第六十一話 神将の檄は銀河を席巻す! ②
『武力を以て他国に侵攻して無辜の民を虐殺しただけでは飽き足らず、占領地域の住民を階級付けし、愚劣な選民思想を強要して恥じないグランローデン帝国は元より、虚飾に塗れた偽りの正義を振り翳し、然も、己の正当性を主張する為ならば、抵抗する術さえも持たない避難民を見捨て、生贄に差し出すのも厭わない銀河連邦など、この銀河世界にとっては害悪でしかない!』
舌鋒鋭く二大勢力を糾弾する達也の映像には見る者を惹き付けて離さない迫力があり、その口から語られる言葉には、権力者に対する強い憤りが滲んでいる。
それ故に民衆の心に響き易く、然も、昨今の暴政に困窮させられている彼らからすれば、自分達の心情を代弁してくれた達也に好感を懐くのは当然の帰結だった。
その結果、銀河連邦とグランローデン帝国双方の勢力圏では、この演説を境にして反政府活動が活発になるのだが、それは今暫く後の話だ。
しかし、この世の春を謳歌していた支配階級の者達にとっては、その決起声明は寝耳に水のものであり、悪行を暴かれたばかりか足元で高まる民衆の不満への対処を余儀なくされたのだから、正に泣きっ面に蜂だと言わざるを得なかった。
尤も、モナルキア派を核とした貴族閥や、彼らの権力に擦り寄った厚顔無恥な面々が、この事態の深刻さを理解しているか否かは甚だ疑問だ。
彼らにとって重要だったのは、この弾劾声明により今後如何なる事態が起こりうるのか、という懸念ではなく、平民風情からの誹謗中傷で傷つけられたプライドを如何にして安んじるか、という些末な事でしかないのだから。
それ故に冷静な判断力を失った彼らは更なる苦境に陥るのだが、それは自業自得だと言う他はなかった。
これらの反応を鑑みるに、機動要塞から送られてくるデーターを受信し、梁山泊軍本部のシステムを介して銀河系全域に達也のメッセージを届けるという作戦は、一定の成果を上げたと言えるだろう。
現時点で先々の展開を見通すのは不可能だが、セレーネ星で待機している面々は作戦の成功を疑ってはおらず、専らヒルデガルドが構築したシステムに興味は集中していた。
「一体全体どんな魔法を使ったのですか? 幾らこの要塞の通信システムが優秀だとはいえ、銀河系全域にリアルタイムで映像と音声データーを送るなんて……」
「銀河ネットワークは評議会直轄のシステムですよ? モナルキアら貴族閥の愚物共が、自分達に都合が悪い演説を指を咥えて見ている筈がないでしょう。システムを遮断され、各方面域への送信をカットされるのではありませんか?」
通信や索敵といった分野に詳しいクレアが疑問を呈せば、誰もが懐く懸念を口にするアナスタシアは、訝しむ様な視線を見た目少女の殿下へ向けた。
そんなふたりに意地の悪い笑みを返すヒルデガルドは得意げに胸を張る。
「良い質問だねぇ、クレアくん! なぁ~に、そんな大層なものではないさ。答えは簡単、銀河の隅々まで張り巡らせられた転移ゲートに付随する機能を利用しただけだよん! 洒落た名前を付けるならば、『次元間ネットワークシステム』とでも呼ぼうか?」
「確かに転移ゲートには銀河ネットワークの要ですが、全ての宙域にリアルタイムで情報を送れるほど高性能ではなかった筈ですが?」
釈然としない表情のクレアに再度質問されたヒルデガルドは、如何にも平然とした顔でトンデモナイ事を宣った。
「その通りだよん。だから、ネットワークを通じて連邦評議会が占有している中枢コンピューター《マザー・ウィズダム》に特製のウィルスを潜り込ませ、一時的に機能を乗っ取ったんだ。内蔵されている拡張機能を開放すれば、リアルタイム通信なんか容易いもんさ」
「乗っ取ったって……また、乱暴な真似を……」
