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第六十九話 建国の日 ③

(助かった? いえ……助けられたの?)


 目まぐるしい展開に茫然(ぼうぜん)と立ち尽くすしかないシレーヌは、目の前で起きた状況に理解が追い付かなかった。

 理不尽な物言いで罵倒して来た相手に立腹し、つい厳しい言葉で威嚇する様な真似(まね)をしてしまったが、それが間違っていたとは思っていない。

 このセレーネに生きるアルカディーナ達にとって、白銀達也という存在は感謝と敬愛の念を捧げるに足るものであり、だからこそ、それが些細(ささい)な誹謗中傷だったとしても、決して許せるものではないのだ。

 しかし、その義憤に駆られた行動の結果、激昂した相手が武器を()(かざ)して襲い掛かって来るとは思わず、虚を衝かれたシレーヌは無防備な姿を晒してしまった。

 黒光りする凶器が自分目掛けて振り下ろされるさまを、まるでスローモーション映像を見ているかのように知覚はしたが、如何(いか)に反射神経に優れている獣人とはいえ、戦士でもない彼女に回避しろというのは難しいと言わざるを得ないだろう。

 そんなシレーヌにできたのは、瞳を閉じて恐怖から逃れるという消極的な自衛策だけであり、当然だが襲い来る理不尽な暴力が無に帰す筈もない。

 だが、激しい痛みに見舞われるのを覚悟したにも(かか)わらず、凶器によって身体を打ち据えられる事はなく、その代わりに耳朶に飛び込んできたのは、誰のものかは分からないが、強い怒りを滲ませた大喝だった。


「おまえ達の様な恩知らずに生きている価値はねえな。その下衆(げす)な性根を叩き直してやるから、命が要らねえ奴から掛かって来いッ!」


 その物騒な物言いに驚いて目を開けたシレーヌが見たのは、暴漢の前に()(ふさ)がり、繰り出された手首を掴んでいる男性の広い背中だった。

 それが(かつ)て一度だけ目にした光景と重なって見えてしまい、強い既視感によって心が過去へと導かれる。

 そして、今も忘れられない言葉が鮮明な色を(まと)って脳裏に蘇ったのだ。


『もう大丈夫だよ……君達は私が護るから。子供達と一緒に下がっていなさい』


 あの災厄を(もたら)した怪物への生贄となり、まさに殺され様とした刹那に颯爽と現れて、危地から救ってくれた恩人が口にした優しい言葉。

 そして、その時に見た大きくて(たくま)しい背中が、今また目の前にある……。

 そんな不思議な錯覚に陶然となるシレーヌだったが、彼女とて、あの頃の無力な存在ではない。

 アナスタシアや長老衆からの薫陶を受けるという幸運に恵まれたとはいえ、自分なりに努力したとの思いもあるし、若手の中心メンバーとして経験を積んで来たという自負もある。

 だからこそ、事態を収拾する為にも、これ以上の混乱は不味いと考えた彼女は、自分を(かば)ってくれている男性に自制する様にと懇願したのだ。


「あの、手荒な事はなさらないで下さい。助けて頂いた事は感謝しますが、私どもは力ずくでの解決など望んではいません。この星で共に在る以上、(たと)え相手がどの様な方だとしても、理解する為の努力を放棄してはならない……それが、白銀様の御意志でもありますから……」


 自分が口にした想いこそが、この星の正しい理念だとの強い確信はある。

 だが、それでも語尾が弱々しくなったのは、助けてくれた恩人に対して生意気な物言いをしたという負い目からか、それとも、驚いて振り向いた青年と、その澄んだ瞳に見入ってしまったからか……。

 しかし、そんな葛藤を持て余すシレーヌを置き去りに、事態は益々混迷の度合いを深めるのだった。


             ◇◆◇◆◇


 背後の獣人女性から(たしな)められたヨハンは、その余りにも寛容過ぎる忠告に驚いてしまったが、何処(どこ)か申し訳なさそうな彼女の眼差しを見れば、内心の(いきどお)りが急速に冷めていくのを自覚せざるを得なかった。

 現状では各人種の寄せ集めでしかないこのセレーネが、近々建国宣言して正式な国家として歩み始めるのは知っていたし、その国是に『共生』という理念を掲げるのにも、大いに共感できると思っている。

 基本的に余所者でしかない自分でもそうなのだから、新政府の関係者だと一目で分かるこの獣人女性が、その理念に反して暴力による解決を公言した自分を(たしな)めたのは、至極当然の事だと素直に納得できた。

