第五十九話 一擲乾坤を賭す ④
『生態ユニットの耐久性能は以前よりも大幅に向上した。とは言っても、実戦投入は五回が限度じゃろう。耐圧ユニットに守られてはいても所詮は生身の身体じゃ。無人機の激しい機動には、そうそう耐えられるものではないわい』
そう言って鼻を鳴らした男の顔には何処か喜悦が滲んでおり、満足できる結果を得て有頂天になっている様に見える。
しかし、キャメロットの興味は依頼していた案件の成否以外にはない。
だから、結果に対し一定の評価をしながらも、無邪気にも喜色を浮かべる男には何の感慨も懐けず、淡々と事実だけを受け入れた。
(一応は成果を出したか……運用面での脆弱さは否めないが、贅沢を言ばキリがないからな……)
タブレット型通信端末の画面に映っているのは、今は亡き父の嘗ての盟友だったサイモン・ヘレ博士だ。
キャメロットの要望を二つ返事で引き受けた彼は、ヒルデガルドが製造した無人迎撃機兵器を調査解析し、そこから得られたデーターを基にして、新型機動兵器の開発に没頭していたのだが、二年という歳月をかけて、漸く試作機を完成させたという次第だった。
「なるほど……しかし、過去の代物は負荷の少ない艦船搭載型だったにも拘わらず、耐久性は無きに等しかった。だが今回は、加圧によるダメージが避けられない人型無人機動兵器搭載ユニットです……使い捨て可能なユニットとして、その稼働限界値ならば上出来でしょう」
自分でも驚くほど、事務的で平坦な物言いが口から零れ落ちる。
画面の中のヘレ博士が不満げに表情を強張らせたのを見れば、彼が称賛を期待していたのは充分に理解できたし、己の愛想のなさには、キャメロット自身も呆れる他はない。
だが、そんな人間らしい感情など、今の彼には然して重要だとは思えなかった。
目的を達成する為の手駒が手に入った……只それだけの事に過ぎないのだから。
(思ったよりも時間を浪費した。オルドーに命じて試作機のテスト運用と性能評価を急がなければならないな。可能な限り早期に量産体制を整えなければ……)
今後のスケジュールを算段するキャメロットだったが、既に無人機動兵器本体は量産が始まっており、問題がないのは承知している。
検証が必要なのは機動兵器の核となる生態ユニットであり、少なくともヘレ博士のお墨付き通りの性能が確保されたならば、これまでの戦争の概念を覆すスーパーウェポンになるのは間違いない。
だが、それも検証の結果次第であり、一朝一夕に片付く問題でないのも事実だ。
だからこそ、通信端末の画面に映るヘレ博士を一瞥したキャメロットは、まずは懸案事項を片付けるべく、極めて率直に質問を投げ掛けたのである。
「今日は随分とお洒落な格好ですね? 博士。ダネルのホテルで再会した時を思い出します……これから何処かへお出かけですか?」
その質問を待ち侘びていたのか、これ見よがしに相好を崩したヘレ博士は、軽く鼻を鳴らして嘯いた。
『これは一張羅じゃよ。あの時と同じ格好さ……仕事が終わった以上、お前さんの下に留まる理由など儂にはないのでね』
そう言う彼は何時もの白衣ではなく、再会した時と同じく地味なグレーのスーツを纏っている。
真冬である今の気候を鑑みれば随分と薄着だと言わざるを得ないが、端末画面に映る彼の周囲の映像は宇宙船の客室だと一目で分かり、防寒着を着ていない理由にも合点がいく。
「急ぐ必要はないでしょう? 博士にはプロジェクトの成功を祝うセレモニーにも出席して貰わなければなりませんし、モナルキア大統領閣下にも御引き合わせしようと思っているのですが……」
如何にも驚いたと言いたげな物言いだが、それが、白々しい虚言であるのは当の本人のみならず、ヘレ博士も重々承知していた。
だから、化かし合いには付き合いきれないと嗤い、本心を語ったのだ。
『心にもない追従など似合いはせんぞローラン。お前は儂を憎んでいるだろう? ウィルソンを破滅させたのは他ならぬ儂だと思っているだろう? だがな、それは違う。言い掛かりも甚だしいぞ。奴は心が弱かった。娘の病気を治したいと思っているうちは良かったが、それが無理だと分かった途端、つまらぬ罪の意識に囚われて自滅した……寧ろ、迷惑を被ったのは、逃亡生活を余儀なくされた儂の方さ』
まるで過去を懐かしむかの様に目を眇めるが、その口元には明らかに嘲笑が浮かんでいる。
『仇扱いされるなど心外だから、さっさと退散しようと決めておったのさ。分かっていたよ、ローラン。あのホテルの部屋で再会した時から……お前さんの心の奥底で儂に対する瞋恚の炎が燃えているのをな』
その饒舌な物言いは、己の安全を確保しているが故の余裕に他ならず、それはひどく癇に障ったが、キャメロットは敢えて無言を通す。
そんな彼の態度を諦めと判断したヘレ博士は、如何にも気分が良いと言わんばかりに声を弾ませ、別れの言葉を口にした。
『どうやら出発の時間になったようだ……忠告までに言っておくが、今更慌てても無駄じゃよ。儂が乗る船を特定するのは不可能だし、時すでに遅し……名残惜しいが、これが今生の別れとなろう。父や妹の分まで長生きするがいい』
一方的にそう捲し立てたヘレ博士は、惜別の言葉など期待してはいなかった様でさっさと通信を切ってしまう。
だが、キャメロットは一切表情を揺らさず、まるで何事もなかったかの様に仕事を再開するのだった。
※※※
(大幅に性能が向上した生態ユニットのデーターと、新型機動兵器の設計データーさえあれば、帝国も儂を粗略には扱うまいて……)
惑星ダネルの王都から南東へ千km離れた港湾都市フェーベラには、小規模ながらもマスドライバーがあり、宇宙への玄関口として栄えている。
今まさにその台座を滑走して発進したシャトルはグランローデン帝国籍であり、衛星軌道上で待機する母艦へ向けて順調に大気圏を上昇していた。
研究成果を手土産にして帝国へ亡命するべく、シャトルのシートに身体を預けているヘレ博士は、栄光が約束された未来を思ってほくそ笑んだ。
帝国のエージェントとの交渉は気が抜けるほど呆気なく纏まり、新設される科学技術研究センターの所長として迎えるとの確約を得ている。
(この研究成果さえあれば、銀河連邦の新型機動兵器を上回る同種兵器を開発するのは容易いっ! 儂の研究を理解せず、下らぬヒューマニズムを振り翳した愚かな連中に積年の恨みを晴らす時が来たのだ!)
