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第七十三話 一抹の不安 ②

 予定されていた全てのプログラムが延期されたとはいえ、今回の同盟樹立に国家の命運が懸かっているともなれば、呑気に観光に(うつつ)を抜かす為政者など居る筈もないだろう。

 皇都中に散った情報部の精鋭達からは、皇国からの招待に応じて来訪した国々の使節同士が活発に接触しては、何かしらの謀議に(いそし)しんでいる、との報告がいくつも上がって来ていた。

 だが、参加国の詳細は元より、反連邦同盟の全体像すら判然としない状況では、此方(こちら)から事前交渉を持ちかけるのはリスクが大きすぎると達也は考えていた。

 本来ならば、梁山泊軍総帥である彼にコンタクトを取ろうとする勢力があっても良さそうなものだが、今の所はその様な気配は微塵もない。

 何といっても、優勢な銀河連邦軍艦隊に勝利した梁山泊軍の活躍があったからこそ、今回の秘密同盟結成という壮挙が形になったのは紛れもない事実なのだから、何かしらの反応があって(しか)るべきなのだが……。


(もう少し関心を持たれても良さそうなものなのだが……これでは、明日の会合が思いやられるな)


 そう嘆息する達也だったが、梁山泊軍に対する興味よりも、警戒心が勝ったが(ゆえ)の模様眺めという可能性も否定できずにいる。

 ならば、今更じたばたしても仕方がないと思い定め、明日こそが正念場だと気を引き締めるのだった。


 だが、そんな時に限って予期せぬ事態が勃発するのだから始末に悪い。

 早々に自室に引っ込んだ達也とクレアは、夫婦水入らずで晩酌を楽しんでいたのだが、夜の静寂(しじま)を破る艦内アナウンスに、憩いの一時を邪魔されたのである。


『沖合海中より正体不明の物体が接近中ッ! 総員第一級非常配置! 対潜警戒を厳にして迎撃態勢に移行せよ!』


 皇都の騒がしい夜は、これからが本番の様だった。


             ◇◆◇◆◇


「それにしても、達也の女房殿がこれ程の別嬪だとはなぁ……シアから話は聞いていたが、この目で直に見るまでは到底信じられなかったぞ」

(しか)り、(しか)り。それに美しいだけではないぞ。新国家の大統領を務める才色兼備の淑女ときたもんだ……あの朴念仁だった達也にしては大殊勲だろうよ」

「全くじゃな。だが、こいつには勿体(もったい)ない程の伴侶じゃ。儂があと二十歳若ければ放ってはおかなかったものをッ!」


 人を(さかな)にして好き勝手な事を言い合う年寄り連中の好奇の目に晒される達也は、その興味本位の揶揄(やゆ)に反論もできずに沈黙を貫くしかなかった。

 本来ならば、隣に座っているクレアへ不躾(ぶしつけ)な視線を投げて来る不埒者(ふらちもの)を一喝して(しか)るべき場面なのだが、相手が相手だけに黙って耐えるしかないのが歯痒(はがゆ)くて仕方がない。

 だが、仏頂面の旦那とは違い、老人らの褒め言葉に気恥ずかしそうに頬を染めるクレアは会話を楽しんでいるようで、邪魔をするのも(はばから)られてしまう。

 

(以前から『きちんとご挨拶したい』と言っていたからな。明日の懇親パーティーでソフィア様御同席の上で顔合わせをする筈だったのだが……まあ、いいか)


 楽しげな愛妻の笑顔を見た達也は、和やかな雰囲気を()えて壊す事もないだろうと思い、老人達への不満を胸の中に呑み込むのだった。

 

 現在、達也とクレアは皇都から五十kmほど離れた洋上に浮かぶ孤島に建つ別荘に招かれており、客間に(しつら)えられた豪奢なソファーに並んで座っている。

 海中から大和に接近を試みた正体不明の物体が皇国軍の潜水艦だと判明した時は面喰(めんくら)いもしたが、目の前に居る面子(めんつ)を見れば、それも()む無しだと達也は諦めざるを得なかった。

 総クリスタルのローテーブルを挟んで対面に並ぶ三つのシングルソファーには、如何(いか)にも好々爺といった風情の老人達が座しており、達也とクレアを交互に見比べては上機嫌で好き勝手な事を言っている。

 そんな混沌とした状況で、隣に座っているクレアの機嫌が(すこぶ)る良いのがせめてもの救いだが、このまま観賞の対象に甘んじていたのでは(らち)が明かないのも確かだ。

 だから、わざと不機嫌な表情を取り繕った達也は、この場所に招待された目的を知るべく、眼前に座っている老将達へ問い掛けたのである。


「ガリュード様、いい加減に本題に入りましょうよ。でないと、クレアに見惚(みと)れて鼻の下を伸ばしていた……そうアナスタシア様へ御報告しなければなりませんが」


 三人の中で真ん中に位置するガリュード・ランズベルグは言わずと知れた達也の恩師に当たる人物であり、アナスタシアの夫でもある皇国公爵だ。

 そんな彼は豪放磊落(ごうほうらいらく)な性格の儘に稚拙な恫喝(どうかつ)を笑い飛ばした。


「怖い事を言うんじゃない。今度シアを怒らせたら儂は屋敷を追い出されてしまうぞ。その時は、お前の所で世話になるしかないが、それでも良いのか?」


 如何(いか)にも揶揄(からか)う気満々といった恩師の冗談(ジョーク)辟易(へきえき)しながらも、達也はガリュードの左右に座している二人へ嫌味交じりの言葉を投げた。


