第六十六話 兄と弟 ④
ランズベルグ皇国とファーレン王国の解放、そして、アルカディーナ星系に於ける迎撃戦は、想定した戦果を達成しつつ佳境へと向かっていた。
寡兵であるにも拘わらず、兵力の分散という愚を犯した梁山泊軍が負けていてもおかしくはなかったのだが、地の利と味方将兵の高い練度、そして、自軍の戦力を過信した敵の驕りにも助けられ、最小の犠牲で最高の結果を得んとしているのは、まさに僥倖だったと言う他はないだろう。
だが、本作戦の最重要目標であるリオン皇帝の討伐が残っている以上は、安易に喜ぶには早過ぎるのも確かだ。
ここで気を緩めて皇帝を取り逃がしでもすれば、“画竜点睛を欠く”という無様な結果にも為りかねず、それは、達也にとっても好ましい事ではなかった。
銀河連邦は元より、グランローデン帝国と比しても総合力で劣る梁山泊軍に余力はなく、ただ一度の敗戦が挽回不能な事態を招く恐れは否定できない。
当然だが、連邦と帝国を敵に廻し二面同時作戦を維持するなど不可能と言わざるを得ず、だからこそ、何としてもこの局面でリオン皇帝を打倒し、帝国との戦闘だけでも終止符を打つ必要があった。
それを実現してこそ、対銀河連邦戦での勝利が見えて来るのだから。
だが、それでも、自分がやっている事は本当に正しいのだろうか……。
達也はそう思わずにはいられなかった。
(兵法と言えば聞こえは良いが、所詮は人の心の隙間や油断につけ込む謀略だ……そこに正道はないし、決して人に誇れるものでもない)
計略を巡らせて戦いを有利に進める行為を達也は否定してはいない。
護らねばならない者達や部下将兵の命が懸かっている以上、綺麗だ汚いだという次元で戦略を語るのがナンセンスなのは充分に理解していた。
だからこそ、悲劇を誘発すると分かっていながら、故意に帝国軍艦隊を追い詰めているのだ。
それが如何なる結果を招くかは承知しているが、だからこそ、自分がひどく薄汚いものに思えて遣る瀬ないのである。
「まったく……俺らしくもないな」
格納区画へと向かう途中で口を衝いて出た弱音に達也自身が驚いてしまった。
幸いにも周囲には誰もおらず、無様な姿を見られずに済んだと苦笑いしたのだが、そうそう都合良くはいかないようで……。
「本当にらしくもないわぁ~。でも、そんな弱さを持っているからこそ人間なんでしょう? まあ、アンタの可愛い所を発見した私としては、凄く嬉しいけどね」
そんな意地の悪い台詞を嬉々として宣う声の主に思い至った達也は、まずい奴に見つかったとゲンナリするしかない。
然も、続いて顕現したポピーが当然の様な顔をして右肩へ降り立ったものだから、気恥ずかしさも相俟って少々自虐的な言葉が口をついて出てしまう。
「褒め言葉だと思いたいが、三十歳を超えたオッサンには似合わないから、可愛いは勘弁してくれ。それに、人の心を読むのは感心しないな」
「あっははは! アンタでも照れる事があるのねぇ~~。今度クレアに言いつけてやろうかしら?」
何処か不貞腐れた表情で睨んで来る達也の物言いが可笑しかったのか、声を上げて笑み崩れるポピー。
しかし、直ぐに物憂げな表情を浮かべた彼女は、声のトーンを落としてポツリと呟いた。
「別にアンタの心の中を覗いた訳じゃないわ。ランツェもよく同じ顔をしていたなと思ってね……」
その顔は全てを悟った超越者のものではなく、虚しさを知る人間のものと大差はない様にも見えてしまう。
「大切な者達を護りたいから戦う。でも、戦いは敵も味方も大勢の人間に死を齎すわ。正しいと信じた事をやっている筈なのに、その結果が無残なものでしかないと知ったランツェは、最後には壊れてしまった……」
ポピーにとってその事実が如何に無念なものだったかは想像に難くない。