 だからこそ、同胞達の心無い暴挙に激昂し、無様にも感情を(あらわ)にした己を恥じたヨハンは、不安げな眼差しでこちらを見ている女性の諫言(かんげん)を受け入れたばかりか、逆に彼女を気遣う余裕を持てたのである。


「分かっているよ。白銀提督やクレアさんの想いに泥を塗る様な真似(まね)はしないさ。それよりも、あんたは怪我はなのかい?」


 そう問われた女性が、その表情に驚きと戸惑いの色を浮かべながらも頷いたのを見たヨハンは、口元を(ほころ)ばせてから頷き返すや、今度は表情を厳しいものへと変えて再び眼前の男達を見据えた。

 リーダー格の男は手首を掴まれながらも懸命に(あらが)っているが、軍人として鍛えられているヨハンにすれば、その程度は抵抗と呼べるレベルですらない。

 とは言うものの、物騒な得物を振り回されては(ろく)に話もできないと思い、掴んでいる手首の関節部を軽く(ひね)ってやった。


「ぐわぁッ、ぎゃあぁぁッ!」


 たったそれだけで大袈裟な悲鳴を上げた男が電磁警棒を取り落とすや、床に落ちたそれを()かさず軍用ブーツの爪先で遠くへと蹴り飛ばす。

 すると周囲の人波から歓声が上がり、ほぼ同時に我に返った警備兵らが、職務を遂行するべく陣形を組み始める。

 だが、必要以上に騒ぎを大きくするのはヨハンの本意ではなく、掴んでいた手首を離してやると、騒動を鎮圧するべく警備兵達が前に出ようとした。

 しかし、それを片手で制したヨハンは、先程までの激昂ぶりが嘘の様に落ち着いた素振りで彼らへ要請する。


「あなた方の職務を妨げる気はないが、此処(ここ)は彼らの同胞である俺に裁定を委ねて貰えないだろうか? こいつらに非があるのは明白だし、同じ地球人として仲間が皆こんな連中ばかりだと思われるのは心外だ。汚名を(すす)ぐ機会をくれないか?」


 その物言いには取り立てて相手を威嚇する様なものは感じられなかったが、丁寧な言葉使いとは裏腹に秘めた威圧感は半端(はんぱ)なく、一端(いっぱし)の軍人だと自負している空間機兵の面々でさえも、前に出るのを躊躇(ためら)わざるを得ない程だった。

 要求が受け入れられたのを確認したヨハンは軽く頭を下げて謝意を示すや、眼前に(たむろ)する男達を睥睨(へいげい)しながら前へ出る。

 警備を(にな)う空間機兵らが覚醒して事態に備えているのだから、男達の暴挙が(まか)り通る事はないだろうが、万が一にも背後の獣人女性に危害が及んでは(たま)らない。

 だから、率先して前に出て距離を取ったのだ。


「さて、この辺りで良いだろう。おまえ達のくだらなさを矯正してやろうと思っていたが、どうやら暴力は厳禁らしい。あの女性に感謝するんだな」


 ヨハンの言葉に表情を(ゆが)める男達。

 自分達より年下だと分かる相手から見下されたと思ったのか、その双眸には激しい憤りが滲んでいる。

 ヨハンとて自分が思慮に欠ける人間だという自覚ぐらいはあるが、これ程までに傲岸不遜(ごうがんふそん)で無分別な連中と同列扱いされるのだけは御免被りたいと強く思った。

 それは、命からがらこの星に辿り着いた他の同胞らも同じだろうし、実際にこの連中の所為(せい)で肩身の狭い思いをし、(ろく)に街へも出られない者達が大勢いるのだ。

 だが、自分達の愚かな主張が同胞の迷惑になっているとは露にも思わない連中は、()も当然の様な顔をして声を荒げた。


「くだらないとは何たる()(ぐさ)だ! その生意気な物言いから察するにキサマも我々と同じく地球を追われたのだろうがッ!」

「そうだっ、俺は知っているぞ! オマエは軍司令官の息子だろう!? ならば何故(なぜ)我々の邪魔をする? オマエが為すべきは、その傲慢な獣人女の過ちを正して我らの意を受け入れさせる事だ! 違うのかッ!?」

「その通りだ! 第一軍人ならば、今こそ我らが復権して返り咲く千載一遇の好機だと分かるだろう!? 帝国の後ろ盾を失くした統合政府など恐れるに足らんッ。今すぐ大艦隊を(もっ)て太陽系へ侵攻すれば、地球の実権を握るのも夢ではない!」 

