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第五十九話 一擲乾坤を賭す ⑤

「アーベント被弾! 戦列から脱落しますッ!」


 悲鳴にも似たオペレーターの金切り声に耳朶を叩かれたヨハンは、忌ま忌ましげに舌打ちしながらも間髪入れずに指示を下す。


「僚艦が抜けた穴を埋める! 機関増速! 砲火を切らすなッ!」


 艦長の命令を瞬時に履行(りこう)した汎用型護衛艦ホープは、味方艦が抜けて生じた隙間に船体を(すべ)り込ませて防戦を継続する。

 被弾大破して行き脚を減じた僚艦は、陣形から脱落するや、敵艦砲の集中砲火を受けて爆散した。


(くそッ! (わず)か三十隻で編成された旧式艦の寄せ集め艦隊を、新鋭艦で袋叩きにするのが帝国の流儀なのかよッ!)


 奮戦(むな)しく虚空に散った仲間達の最後を目の当たりにしたヨハンは、そう憤慨しながらも、一方的に劣勢を()いられている戦況に(ほぞ)を噛むしかなかった。

 艦隊旗艦こそ戦艦級だが、他の味方艦は退役間際のポンコツ駆逐艦ばかりであり、士官不足の所為で艦長に任命された彼が指揮する乗艦も、その例に漏れない。

 優速な帝国艦の追撃は迅速()つ苛烈を極め、当初あった距離のアドバンテージは(すで)に無いに等しく、冥王星宙域に達すると同時に捕捉されてしまった。


(避難民を乗せた客船の装甲では砲撃を防ぐ術はねぇ! くっそぉ! 八方塞がりかよッ!)


 胸の(うち)で悪態をつくヨハンの脳裏に絶望の二文字が()ぎるが、その弱気を怒りで上書きした彼は、最後の最後まで戦い抜くのだと自らを鼓舞する。

 その敢闘精神は敬愛する白銀達也教官から学んだものであり、苦境にあって(なお)、奮戦を決意する彼を支える唯一の拠り所だった。


             ※※※


 興起一五〇三年が幕を開けるのと同時に、地球統合政府とグランローデン帝国は安全保障と通商条約締結し、両国の間に同盟関係が成立した。

 これを契機にして地球圏に()ける反帝国勢力は急速にその勢いを減じ、反対運動を担っていたグループは瓦解。

 同時に土星と木星の連合公社も親帝国派の執行部に権限を掌握(しょうあく)され、その性格は大きく変貌してしまった。

 この結果、太陽系を二分した騒動は鎮静するかと思われたのだが、同盟締結式典で帝国執政官がぶち上げた演説により、その道は断たれてしまう。


『我がグランローデン帝国は、皇帝陛下の御心に異を唱える不届き者に与える慈悲を持ち合わせてはいない! よって、反社会的な思想を振り(かざ)して同盟締結に異を唱え、(いたずら)に世情を騒がせた者は、その身分や性別を問わず反逆者と認定する!』


 この宣言は(またた)く間に太陽系を駆け巡り、グランローデン帝国との同盟に反対していた人々を震撼させた。

 それ(ゆえ)に彼らの多くは、危急の事態をやり過ごすべく、不都合な過去には沈黙を貫き、笑顔を()(つくろ)って同盟を締結した故国と帝国を賛美したのである。

 しかし、そんな姑息な宗旨替えを容認できない人々は少数ながらも存在しており、最後まで同盟の再考を訴えたが、統合政府はこれを拒絶する。

 そして、盟約を尊守するという大義名分を得た帝国総督府は、彼らを罪人と認定しただけでは飽き足らず、麾下(きか)の派遣艦隊に対し討伐令を発したのだ。


 この暴挙に一部の軍人らが反発して統合軍と(たもと)を分かち、土星の衛星エンケラドスの自治都市で活動していた反帝国派の生き残りと合流した。

 だが、彼らに救いの手を差し伸べる存在はなく、必然的に地球圏からの脱出行を余儀なくされたのである。

 彼らが一縷(いちる)の望みを(たく)すのは、帝国と敵対している銀河連邦に他ならず、(たと)え、除籍された元加盟国の国民であっても、難民であれば救済の手を差し伸べてくれるかもしれない……。

 そんな不確かな希望だけが、彼らに残された唯一の活路だった。


 そして、軍からの離反者を統べるのは元ロシア方面戦域司令官セルバ・ヴラーグ陸軍大将であり、副官だった(こう)霊蓬(れいほう)大佐と多数の部下達も、敬愛する司令官と行動を共にするという道を選択をしたのである。