クレアは呆れて絶句するしかないが、悪びれた様子もないマッドサイエンティストは、然も可笑しいと言わんばかりに哄笑する。
「何が乱暴なもんかい!? その性能をフルに発揮すれば銀河系に生きる全ての人々の生活に役立つのに、それを封印して自分たちの利益のみに利用する連中に、何の遠慮がいるのさ?」
如何にもヒルデガルドらしい物言いだとクレアは苦笑いしたが、アナスタシアは憂鬱そうな面持ちで溜息交じりに口を開いた。
「踏ん反り返るしか能がない馬鹿共をやり込めて気分が良いのは分かりますがね、相手だって能無しばかりではないでしょう? ネットワークシステムの異常は直ぐに察知されるでしょうから、対応も迅速に行われるのではありませんか? 達也の演説が終わる前に対抗策を講じられたら意味がありませんわよ?」
アナスタシアの懸念は尤もだったが、口の端を愉快げに吊り上げたヒルデガルドは、意味深な台詞と共に含み笑いを漏らすのだった。
「対抗策? ふふんっ! その心配はないよん。木っ端役人風情に、この銀河系の大動脈を止める決断ができる筈がないからねぇ」
◇◆◇◆◇
クレアやアナスタシアが呆れ、ヒルデガルドがほくそ笑んでいた正に同じ時刻、銀河連邦を牛耳るモナルキア大統領は烈火の如くに嚇怒し、混乱に対処する術すら持ち合わせずに狼狽するばかりの側近や官僚達に罵声を浴びせていた。
「早くッ! この慮外者の暴言を黙らせるのじゃッ! いつまで戯言を吐き散らかせておくつもりだぁッ! この能無し共めがぁぁッ!!」
何の前触れもなく始まった演説は、連邦評議会のお膝元である国際都市メンデルをも席巻しており、市民らに動揺が広がっているとの報告も齎されている。
モナルキアは元より、銀河連邦という巨大な権力機構に寄生する者達にとって、この事態は到底看過できるものではなかった。
『祖先達が過去に成した大功を己が手柄と勘違いし、自らに流れる血が尊いなどと嘯いて悦に至る。こんな無知蒙昧な輩共が貴族を名乗るなど烏滸がましいにも程があるッ!』
評議会議場の大スクリーンに映し出される男の言葉は、嘲笑の刃となって、その場に集った者達の自尊心を傷つけ……。
『然も、浅ましくも物欲に溺れ、その下賤な性根を露にして民から血税を毟り取るとは神をも畏れぬ大罪であり、言語道断だと言わざるを得ないッ!』
享楽を欲した挙句、社会秩序を成すべき法を捻じ曲げた彼らを斬り捨てるのだ。
「おのれえぇ─ッ! これ以上の無礼な物言いは許さぬぞッ、白銀達也ぁッ!」
モナルキアは激昂して喚き散らすが、その声は虚しくも議場を震わせただけで、精々その場に居る者達を萎縮させるのみだった。
然も、己の怒りがスクリーンの中の男に届かない事実に苛立つ大統領は、恐懼して俯くしかない官僚達を血走った双眸で睨みつけて更なる罵声を浴びせる。
「愚図愚図せずにさっさと通信を遮断せよぉッ! どれほど荒唐無稽であっても、煽られれば容易く甘言に迎合して騒ぎ立てるのが愚昧な民衆の常だ! 帝国を叩き潰して銀河の覇権を手にせんとする今、これ以上の侮辱を許しては、我が銀河連邦の威信に係わるぞ!」
少しでも真面な感覚の持ち主ならば、これが、銀河連邦大統領の要職にある者の台詞だとは到底信じられないに違いない。
だからこそ、この声明を聞いた人々が、達也の主張に理があると判断する可能性は極めて高いと言える。
だが、その道理が分からない彼らは、死の淵から蘇った白銀達也という男に怨嗟の情を懐いて逆恨みするだけなのだから、救いようがないと言う他はないだろう。
兎にも角にも、モナルキアの懸念は正鵠を射ていたが、彼らが打てる手は皆無だと言わざるを得ないのが現実だ。
