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第六十四話 祖国を開放せよ! ②

 ランズベルグ皇国母星セーラを囲むようにして展開している六つの軌道要塞は、惑星極北域の遥か天空の彼方に座す大要塞“アウローラ”によって統括されている。

 この七つの要塞は皇国防衛の要でもあり、データリンクされたアウローラと他の要塞との連携は緻密を極め、その鉄壁の防衛力と隙のない迎撃力は、銀河連邦内でも比類なきものだと広く周知されていた。

 だが、この百年以上もの間は皇国に害をなす敵はおらず、自慢の要塞群もお飾りと化して久しい。

 その所為(せい)もあってか、“落伍者の吹き溜まり”だと揶揄(やゆ)されるのも(あなが)ち見当外れだとは言えないのが実情だ。

 とはいえ、役職を解任されたり、上役の不興を買って左遷された者達が配属されるのは六つの支援要塞ばかりであり、貴族出身の将官達が仕切っているアウローラに彼らの席が用意される事はなかった。

 それ(ゆえ)、現行の体制に不満を(いだ)いている彼らに主導権を握る術はなく、鬱屈した想いを抱えたまま残りの軍人生活を全うするしかないと思っていたのだが……。


            ◇◆◇◆◇


「まったく忌々しい限りだ。こんな茶番に付き合わされるのも給料のうちか?」


 第三軌道要塞 “スマラクト” 司令官ラヴィーネ・グレッチャー少将は、不快感を隠そうともせずに吐き捨てた。


 第三打撃艦隊司令官の要職にあった彼は、艦隊参謀長として新たに赴任してきた侯爵家御曹司を口論の末に殴り倒してしまい、その責任を問われて解任されたという武勇伝の持ち主でもある。

 (もっと)も、その鬱憤(うっぷん)晴らしの代償は大きく、降格された上でこの要塞へ島流しにされたのだから、ある意味では自業自得だと言うしかない。

 しかし、非があった訳ではないのに一方的に処断されたのだから、彼が憤るのも無理はないだろう。


 軍務経験も(ろく)にないボンボンが、部下の女性士官らへセクハラ(まが)いの行為に及んだのを(とが)めたのがケチの付き始めだった。

 上級者の言は絶対であり、それに口答えするなど軍では許される筈もないのだが、叱責されたのが余ほど腹に据えかねたのか、若造と呼んで差し支えのないこのヒヨコ貴族は、侯爵家の威光が云々(うんぬん)という下世話な脅しを口にしてグレッチャーの怒りを買ったのである。

 まあ、司令官の為人(ひととなり)を良く知る部下達に言わせれば『命があっただけマシ』なのだが、結局二階級降格の上に左遷という憂き目を見た彼が、現行の皇王家や皇国軍に対して深い諦念を(いだ)いたのは極めて当然の帰結だった。


 それでも皇国を愛するが(ゆえ)に退役の道を選べなかったグレッチャーは、日々募る憤懣(ふんまん)を押し殺して職務に没頭していたのだ。

 しかし、今朝方アウローラ司令部から届いた命令には、流石(さすが)の彼も憤慨せざるを得なかった。


『エスペランサ星系(アルカディーナ星系)に()ける賊徒討伐戦の模様が公開されるので、全将兵は必ず視聴するように』


 そして、現在スマラクトの中枢センターの立体スクリーンには、白銀達也率いる梁山泊軍艦隊が一方的に蹂躙されて潰走(かいそう)する姿が映しだされており、苛立(いらだ)った彼が冒頭の台詞を吐いたという次第だった。


(比較するのも馬鹿々々しい程の戦力差がある以上、一方的に蹂躙されるのは火を見るよりも明らかだった筈。それなのに、なぜ無謀な開戦に踏み切ったのか……)


 指令室に勤務する部下達の重苦しい雰囲気を察せざるを得ないグレッチャーは、仏頂面のまま唇を引き結んで胸の中で問い掛ける。

 勿論(もちろん)、その問いを向けた相手は、この場にはいない白銀達也だ。


 ランズベルグ皇国軍に奉職する上級士官ならば、()の神将提督とは多かれ少なかれ面識がある。

 それは、白銀達也がガリュード・ランズベルグの秘蔵っ子であり、皇国を訪れた時には積極的に将兵と親交を結んでは、戦術や戦略について意見交換を行うのを忌避(きひ)しなかったからだ。

 事実、グレッチャーもそうした経緯で達也と知己を得た一人であり、彼の卓越した軍人としての才能に深く感嘆して親交を深めたという経緯がある。


 だが、それだけに、勝ち目のない状況での決起宣言には納得がいかず、その真意を計り兼ねて悶々としていただけに、為す術もなく撤退に追い込まれた梁山泊軍の姿を目の当たりにした彼の憤懣(ふんまん)(つの)る一方だった。


