第一話 神将は難題を抱えて前を向く ①
本日より『日雇い提督』第二部のお話を投稿始めさせて頂きます。
前作『日雇い提督は仁愛を得て英雄へと至る』同様に可愛がって頂けましたら幸いです。
尚、作中に登場致します各種の名詞は様々な国の言葉を引用しております。
『銀河標準語』なるモノを創作する技量は残念ながら持ち合わせておりませんので、どうか平に御容赦下さいますようお願い申し上げます。
それでは、今回も少々長いお話になると思いますが、宜しくお付き合い下さい。
瑞月風花 様(https://mypage.syosetu.com/651277/)様より頂戴いたしました。
日雇い提督・第二部開幕でございます!
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「そのような規模の艦隊を頂戴しても使い道がありません……維持費も馬鹿になりませんので、謹んで辞退申し上げます」
位階を極めた大元帥の階級章が煌めく軍服を纏った青年は、淡々とした物言いで幕僚本部からの提案を固辞し、軍政部総長カルロス・モナルキア元帥を驚かせた。
銀河標準歴・興起一五○○年。
この目出度い節目の一年は、銀河連邦評議会に所属する国家や連合組織とって、華やかな祝賀行事に彩られた隆盛極まる年になる筈だった。
しかし、その平穏な日々が大宇宙の片隅で起きた小さな戦乱を端緒にして、銀河系内全ての勢力を巻き込む騒乱の時代へと変遷していく前夜であったと、誰が予期し得ただろうか。
この年の半ばに太陽系で勃発した紛争は、グランローデン帝国麾下のバイナ共和国軍の一方的な勝利に終わるかに見えたが、大方の予想を覆し、銀河連邦宇宙軍の少数艦隊が侵略軍を退けて秩序を守り通した。
その結果を受け、銀河連邦評議会に於ける最高意思決定機関でもあり、連邦設立を主導した七聖国代表者らで構成される最高評議会は、この紛争を極めて短期間で終結に導いた武勲を称え、銀河連邦宇宙軍大将白銀達也に【神将】の称号を与えた上で貴族位に叙すという発表を大々的に行ったのである。
「随分と簡単に辞退してくれたが……幕僚本部としても貴殿の武勲を軽んじている訳ではない。寧ろ、過去に神将位を受けた三名の先達よりも評価していると言っても過言ではないのだ」
軍令部総長のゲルトハルト・エンペラドル元帥も、意外だと言わんばかりに顔を顰めて言い訳じみた言葉を紡ぐ。
これに対し、銀河連邦宇宙軍を統べている三巨頭を向こうに廻す白銀達也大元帥は、その厳ついと評判の顔に苦笑いを浮かべて懇願する。
「どうか必要以上に畏まるような真似は御容赦下さい。若輩者の私の方が居心地が悪くて……正直なところ顔から火が出る思いです」
その言を受けたエンペラドル元帥は老獪な笑みを浮かべて反問した。
「君の位階は『大元帥』じゃないか。実質的に銀河連邦評議会大統領と同格の君を軽々しく扱える訳があるまい?」
「私の『大元帥位』など所詮は【神将】という称号に付随するものです。自分に相応しい位階だなどと自惚れてはいませんよ」
その言に今度はモナルキア元帥が表情を和らげて言葉を重ねる。
「若いのに殊勝な事じゃて……貴殿がそう望むのならば、フランクな口調にしても問題はないじゃろ。ただし、謙遜も過ぎれば嫌味でしかないと肝に銘じておいた方がいい。貴族の中には侮られたと思う単細胞も少なくはないからのぅ」
「御忠告感謝いたします……御指導は肝に銘じて忘れません」
そう答えて慇懃に一礼する達也からは、気負った雰囲気などは微塵も感じられず、長く銀河連邦宇宙軍を牛耳って来た両元帥は、初めて顔を合わせ言葉を交わした白銀達也という男に対する認識を改めざるを得なかった。
