第七十話 羅針盤は闇へと誘う ②
「まるで嵐の様な一週間だったね。まあ……本格的に荒れるのは、寧ろ、これからだとは思うが……」
側近であるランデルとオルドーしか居ない執務室に何処か楽しげな声が響く。
その声の主であるキャメロットは、情報端末の画面に流れる報告を決裁しているのだが、現在の銀河連邦が置かれている状況を鑑みれば、どうして泰然としていられるのかランデルには理解できなかった。
基本的に相棒のオルドーは、盟主と仰ぐキャメロットに異を唱える様な真似はしないし、積極的に真意を図ろうともしない。
それはそれでこの相棒の美点だと思っているから咎めるつもりはないが、何事にも白黒つけなければ気が済まない短気な自分には、そんな真似は無理だと自覚している。
だから、胸中の憤懣と疑念を素直に口にしてキャメロットに問うたのだ。
それが、己の忠節の形でもあるし、役割だと信じているから。
「そんな呑気な事を仰っている場合ではありません! 今や評議会も軍も蜂の巣を突いたような騒ぎになっているのです。この儘では我々の計画にも支障が及ぶのは確実ですッ!」
怒気を含んだ荒い物言いになってしまったと後悔はしたが、今は体裁を取り繕っている場合ではないという思いが勝り、ランデルは敢えて厳しい視線で唯一の主を見据えて返答を迫った。
何時もならば相棒の暴走を諫めるオルドーも、今回ばかりはその苛立ちが分かるだけに強く窘める事ができず、自然と視線はキャメロットへ向いてしまう。
その一方で、側近らに詰問されたキャメロットは少々驚いていた。
軍人としてのキャリアも長く、優れた能力を持つこの二人を高く評価しているが、これ程までに切羽詰まった表情をした彼らを見るのは初めてだ。
(傍から見れば奇異な事をやっているのは分かってはいるが……この二人の焦燥も当然と言えば当然だな)
今更ながらにそう気付いたキャメロットは情報端末に表示された案件処理を中断して姿勢を正し、最も信頼している側近達を見つめた。
ランデルとオルドーは雰囲気を一変させた主に気圧され、無言でその言葉を待つしかなかったのである。
※※※
領袖と仰ぐモナルキアと今後の対応を話し合ってからの一週間は、目まぐるしく変化する状況に銀河連邦そのものが翻弄され続けたと言っても過言ではない。
エスペランサ星系(アルカディーナ星系)へ派遣した討伐艦隊との交信が途絶して安否が気遣われる中、実質的に銀河連邦評議会の支配下にあったファーレン王国とランズベルグ皇国に対する梁山泊軍の強襲が明らかになり、同時に両国の支配権が奪還されたとの報が入った。
然も、そのタイミングで発せられた白銀達也からのメッセージが、銀河ネットを牛耳る三大ネットワーク全ての代表者らとの対談という形で為されたものだから、混乱の渦中にあった連邦評議会は対応が後手に廻り、それを阻む術はなかったのである。
その結果、この放送は銀河連邦評議会に参加している全ての国家で視聴可能となり、多くの民衆の前で状況が詳らかにされるという最悪の展開になってしまった。
銀河連邦軍艦隊五万隻とグランローデン帝国軍艦隊三万隻の大部隊が、連合軍を形成してアルカディーナ星系へ侵攻して来た事。
白銀達也率いる梁山泊軍は此れらを侵略行為と認定し、自衛権を行使して迎撃戦を敢行した事。
その結果、地球統合軍艦隊を撃破し、五百万人にも上る軍人を捕虜として拘留している事。
グランローデン帝国軍艦隊については停戦交渉が成立し、既に母国へ向けて帰還の途にある事。
ファーレン王国とランズベルグ皇国へも艦隊を派遣して奪還作戦を決行し、無事に作戦を完了して両国が真の独立を回復した事。
そして、つい先日だが、惑星セレーネを母星とした『アマテラス共生共和国』が建国式を執り行い、晴れて正式に国家として独り立ちした事。
同時にファーレン王国とランズベルグ皇国の両国との国交を樹立し、通商並びに安全保障条約を締結した事……等々。
白銀達也が自ら語る内容は一瞬で銀河系の隅々にまで伝播し、ありとあらゆる人々に衝撃を与えたのは確かだが、それは必ずしも好意的に受け入れられた訳ではなかった。
今回の討伐艦隊に志願参加した貴族らを主とする家々にとっては、この不本意な結果は正に青天の霹靂以外の何ものでもなく、捕虜になったであろう主の安否と、家名に対する今後の処罰を深慮して戦々恐々の事態へと陥っている。