その老いた顔を朱染めるモナルキアの怒声に促された官僚のひとりが、青褪めた顔を俯かせたまま一歩前に出るや、掠れた声を振り絞って報告する。
「マザー・ウィズダムのメイン制御システムに紛れ込んだウィルスが混乱の元凶だと判明しております。これによって中枢回路が侵食されてAIの暴走状態が続き、特定の通信波を自動受信して同時にネットワークで繋がる銀河系の国々へ自動配信されているのです」
その報告に続き他の官僚らも口々に現在の混乱した状況を言い募った。
「中継された情報を受信したシステムはマザー・ウィズダムと同様の状況に陥り、一切の介入を許さずに暴走を続けております」
「その被害は各国が営んでいる国営放送や民間のネットワークにも浸潤し、現在、情報端末は、この演説で埋め尽くされていると申しても過言ではありません」
「それはグランローデン帝国も同様であり、帝国支配地に潜入しているエージェントからの報告でも明らかであります」
耳障りの悪い台詞で耳朶を嬲られたモナルキアは、官僚からの報告を怒声で一蹴するや、更に声を荒げて命令するのだった。
「愚にもつかぬ言い訳は聞き飽きたわッ! 早々に情報を遮断して、この不愉快な囀りを止めさせるのだッ!」
だが、官僚らは苦悶の表情を浮かべて視線を逸らすばかりで、誰も大統領の言に頷く者はいない。
その煮え切らない消極的な態度に鬱憤の限界を超えたのか、玉座を思わせる豪奢な椅子を蹴ってモナルキアが立ち上がった。
その怒りを滲ませた形相は尋常なものではなく、今にも護身用のレーザーガンを役立たずと断じた者達へ向け、引鉄を引くのではないかと思わせるに充分な迫力を滲ませている。
しかし、表情を強張らせて身体を震わせるしかない官僚達を庇ったのは、他でもないキャメロットだった。
彼は怒れる領袖の前に進み出るや、慇懃な仕種で頭を垂れてその場を執り成すべく進言したのだ。
「残念ながら、ウィルスの効果を無効化し、システムに介入する作業には半日以上の時間が必要との報告が入っております。また、暴走するマザー・ウィズダムは、連邦内の政治、経済、そして司法に至るまで全てのネットワークを統括しております故、これを停止させれば、インフラを含む全ての活動が深刻な影響を受けるのは避けられません」
彼が言う通り、なまじマザー・ウィズダムの処理能力とセキュリティが高いばかりに、過信して全てのネットワークを共通管理させたが故の失態だと言える。
大統領命令で強権を発動できないではないが、それによって引き起こされる二次災害は想像を絶したものになるのは確実だ。
それが延いては民衆の不安を煽り、如何なる不測の事態を誘発するか、誰も予想すらできなかったのである。
激情に煽られて理性を失う寸前だったモナルキアだったが、キャメロットの冷静な表情に促され、辛うじて暴発する短慮を思い留まったのだが……。
『もう、この様な搾取されるばかりの世界など真っ平御免だ! 傲慢極まる欲深な貴族など必要はないッ! だから私は此処に誓う! 痴れ者のモナルキア大統領を排斥し、愚昧な貴族閥を一掃するとッ!』
「おのれえぇ──ッ! よくも妄言を吐き散らしおったなッ! 許さん! キサマだけは絶対に許さんぞッ! 必ず八つ裂きにしてくれるから覚悟しておれッ!」
達也の辛辣な言葉によって煽られた彼の堪忍袋は容易く崩壊してしまい、罵声が議場に木霊するのだった。
この瞬間、銀河連邦評議会は怨敵をグランローデン帝国から白銀達也へと変え、その殲滅を目的として動き出したのである。
そして、その様子を冷めた表情のまま眺めているキャメロットは、内心で愉快げに哄笑していた。
何故ならば、全てが彼の思惑通りに動き始めたのだから……。




