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第六十六話 兄と弟 ③

「提督。第二艦隊旗艦 武蔵のグラディス司令から通信が入っています」


 新大和型二番艦 武蔵には打撃艦隊を束ねるエレオノーラが坐乗しており、抵抗を続ける銀河連邦軍艦隊の掃討戦に従事している真っ最中だった。

 そんな慌ただしい局面であるにも(かか)わらず通信を求めて来たのだから、前線での状況に何らかの変化があったのは間違いないだろう。


(敵からの反撃が減じているのは明らかだ……恐らく、艦隊を構成する主軸艦艇が降伏を受け入れたか……)


 達也の推測は正鵠(せいこく)を射ており、メインスクリーンに顔を出したエレオノーラから(もたら)されたのは、待ち侘びた朗報に他ならなかった。


「敵艦隊旗艦カルフールが降伏勧告に応じて武装解除を申し出てきたわ。その際、艦隊総司令官からの命令として、他の生存艦艇へも各艦責任者の判断にて降伏しろとの命令が発光信号で伝えられている模様……(ただ)し、艦隊総司令官ホスティス元帥はじめ、司令部を構成する幕僚全員が戦死したとも伝達して来たけれどね」

「そうか……()ずは最初の山は越えたな」


 報告して来たエレオノーラは言うに及ばず、淡々と短く応じた達也の顔にも歓喜の色はない。

 それは、銀河連邦軍艦隊旗艦で何が起こったのか、彼らが正確に看破したからに他ならなかった。

 敵旗艦は艦隊の中心部分に位置しており、その数を徐々に減じていたとはいえ、周囲に張り付く護衛艦の多くは今も健在だ。

 如何(いか)に強力な攻撃力を誇る梁山泊軍とはいえ、それらの存在を無視して司令部がある敵旗艦に有効な打撃を与えられる筈もない。

 必然的に艦隊総司令官や参謀達だけが戦死するという事態など起こり得る訳がないし、実際にその様な報告も受けてはいなかった。


(つまりは、何らかのトラブルで総司令官以下貴族閥の高級士官達が粛清されたと考えるのが妥当だな……となると、降伏せよとの命令は、旗艦艦長の独断と考えて良いだろう……理性的な相手ならば充分に交渉の余地はある)


 そう判断した達也は、エレオノーラへ指揮権を委譲して戦後処理を託す。


「エレン。銀河連邦軍艦隊の生存将兵の身柄を拘束し、衛星ニーニャの収容施設へ一時的に収監する手続きを執ってくれ。くれぐれも丁重にな。それから、カルフール艦長から事情を聞いた上で協力を要請してくれ。戦時条約に基づき不当な扱いはしないから、混乱の収拾に力を貸して欲しいとね」

「分かったわ、任せて頂戴。そっちはこれから帝国艦隊へ向かうのかしら?」

「あぁ……避けては通れないからな。残酷な言い方だが、今後の為にもリオン皇帝には表舞台から退場して貰う他はない」

「そう……アンタの事だから心配はしていないけれど、セリス殿下の御心痛を思えば、やっぱり遣る瀬なくなるわね」

「そうだな。だが、それも今更だ。何時(いつ)までも子供ではいられない以上、己が進む道は自分自身で切り拓かねばならない……その程度の分別は彼も(わきま)えている筈だ」

「それならば、私から言う事は何もないわ。作戦の成功を祈っている……」


 そう告げて敬礼をしたエレオノーラの姿がスクリーンから掻き消えたのと同時に、通信担当のオペレーターが興奮気味に声を張り上げた。


「超長距離通信をキャッチしました! グランローデン帝国にて反乱が勃発っ! アングリッフ元帥率いる艦隊が帝星アヴァロンの帝都と皇宮を掌握した模様!」


 それは、首を長くして待ち侘びていた吉報であり、この戦いに終止符を打つ為に必要な最後のピースだと言っても過言ではなかった。

 (しか)も、名将の(ほま)れ高いアングリッフ元帥が指揮している以上は、反乱軍が有利に戦闘を進めているのは確実だと推察できる。

 当然ながら帝国の勢力圏で同時多発的に勃発している反乱は、その全てが周到な計画と入念な準備によるものであり、アルカディーナ星系へ主力軍を派遣して手薄になっている残存戦力では抑えようもないだろう。

