第七十三話 一抹の不安 ⑤
「モナルキア派を中心とした貴族閥は……いや、評議会と軍組織を含めた銀河連邦を裏から支配しているのが、このローラン・キャメロットなる男だ」
滔々と議場に響くガリュード・ランズベルグの語りを、参加者らは咳き一つせずに聞き入っている。
ここ数年余りにも及んだ銀河連邦の変遷を語る上で、ローラン・キャメロットという男の存在を無視する訳にはいかないだろう。
事実、モナルキア現銀河連邦大統領と敵対していたゲルトハルト・エンペラドル軍令部総長は既にこの世に亡く、キャメロットの掌の上で踊らされた挙句、謀殺されたに違いないと達也は確信していた。
ハーフェンとクロイツが齎した情報を鑑みれば、いよいよこの男が動き出したと判断せざるを得ず、情報の共有は必要不可欠だとの認識で、レイモンド皇王らとの合意が成されたのである。
だが、その素性や真意は今も謎に包まれた儘であり、早くから彼を主敵と見做していた達也以外の者では、事態の深刻さを正確に伝えるのには無理があった。
だが、若輩者だと侮られがちな達也では、その高すぎる名声も相俟って、新同盟が置かれている危うい現状を他の参加者らに理解させるのは難しい。
だからこそ、レイモンド皇王は参集した者達を納得させる役処としてガリュードを指名したのだ。
勿論、この裁定は達也にとっても歓迎すべき事であり、ローラン・キャメロットについて、自らが知る限りの情報と見解を敬愛する老将へと伝えたのである。
「本来ならば、北部並びに北西部方面域軍の寝返りは秘匿し、いざ決戦という場に於いて最大の効果を得るべく画策するのが兵法の常道だが、それはキャメロットが仕組んだ一手で封じられてしまった……それが、我々の動きを察知したが故の事だと判断するのは早計だが、何かしらの意図を持った行動であるのは明白だろう……この点のみを見ても、キャメロットという男の底知れなさが垣間見える気がするのだ。御一同も努々御油断なされぬ様に……」
その実績と〝金獅子”の異名は伊達ではなく、これまでとは趣が異なる銀河連邦軍の実態を知った参加者らの表情にも真剣味が窺えるようになっていた。
「まずは上々の首尾だろうな。ガリュード閣下ならば問題はないと思っていたが、円卓の面々は元より、会場に集っている各国の官僚達の気難しげな表情を見れば、逼迫している事態への認識は共有できたと考えて良いんじゃないか?」
背後から小声で語り掛けて来るラインハルトの言に首肯する事で応えた達也だったが、決して状況を楽観している訳ではない。
寧ろ、アマテラス共生共和国と梁山泊軍にとっての正念場は、此処からが本番だとさえ考えていた。
「目的意識の共有と新同盟の結束強化を図る……そういう意味では申し分ないだろうな。だが……我々にとっての問題はこれからだ。気を緩めるなよ」
そう小声で親友に念押ししたのと同時にガリュードの話が終わる。
壇上の円卓周辺だけではなく、ホールの客席付近からも声を潜めた密談が交わされる中、その騒響を打ち払うべくレイモンド皇王が口を開いた。
「今日までの貴族閥支配が衰亡し、新たな勢力が台頭する。それは強大な力を誇る銀河連邦とて例外ではないと分かった以上、我々は新しい時代に対応する為にも、断固として旧勢力を排除し銀河系を平和へと導く新たな力を構築せねばならぬ! この場に参集された皆様方には、どうか御助力を賜る様、このレイモンドが伏して御願い申し上げる」
飽くまでも、この会議での最重要目的は参加国の結束を図る事以外にはない。
参集した国々が危機感を共有し、力を結集して事態に臨む体制の構築こそが肝要だと考えていたレイモンド皇王にとって、今が千載一遇の時だと判断したのは至極当然の事だろう。
だが、その思惑は憤懣を露にした他者の介入によって水泡と帰し、達也の杞憂が現実のものになるのだった。
「御待ち頂きたいッ! 皇王陛下の御言葉に異議を唱えるつもりは毛頭ありませんが、国家間の様々な柵に目を瞑って大同団結を成すにしても、最低限度解決しておかねばならない問題があります。その点が解消されない限り、我がオルグイユは新同盟への参加を躊躇せざるを得ませんぞ!」
各国が皇王の檄に賛意を以て応えようとしたした刹那、その機先を制して大喝したのは、他ならぬオルグイユ共和国のアハトゥングだ。
今回参集した国々の中では最も秀でた軍事力を誇り、銀河連邦との戦闘に於ける主戦力と期待されている国の指導者からの苛烈な言葉は、熱を帯び始めていた議場の雰囲気に冷や水を浴びせるには充分な効果があった。
