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第六十話 混沌たる銀河世界 ①

 太陽系外周部で発生した大事件は、銀河連邦評議会並びにグランローデン帝国を牛耳り、我が世の春を謳歌(おうか)する為政者らを驚倒させるには充分な出来事だった。

 それぞれにとって都合の良い思惑を秘めて太陽系へ派遣した正規軍艦隊が、正体不明の艦隊に撃破されて全滅の憂き目を見たのだから、両勢力が混乱の極みに達したのは想像に難くないだろう。


 本来ならば、不都合な事実は隠蔽して(しか)るべきなのだが、それは予期せぬ事態に見舞われて不可能になってしまう。

 なぜならば、冥王星宙域での戦いが終わるのと同時に『銀河連邦軍艦隊とグランローデン帝国艦隊が壊滅!』との一報が地球発の情報として発信されたからだ。

 その所為(せい)で対応が後手に回ってしまい、情報統制に失敗したのである。

 (しか)も、続報と銘打って大々的に報道されたスクープの第二弾では、地球脱出艦隊が銀河連邦軍派遣艦隊と交わした交信データーが含まれており、銀河世界の守護者を自負する銀河連邦軍の無慈悲な対応が白日の下に曝け出されたのだ。

 今まさに蹂躙されんとしている避難民を平然と見捨てた行為の一部始終が暴露された衝撃は計り知れず、その真偽を巡って銀河連邦評議会は大いに紛糾する事態に(おちい)ったのである。


            ※※※


(おのれぇぇ……逃亡を図った避難民を粛清する帝国の非道を(あげつら)い、正義と秩序を護るという大義名分を得る筈がッ! 何たる失態ッ!)


 豪奢(ごうしゃ)な内装が施された扇状に拡がる雛壇(ひなだん)形式の議場を見下ろしながら、モナルキア銀河連邦大統領は胸の中で吐き捨てた。


 大統領就任を記念して新築された銀河連邦中央議事堂は、今まさに混乱と喧騒の最中(さなか)にあり、銀河連邦という巨大な権力機構を掌中に収めた彼の力を(もっ)てしても、容易に収められるものではなかった。

 偽りの蜜月に終止符を打ち、グランローデン帝国を滅ぼして銀河系の全てを己が支配下に置く。

 そんな積年の野望を果たす好機が訪れたと勇躍した矢先の出来事に、彼の憤怒は増すばかりだ。


()りにも()って救援要請を拒絶する交信を傍受された挙句に暴露されるとは……艦隊司令官の地位を得た程度で舞い上がりおってッ! あの愚か者がぁッ!)


 細心の注意を払うべき局面だったにも(かか)わらず安易に通常通信を選択し、拒絶の意を伝えた艦隊司令官は確かに軽率だったとの誹りは免れないだろう。

 慎重を期して副司令官なり参謀を勅使として派遣し、内々のうちに此方(こちら)の意志を伝えていれば、今回の様な騒動にはならなかった筈だ。


 これを機に無能な配下を粛清するべきか?

 懲罰人事の対象にされても当然だと言わざるを得ない失態なのだから、モナルキアがそう考えたのも至極当然の事だった。

 しかし、後悔先に立たずとはよく言ったもので、事態は彼の思惑を超えて深刻な様相を呈している。 

 貴族閥の躍進に押されて鳴りを潜めていた民主派を標榜する加盟諸国が、避難民救済を拒んだ軍部の横暴を非難し、今回の事態に大統領の意向が介在したか(いな)かを問題にして一斉に声を上げ始めたのだ。


(今や評議会での奴らの発言力は無いに等しいとはいえ、今騒がれるのは不味い。民主派を気取る有象無象が騒げば、事態収拾の為にまたぞろ帝国と歩調を合わせなければならなくなるだろう……愚昧な民衆を(しつ)けている最中(さなか)に無為に時間を浪費する暇はないというのにッ!)


 ままならぬ状況に舌打ちするモナルキアは八十歳を超えており、(すで)に老境の域に差し掛かっていると言っても過言ではない。

 医療分野の科学的進歩は目覚しく、老いて役割を果たさなくなった人体の部位を機械に置き換え、延命を図る技術は驚嘆の一言に尽きる。

 だが、それでも、いつか必ず訪れる命の終焉を回避する手段はないのだ。

 それ(ゆえ)に彼は焦っていた。


 思わぬ幸運にも恵まれたとは言え、念願の銀河連邦支配を成したモナルキアとて寿命には抗えない。

 ならば、自分が生きているうちに全銀河の支配者の地位を手にし、悠久の歴史に名を刻みたいと欲するのは至極当然の願望だった。


(連邦の重要な役職を独占し、それを餌にして手駒を飼いならした。青臭い理想論ばかりで現実を見ようともしない連中は排斥し、重税と新法による締め付けで愚昧(ぐまい)な民衆を調教する……何もかもが上手く廻り始めていたというのにッ!)