(この悪趣味な放送を視聴するように命じた馬鹿皇王の思惑は明白だ。銀河連邦に牙を剥いた者が如何(いか)(あわ)れな末路を辿るのかを見せ付け、高まる国民の士気を(くじ)いて憤懣を抑え込みたいのだろうが……ふんっ。強欲と悪知恵しか取り柄がない男が皇王だとはな……いよいよランズベルグも終わりかも知れん)


 その彼の読みは間違ってはおらず、同じ映像はセーラは元よりテュール星系全域で流されており、悲惨な光景を目の当たりにした民衆は、誰もかれもが痛苦に満ちた表情で放送に見入っていた。

 彼らの目に映るのは明日の自分達の姿であり、それが絶望という名の未来に等しいと感じているのは容易に想像できる。

 だからこそ、国民の苦難を救う手立てを持ちえないグレッチャーは、己の非才を(なげ)いて歯噛みするしかなかったのだ。


 だが、(いく)ら懊悩した所で目の前で繰り広げられる現実が覆る筈もなく、貴族閥が望む結末を(もっ)て茶番劇はその幕を下ろす……筈だったのだが!


「グレッチャー司令ッ! 通信システムに異常発生ッ! こ、これは!? 先頃、銀河ネットワークを乗っ取ったウィルスですッ!」


 通信管制を統括しているオペレーターの悲鳴と同時にメインスクリーンにノイズが走ったかと思えば、陰惨な戦場の光景は瞬時に掻き消え、代わりに映し出されたのは並んで立つ男女の姿だった。

 そして、そのふたりを見たグレッチャーや部下将兵は言うに及ばず、皇国の国民全てが驚きに目を見開いたのである。

 彼らが何者であるかを知っているだけに困惑は大きく、その動揺はさざ波の(ごと)く星系中へと伝播(でんぱ)して行く。


『私はケイン・ランズベルグである。モナルキア大統領率いる貴族閥の専横により銀河連邦が腐敗の一途をたどる中、反目する我がランズベルグ皇王家への不当なる介入を避けるために国外への退避を余儀なくされていたが、新皇王ヘルツォークの暴政は断じて許し難くッ! その失政を正すべく私は帰って来たッ!』


 金髪碧眼の美丈夫である皇太子が声を強めて宣言すれば、近衛軍の軍装を纏った女性士官が、その鋭い眼光と共に凛とした声音で檄を飛ばす。


『私は元近衛艦隊司令官シャリテ・サジテールだ。皇太子殿下の真贋(しんがん)を疑う者があるならば、今この場に我が立っているのが何よりの証だと心得よッ! それで納得できない者は遠慮なく討ち掛かって来るがいいッ! だが、その身に(まと)った軍服に皇国軍人としての誇りが欠片(かけら)でも残っているならば、恭順の意を示して皇国の旗の下に集えッ!』


 その言葉に心を震わせたグレッチャーは(にが)く重い憂いから解放され、胸の奥から込み上げてきた歓喜に命じられる儘に部下達を一喝する。


「ぼやぼやするなッ! 直ちにアウローラとのデータリンク、並びに全てのラインを切断せよ! 我がスマラクトはケイン殿下にお味方するッ!」


 その明確な意志を宿した喚声に背を押された部下達は、司令官の命令を履行するべく弾かれたかの様に動き出した。

 本来ならば、現皇王位にあるのがヘルツォークである以上、ケインの言い分には(いささ)か無理があるのは明白だ。

 しかし、レイモンド前皇王が退位した後の悪政の数々に辟易(へきえき)していた部下達が、反乱を決意した司令官に同調したのは当然の帰結だったのかもしれない。

 それでも、長年に(わた)ってグレッチャーを補佐して来た副司令官は、大いに狼狽しながらも、暴走する上官を(いさ)めるべく諫言(かんげん)した。


「お待ちください閣下! これは明確な反乱行為ですっ! 新嘗(にいなめ)の大祭で勃発した悲劇の真相がはっきりしない今、安易な行動は(いたずら)に皇国を混乱させる恐れがあります。まずはケイン殿下を名乗る男の真贋を確かめるべきではありませんか?」

「その必要はないッ! あのサジテールが、“我が証だ” と啖呵(たんか)を切ったのだぞ?」


 最も信頼する副官の諫言を言下に切って捨てたグレッチャーは、口角を吊り上げて不敵に笑う。


「皇王家一途の忠義者が存在を認めた以上、あの御方はケイン皇太子殿下御本人に間違いはない! もしも偽物ならば、サジテールが問答無用で成敗しておるわッ!もう一度言うぞッ! 我らはケイン殿下に従うッ! この決定に不服がある者は、直ちに任務を放棄し要塞から去れッ!」