 つまり、この時点でリオン皇帝は完全に進退(きわ)まっているのだが、それは達也にとっては当然の結果でしかなかった。


 だが、それで全てが上手くいくかといえば、問題はそう単純なものではない。

 これまでの作戦骨子を(かんが)みれば、銀河連邦艦隊にした様に帝国軍艦隊にも降伏を(うなが)すのが妥当であり、人道上の観点からも正しい戦術だと言える。

 しかし、穏便な結末を選べば将来に禍根を残すのは確実だと考える達也は、兄の説得を諦めてはいないセリスの想いを知りながらも、()えて残酷な決断を選択せざるを得なかった。


「ポピー。すまないが、帝国軍艦隊にも全ての情報が伝わるように通信攪乱(かくらん)を解除して貰えないか」


 そう達也から懇願されたポピーは、()したる疑問も覚えずに言われた通り制約を解除しようとしたのだが、間髪入れずに響いた詩織の声に(はば)まれてしまった。


「待ってください! 只でさえ苦境にある彼らに自国での政変を知らせたりしたら、(かえ)って暴発させる危険があります! 皇帝の御座船は元より、帝国軍艦隊にも陽電子砲装備の艦艇が多数存在する以上、下手に彼らを刺激すれば、無用な犠牲を拡大させる可能性を否定できません!」


 詩織の意見具申は至極真っ当なものであり、現場指揮官としては充分に及第点を与えられる洞察力だが、若さ(ゆえ)に戦略上の視点が欠けているのは(いな)めない。

 (もっと)も、年若い彼女の年齢と経験値を考慮すれば、それも致し方ないと言う他はないのだが、後学の為にもと、達也は己の真意を口にした。 


「オマエの判断は間違ってはいないよ。この場の収拾のみに重きを置くのならば、粘り強く降伏を(うなが)すべきだろうな……しかし、他でもないセリスの今後を思えば、それは悪手でしかないだろう」

「それはどう言う意味ですか? 死に体になっている帝国軍艦隊を無傷で(くだ)せば、(むし)ろ、今後のセリスにとって心強い戦力になるのではありませんか?」


 納得がいかないという表情で問い返して来た詩織を見た達也は、首を横に振ってその考えを否定した。


「残念だが、蜂起した民衆の怒りを抑えて動乱を鎮めるには、誰もが納得する生贄が必要だし、何よりも臣下からの信任を得られる後継者が必要不可欠だ。しかし、先帝陛下を弑逆(しいぎゃく)して皇帝の座を簒奪(さんだつ)したリオンに内心で反発を覚える貴族もいるだろうが、だからと言って、帝位継承者としての実績など無きに等しいセリスでは、彼らも納得しないだろうし、混乱はかなり長引くだろう」

「つまり……支持貴族からも見限られる様な大罪を現皇帝に犯させ、民衆からの怨嗟(えんさ)を一身に背負わせた上でセリスに断罪させ、彼を救国の英雄に祭り上げる……それが提督のお考えですか?」


 (わず)かばかりの情報から達也の思惑を読み取った詩織だが、その顔には感嘆や賞賛の色は微塵もなく、苦々しげな嫌悪の情がありありと見てとれた。

 それは、目的を果たす為ならば、人命を軽視した謀略を駆使するのも躊躇(ためら)わない達也への疑念の発露であり、彼女なりの反発心だったのかもしれない。

 そんな詩織の憤りに気付かない達也ではないが、国力の疲弊を抑え、騒乱の早急な鎮静化を図るには、分かり易いスケープゴートを作り出すのが効果的なのは言わずもがなだ。

 だから、信頼する部下から向けられる眼差しに軽蔑の念が滲んでいるのを感じながらも、一切の抗弁をしなかったのである。


 (すで)に戦後に()ける帝国の復興にまで思いを巡らせている達也は、セリスを英雄に仕立て上げる事で民衆の支持を不動のものにし、帝位継承権の低さ(ゆえ)に反発するであろう帝国貴族らを抑えるという算段をつけていた。

 その為ならば、追い詰められたリオンが味方殺しという禁忌を犯すのも想定の中だし、自らがそう仕向ける事すら躊躇(ためら)わない……。

 それが、この戦に臨む際に達也自身が己に課した十字架なのだ。


「軽蔑してくれても構わないよ……俺の目論見が非人道的だという批判は甘んじて受けるつもりだし、綺麗事を並べて自己弁護をする気もない。下衆(げす)な司令官の下では戦えないと言うのならば、それも仕方がないだろう。しかし、この戦いの間だけは職責を全うしてくれ」


