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第六十四話 祖国を開放せよ! ①

 アルカディーナ星系へ侵攻した銀河連邦軍と帝国軍による連合艦隊が、圧倒的な力を誇示して梁山泊軍を撤退に追い込み、一気呵成(いっきかせい)に勝敗を決すべく追撃戦へ移行したのとほぼ同じ頃。

 ファーレン王国本星と、ランズベルグ皇国の母星セーラでも激しい戦いが勃発したとの報が(もたら)された銀河連邦軍と評議会では、その予期せぬ事態に狼狽(ろうばい)して混乱の最中にあった。


 忌々しい決起宣言を受けて開かれた先の対策会議では、この件が加盟諸国の動向に影響を及ぼす懸念は皆無だという楽観論が大勢を占めたが為に、議論に費やされた時間の大半が、(もっぱ)ら派遣艦隊司令部の人選に割かれたという経緯がある。

 勿論(もちろん)、白銀達也の檄に呼応して決起する勢力の存在を完全には否定できないが、銀河連邦軍が圧倒的有利な状況にあるは誰の目にも明らかであり、蛮勇に駆られて破滅の道を選択する愚か者はいないだろうというのが幕僚本部の結論だった。

 また、白銀達也が好む戦略的傾向を分析した一部の参謀たちから、多方面作戦が行われる可能性を否定できないとの意見具申もあったが、元々寡兵で劣勢を強いられる側が貴重な戦力を分散させる筈がないと一笑に伏され、議論にさえならなかったのである。


 だが、その予測はものの見事に裏切られ、梁山泊軍別働艦隊がファーレン王国とランズベルグ皇国が治める星系へと侵攻したものだから、軍令部を筆頭に銀河連邦軍に属する高級参謀達が顔色を失くしたのは至極当然の帰結だった。


             ◇◆◇◆◇


 ファーレン王国とランズベルグ皇国の母星奪還戦は、今回のアルカディーナ星系戦役の作戦立案当初からオプションとして組み込まれており、決して思い付きによる蛮行ではなかった。


 ケイン皇太子やソフィア皇后らの皇族を救助し、一時的にセレーネで受け入れた以降も、皇国には複数のエージェントを潜入させて情報収集に余念がなかったし、無人と化したファーレン本星にも、銀河連邦駐屯部隊を監視するべく複数のイ号潜を張り付けていたのである。

 勿論(もちろん)、圧倒的な物量で攻め寄せて来る敵艦隊を正面から受け止めなければならない為、貴重な戦力を割いて別動隊を編成する事に難色を示す者は多かったのだが、最終的には達也が押し切って作戦プランを認めさせたのだ。


如何(いか)に戦力で(まさ)ってはいても、今の連邦軍は“張子の虎”同然だ。何処(どこ)に不満分子が潜んでいるか分からないと自縄自縛に(おちい)り、通常の艦隊運用すら思うに任せない状況だと考えていい。だから、此処(ここ)に派遣される艦隊さえ、お膝元の近衛部隊から抽出して再編成するしかない筈だ』


 太陽系に遠征する直前に開かれた会議で達也が披露した予測は正鵠(せいこく)を射ており、現在、その言葉通りに進捗(しんちょく)する戦況を見れば、幕僚達も自分達の司令官の慧眼(けいがん)瞠目(どうもく)せざるを得なかったのである。


             ※※※


「銀河連邦軍にも困ったものよ……もう少し抵抗して貰わねば、愛しい祖国を奪還したという実感が湧かぬではないか」


 新鋭高速護衛艦“羽黒”のメインブリッジで戦況を注視していたセルバ・ヴラーグは、隣の艦長席に座すファーレン王国女王エリザベートの不満げな物言いに苦笑いするしかなかった。