 勿論(もちろん)、ヨハンと神鷹は父親の信念に賛同して追随したのだが、それは彼らだけに止まらず、同じ白銀組として伏龍士官学校で学んだ十六名の仲間達も同調して反乱に参加したのだ。

 (しか)も離反者の中には、航宙研修などで白銀達也と知己を得た面々の顔も多く見られ、如何(いか)に彼が多くの人間に影響を及ぼしたかが(うかが)えた。

 (かつ)て、クラウスが皮肉混じりに(うそぶ)いた様に、白銀達也に係わった人間は皆が熱に浮かされて損得勘定ができなくなる……。

 今まさに死地へ飛び込まんとする彼らに祝福が有るか(いな)かは、(まさ)に神のみぞ知ると言う他はなかった。


             ※※※


「駄目だ! 避難民を乗せた輸送船の速度が低下している! この儘では最後尾の船が帝国艦の射程圏内に入ってしまうよ!」


 一心不乱に必死の操艦を続けながらも、避難船団の好ましくない状況をその視界に捉えた神鷹が切羽詰まった声を上げた。


「敵前衛艦隊増速! 更に距離が縮まります!」

「敵艦のシールドに(はば)まれ、こちらの砲撃は効果がない!」

「クヴァレとハーフェンも被弾ッ! 火災を誘発!」


 狭い艦橋で金切り声を上げているのは、伏龍時代からの腐れ縁でもある白銀組の仲間ばかりだ。

 これは、気心が知れた者同士の方が意志の疎通も円滑だろうという司令部の配慮に他ならず、彼らは(そろ)ってヨハンが艦長を務める駆逐艦ホープ乗り組みを命じられたのである。


 伏龍を卒業し、少尉任官を果して軍人になってから三年弱。

 日々訓練に励んできたとはいえ、比較的平穏な地球圏では実戦など滅多に経験できる筈もなく、精強な敵を相手にして防戦一方になるのは仕方がなかった。

 (むし)ろ、絶望的な戦況でもパニックにも(おちい)らず、己の職分を全うしようとするその姿勢は、称賛されて(しか)るべきだと言わざるを得ない。


(だが、太陽系絶対防衛ラインまでは遠すぎる……この儘じゃぁ……)


 起死回生の一手はないか、と懸命に考えるヨハンだが、不利な戦況を(くつがえ)す妙手など容易(たやす)く思い付く筈もなく、軍人として己の実力不足を思い知らされて(ほぞ)を噛むしかなかった。


 しかし、秒単位で変化する戦況は、ベテランであろうと新米であろうと、等しく決断を突きつけてくるから始末に負えない。


「艦長! 旗艦ヴァイザーより通信が入りました!」


 緊急事態でもあり、通信担当の仲間は許可を待たずに回線を開いた。

 そして、メインスクリーンに映し出された父親の顔を見て嫌な予感に背筋を撫でられたヨハンは、反射的に渋い表情を浮かべてしまう。

 そして、残念ながら、彼の勘は正鵠(せいこく)を射ていたのである。


「護衛艦ホープは直ちに陣形を離脱し、先行する輸送船団の直掩に就け!」


 父親から下された紋切り型の命令が何を意味するかは、戦闘経験が乏しいヨハンでも(あやま)たずに理解できた。

 軍人になってまだ日が浅いヒヨッコ達を死なせるのは忍びない……。

 艦隊司令官として、せめてもの温情に他ならないのは理解できる。

 しかし、それが司令部の総意だと分かってはいても、『ハイそうですか』と素直に頷けるものでなないのだ。

 だから、ヨハンは軍の根幹を成す上意下達(じょういかたつ)の慣行を無視した挙句に、父親の立場にも何ら配慮せずに声を荒げていた。


「ふざけるなッ! こんな紙装甲のボロ船じゃぁ盾にもなれねぇよッ! それに、味方を見捨てて逃げるなんて真っ平御免だ! 船団護衛の直掩なら、多少はマシな装甲を持つアンタの旗艦こそが適任だぜッ!」


