第四十九話 それぞれの幕間~銀河連邦編②~
「お疲れ様でした。最高評議会は随分と紛糾しているようですが、何か進展がありましたか? キャメロット様」
執務室に戻ったキャメロットを出迎えたニクス・ランデル中佐は、その顔に僅かばかりの疲労を滲ませた領袖を慮って訊ねた。
「相変わらずだ。もう少しすんなりと事が運ぶかと思ったのだが……いやいや、中々にしぶとい。さすがに『銀河の女王』の異名は伊達ではないな。ティベソウスやルーエの執政では相手にもならぬよ」
意外にも軽口を以て答えたキャメロットだったが、ランデル中佐やオルドー大尉にしてみれば、敬愛する主が憤りを覚えているのが分かるだけに、迂闊に笑えもせずに平静を装うしかなかった。
そんな側近の気遣いをキャメロットは察してはいたが、敢えて体面を繕う必要を感じず、そのまま執務用のデスクの椅子に身体を預ける。
1501年も間もなく終わりを迎えようかというのに、モナルキア派の悲願は 未だに果たされてはおらず、終わりの見えない消耗戦が繰り広げられている。
東部方面域での帝国との紛争に一応の終止符を打って、航宙艦隊の多大な損失と引き換えにファーレン王国の占領に成功した。
その快挙の報に接したモナルキア以下貴族閥の誰もが、その手に掴んだバラ色の未来を信じて疑わなかったであろう。
だが、良識派と呼ばれる少数の勢力にとって最後の牙城であるランズベルグ皇国の抵抗は激しく、特に舌戦の矢面に立って並みいる七聖国の代表者を論破し続けるアナスタシア・ランズベルグは、モナルキア派率いる貴族閥には正に災厄に等しい存在に他ならなかった。
盟友だったファーレンが脱落したにも拘わらず、その人望と卓越した政治手腕は益々冴え渡り、モナルキアの息が掛かった他の七聖国代表者達では、到底その足元に及ばないのを改めて思い知らされたのである。
「だが、悲しいかな孤軍奮闘では、我々に傾きつつある時流を阻むのは不可能だ。年明けにずれ込むだろうが、モナルキアの大統領指名は確実だろう」
この場には信頼する配下しかいないとはいえ、敬称も付けずに己が主を呼び捨てる行為がキャメロットの苛立ちを如実に物語っている様で、ランデルとオルドーは危惧を懐かずにはいられなかった。
「キャメロット様。思うに任せぬ状況に苛立たれる御気持ちは理解しておりますが……何処に他者の耳目があるかもしれません。くれぐれも御自重くださいますように……」
ランデルは殊更に渋面を取り繕って諫言したのだが、それが杞憂だったと知って恥じ入ってしまう。
「忠言はありがたいが、その程度は弁えているよ。今はまだ忍従の時だ……いずれ決定的な力を手に入れるまでは精々従順なフリをしてやるさ……だがモナルキアも我々にとっては粛正対象に他ならない……それを忘れないように」
そう返答した途端、彼らの表情に安堵の色が浮かぶのを見たキャメロットは、 己の未熟さに慨嘆しながらも、そんな素振りはおくびにも出さずに話題を変えた。
「さて、統治下に置いたファーレンの現状はどうなっている?」
「接収の際の騒動から既に二ヶ月が経過しておりますが、王都と主要都市が密集しておりました大陸は完全に海洋に没し、活発化している海底火山脈の影響から接近も儘ならぬ有り様です。それと、再度の綿密な捜索にも拘わらず、ファーレン人は誰一人として発見されませんでした」
監査官として艦隊に随行していたオルドーがそう言えば、情報部を指揮して銀河連邦加盟諸国家で活躍していたファーレン人の調査を担当したランデルが忌ま忌ましげに舌を弾く。
「消息を絶ったのは本星の国民ばかりではありませんよ。各国で活躍していた著名なファーレン人達は言うに及ばず、彼の国の出身者だと登録されていた全ての者達が煙の様に消え失せてしまったのです」
エリザベート女王の決別宣言を受けた銀河連邦評議会は直ちにファーレン王国を叛逆の徒として最高評議会から除名し、テロ行為を未然に防ぐという大義名分を掲げ、素性の知れているファーレン人を拘束するべくGPOに大号令を発した。
しかし、優秀な捜査官を大挙動員したにも拘わらず、捕縛された者は皆無という報告に、貴族閥が牛耳る評議会が混乱を極めたのは当然の帰結だった。
駐在大使や外交官などの政府要人は元より、科学分野、文化芸術、経済活動従事者やその他留学生に至るまで、全ての者達が一夜にして消失したのだから、彼らの報復を懸念する連邦傘下の国々が疑心暗鬼に陥ったのも無理はないだろう。