「そもそも我らが地球から脱出せざるを得なくなった原因を作ったのは、白銀達也ではないかッ! 奴が中途半端に帝国を挑発した挙句、銀河連邦にまで牙を剥いた所為(せい)で、我々はそのトバッチリを受けているのだ!」

「そうだッ! 土星宙域戦に勝った勢いに乗じてバイナ共和国を征服していれば、その後の帝国からの圧力はなかっただろうし、銀河連邦軍に対しても反乱等という馬鹿な真似をしなければ、地球が連邦評議会から排除される事もなかった!」

「全てはあの男の浅慮で身勝手な行動が原因で我々が窮地へ追いやられたのだ! ならば、我らが地球へ帰還するのを快く思わない連中を駆逐する為に力を貸すなど当然だろうが!」

「この星の初代大統領を務めるのはあの男の女房だと聞いているぞ。ならば、その女も地球人じゃないかッ! 何故(なぜ)我々の要求を聞き入れないんだ!? 同じ地球人ならば、我々の為に便宜を図って(しか)るべきだ!」


 口々に(まく)し立てる男達の言い分には、流石(さすが)のヨハンも呆れる他はなかった。

 どれだけの勘違いを重ねれば、恥ずかしげもなく厚顔無恥(こうがんむち)を絵に描いた様な妄言を吐き散らせるのだろうか。

 元々が地球圏を脱出して逃避行を開始した時から騒々しい連中だった。

 太陽系からの退避には自らも賛成したにも(かか)わらず、事ある毎に文句を並べては(まと)め役らと悶着を起こす。

 その癖に事態を打開する方策も持ち合わせず、実現不可能な理想論を語るのみ。

 (しか)も、威勢が良いのは口先だけらしく、戦闘時は船倉に引き籠って震えていたと妹達からも聞いていた。

 窮地から救って貰ったばかりか、行き場を失くした自分らに安住の場所と物資を無償で支援してくれた恩も忘れた挙句、無知蒙昧(むちもうまい)戯言(ざれごと)を並べて自分らが正しいと()(つの)る。

 こんな身勝手な連中が同胞だとは、断じて認める気にはなれなかった。

 第一こちらが黙っているからか、自分達がどれ程に不味い事を口走っているかさえ、(つい)ぞ気付かない様だ。


(馬鹿な連中だ。白銀提督とクレアさんの悪口を言えば、アルカディーナ達を怒らせるだけだと分かりそうなものだが……)


 先程から倍する剣呑な雰囲気を背中に犇々(ひしひし)と感じているヨハンは、(いま)だに(わめ)いている連中の無神経さに胸の中で溜息を吐くしかなかった。

 この儘では、警備兵らを押し留めて場を預かった意味がなくなる。

 訓練を受け実戦経験済みの空間機兵に掛れば、武術の鍛錬すら受けていない連中など一瞬で叩き伏せられてしまうだろう。

 それでは避難民とアルカディーナとの間に不協和音を生みかねないし、何よりも『共生』の理念を(ないがし)ろにして新国家の建国に水を差す訳にはいかない。

 だから……。


(やかま)しいぞ、テメェらッ! いい加減にその小五月蠅(こうるさ)い口を閉じやがれッ!」


 ヨハンの大喝は、妄言を吐き散らしていた男達を一瞬で黙らせただけではなく、彼らに対するアルカディーナ達の敵愾心(てきがいしん)をも鎮めたのである。

 そして、周囲からの視線を一身に集めるヨハンは、愚かな同胞らを見据えて(おもむろ)に口を開くのだった。


             ※※※


【頂きものFAの紹介】


前回に引き続き、今回もサカキショーゴ様(https://mypage.syosetu.com/202374/)からファンアートを頂戴しました。

挿絵(By みてみん)

タイトルは『白銀三姉妹』

真ん中にマーヤを挟んでいるユリアとサクヤという構図で、姉妹仲の良い三人の様子が良く描かれていると喜んでおります。(勿論、達也とクレアがですよ)

サカキショーゴ様、この度は重ね重ねの御厚情ありがとうございました。

尚、桜華絢爛の活動報告にも載せておりますので、御気が向かれましたらお訪ねいただけたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] こいつら戦局が全く見えていないし見ようとも思わないんでしょうね。地球独立だけじゃなくて土星圏を支配しようだなんて……やれと主張している事が銀河連邦やかつての帝国と同じだって気付いているのかな…
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