(これは……クルデーレのボンボンでは相手にもならぬわけじゃ。この何の変哲もない笑顔の下にどのような素顔を隠しておるのか……然も胸の中を容易に晒さない用心深さも併せ持っておる……厄介じゃのぅ)
(全く困ったものだ……戦略戦術に通じ、卓越した指揮能力の持ち主というだけでも充分面倒なのに、腹芸まで達者となれば、いずれ我らの手に負えない存在になりかねぬぞ)
老獪にも腹の中などおくびにも出さない両元帥は居住まいを正すや、もう一人の元帥である新航宙艦隊幕僚本部総長ガリュード・ランズベルグに話を振る。
「大元帥閣下の御厚意だ。時間は有限でもあるから言葉を飾らずに本音で語らせて貰おうか? ランズベルグ元帥」
そう促されたガリュードは、軽く頷いて了解の意を示した。
達也にとってガリュード・ランズベルグは長年仕えた敬愛する上官であり、決して足を向けられない大恩人でもある。
七聖国の一つランズベルグ皇国前皇王の実兄だが、皇位を弟に譲って自分は銀河連邦軍で任官を受けた変わり者としても有名な人物だ。
そして、退役の際に軍の上級職へと周囲が推す声を拒み、志願入隊による下士官上がりという理由で少佐までしか昇進できない達也のために、自身の多大な功績を投げ打って愛弟子の未来を切り開いた傑物でもある。
「しかし、本当に良いのかね? 宇宙軍としては、三部門各総長と参謀部の同意を得た上での申し出だったのだが……」
さすがのガリュードも達也が軍の申し出を断るとは思ってはいなかったようで、他の二人同様に困惑を隠せないでいた。
本来【神将】に叙された者には、想像を絶する権力と財が与えられると最高憲章に定められている。
何やら大仰な決まり事だが、過去に【神将】位を与えられた初代を含む三人は、それこそ恒星系一つ丸ごとに匹敵するほどの褒賞を賜っているのだから、決して大袈裟な話だと一笑に伏す訳にもいかないのだ。
しかし、二代目と三代目【神将】が揃って銀河連邦評議会に反旗を翻したという不幸な歴史に鑑み、現在は最高憲章そのものが大きく見直されており、法的に厳しい制約が設けられていた。
とはいうものの、最高評議会の意向を無視するなど許される筈もなく、銀河連邦宇宙軍首脳部はすったもんだの末、達也が乗艦していた弩級戦艦シルフィード以下百隻に上る護衛艦を無償で贈与すると決定したのである。
軍籍の最上位にあるとはいえ、個人に艦隊規模の軍艦を与えるなど常識を逸脱した蛮行であるが、過去の【神将】には一千隻の戦力が与えられたという記録が厳然と残っている為、これでもスケールダウンの感は否めないのだ。
しかし、それすらも不要だと頑なに辞退する達也の思惑を三人の元帥らは測りかね、顔を見合わせて困惑するしかなかったのである。
「御厚意はありがたいと思いますが、因習に迎合して貴重な戦力を割いては批判は免れないでしょう。然も、小国家が有する規模の軍艦を個人が所有して良いものでもありません。昔とは時代も違うのですから、好んで加盟国家や民衆の顰蹙を買う必要もありますまい?」
「ふむ……君の言い分は尤もだが……」
ガリュードが渋い顔をしたのは、自ら最高評議会を主導し、今回の叙勲を実現させた愛妻アナスタシアの怒り狂う姿を幻視したからだ。
何人たりとも不可侵である筈の最高評議会の決定に対し、今回は銀河連邦軍のみならず、評議会までもが声を大にして異を唱える異例の事態に発展しているものだから、ガリュードの懸念も強ち杞憂だとは言えないだろう。