「シェーラフ・ハーフェン大将閣下にラング・クロイツ大将閣下……北部方面域と北西部方面域の銀河連邦軍を束ねる貴男方が反旗を翻していたなんて驚きました。ですが、これで『反同盟勢力の結集が成ればその成果を即日公表する』という方針にも納得がいきます」


 銀河連邦軍方面司令官であるハーフェン大将とクロイツ大将は、(かつ)てガリュード艦隊で幕僚を務め、豊富な実践経験に裏打ちされた作戦指揮で数々の武勲を上げた猛者として名の知れた男達だ。

 また、傍流とはいえ、銀河貴族の血脈に繋がる名家の人間であるにも(かか)わらず、次男だった彼らは早々に継承権を放棄し、銀河連邦軍の士官学校から軍人を目指した変わり者としても有名だった。

 その所為(せい)もあってか出自を鼻にかける事もなく、平民出身の将官らともフランクに付き合う鷹揚(おうよう)さと、軍人としての実直な矜持を併せ持っており、多くの部下から慕われているばかりか、軍上層部からの信任も厚い名将でもある。

 そんな彼らが反旗を翻したとなれば、モナルキア体制の銀河連邦に与える影響は計り知れないだろう。


 ハーフェン大将率いる北部方面域は七万隻、クロイツ大将が率いる北西部方面域は八万隻の艦隊戦力を有しており、両方面域内で連邦評議会に加盟している国々の安寧を支えている存在なのだ。

 その十五万隻を有する一大戦力が離反すれば、如何(いか)に強大な戦力を誇る銀河連邦軍とはいえ、大幅な戦力ダウンは避けられない。

 反銀河連邦を唱えて決起する新同盟にとって、これほど心強い後ろ盾はないし、銀河連邦中央軍とて迂闊(うかつ)には手を出せなくなるのは容易に想像できる。

 しかし、その巨大戦力(ゆえ)に中央からの監視の目は厳しく、反旗を翻したとなれば事実が露見するのは避けられないだろう。

 だからこそ、拙速だとの(そし)りを覚悟の上で、同盟結成式での決起宣言を予定しているのだと達也は判断したのだが……。


「まあ、いざとなれば隠し通せるものでもないし、我々の真意を秘するのも難しい情勢だからのう……」

「どんなに美辞麗句で取り繕っても、我々の行動は明確な反乱行為じゃ。成功させなければ意味はない……ならば、決起するのは今を()いて他にはないのじゃよ」


 ハーフェンとクロイツの両大将は達也からの問いにそう答えたが、その物言いは何処(どこ)か歯切れが悪く、表情も渋いものになっている。

 常に軽妙で洒脱だと評される老将達が、揃って苦虫を嚙み潰したような顔をしているのに違和感を覚えた達也は、彼らの真意を確かめる為に疑念をぶつけた。


「ですが反連邦同盟が結成されたならば、銀河連邦が……いや、モナルキア率いる貴族閥が看過する訳がありません。必ず討伐艦隊をランズベルグへ派遣するでしょうし、北部方面域と北西部方面域駐留艦隊にも反乱国家の即時鎮圧が下命されるのではありませんか?」


 達也の懸念は杞憂ではなく、反乱勢力に対する当然の対応に他ならない。

 それならば、討伐軍の意表を突く為にも他に遣り様があるのではないか……。

 達也が(いだ)いた疑念はその一点に尽きるし、何よりも百戦錬磨の勇将であるハーフェンやクロイツ、そして退役したとはいえ“冥府の金獅子”と恐れられたガリュードが、その程度の戦術のイロハに気付かないのも不自然だ。


「ならば、敵がこのテュール星系に侵攻するまで叛意を隠し、決戦時に討伐艦隊の背後を突くのが妥当な戦略ではありませんか? 戦術的優位を捨ててまで両方面軍の旗幟(きし)を鮮明にする必要があるとは思えないのですが」


 疑問を率直に開陳した達也に対し、ハーフェンとクロイツは無言でガリュードに視線を投げた。

 その消極的な老将らの態度にも違和感を覚えた達也だったが、ふたりから(うなが)されて口を開いたガリュードの言葉に納得するしかなかったのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何やら裏がありそうなメンツですねぇ。 いったいこれからどうなるのかメッチャ気になりまっせ!
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