第六十八話 明日へ ①
リオン皇帝薨去すの一報が伝わるや、帝国軍残存艦艇は次々に降伏勧告を受諾して武装解除に応じた。
最後まで抵抗を続けていたシグナス教団の神衛騎士らも、その殆どがクラウスとバルカ率いる空間機兵団に討ち取られてしまい、進退窮まった教皇ニコライ・ハインリヒ3世は失意の中に己が野望の終焉を知るのだった。
これによりアルカディーナ星系戦役は完全終結し、戦力的に圧倒的に不利だった梁山泊軍の勝利で幕を閉じたのである。
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戦闘の終結から早くも二時間余りが経過しており、星系内の環境維持システムが停止された為、戦場となった宙域は静謐を取り戻している。
とは言うものの、周囲の静けさとは裏腹に戦後処理は喧騒の只中にあると言っても過言ではなく、捕虜とした銀河連邦軍艦隊並びにグランローデン帝国軍艦隊への対応に梁山泊軍首脳陣は忙殺されていた。
但し、達也にはグランローデン帝国軍艦隊をどうこうする気はなく、その処遇はセリスに一任すると最初から決めている。
今回の遠征に参加した艦隊と将兵達は、現在も混乱を極めている帝国を救うには必要な戦力であり、騒乱鎮静後の復興には無くてはならない存在だ。
だからこそ、一刻も早く残存艦艇を再編成して帝星アヴァロンへ帰還させなければならず、その為に必要な準備が現在急ピッチで進められていた。
リオン皇帝に迎合し、その権力に群がった貴族の多くが今回の遠征に帯同しており、その事実を告発された彼らは、ハインリヒ教皇と同じくアヴァロンへと護送され、後日裁きの場に立たされる事になる。
また、艦隊の中でも良識派で知られる幕僚や艦長達にはセリス自身が直接面談し、今後困難が予想される帝国再建に協力するよう要請している最中だった。
勿論、生き残った将兵の中には害意を秘めている者が居ないとは言えず、護衛役としてクラウスとバルカを帯同させている。
残る問題は味方の陽電子砲で損害を被った艦艇の処分と負傷した将兵への対応だが、それは梁山泊軍の方で請け負う事とし、傷ついた将兵については回復するまでセレーネで治療に専念して貰い、全員が快癒した後に修理が完了した艦艇で帝国へ帰還させると決めた。
そして、それらの対応と並行し、各艦への補給作業が行われているのだ。
その一方で達也とエレオノーラはセレーネの軍本部で指揮を執っていたラインハルトと協力し、生き残った銀河連邦軍艦隊への対応に当たっていた。
「無傷か小破の状態で鹵獲された艦艇が四万弱。負傷者を含め投降に応じた将兵が五百万という所かな。その半数以上がモナルキア派に所属する貴族連中とその家来だよ」
辟易とした口調でそう報告したのはラインハルトだ。
艦隊旗艦 大和に戻った達也は、専用回線を使ってラインハルトとエレオノーラとの協議に臨んだのだが、ある程度は覚悟していたとはいえ、半端ない数に上る捕虜の処遇には頭が痛くなる思いだった。
短期間で修復可能なものを含め、鹵獲した艦艇の使い道には腹案があるため何ら問題はない。
寧ろ、それを見越して弩級戦艦以外の戦力を極力撃破しない様にと徹底させたのだから、四万隻のお宝ゲットは正に想定内だと言える。
だが、捕虜となった将兵の処遇については、収容施設のキャパシティや必要とされる食料等の問題を無視する訳にもいかず、収監が長期化すれば、生活物資の緊急増産も視野に入れなければならないのは言わずもがなだ。
幸いにも現在のセレーネ星は極めて人口が少なく、自然環境保護の為に地上では最低限度の第一次産業しか行われてはおらず、農業、水産業、酪農等の主力産業は、衛星軌道上に設置された大型コロニーに託されている。
その為、今すぐ食料が不足するという事態は考え難いが、それでも捕虜達の拘留期間が長引けば、万が一の事態に備えて推し進めている食料品の備蓄計画にも支障が出るのは避けられないだろう。
捕虜の中には嘗て達也の下で共に戦った者達もおり、説得に応じて力を貸してくれる者もいるかもしれないが、手柄欲しさに参戦した貴族やその配下などは、只の大飯喰らいと化す可能性を否定できなかった。
とは言え、解放しても再度戦場へと駆り出されるのが関の山であり、次戦以降は相当の激戦を覚悟しなければならない梁山泊軍にとって、敵戦力の増強は甚だ面白くないのも事実だ。
「いっそ非協力的な貴族連中だけでもスクラップ間際の艦に詰め込んで、ランツェにでも突っ込ませたらどうよ?」
「おいッ! 物騒な事を口走るんじゃないッ、エレンッ!」
ウンザリしたと言わんばかりに投げ遣りな意見を述べるエレオノーラと、真剣な表情で彼女を戒めるラインハルトの遣り取りには、達也も苦笑いせざるを得ない。
投降した者達には簡単な身体検査と身上調査が施されたのだが、まさか、貴族とその家臣達だけで捕虜の半数にも上るとは思ってもみなかったのだ。
銀河連邦軍に属する貴族将校達は正式な階級こそ有しているものの、名誉任官の色合いが濃く、陸な訓練さえ受けてはいない。
そんなレベルだから真面な指揮など望むべくもなく、然も、その家来に至っては貴族らの私兵に過ぎないという有り様であり、組織だった艦隊行動を実践するなど夢のまた夢という為体だった。