『平民上がりを貴族に叙して強大な権力と天文学的な恩賞を与えた挙句、過去に反乱を起こした連中の二の舞を踏ませるのか?』と言うのが彼らの言い分だった。
反対派が声高に主張する意見は尤もであり、議論の必要性は最高評議会も認めていたのだが、アナスタシアを殊更に激怒させたのは、本来ならば率先して評議会に加盟している国々を説得するべき立場の貴族や官僚たちが、表では説得に奔走しているフリをしておきながら、裏では中立派の国々を扇動して反対の声を上げさせるべく工作していた内幕を看破したからだ。
そんな中で達也までもが彼女の厚情を拒んだと知れば、妻の怒りの炎に油を注ぐのは自明の理であり、ガリュード自身の命に係わる事態に発展する恐れさえある。
そう彼が危惧するのも無理はなく、大袈裟な話だと切って捨てられない事情があった。
何といっても若い頃から好き勝手にやってきた彼は、女性との華やかな艶話にも事欠かず、その結果として複数の側妾を迎えており、その度に苦労を掛けて来た妻にだけは頭があがらないのだ。
「おいおい……確かに【神将】は命令権を持たない名誉職に等しいとはいっても、優秀な実績を持つ君を御飾りにするつもりなど毛頭ないぞ?」
「そうとも、そうとも。一朝事あらば、君以外に我が銀河連邦艦隊百万隻を指揮する人材はおらぬのじゃからな。先ほども言うたが謙遜は美徳ではないのだぞ?」
饒舌な両元帥からの褒め言葉に達也は照れたフリをしたが、内心では盛大に舌を弾いていた。
(何を心にもない事を言っているのやら。軍や評議会の子飼いの貴族閥を動かして妨害工作を仕掛けた張本人が貴方達だと、俺が知らないとでも思っているのか? 然も、ガリュード閣下を差し置いて俺が全軍の指揮? 馬鹿も休み休み言え)
大目標である軍制改革を成す為にも力は必要だが、安易に与えられたエサに飛び附けば、最後は飼い犬同然の憂き目を見るのは想像に難くない。
いわばこの百隻にも上る護衛艦の贈与は、両元帥が仕掛けた毒饅頭だと、達也は看破していたのだ。
一度でも軍のヒモ付きだと認識された人間が改革を声高に叫んだとしても、人々から石を投げられるのがオチであり、民衆派や中立の立場を貫く士官や下士官からの賛同は得られないだろう。
そう考えたからこそ、達也は甘美な申し出を自ら辞退したのである。
「銀河連邦に属する軍人として前線に立つのに否やはありません。私如き若輩者が指揮を執る云々は兎も角として、全力を尽くして責務を全うして御覧に入れます」
軍人としての矜持に係わる事であるため、両元帥の世辞にも偽りのない本心を吐露した達也は、頃合いだと思って自ら思案した条件を切り出した。
「退役して私の下に残ると言ってきかない馬鹿者達が一千人もいて困っていたのですが、幸い移住に適した領地を下賜できない代わりにと、最高評議会から移民用の都市型ドーム式宇宙船を拝領いたしましたので住む所には困りません。その護衛艦として私が旗艦にしておりましたシルフィードと移動用の小艦艇を二~三隻も頂戴できれば充分であります」
弩級戦艦シルフィードは、アナスタシア同様に達也に肩入れしているヒルデガルド・ファーレンによって魔改造されており、その権利の使用を達也個人にしか認めていないという曰く付きの代物だ。
銀河連邦軍としては、自裁兵器である無人戦闘機ヴァルキューレを瞬殺して見せた驚異の迎撃システムの情報開示を迫ったのだが、ヒルデガルドは頑として応じなかった。
話し合いが膠着する中、七聖国の一柱であるファーレン王国の次期女王を怒らせる愚を恐れた評議会側からの要請もあり、軍は泣く泣く彼女の説得を断念せざるを得なかったのである。