当然ながら、連邦評議会は濁流の如くに押し寄せて来た貴族家からの問い合わせの対応に忙殺され、通常の業務も儘ならないほどの混乱に見舞われており、現在もその状況は続いていた。
事前にモナルキアと段取りをつけていたのが幸いし、すぐさま『捕虜の解放には万難を排して当たる』との大統領令を発布できた事もあり、事態は鎮静化に向かいつつあるが、状況を楽観視するには至っていない。
何よりも元七聖国でもあり、民衆からの支持が高かったファーレン王国とランズベルグ皇国の支配権を喪失したのは痛手だった。
何故ならば、これによって『反銀河連邦』を旗印にした敵対勢力が台頭する可能性が現実のものとなるからだ。
然も、それは想像の範疇に止まらず、近い未来に現体制の前に立ちはだかるのは確実だと言っても過言ではないだろう。
それが、モナルキアら政権中枢を牛耳る面々の最大の懸念だった。
そして、民衆の中にも治安の乱れや不穏な世相を好まない人間が数多と存在するのは当然であり、彼らの中には今回の騒乱の引き金を引いたと目される白銀達也なる人物に対し、少なからぬ悪感情を懐く者が居るのも確かなのだ。
だが、そんな人々でさえもが、対談の窓口となった三大ネットワーク各CEOらと達也との質疑応答に釘付けになったのはいうまでもないし、その結果として銀河系全体が、実に騒がしい状況を呈しているのは紛れもない事実だった。
※※※
「前にも言ったが、白銀達也の行動で我々が不都合を被る事はない。尤も、モナルキアら貴族閥の連中にとっては看過できない災厄ではあるだろうがね」
キャメロットは簡潔に説明したが、その程度の言葉でランデルとオルドーが納得する筈もない。
「キャメロット様はそう仰いますが、調子づいた梁山泊軍が、周辺の諸国家を切り従える様な事態になれば厄介極まりないです! 辺境宙域に配備されている艦隊には、民生派の司令官らも多く配属されています。そんな者達と白銀達也が手を結んだりすればッ!」
「貴族閥内の引き締めも上手くいくかどうか……捕虜らの解放交渉が難航すれば、敵勢力へ独自に接触を図る大貴族家もでないとは言えないでしょう……白銀達也は奸智に長けた男です。此方の弱味を見過ごすとは思えません」
ランデルに続いて日頃冷静なオルドーまでもが焦慮を滲ませた諫言を捲し立てるが、キャメロットは軽く吐息を漏らしてから口を開いた。
「誤解のないように言っておくが、モナルキアを筆頭にして貴族閥の面々の役割は既に殆ど終わったよ……残っているのは、彼らが執着して来た銀河連邦にその身を捧げて奉公する事のみだ」
その言葉を聞いた腹心らが表情を強張らせるのを黙殺したキャメロットは、口元に冷淡な笑みを浮かべて話を続ける。
「捕虜になっている貴族らが今後どうなろうと気にする必要はない。まあ、手駒たる新兵器が減るのは痛いが、今残っている連中だけでも当面の戦局を賄うには充分だろう?」
「そ、それではッ!? いよいよ我々が決起する時が来たのですねッ!?」
険しい表情を一変させたランデルが喜色を滲ませて声を弾ませたのを、キャメロットは頷きを以て肯定する。
「アスピディスケ・ベースとティベソウス王国の中枢と主要施設並びに部隊は、我々の仲間が掌握済みだし、八大方面をそれぞれに統括している総司令部にも息が掛かった者達が潜り込み、決起と同時に中枢指令系統を奪取する手筈は整っている……今更分遣艦隊の動向など枝葉末節でしかない。どう見積もっても敵の戦力は二千から三千が関の山だろう。捕虜から寝返った者を拿捕した艦船に乗せて戦力化しようにも、既存の部隊との連携を図るだけでも相当な訓練と習熟期間が必要なのは自明の理……早々に戦力の増強を図るなど絵に描いた餅でしかないよ」
キャメロットの言葉は現状の追認に他ならないが、待ち侘びた決起が間近だとの前提を踏まえれば説得力はある。
そうなれば、現在銀河連邦という巨大組織を牛耳っている貴族閥は無用の長物となり、その存続を気に掛ける必要も、それらを粛清するのを躊躇う理由もない。
それは、貴族閥を形成する者達が、キャメロットにとっては自らの野望を実現する為の道具に過ぎない存在であり、その有用性が切れた事を彼自身が認めた証でもあるが、オルドーは一抹の不安を払拭できずにいた。
盟主である彼の決断を知れば、真の忠誠を偽って軍の各所に潜んでいる仲間達は欣喜雀躍するのは間違いないだろう。
それは、先程まで不安に押し潰されそうな顔をしていたランデルの燥ぎっぷりからも容易に想像できるし、オルドー自身も漸く訪れた好機を前にして心が逸るのを否定できないのも事実だ。
