思われるのは、甚だ不本意でしかなかった。
勿論、侮られるのは良い事ではないが、親交を深めようとする相手に身構えられたのでは交渉事全般に悪影響を及ぼすのは確実だ。
そう考えたクレアは、実にあっさりと消極的な受け身の姿勢を破棄する。
「肩に力を入れずに気楽に会話をするには丁度良い御相手ばかりの様ね。此方から積極的に御挨拶して廻りましょうか」
だが、その唐突な方針変更に慌てたのは、他ならぬ護衛役の志保とヨハンだ。
「ち、ちょっと待ちなさいよ! 話が百八十度違ってない? 相手の方から交流を求めて来た場合のみ会談に応じる手筈だったでしょう?」
「此方が譲歩したからといって相手が好意的に受け取るとは限りません。宴席でもありますし、酒絡みのトラブルも考えられます……だから、その……」
護衛責任者として突然の予定変更に憤る志保とは違い、ヨハンのそれにはシレーヌを案じるが故の私情が多分に含まれているのは明らかだ。
彼の気遣いを敏感に察したシレーヌも頬を朱に染めて照れており、そんな初々しいカップルの様子を目にしたクレアは、思わず笑み崩れてしまう。
とは言え、目の前に拡がる狩場には美味しそうな獲物が『食べて下さい』と言わんばかりに無防備な姿を晒しているのだ。
多分にリスクがあるのは確かなのだが、大国の思惑に邪魔されずに他国の実相を見極める千載一遇の好機を見逃がすのは余りにも惜しい。
そう考えたクレアは、何かしらの妙案はないかと思案を巡らせた。
(シレーヌの尊厳を守りながらも相手からの理解を得る……私達と同じ理念を懐いている国との友好的な関係を築き、その縁で他国への仲介をして貰うのがベストなのだけれど……)
その一方で敬愛するクレアや志保に気を使わせている事を心苦しく思うシレーヌは、自分がしっかりしていれば済む事だと意を決して口を開く。
「折角の機会を私への気遣いでフイにしないで下さい。今回の御役目に抜擢された時に覚悟は決めていまっ──ッ!?? ひいぃぁぁんッ!???」
しかし、真剣な面持ちで決意を伝えようとしたシレーヌだったが、自らが発した素っ頓狂な悲鳴の所為で最後まで言葉を続けられなかった。
直ぐ傍に居たクレア達は元よりホールに居合わせた全ての人々が、一体全体何事が起きたのかと、話題の中心人物である獣人女性へと視線を集中させる。
特にシレーヌの安全を第一に確保しなければならないヨハンは誰よりも早く動いており、彼女に悲鳴を上げさせた原因を排除しようとしたのだが……。
「あ~~ん! とってもふさふさで柔らかいよぉ! それに、すっごく良い匂いがするぅ~~!」
感極まったと評するのが適切な喜色溢れる歓声に毒気を抜かれたヨハンは、何とも言えない困惑しきった顔で動きを止めるしかなかった。
それは、クレアや志保、そして他の国の人々も例外ではない。
何故ならば、自らの醜態に赤面するシレーヌに珍客が取り付いていたからだ。
会場入りする前に念入りにブラッシングされた尻尾を抱き締め、身体全体で喜びを爆発させて燥いでいるのは、可愛らしいドレス姿の少女だった。
その表情にも行動にも悪意がないのは一目瞭然であり、ヨハンばかりではなく、志保までもが如何に対処するべきか迷ってしまう。
しかし……。
「ひゃん! だ、だめです……そんなに弄らないで下さぁ──いッ!」
敏感な尻尾をハグされているシレーヌにとっては看過できない大問題だ。
少女が顔を埋めたり頬擦りしたり、おまけに幼い手でスリスリされる度に擽ったいやら恥ずかしいやらで声が漏れてしまうのだ。
此の儘では、未熟な自分を抜擢してくれたクレアにも、背中を押して送り出してくれたアルカディーナの仲間達にも申し訳が立たない。
そんな悲壮感に苛まれるが、まさか、年端も行かぬ幼子を乱暴に振り払う訳にもいかず、状況は彼女にとって悪化の一途を辿るかに思えたのだが……。
「こ、こらッ! レイチェル! 一体全体何をしているのですかッ! 失礼な真似は許しませんよッ!」
その叱声を浴びた少女は慌てて尻尾を放したが、そのままシレーヌの影に隠れるという悪足掻きを見せたのである。
必然的に盾代わりにされたシレーヌは、図らずも少女の身内らしき女性と正面から向き合う形となってしまうのだった。
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【FAを頂戴いたしました】
令和4年11月13日。
サカキショーゴ様(https://mypage.syosetu.com/202374/)からFAを戴きました。
それがこれであります。
左から順に、ジュリアン、ユリア、さくら、マーヤ、そしてティグルの揃い踏みであります。
サカキショーゴ様、この度は躍動感あふれる素敵なイラストありがとうございました!
尚、サカキショーゴ様は、みてみんにも立派なマイページ(https://32786.mitemin.net/)をお持ちです。
興味が御有りの方は、是非とも御訪問下さいますように!!