 その言葉で敬愛する上官の覚悟を察した副司令官は、それ以上の意見具申は不要だと判断し、敬礼を(もっ)てグレッチャーへの忠誠を示した。

 そして、それは他の部下達も同様だったらしく、第三軌道要塞スマラクトからの離脱者は、唯の一人もいなかったのである。


             ◇◆◇◆◇


「スマラクトに続いて、デフィ、エフォール、クラージュがアウローラとのリンクを解除っ! あっ、レアリテとフルーブも同様の措置を取りました!」


 艦隊旗艦である高速護衛艦“愛宕”艦橋に響いたオペレーターの歓声に、ケインは(かす)かに表情を和らげて安堵の吐息を漏らした。

 そんな彼にシャリテは口元を(ほころ)ばせて祝意を述べる。


「まずは上々の展開ですわ。如何(いか)にヘルツォークの失政があったとはいえ、殿下の御言葉に応えて全ての支援要塞が恭順の意を示したのは大きな一歩です。これで益々負ける訳にはいかなくなりました」


 不敵な笑みをその口元に浮かべる元近衛司令官の淀みない言葉に勇気づけられたケインは、これからが本番なのだと思い直して表情を引き締めた。


「決して余裕のある状況ではない中、艦隊を貸与して戴いたのはありがたいと思うが、この数では戦力的に万全とは言い難いのではないか?」


 そうケインから問われたシャリテだったが、その顔に懸念の色は微塵もない。


「まったく腹立たしい限りですが、梁山泊軍が誇るこの高性能艦に乗っておりますと、最強と自負していた我が皇国艦隊が相手でも負ける気がしませんわ。それに、皇都攻略の為に第二航空戦隊も随伴してくれています。どうか御案じなさいませぬように」


 彼女の言葉は決して強がりではない。

 愛宕を筆頭に重巡クラスの護衛艦十隻と汎用型駆逐艦二十隻からなる味方艦隊は、数こそ少ないものの性能の点では皇国軍艦艇を大きく凌駕している。

 (しか)も、セーラ防衛の要でもある軌道要塞の大半が現体制を見限って味方についた以上、如何(いか)に本部要塞が強固であっても攻略するのは難しくはない。

 そして、やや離れた後方に待機している第二航空戦隊は、旗艦“飛龍”を筆頭に、蒼龍、雲龍、天城、葛城、鳳翔ら計六隻の航宙母艦と十二隻の直掩護衛艦群で構成された高速機動部隊である。

 これらは、達也が指揮した太陽系での戦闘にも習熟度向上を図るために参戦しており、作戦終了後に再編されてテュール星系に派遣されたのだ。

 それ(ゆえ)に艦隊将兵の士気と練度は極めて高かった。


 ソフィア皇后と支援部隊を乗せたイ号潜が、極秘裏にセーラへと潜入を果たしてから遅れること一週間。

 テュール星系外周部の暗礁宙域に到達した攻略艦隊は、息を潜めて作戦決行の時を今や遅しと待ち侘びていたのである。

 また、ケイン率いる攻略艦隊の半数はシャリテ麾下の元近衛艦隊乗員で構成されており、祖国奪還に懸ける彼らの士気は極めて高く何の懸念もなかった。

 そして、それがシャリテの自信の根拠でもあるのだ。

 だからこそ、それを理解したケインが表情を(ほころ)ばせたのを合図に、彼女は迷わず奪還作戦の開始を宣言したのである。


「作戦要項に従ってアウローラの無力化を図る! 二航戦旗艦 飛龍へ打電せよ! 皇都攻略と地上部隊の支援を頼むッ! 全艦攻撃開始ッ!」


 そして、返す刀で(かつ)て所属していた軍の同胞達へメッセージを発したのだ。 


「ランズベルグ皇国全軍に告げるッ! 我々の目的は見境なき虐殺ではないッ! だが、敵対するならば一切の容赦はしない! 何が正しくて何が皇国の未来に必要なのかッ!? 諸君らの懸命な判断を期待するッ!」 


             ◇◆◇◆◇


 セーラ周辺での異変とケインのメッセージは、ウイルスの効果によって皇都でも同時進行形で強制開示されており、その所為(せい)で皇宮は大混乱の様相を呈していた。

 取り分け現皇王であるヘルツォークの激昂ぶりは尋常ではなく、前皇王家に(たばか)られた憤怒もあって、一切の躊躇(ためら)いもなく苛烈な命令を発したのである。


「おのれ、レイモンドめぇ! これは反乱ぞ! 前皇王とはいえ絶対に許さぬ! 直ちに陸軍を出撃させ、奴らが逼塞(ひっそく)している離宮を攻め潰せ! そしてレイモンドとルドルフを我が眼前に連れて来るのだ! 生死は問わぬッ! 首だけになっても構わぬから、必ず余の前に引き摺り出せぇッ!」


 嚇怒(かくど)して我を忘れた皇王の逆鱗に触れるのを恐れた貴族らが、王命を果たすべくあたふたと玉座の間を飛び出して行く。


 果たしてレイモンド前皇王らは、この危難を避けられるのか?

 そして、秘かに母星へ戻ったソフィア皇后の目的とは? 

 様々な人々の思惑が交錯する中で激しさを増すランズベルグ解放戦は、その佳境へ向けて大きく雪崩を打つのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] しっかし、よくよく考えると……今回の戦いは知らず知らずの内に王国内に溜まっていた膿を輩出するいい機会だったのかもしれない(意味深
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