 絶体絶命の危地から救われた恩義を感じて達也からの要請を受諾したセルバは、彼の部下達である陸戦兵団を率いてファーレン王国奪還作戦に参戦したのだ。

 強大な戦力を誇る銀河連邦軍が相手では激戦は免れないと覚悟していたのだが、予想に反して敵駐屯艦隊は脆弱を極め、梁山泊軍は短時間でそれらを殲滅せしめて目的を達成したのである。

 それ(ゆえ)に女王の憤懣(ふんまん)も理解できないではなかったが、艦隊にも部下将兵にも損害は皆無という最上の勝利を得たセルバは充分満足していた。


「監視部隊からの報告では、敵の駐屯艦隊の大半が一週間前に慌ただしくアスピディスケ・ベースへと帰還したそうですから、歯応えがないのは致し方ないかと」


 艦長が言う通り、此方(こちら)の奇襲に応戦した銀河連邦軍艦隊は(わず)か十隻という有り様であり、イ号潜からの次元雷撃によって混乱した彼らを撃破するのは、赤子の手を(ひね)るよりも簡単だった。

 そして、現在は地上に取り残された陸上戦力の駆逐を急いでいる最中なのだが、戦意を失って投降する敵兵が多くて思いのほか手間取っている。

 しかし、それも間もなく完了するとの報告を得ており、作戦はほぼ完遂されたと言っても過言ではないだろう。


「まずは祖国奪還の成就を心からお慶び申し上げます。エリザベート女王陛下」


 良く言えば豪快、悪く言えば大雑把だと揶揄(やゆ)される司令官に成り代わって参謀長の神 霊蓬が(こうべ)を垂れると、セルバ以下ブリッジの面々もそれに(なら)う。

 四百年以上を生きて政治の裏も表も知り尽くしているエリザベートとて祝福されれば嬉しいし、(すで)に出た結果に見当外れな文句を言っても仕方がないと分かってもいる。

 だから、占拠していたシートから立ち上がるや、優美な笑みと共に感謝の言葉を(もっ)て協力者達を(ねぎら)った。


其方(そなた)らの勇敢で献身的な働きに心からの謝意を表する。こうして母星を取り戻せたのも、白銀達也殿をはじめ多くの方々の御助力があったればこそじゃ。この恩義は生涯忘れぬ。ありがとう」


 そう言って(こうべ)を垂れる貴人に一同は恐縮せざるを得ず、直立不動で敬礼を返す。

 とは言うものの、作戦はまだ終了した訳ではない。

 地上を完全制圧した後は、自裁装置によって帝国艦隊諸共に消失した王都を再建する仕事が残っている。

 当然ながら破壊され尽くした旧王都の復旧は困難が予想され、他の大陸の都市への遷都(せんと)を含めて検討が必要だ。

 本格的な復旧作業は国民の帰還を待たねばならないが、まずはファーレン王国の復権を銀河連邦加盟諸国へ知らしめる必要があった。

 それにより、梁山泊軍の活躍で動揺する連邦加盟諸国家を更に揺さ振り、評議会からの離脱を(うなが)そうという目論見でもあるのだ。

 その大目標は母星の奪還を以て達成されたも同然であり、セルバら司令部の面々が一様に明るい表情をしているのがその証だと言える。


 だが、地上部隊から(もたら)された報告により、達也の杞憂が現実のものとなったのを知ったエリザベートは、その穏やかな表情とは裏腹に、暗澹(あんたん)たる思いを(いだ)かずにはいられなかった。


『精霊石の主要鉱山にて大規模な発掘作業を行った形跡あり』


 その報を聞いたエリザベートは、銀河連邦の思惑を唯一人看破したのだ。


(採掘した精霊石は例の無人兵器の開発へ流用されたのじゃろうなぁ……劣化した代物とはいえ、小型の無人兵器程度ならば問題なく威力を発揮しようて。どのみち脅威には違いない……白銀殿の懸念が正鵠(せいこく)を射ていた以上、至急ヒーちゃんに連絡せねばなるまい……)