その証拠に他の参加国の代表者らの顔には困惑の色がありありと浮かんでおり、自らの国の進退を如何にすべきかとの迷いが見て取れる。
レイモンドやガリュードにとって、この展開は歓迎すべきものではないが、有力な同盟国足りえる相手に対し、無碍な扱いをして機嫌を損ねては元も子もない。
もし、オルグイユが同盟不参加という事態になれば、それに追随する国家の存在を否定できないし、その様な結果に至れば新同盟構想そのものが瓦解する恐れすらある。
そんな最悪の未来を避ける為にもアハトゥングの言は無視できないのだが、彼が何を問題にしているのかは明白なだけに、レイモンド皇王にとっては甚だ頭が痛い展開だと言わざるを得なかった。
だが、それでも会議の場での意見を無視する訳にもいかず、議長としての職責に従って彼に発言の真意を問うたのである。
「大同団結を成す為に解決しなければならない問題とは何であろうか?」
「我が意を御汲み頂き感謝に堪えません。ならば言わせて頂きますが、今回の檄に応えて参集された諸国の中に同志として認めるに相応しくない国があります。その点について明確な説明をお願いしたい!」
その言が何処の国かとの明言は避けてはいるが、それがアマテラス共生共和国を指しているのは明らかだ。
事実、他の国からも同様の批判は投げ掛けられていたし、何よりもアハトゥングの鋭い視線は達也に固定されており、それが彼の鬱憤を雄弁に物語っていた。
勿論、この展開は事前に予想されていたし、レイモンド皇王としては本会議の前にアハトゥングと協議して穏便に済ます様に説得するつもりでいたのだが、昨夜の秘密会談の場で達也から釘を刺されたという経緯がある。
『我が国と梁山泊軍に対する憤懣や質問には全て私が対処いたしますので、陛下は議長役に徹せられますように……参加国から身贔屓との疑念を懐かれるのは避けねばなりません。そうでなければ、同盟構想そのものが瓦解する恐れがあります』
そう念押しされていたレイモンドは敢えて無言を貫いたのだが、アハトゥングが更に言葉を重ねるよりも早く当の達也が発言した事で、論戦は一騎打ちの様相へと移行していく。
「同志として認められない国などと迂遠な物言いは不要ですよ。情報の開示に積極的ではないアマテラスこそが、非難の対象だと仰っては如何ですか?」
それは決して挑発的な物言いではなかったが、相手が自分よりも遥かに年下だという事実がアハトゥングから冷静さを奪ってしまう。
「その他人事のような言い種は何だ! 貴国と銀河連邦軍との戦闘に於ける詳細も開示せず、有益な情報を占有している身でありながら、レイモンド皇王陛下の御前で開き直るなど甚だ不敬であろうッ!?」
「これは心外な……情報の開示を拒むつもりなど微塵もありません。ですが、先のアルカディーナ星系戦役での戦術については、飽くまでも我が星系の特殊な環境があったればこそ成立したのであり、他の場所で通用するものではありませんよ」
この達也の言い分は真実ではあるのだが、それを鵜吞みにして信用しろというのは、些か虫が良すぎると言わざるを得ないだろう。
事実、納得できないアハトゥングは愚弄されたと勘違いし、その厳つい顔を朱に染めて声を荒げた。
「その様な見え透いた言い訳で我々を煙に巻こうなど言語道断であるッ! 味方にすら隠し事をする同盟者など信頼するに値せんぞッ! 如何なる奇策を以て強大な銀河連邦軍を撃ち破ったのか、その点を詳らかに出来ぬというのであれば、貴官とその軍を仲間だとは認められんッ!」
眼前の円卓に拳を叩きつけて熱弁を揮うアハトゥングに同調して頷く者らも多数おり、傍から見れば孤立無援の達也が追い詰められている様にも見える。
だが、この程度の詰問は想定済みであり、寧ろ、アルカディーナ星系の特殊性を理解して貰うには格好の展開だと、達也は内心でほくそ笑んだ。
「アハトゥング閣下の言い分は御尤もだと理解しております。これまでは銀河連邦軍に必要以上の情報を与えないために敢えて黙秘を貫いていましたが、今後は共に戦うであろう皆様方にまで秘匿する気は毛頭ありません。よって、私から説明させて頂きます。まずは……」
そう前置きした達也の口から語られた話は、俄かには信じられない荒唐無稽なものであり、議場に集った者達は、その真偽を判断しかねて困惑するしかなかったのである。