 淡々とした口調でそう語る指揮官の表情には欠片(かけら)ほどの迷いも見られない。

 だからこそ、その覚悟が如何(いか)ばかりかを理解した詩織は、それ以上の抗弁はできなかった。


 何時(いつ)までも理想だけを信奉できる士官候補生ではないのだ。

 軍人である以上、(しか)も、未熟とは言え指揮官であるならば、清濁併せ吞む覚悟が必要なのは詩織も分かっている。


(非情に徹すると口では軽く言えても、実際にそれを為すのは難しいわ。誰だって好んで悪人呼ばわりされたい訳じゃない……でも、この人は……)


 銀河連邦軍艦隊旗艦で何が起こったのか。

 なぜ安全圏にいた筈の艦で司令官や幕僚らが戦死したのか。

 達也やエレオノーラほどではないにせよ、詩織も朧気(おぼろげ)ながらだが、その痛ましい真実に気付いていた。

 追い詰められた人間の中には、身勝手で恥ずべき行為を平然と行う愚か者が確かに存在するのだ。

 (かつ)ての教官だったジェフリー・グラスの狂気を目の当たりにした彼女はその事を誰よりも理解しているし、同時に白銀達也という人間が、そんな愚者とは違う存在なのも良く分かっている。


(大切な人々を護る為ならば、汚名を被るのも(いと)わないのが白銀達也だったわね。でも、非情な手段を用いて策を弄したとしても、そんな愚行を好む人ではない)


 そう断じれば、もう迷いはなかった。


「軽蔑する資格など私にはありませんよ。私も……蓮さえ生きていてくれるなら、敵対する者が(しかばね)の山を築いても構わない……そう思った事がありますから」


 その言葉の中身とは裏腹に詩織の表情から悲壮感は窺えず、だから、達也は苦笑いしながらも、その厚情に軽口を返したのである。


「そうか……お互いに(ろく)な死に方はしないな……御両親が泣くぞ?」

「そんな殊勝な親ではありませんよ、うちの両親は。だから、地獄へのお供は是非とも私を指名してくださいね。まぁ、嫌だと言っても勝手についていきますが」

「おいおい、勘弁してくれ。オマエを御供にしたら、真宮寺の奴もオマケについて来るのだろう? 夫婦揃って面倒をみろとか、どんな罰ゲームだ?」

「あっ、まだ夫婦ではありませんので御間違えなく。当分は恋愛を楽しむつもりですが、結婚式の時には仲人と御祝儀を宜しくお願いしますね」

「分かった、分かった。だったら、無期限有効の地獄への片道切符でもくれてやろう。(ただ)し、士官学校を去る時に約束した通り、俺よりも長生きするのが条件だぞ」


 ふたりが含み笑いを漏らしたのを合図に軽口の応酬は終わりを告げた。

 そして、ブリッジクルーらが固唾を呑んで見守る中、達也は命令を下す。


「帝国軍旗艦急襲作戦の指揮は私が執る。大和は現宙域にて敵艦隊の動きに対応せよ。これから起こるであろう混乱に乗じて逃走を図る敵艦の脚を止めるのが貴官の任務だ。敵艦隊の動き次第では、第二艦隊のグラディス司令に助力を仰ぐといい」


 姿勢を正して敬礼する詩織に(いな)やはなかったが、その任務遂行に際して生じるであろう懸念材料に思い至り、表情を険しくして質問した。


「はっ! 本艦は離脱を目論(もくろ)む敵艦の脚止めに専念します。ですが、敵の反撃手段を粉砕した上に航行不能に(おちい)らせるとなれば、かなりのダメージを与える必要があります。その程度次第では、提督をはじめ突入部隊の行動に支障が出るのではありませんか?」

「その辺は我々の方で上手くやる。俺とクラウス、そして、バルカ率いる空間機兵団の精鋭達ならば問題はないさ」


 達也の言葉に納得した詩織は、改めて敬礼をして激励の言葉を口にする。


「御武運を祈っております。それから、くれぐれもセリスの事をお願いします」

「了解した。任せておけ」


 僅かに口元を綻ばせてそう約束した達也は、そのまま足早にブリッジを出るや、セリスらが待機している格納区画へと急ぐのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ついに、艦内戦か。 あそこまで愚かしい政治をしなければエスケープゴートとか考えずに済んだかもしれないのにねぇ……いや、そうすると物語が動かないので仕方ないかもしれないですが……物語書くのって…
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