 新型無人兵器が如何(いか)ほどの物なのかは分からないが、言い知れぬ不安に胸を締め付けられたエリザベートは、作戦の成功と地上部隊からの報告を一刻も早く達也へ知らせるよう通信士へ依頼したのである。


            ◇◆◇◆◇


 目的達成の為の障害が比較的に少ないと見込まれていたファーレン王国奪還作戦とは異なり、ランズベルグ皇国に()ける奪還戦には様々な困難が伴うと予想されていた。


 そもそも誰一人として国民が残留していないファーレンの場合、人質の有無や、その安全確保等に配慮する必要がなく、警備目的で駐留している銀河連邦軍艦隊の殲滅のみに集中すれば良かった。

 また、その戦力も事前の調査で極めて脆弱(ぜいじゃく)だと判明していたが(ゆえ)に、作戦遂行に当たって()したる障害はないと判断されたのだ。


 だが、ランズベルグの場合は攻撃目標である母星には日常生活を営んでいる国民がいる上、敵味方の区別が判然としない皇国軍を無差別に攻撃する訳にもいかず、その実相はファーレンとは大きく異なり、作戦は困難を極めると予想された。

 それ(ゆえ)に細心の用心深さと大胆な戦略が求められたのだが、幸いにも梁山泊軍に利する要因が(いく)つかあり、達也はそこに(わず)かばかりの光明を見出したのである。


 新皇王として即位したヴァンゲル・ヘルツォークが悪政を敷いたが為に税や物価が上昇し、国民生活に多大な支障が出ているのは以前にも述べた通りだが、それに反発した民衆の抗議活動を鎮圧するとの名目で軍の投入に及んだ結果、国民の心は現皇王家から完全に離れていた。

 この様な無法が(まか)り通る背景には、皇王を含む欲深な貴族らの専横政治の横行と官僚化した軍組織の腐敗がある。

 (しか)も、レイモンド前皇王の御代(みよ)で軍務を差配していた多くの高位士官達が罷免や左遷の憂き目に遭い、不遇な立場へと追いやられた挙句、多くの者達が衛星軌道上に展開する七つの軌道要塞へと配置転換されていた。

 これによって軍中枢は私欲を貪る輩の巣窟と化し『七聖国最強戦力』と(うた)われた皇国軍に昔日の栄光は見る影もなく、まるで破落戸(ごろつき)の集団かと見紛(みまが)わんまでに零落したのである。


 勿論(もちろん)、不当に(しいた)げられた軍人らとて、ただ手を(こまね)いていた訳ではない。

 軍の実権を掌握した貴族派の高位士官らとの折衝が不調に終わるや、精神を病んだとされるレイモンド前皇王や共に隠棲したルドルフ大公、そしてガリュード元銀河連邦軍元帥に面会を求め、国家の中枢部の腐敗を訴えたのだ。

 それは、自らの地位や名誉を回復させる為ではなく、(ひとえ)に日々困窮していく国民を想っての行為に他ならなかった。

 血縁者を不慮の事故で喪い、失意のどん底にいる大公とガリュードには辛く酷な話だとは重々承知していたが、愛する皇国が根腐れしていくのを座して傍観するという選択肢もまた、彼らにとっては受け入れ難いものだったのである。

 しかし、ルドルフとガリュードからは軽々(けいけい)に暴発せぬ様にと厳しく(さと)されたばかりではなく、『潮目は必ず変わる』との意味深な言葉と共に追い返されてしまい、大いに落胆せざるを得なかった。

 だが、その時はふたりの言葉の意味が分からなかったが、先日起こった白銀達也の決起宣言により、彼らの胸中には一縷(いちる)の希望が芽生えたのである。


 そして、それは日を置かずに現実のものとして、彼らの前に顕現(けんげん)するのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] さぁ、腐敗したランズベルグの外科手術の始まりだぜ!
[一言] はわわわわ…… 夢中で読んでたら追い付いてしまった……!! 今良いところなのに!(泣) 21日を楽しみにお待ちしています!!
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