盟友と信じていたウィルソン・キャメロットの裏切りが原因とは言え、その後の逃亡生活で味わった辛酸は今でも忘れられない。
にも拘わらず、プロジェクトに出資していた貴族や企業は、我関せずとばかりに頬被りを決め込んで知らぬ顔をしたのだ。
(思い知らさずにはおかんぞ……連邦の新型を上回る無人機動兵器を完成させるのだ。そして、儂を貶めた全ての愚物共を皆殺しにしてやるッ!)
仄暗い復讐の炎に心を焦がすヘレ博士は、漸く掴んだ復権のチャンスを生かすべく、帝国内の重鎮達との交渉に想いを馳せた。
手にしているタブレットには、彼の悲願を叶える為の貴重なデーターが詰まっている。
「これさえあれば……これさえあれば儂は……」
そう繰り返し呟く彼の脳裏を称賛と栄光に満ちた未来が過ぎり、表情には愉悦と狂気が色濃く滲んだ。
漸く訪れた千載一遇の好機をものにすれば、栄耀栄華は思いのまま……。
そう悦に入るヘレ博士は、口角を吊り上げて高笑いするのだった。
だが、その心地よい夢想は唐突に終わりの時を迎える。
彼が指先で愛おしげにタブレットを撫でた瞬間、漆黒の画面に何の前触れもなく文字が浮かんだ。
そして、それを見たヘレ博士は、驚愕して顔を強張らせてしまう。
【地獄で父が待っている】
起動していないにも拘わらず、タブレットに表示されたメッセージ。
それを仕込んだ者の名を口にする時間は、ヘレ博士には残されてはいなかった。
そして画面から文字が消えたのと同時に、タブレットは眩い閃光を発して熱量の塊へと変貌を遂げる。
規模としては局所的な爆発でしかなく、本来であれば極々小さな被害で済む筈だが、それが大気圏を上昇中のシャトルの中で炸裂したとなれば話は別だ。
内部からの爆発に脆弱な機体が耐えられる筈もなく、シャトルは瞬く間に荒ぶる火球へとその姿を変え、仄暗い宙空に散ったのである。
ひとりの男の狂気、そして、妄執を道連れにして……。
※※※
執務机の上に設置されている通信端末のコール音が鳴り響く。
「何か?」
精査中のデーターから視線を上げずにキャメロットが短く問うと、ランデルの淡々とした声が返ってきた。
『キャメロット様。フェーベラから発進したグランローデン帝国籍のシャトルが、原因不明の事故を起こし爆散したとの報告がありました。全て予定通り。生存者はゼロです』
そう報告した部下が返事も待たずに通信を切ったのは、それが、既に予定されていた結果に他ならないからだ。
「貴方が帝国のエージェントと密会していたのは筒抜けでしたよ……夢の続きは、あの世とやらでゆっくり見れば良い……」
淡々とそう呟いたキャメロットの胸中は凪いだ水面のようであり、積年の恨みを果たした感慨などは微塵も湧かなかった。
何故ならば、彼にとってヘレ博士の存在などは路傍の石ころに過ぎず、体の良い技術提供者でしかなかったからだ。
今後の計画に関与しない人間の存在などは、どうでもいい……。
そう断じたキャメロットは、何事もなかったかの様に仕事を再開するのだった。
◇◆◇◆◇
銀河標準暦・興起一五〇二年最後の月に起こった騒乱は、開星以来、最も忌まわしい出来事として地球人類の記憶に刻まれる事になる。
同年の夏には、新生銀河連邦評議会から一方的に除名宣告を突き付けられ、その僅か一ケ月後には、グランローデン帝国から同盟を申し込む使節団が来訪するという仕儀となり、地球は未曾有の混乱に見舞われたのだ。
世論が親帝国派と反帝国派に分かれて議論が沸騰する中、各地で小競り合いが頻発する。
しかし、たとえ意見は違っても、除名宣告を下した銀河連邦への非難は同じであり、先の見えない状況に不安を懐く反帝国派の陣営は、時間が経過すると共に帝国容認へと宗旨替えする者達が増え、次第にその勢力を減じていった。
そして、その動きは土星・木星連合公社と地球統合軍も同様であり、喧々囂々の騒動の挙句、少数勢力となり果てた反帝国派に対する弾圧が各地で勃発する。
然も、帝国艦隊が地球圏を目指して出撃したとの凶報が重なった結果、辛うじて迫害を逃れた人々は、故郷を離れる決心をせざるを得ない所まで追い詰められたのだった。
時に銀河標準暦・興起一五〇三年初頭。
銀河系全体に波及する大乱の舞台は、年明けと同時にその幕を開けたのである。