そんな状況であるが故に達也からの申し出は両元帥にとって望外の好条件であり、戦艦一隻と僅かな汎用艦で厄介払いができるのなら安いものだと算盤を弾いた彼らは、『そのような粗末な内容では軍の威信が……』などと表面上は渋い顔をして見せたものの、それ以上の抗弁はしなかった。
協議の結果、軍からはシルフィードと軽巡航艦クラスの護衛艦三隻を譲り受け、加えて都市型宇宙船『バラディース』防空戦隊用にティルファング二十五機を贈与するという内容で話が纏まったのである。
(まずは充分だろう。下手に勘繰られてガリュード閣下の御立場まで悪くする訳にはいかないからな……この程度で引いておく方が都合がいい)
充分納得できるその結果に達也は内心で安堵の吐息を漏らすのだった。
◇◆◇◆◇
銀河系中心宙域には直径一万五千光年程のバルジと呼ばれる多くの星々が集まる場所があり、その中心部に大小様々なブラックホールが点在している。
これらの影響が及ぶ範囲に位置する惑星は、知的生命体が存続する環境にはなく、必然的に人類の活動範囲は中心部から離れた場所に限定されていた。
銀河連邦が定める銀河中心域は八大方面域に隣接する範囲を指し、政治の中枢である行政府、立法府、司法府や各関連機関が集中するグラシーザ星系のダネル星は北部方面域に近い位置にある。
この星は最高評議会筆頭テベソウス王国の母星でもあり、隣接する宙域には銀河連邦宇宙軍本部アスピディスケ・ベースがある事でも有名だった。
また、始まりの七聖国といわれる国々の実に五つまでがこの銀河中心域に存在しており、ガリュードやアナスタシアの母国であるランズベルグ皇国は北西部方面域に程近いテュール星系の第四惑星セーラを母星とし、星系内の十個の惑星から産出される鉱産資源や貴金属、そして豊富なエネルギー資源の取引で莫大な財を成して繁栄を謳歌している。
興起・一五○○年を迎える前に、父である前皇王より皇位を譲り受けたレイモンド・ランズベルグ新皇王は、先代に勝るとも劣らぬ賢王だと臣民からの高い評価を受けており、その治世は強大な国力も相俟って盤石だといえた。
だが、それは表面的なものであり、ひどく気難しい顔をしているレイモンド皇王が執務用の豪奢な机を挟んで愛娘と向かい合っている様子を見れば、皇国の内情が決して平穏でないのが窺える。
皇王の執務室で二人きりで対面しているのは、他の皇族や重臣達に会話を聞かれない様にとの配慮に他ならなかった。
娘の名はサクヤ・ランズベルグ。先日十八歳になったばかりの第一皇女であり、母親であるソフィア王妃譲りの美しさと、腰まで伸びた藍青色のしなやかな長髪が目を惹く姫君で、国民からは『朝露の妖精』の二つ名で広く親しまれていた。
しかし、今の彼女には何時もの柔和な笑みなど微塵も見られず、悄然としている様子が痛々しくて声を掛けるのすら躊躇われてしまう。
とはいえ、いつまでも睨めっこをしていても埒が明かないと意を決した父皇は、極力穏やかな声で愛娘に訊ねた。
「私もソフィアも其方を責めている訳ではない……ただ、確たる理由もない儘に、求婚者を拒絶するのは皇王家の体面にも係わる大事だ。彼らの中には七聖国をはじめ有力貴族の嗣子も数多い……その意味が分からない其方ではあるまい?」
「御心配をお掛けしておりますのは申し訳なく思います……しかし、伴侶を決めるなど今はまだ……どうかお許しください」
父皇の気遣いが重圧になったのか、恐懼し深々と頭を垂れる姫君は、沈痛な声で謝罪を繰り返すばかり。
然も、婚姻を拒む胸の内は一切明かそうともせず、唐突に一礼するや、父の制止も聞かずに退出したのである。
残された皇王は片手で渋面を撫でながら、力なく溜息を吐くしかなかった。