本来ならば名誉司令官か督戦武官として少数の従軍が認められるのが常なのに、艦隊構成人員の半数を練度の低い者が占めるとなれば、それはもう、狂気の沙汰だと言う他はなく、だからこそエレオノーラやラインハルトは憤慨しているのだ。
「自軍の五万隻に対して敵が数千隻程度の寡兵と聞いた連中が、挙って参陣を願い出た結果だな。真面に戦った経験もない貴族達にしてみれば勝利は確約されたようなものだし、楽して手柄を手に入れ、新政権の中で少しでも上位の椅子を確保したい……そんなところだろう」
貴族閥に属している面々のさもしい下心を達也が解説すると、憤るだけ馬鹿々々しいと思ったのか、ひとつだけ溜め息を零したエレオノーラが肩を竦めて見せた。
「まぁ、陸に回避行動も取れない無能者が相手で助かった訳だから、私達が文句を言う筋じゃないのは分かっているけどね。それで、実際の所はどうなのよ?」
そう問われたラインハルトも何時もの表情に戻って答えを返す。
「貴族閥の連中と家臣らはニーニャの収容施設へ、その他の正規将兵はセレーネの極北地にある大規模避難シェルターに収監しよう。あくまでも一時的な処置だが、我が軍に参戦を希望する兵を募った後、拒んだ者達は一括して農業プラントコロニ─に放り込んで生産作業に従事して貰うさ」
「……つまり、自分の食い扶持は自分で賄えと?」
「当然だ。“働かざる者喰うべからず”と言うだろう」
シレっとした顔で何気に厳しい処置を口にするラインハルトに、エレオノーラも苦笑いするしかなかった。
とは言うものの、現状ではこれ以上の妙案がない為、達也もラインハルトの提案を承認せざるを得ず、最大の懸案事項に目途を付けた三人は、引き続き別件の討議に移る。
「近隣の宙域にある転移ゲートの攻略はどうなっている?」
「既にイ号潜艦隊から三つのゲート全てを掌握したと報告が入っているよ。これで銀河連邦軍がアルカディーナ星系を急襲するのは不可能になった。主要航路と周辺宙域には、複数のイ号潜部隊を配備して警戒監視に当たらせるつもりだ」
ラインハルトの答えに頷いた達也は、今度はエレオノーラに命令した。
「懸念する必要はないと思うが、万が一の事態に備えて派遣艦隊の編成を急いでくれ。ファーレンとランズベルグでの奪還戦の戦況が思わしくなければ、急ぎ援軍を増派しなければならないからな」
この時点で両七聖国奪還作戦は味方の大勝を以て終結してはいるのだが、近隣の転移ゲートで混乱が生じたが為に、そのシステムに便乗した超高速通信も使えなくなっており、未だ吉報は届いていない。
事前の打ち合わせでも、ファーレン星奪還については不安要素はないとの判断が示されていたが、レイモンドやソフィアら皇族が残っているランズベルクについては、その成否は五分五分だとの厳しい意見が相次ぎ、決して楽観視できる状況ではなかった。
それ故に万が一にも奇襲作戦が失敗したならば、皇王家の人々の救助を優先し、レイモンド前皇王や老公の身柄を確保した時点で無理攻めはせず増援の到着を待てと、ケイン皇太子やサジテール司令官には作戦説明の場で念を押してある。
だから一報が入り次第すぐに行動できる様にと準備を促したのだが、その程度の事など想定済みのエレオノーラは、然も当然だと言わんばかりに状況を報告した。
「既に金剛、比叡、榛名、霧島の大和型四隻を主軸とした第五遊撃部隊を編成済みよ。随伴艦は鳥海、最上、鈴谷、三隈の主力護衛艦に汎用型護衛艦二十隻を付け、補給が終了次第進発して転移準備に入らせるわ」
「いいだろう。今回の敗北は銀河連邦にとっては想定外の結果に他ならないだろう。中央司令部だけではなく各方面司令部も混乱は必至だ。勿論、評議会に加盟している諸国家もね。その動向を探るよう各地に潜伏している情報員に指令を頼む」
ラインハルトが頷いたのを見て小さく息を吐いた達也は、僅かに表情を綻ばせて言葉を続ける。
「帝国艦隊は補給が済み次第、航行可能な全艦艇をアヴァロン本星へと帰還させる。しかし、艦隊将兵の身上調査が充分とはいえない以上、セリスを帝国軍艦艇に乗艦させるのは不味い。アングリッフ元帥の下までは我が艦隊で護衛した方が良いだろう……エレン、君の所の第二艦隊に頼んでも良いか?」
「また随分と慌ただしいわねぇ……殿下を護衛してアヴァロンまで御連れするのは構わないけれど、クレアや子供達には別れの挨拶もなしなの? 第一、サクヤ姫やバーグマン伯爵夫人はどうするのよ? まさかセレーネに残した儘にするつもりじゃないでしょうね?」
余りにも薄情だと憤慨するエレオノーラに、笑みを深くした達也は首を振る。
「心配しなくていい。うちの女房殿に抜かりはないよ」
その言葉が終るのと同時にオペレーターが声を上げた。
「本艦に接近する護衛艦アリ。艦名 大淀……あっ! 提督、奥様から通信が入っています。“我接舷を望む”以上です!」
どうやら達也の予想が的を得ていたと知ったエレオノーラは、“あの朴念仁だった野暮天にしては上出来よね”という失礼な感想を懐いたのだが、言葉にして顰蹙を買う様な愚は犯さなかったのである。