掛け替えのない戦友を喪えば、それが超常の存在たる大精霊であっても、人間と同じ様に悲しみからは逃れられないのだ……。
そう理解した達也は、知らず知らずのうちに口元を綻ばせていた。
だがそれは、最後まで戦い抜いた嘗ての英雄に対する素直な称賛であり、自分と同じ戦士へ懐いた尊敬の念に他ならない。
決して、掛け替えのない友を喪って悲しむポピーを嗤った訳ではないのだ。
奇しくも同じ業を背負って同じ道を辿っているからこそ理解できる何か……。
ランツェ・シュヴェールトという英雄が最後の瞬間に何を思ったのか……。
その真意が分かる様な気がした達也は、まるで諭すかの様にポピーへ告げた。
「それでも、悔いはなかったと思うよ……人を憎み、世界をも憎んだかもしれないが、大切な者達を得た事に変わりはないんだ。それは死んでも失われはしない……今頃はセレーネとニーニャ……家族三人で穏やかな時の中にいるさ……きっとね」
自然と口を衝いて出た言葉が妙に面映ゆく感じられたが、それはポピーも同じだったらしく、呆れが混じった声音で憎まれ口を叩いてみせた。
とは言うものの、それが照れ隠しなのは一目瞭然だったのだが……。
「本当にアンタらしくもないわ。その顔でポエムを語るのはやめて頂戴。私の方が闇堕ちしそうだわ」
「言ってろ! だが、どうしたんだい? これ以上の助力は必要ないよ。ここからは、人間同士のエゴのぶつかり合いでしかない。精霊の君には不似合いな場所だ」
「う~ん。それは分かっているわ。でもねぇ、アンタ達が向おうとしている先から変な波動を感じるのよ。たぶん私と同質の存在が居る……いいえっ、囚われているみたいなの。だから、私も付いて行く事にしたのよ」
ポピー自身も明確な確証がないのか、ひどく曖昧な物言いに終始したが、それでも同行する意思は満々の様である。
精霊を傷つけられる者が居るとも思えないので彼女の身の安全に配慮する必要はないが、それよりも気になったのはポピーが察知したという存在の方だ。
そして、その正体に達也は思い当たる節があった。
嘗て、ユリアの命を狙って襲撃して来たシグナス教団からの刺客達。
そして、その神衛騎士団の騎士らの得物だった法具と呼ばれる不思議な武器。
生憎と同じ超常の力を発揮するといっても、ファーレン王国の秘宝である炎鳳とは比べものにもならない稚拙なものだったが、あの力が科学技術によって生み出されたものだとは到底考えられなかった。
(なるほど……法具とやらが精霊の力を利用しているのであれば、あの不思議な力にも合点がいくが……)
シグナス教団の教皇と複数の枢機卿、そして護衛役として神衛騎士団の上級騎士らが、リオン皇帝と共に今回の遠征に帯同しているとの情報は事前に報告を受けていた。
聖剣炎鳳や氷虎を持つ達也やクラウスならば、聖武具を操る神衛騎士ら相手でも苦労はしないだろうが、バルカ率いる空間機兵達では荷が重い相手かもしれない。
そう考えた達也は、拠点攻略用装備として開発された重機動甲冑“焔 壱式”の使用を許可し、慣熟訓練課程を修了したバルカら五名を完全武装にて投入する腹積もりでいた。
だが、敵艦内部への突入という危険な作戦内容を鑑みた時、無用なリスクを軽減できるならば、それに越した事はないだろう。
だから、達也は思案の末にポピーへ問いかけたのだ。
「もしも君の同胞が囚われているのならば、どうするつもりだい?」
「状況を確認してみないと何とも言えないわ。でも、仲間が囚われているのならば、解放して自由にしてやるつもりよ。だから、ゴチャゴチャ言ってないで、私に任せておきなさぁ─いッ!」
そう強気で宣言されてしまえば、達也もそれ以上の抗弁はできず、苦笑いしながらも了承する他はなかった。
「分かったよ、相棒殿。だが、相手は不思議な力を使う集団だからね。くれぐれも無茶はしないように」