だが、それでもだ……。
それでも、白銀達也という男が、何とも不気味なものに思えて仕方がないのだ。
それが偽らざる本音であり、だからこそ、盟主の考えに賛意を示しながらも懸念を口にせずにはいられなかったのである。
「キャメロット様のお考えは正しいと存じますが、白銀達也を侮るべきではないと私は愚考いたします。貴方様に御納得いただける明確な根拠がある訳ではございませんし、私の勘でしかありませんが……あの男を軽視するのは危険です。これまでの事を思えば奴が生きている事自体が有り得ない……白銀達也こそがアンタッチャブルだと思えてならないのです」
自らの諫言が敬愛する主の気分を害するものだとの自覚はオルドーにもあるが、現実に白銀達也という存在を軽視した者達の憐れな末路を思えば、杞憂だと一笑に伏すのは危険だとの不安が彼にはあった。
隣で直情径行な相棒が不愉快そうな表情をしているのは分かっていたが、それでもオルドーはこの懸念を軽視できずに直言に及んだのである。
だが、キャメロットから返って来た反応は、ある意味で彼らの思惑を裏切るものであり、特にランデルなどは困惑を露にしてしまう程だった。
「アンタッチャブとは上手い事を言うが心配には及ばない。彼に対する警戒は些かも変わってはいないよ。あの男こそが最大の障害であり、必ず打倒しなければならない敵なのも間違いない……だが、それと同時に、私にとっては最大の理解者なのかもしれないがね。尤も、最終的に互いを理解しあえるかは甚だ疑問だが」
まるで禅問答の様な物言いに理解が及ばないランデルとオルドーは、何処か陶然とした表情をする盟主の真意を図り兼ねてしまう。
だが、直ぐに何時もの感情を消した表情に戻ったキャメロットは、これまた何時もの淡々とした口調で命令し、困惑するふたりにそれ以上の思考を許さなかった。
「決起の時は近い。例のユニットを活用した“ナイトメア”と“ユニコーン”の準備を急ぐのだ。ユニット用の生態サンプルは直に大量に手に入るから心配はいらない。当面気にするのはファーレンとランズベルグの動向だけだ……必ず動きがあるだろう。我々が決起するのはその内容を見定めてからになる。各地で待機している仲間達との連絡も密に……逸って暴発しない様に念を押してくれ」
そう告げたキャメロットは再び情報端末に視線を戻して仕事を始める。
それは、この場での話し合いが終了した事を意味し、ランデルとオルドーは一礼してから退出した。
「心配のし過ぎだぞ、オルドー。如何に優秀な男とはいえ所詮は数千隻の戦力しかないのが実情だ。本気になった我々が恐れる必要はないさ」
「その数千隻しか戦力を持ちえない男が、八万隻を相手取って勝利を収めた以上、決して侮るべきではない……しかし、俺は安心した。少なくともキャメロット様は白銀達也を軽視してはいない」
「そうだな……だが、頼もしくはあるが、俺には何かしらの執着を懐いているように思えてならない時がある。キャメロット様にとって白銀達也という男はどういう存在なのか……」
それぞれの役目を果すべく決意を新たにする二人だったが、その胸中には何とも言い知れない不安が芽生えていた。
そして、それは強ち杞憂ではないのかもしれない……。
オルドーは最後までその懸念を払拭できなかったのである。
(我々が進むべき道はキャメロット様が御示し下された……しかし、その羅針盤の針が指し示す先が光ある世界か闇夜の世界か……俺の様な小人には考えるだけ無駄なのかもしれないな)
隣を歩く相棒にも聞こえない様にオルドーは心の中で溜息を零すのだった。
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【いただきものFAの紹介です】
先日、瑞月風花 様(https://mypage.syosetu.com/651277/)からFAを頂戴いたしました。
タイトルは【ユリアちゃん、さくらちゃん、ティグルくん】です。
これは第二部第十話『子供達は大冒険という名の反乱を起こす①』の時の三人ですね。
仲の良い様子と悪巧みをしている様子が可愛らしいです。
瑞月風花様。この度は本当にありがとうございました。【桜華絢爛】
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