 彼を暴挙に走らせ、今また難事を前にして憤怒を(あらわ)にしているのは、モナルキアが自身の先行きに不安を(いだ)いているからに他ならない。

 それ(ゆえ)に新たな謎の敵の出現によって、残された時間を無為に浪費せねばならない愚を()いられたモナルキアは、耐え難い怒りを(いだ)かずにはいられなかったのだ。


(おのれぇッ! 何処(どこ)の何者かは知らぬが、草の根分けても捜し出し、必ず相応の報いを与えてくれるッ!)


 そう固く決意したものの、そのためには、眼下で騒ぎ立てている連中を黙らせ、浮足立った不愉快な空気を一掃しなければならない。

 難儀だと腹立たしくて仕方がない彼だったが、己が切望する未来をその手に掴む為に、上段に(しつら)えられた議長席から立ち上がり騒然とする議場を一喝した。


「静まれぇ──いッ! 浮足立って騒ぎ立てれば賊徒の思う壺であるッ! 銀河の盟主たる我が連邦の基盤はこの程度では小動(こゆるぎ)もしないのだ! まずは秩序の担い手として諸君の矜持(きょうじ)を示したまえッ!」


 その大音声は表立った喧騒を抑えはしたが、その底意に(くす)ぶる不満を鎮めるには至らない。


 そして同じ頃、武力による急激な支配地域の拡大を推し進めていたグランローデン帝国もまた、突然の凶事に狼狽して騒擾(そうじょう)の只中にあった。


            ◇◆◇◆◇


「賊徒共の正体と逃げた愚民共の行方は未だ掴めぬのかッ!?」


 元老院に参集している重臣達は顔を青褪(あおざ)めさせ、怒り心頭の皇帝が発した怒声に身を(すく)ませるしかなかった。

 雌雄を決するべき敵である銀河連邦の喉元に刃を突き付けるべく、その先兵として地球という駒を手に入れた矢先の凶報が、帝国に(もたら)した影響は計り知れない。


 皇帝とその側近たちにとって、今回の遠征は是が非でも成果を出さねばならない最重要事項であり、同時に、規模で勝る銀河連邦と()する為にも帝国の力を見せつける絶好の機会だと位置づけていた。

 政治的にも経済的にも旨味が薄い太陽系に彼らが望むのは、銀河連邦の勢力圏に侵攻する際の橋頭保(きょうとうほ)としての役割だけであり、地球とは対等の条約など不要と考えていたのも事実だ。

 それ(ゆえ)に早急な隷属化を促すべく強引な手段で反乱者を始末し、その一部始終を喧伝して地球人類を屈服させんと目論んだのだが、それは予期せぬ乱入者の介入で水泡に帰してしまった。


 (しか)も、決して余裕があるとは言えない軍の状況の中で、各艦隊から抽出して編成した三百隻近くに上る派遣艦隊が全滅の()き目を見たとあっては、リオン皇帝自身が思い描いた野望が頓挫(とんざ)したと言っても過言ではなかった。

 だからこそ、眦を吊り上げて嚇怒する皇帝からの下問へ迂闊(うかつ)に答える愚を控えた重臣達は、ある意味で懸命だったと言える。

 (もっと)も、それが有能な臣下が採るべき忠節かと問われれば、(はなは)だ疑問だと答えるしかないのだが……。


 とは言え、銀河系に()ける一方の雄と称せられるグランローデン帝国の名は伊達ではなく、道理を(わきま)えた忠臣は確かに存在した。


「陛下。気を御静め下さい。この場で御怒りあそばしても事態は解決いたしませぬ。皇帝陛下が泰然と構えていなければ、無用な騒乱が拡大するばかりですぞ」


 帝国貴族ばかりで選抜された元老議員達が居並ぶ中、首を(すく)めて沈黙する彼らに代わって諫言したのは、クリストフ・カイザード近衛騎士団団長だった。

 だが、リオン皇帝が唯一“莫逆の友”と呼んで(はばか)らない人間とはいえ、今の状況での忠言は叱責を免れないと判断した他の重臣達は、揃って我関せずと言わんばかりに視線を床に落とす。