 だが、そこは親子だ。

 トレードマークの禿頭(とくとう)から湯気を吹きださんばかりに激昂したセルバは、(こら)え性のない我が子を一喝した。


「馬鹿者! 若者の未来を犠牲にして年寄りが生き残ってどうすると言うのだ! 時間は我々が稼ぐ。おまえ達は船団を護って太陽系外へ離脱しろ! 銀河連邦西部方面域の勢力圏に入ってしまえば、帝国艦隊は追撃を断念せざるを得ない筈だ! それしか民間人を逃がす術はない!」

「正気で言っているのか? 帝国前衛艦隊にさえ苦戦しているんだ。直ぐに後続の本隊も追いついて来る。そうなったら太陽系外へ脱出する前に袋叩きにされて終わりだぜ!」


 ヨハンの反論は正しく現状を把握してはいたのだが、セルバの言う通り、彼らに残された選択肢は無いに等しいのも事実だ。

 だから、活路を(ひら)く可能性が薄いと分かってはいても、民間人を逃がす為に玉砕覚悟で最後の抵抗を試みるしかないのである。


「奴らの好きにはさせんッ! 儂らが必ず帝国艦隊を足止めして見せるッ!」

「その為には一隻でも戦力が必要だろうが! 避難民を乗せた船団が敵艦砲射撃の射程範囲に(とら)えられたら、旧式の駆逐艦じゃぁ手も足も出ねえよ……だったら!」


 父親の説得を断固拒絶したヨハンは、不退転の決意を滲ませた瞳でスクリーンの中の父親を(にら)みつけて吠えた。


「敵わないまでも反撃して一矢報いる! 多少でも敵が混乱して足が止まれば儲けものだ……『軍人は弱者の盾になって戦うからこそ、その存在を(ゆる)されている』と俺達は白銀提督に教わった。それなのに恩情に(すが)って逃げたとあっては、あの世で提督に会わせる顔がなくなる! そんな恥ずかしい真似はできねえよッ!」 


 長く軍に奉職して来たセルバには、艦橋にいる仲間全員がヨハンと想いを同じくしているのは一目瞭然であり、決意を滲ませたその顔を見た彼は、嫉妬と驚喜という相反する想いを(いだ)いて苦笑いするしかなかった。


(まだまだヒヨッコだと思っていたが、何時(いつ)の間にか一人前の顔をする様になったか……だが、(ねた)ましいものよ。息子を導いたのが他人だという事実が、これ程までに歯痒(はがゆ)いとはな……)


 士官学校在校中の息子を指導し、良い意味で絶大な影響を与えた人物。

 それが白銀達也であり、後日、その正体が銀河連邦軍の将官だったと知った時には随分と驚かされたものだ。

 太陽系に侵攻して来たバイナ共和国艦隊を手玉に取ったその能力は秀逸の一言に尽き、同じ軍人として戦術並びに戦略眼に優れた名将だという評価に異論はない。

 しかし、我が子が傾倒した人物が自分ではないという事実は、父親としてひどく寂しく、腹立たしいものがある……。

 そんな益体もない事を思うセルバだったが、事態は刻一刻と切迫の度合いを増しており、決断の為に残された時間は寸毫もない。

 だから、思わず(こぼ)れそうになる笑みを堪えた彼は、苦虫を嚙み潰したような表情を()(つくろ)って鼻を鳴らしてみせた。


「ふん! ならば簡単に沈むなよ。旗艦より先に撃沈されたら、あの世でたっぷりと笑ってやる。勿論(もちろん)、白銀閣下と一緒にな!」


 その言葉にヨハンは破顔して口角を吊り上げたが、それは神鷹や仲間達も同様であり、最後の戦いに居場所を与えられたのが心底嬉しかったのである。

 そんな若者たちの姿を見たセルバは、参謀長の霊蓬と顔を見合わせて苦笑いする他はなかった。


 しかしながら、急変する事態は、そんな彼らを更なる窮地へと追い詰めていく。


「レーダーに感あり! 避難船団前方に艦影多数! 太陽系との境界線上に展開しています! 識別コード照合……銀河連邦軍艦隊ですッ!」


 オペレーターの絶叫がやけに重く感じられたセルバは、背筋を貫いた悪寒に震えて表情を強張(こわば)らせるのだった。  

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― 新着の感想 ―
[一言] おぉう、ヨハンかっちょいいぜ!!(゜Д゜;) そして最後の最後……この状況じゃ、なんだか嫌な予感しかしないぜ!!
[一言] あけましておめでとうございます、 昨年は楽しい作品ありがとうございました今年も楽しみに次の更新待ってます。 いよいよ梁山泊が世に出ることによろしくお願いします。
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