達也から了解を得たポピーは満足げな笑みを浮かべて達也の肩の上で仁王立ち。
そうしていると、嘗てランツェと共に在った時間が蘇ったような気がして気分が良いのだ。
その感じが素直に嬉しいと思えたポピーは、言葉にはできない大切な想いを心の中で呟くのだった。
(達也……アンタはランツェと同じなのかもしれない。でもね、だからこそ、必ず生き抜いて皆の望みを叶えて欲しいの。夢見た世界を掴み損ねたランツェや仲間達の為にも……)
◇◆◇◆◇
この戦いに終止符を打つべく梁山泊軍が行動を起こしたのと同じ頃、八方塞がりの状況に切歯扼腕する帝国皇帝リオンは決断を迫られていた。
強力な乱流帯からの脱出も儘ならずに時間ばかりが経過して行く。
打てる手は全て尽くしたが結果は芳しくなく、その間に連合艦隊の一翼を担っていた銀河連邦軍は、白銀艦隊からの一方的な攻撃を受け、その戦力を維持しているとは言い難い様相を呈している。
全ての光学機器が使用不能に陥って通信も儘ならない中、明らかに降伏を受諾したものだと分かる発光信号が多数確認できる現状では、もはや同盟軍の戦力は当てには出来ないと見切りをつけるしかなかった。
然も、この苦境に更なる追い打ちを掛けるかの様に、本国でクーデターが発生したとの報が入り、自軍艦隊の混乱は一気に頂点へと達したのである。
使いものにならなかった通信機器が突如として回復した理由までは分からないが、余りにも敵軍にとって都合の良い展開が続くのをみれば、この宙域での不可解な現象の全てが仕組まれたものだと理解せざるを得なかった。
抑々が、リオンにとって政敵となり得るセリスの生存を白日の下に曝し、同時に派手な挑発行為を仕掛けて来たのは、この宙域に敵を誘きよせて一網打尽にする為の策だったのだ。
今更ながらにそう気付いたリオンは、己の不明に歯噛みしながらも決して脱出を諦めてはいなかった。
いや、諦められる筈がないのだ。
帝都でクーデーターが勃発したとはいっても、帝国が支配する全ての宙域を制覇できる程の戦力が反乱軍にあるとは思えない。
火急且つ速やかに帰国できれば状況は立て直せる……。
(その為には、打撃艦隊だけでも脱出してアヴァロンへと急がねばならない!)
この強力な乱流帯の中にあっても戦艦クラスの艦艇は辛うじて行動が可能だが、自力航行すらできない汎用型護衛艦に囲まれていては、如何に高出力を有する戦艦とはいえ身動きすらとれないのは自明の理だ。
この儘では銀河連邦軍艦隊の二の舞を踏み、彼らと同じく虜囚の辱めを受けるしかなくなるのは時間の問題だった。
(そんな屈辱に甘んじる私ではない! 私は負けぬッ! 絶対に負けぬのだ!)
最悪の未来予想図を憤怒の激情で塗り潰したリオンは、自らが欲して掌中のものとした玉座を護るべく、眦を決して非情な決断を下したのである。
「全てのケーニヒ級(帝国戦艦)は陽電子破砕砲にて活路を拓けッ! その後は、この宙域を脱し、帝星アヴァロンへと戻って賊徒共を殲滅するッ! 直ちに行動を開始せよッ!」
同様の状況に陥りながらも、辛うじて非人道的な愚行を回避した銀河連邦軍とは違う道を選んだリオン。
それが、この窮地にあって唯一の打開策だと彼は信じて疑ってはいなかったが、その決断が如何なる結末を導くかまでは、残念ながら思い至らなかったのである。
【御報告】
令和4年5月12日に、御二方様からヒルデガルドへFAを戴きましたので御紹介させて戴きます。
まずは、藤倉楠之 様(https://mypage.syosetu.com/1922367/)作。
そして、サカキショーゴ 様(https://mypage.syosetu.com/202374/)作
であります。
藤倉楠之様、並びにサカキショーゴ様には心から御礼申し上げます。
本当にありがとうございました。 【桜華絢爛】