 事実、皇帝がクリストフに向けた視線には、明らかに憎悪の気配が滲んでいたのだから、彼らの懸念が杞憂だったとは言えないだろう。

 しかし、帝国近衛騎士団を統べる彼の胆力もまた並ではなく、凪いだ湖面の(ごと)き澄んだ瞳で主君を見据えて淡々と意見するのだった。


「アヴァロンやその周辺では騒乱に繋がる気配はありませんが、我が帝国の占領下にある惑星や、現在侵攻して戦闘が継続している星系では、反帝国の動きが顕著(けんちょ)になっているとの報が入っております。それらを増長させぬ為にも、陛下には帝国の盟主に恥じぬ振舞いをして戴かなければなりません」


 諫言にしてはひどく冷めた物言いだったが、それを補って余りある圧が彼の言葉にはある。

 クリストフの実相を知るリオンはその言を無視できず、豪奢(ごうしゃ)な玉座に片肘をついて鼻を鳴らしたかと思うと、その視線から顔を背けた。

 しかし、それは不快の表れではなく、彼なりの照れ隠しだと知るクリストフは、無表情を()(つくろ)いながらも、内心で安堵の吐息を漏らす。

 そんな彼へリオンは固い声で下問する。


「ならばどうすれば良いッ!? この恥辱を放置すれば我が名も帝国の威信も地に堕ちようッ!? 高笑いするのは連邦の愚物のみッ! その様な屈辱は断じて看過できぬぞ!?」

「まずは支配域の民心の引き締めを図るべきでしょう。足元を盤石にしておけば、急変する事態にも対処は可能であります。少々強引な手段を講じてでも、反抗心を隠さない者共の心を折るのが肝要かと……」


 クリストフは己が吐いた言葉に嫌悪せざるを得なかった。

 暴力を(もっ)て民衆を意の儘にしようとする手法を彼は好まないし、(むし)ろ唾棄すべき行為だと思っている。

 だが、現在帝国が直面している危機に対処するには、()えてリオンが好む手法を提言せざるを得なかった。

 現に奏上した提言を聞き、その瞳に嗜虐の炎を燃やすリオンを見れば、己の判断は間違ってはいなかったと断言できる。

 だが、そんな時に限って胸に(わだかま)る想いが蘇るのだ。


『前皇帝陛下を弑逆(しいぎゃく)し、この男を皇帝と仰いだのは間違いではなかったのか?』


 仄暗(ほのぐら)い想いに(とら)われるクリストフだったが、再度リオンから投げ掛けられた質問に耳朶を叩かれ、そんな感傷は雲散霧消してしまう。


「なるほど……分かった。各方面司令部へ勅命として通達しよう。だが、我が帝国に盾突いたばかりか、その面目にまで泥を塗った賊徒共をこのまま放置するのか?派遣艦隊が全滅したにも(かか)わらず、詳細を知る術もないのでは、今後の対応で後手を踏むのは確実であろう!?」


 そのリオンの懸念は(もっと)もであり、頭の痛い問題に他ならないが、(むし)ろクリストフにとっては気重な質問ではなかった。

 相手は武力を(かざ)して牙を剥く賊であって力なき民衆ではないのだ。

 帝国に(あだ)なす敵には、近衛武官である彼が情けを掛ける(いわ)れは一片たりともないのだから。


「それは御心配ないと思います。正面切って戦いを挑んで来た以上、今更こそこそと隠れる様な真似は致しますまい。近いうちに賊徒の方から名乗りを上げる筈……それまでに艦隊の再編と戦力の増強を急ぐべきでありましょう」


 その言葉にリオンが大きく頷くや、その様子を見た重臣達の表情にも色が戻る。

 だが、クリストフは言い知れぬ不安を(いだ)かずにはいられなかった。


 人間性はいざ知らず、リオンの能力に疑問を挟む余地はないだろう。

 だが、その周囲を固めるのが保身に汲々とする連中ばかりという現状は、大いなる危険を(はら)んでいると危惧せざるを得ない。

 だが、今の彼に人事を左右する権限はなく、みすみす災厄を招く恐れがある存在を看過せねばならないのは、まさに断腸の思いだった。

 それが如何(いか)なる結果を帝国に(もたら)すのか、今の彼を(もっ)てしても、明確な解答を得るには至らなかったのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] …………こんな連中に宇宙が支配されようとしていると考えるだけで、頭が痛くなりますねぇ( ̄▽ ̄;)
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