「それだけではありません。あの女王の決別宣言が銀河ネットワークに流布された所為で、今や銀河連邦傘下の諸国家では、報復テロを危惧する一般民衆が行政府に押し寄せて騒乱に発展する有様です」
ランデルの言葉には明確な怒りが滲んでおり、エリザベート女王にあしらわれている鬱憤が見て取れる。
その思いはキャメロットも同じだったが、怒りに任せて騒ぐだけでは貴族閥の無知蒙昧な連中と大差ない。
そう自重した彼は努めて冷静な表情を繕って口を開いた。
「一連の動きを見る限り、かなり前に計画され周到な用意がなされていたのだろうな。恐らくファーレン星での天変地異は自裁兵器の一種だろうし、女王以下一般市民に至るまで全ての国民が雲隠れしたのも、何かしらの思惑があっての事だろう」
一旦言葉を切って配下のふたりを見たキャメロットは、意味ありげに口角を吊り上げて言葉を続ける。
「だがそれが何だと言うのだ? 少なくとも我々にとっては些末な問題に過ぎない……対応はモナルキアに任せておけば良い。それよりも大切なのはファーレンの精霊石だよ……鉱山の位置は判明したのかね?」
「はっ! 王国が採掘して保管していた精霊石は海中に没して回収の目途はたっておりませんが、この一ヶ月間の調査で三つの採掘施設と付随する鉱床が発見されております。現在調査団が入って埋蔵量などの詳細を調べており、近日中には御報告できるかと思います」
オルドーが声を弾ませるのも無理はない。
彼らにとってファーレンを貶めた最大の目的は、希少鉱石である精霊石の確保に他ならないからだ。
サイモン・ヘレ博士が主導するプロジェクトに必須のファクターが、ファーレンでしか産出しない精霊石であり、これを利用して開発されるモノこそが、キャメロットの言う『決定的な力』なのである。
「そうか。どうせ貴族閥の馬鹿共では精霊石の真の価値に気付きはしないだろう。精々高価な宝石という程度の認識しか持てまい。精霊石の取り扱いは私に一任するとの言質も取ってある。早々に採掘作業を開始し、その一部を至急ヘレ博士のラボへ送る手配をせよ」
かなり強引だとの自覚はあるが、最高評議会の掌握が大幅に遅れている以上、 今後の計画を円滑に進める為にも多少の無理は止むを得ない。
信奉する主の覚悟に腹心であるふたりも否やはなく、彼の指示に強く頷く。
「残る問題はサンプル候補である獣人の確保だが……ヴェールトの海賊共の件は、その後どうなっている?」
キャメロットが新たな話題を口にすると、今度はランデルが表情を険しくし、何処か歯切れの悪い調子で報告する。
「海賊共が根城にしていた要塞が爆破崩壊した件については、動力炉が原因不明の暴走を起こしたが故の事故と結論付けられました」
ルーエ神聖教国艦隊と帝国艦隊が戦端を開いたのと時を同じくして、ヴェールトの衛星軌道上にあった要塞が謎の爆発を遂げた。
銀河連邦軍の派遣艦隊は帝国艦隊の仕業だと決めつけ、戦後処理の場で追及したのだが、その意に反して帝国側が強硬に自らの関与を否定したが為に調停は紛糾。
双方に感情的な凝りが生じて交渉は難航し、停戦の最終合意に至るまでに二か月もの時間を費やす羽目に陥ったのだから、ランデルの表情が険しくなるのも無理はないだろう。
「実害のない案件で時間を浪費するのを恐れた双方が手打ちを選択した……か?」
キャメロットの呟きには明らかに苛立ちめいた感情が滲んでおり、それを察したランデルは叱責覚悟で報告を続けた。
「仰る通りです。あの要塞が実験体を回収する拠点だと知っているのは、我々とルーエの政庁府だけですから……残念ながら事此処に至っては五百名の獣人は諦める他はないかと……」
下手に騒ぎ立てて大規模な獣人売買が表沙汰にでもなれば、今後の計画に支障がでるのは確実であり、それを忌避したランデルの判断で事件は有耶無耶の中に闇へと葬られたのである。
「ふむ……それも已むを得ぬか……だが、精霊石の確保に目途が立った以上実験体の確保は急務だ。事故調査を名目にしてヴェールトを封鎖し獣人を集めるのだ……手段は問わない。ルーエの執政官には私から話を通しておくから、裏社会の連中を総動員して至急搔き集めるんだ」
腹心の報告を一考したキャメロットは淡々と次善の策を指示した。
頷きを以て了承するふたりの腹心を一瞥した彼は、執務用の椅子の背凭れに身体を預けて思考の海に意識を沈める。
(どうにも釈然としない。肝心な時に此方の思惑が外されてばかりいる……知らぬうちに他者の意の儘に操られているかの如き違和感……考え過ぎか)
そもそも不可思議な出来事は要塞の一件に止まらない。
最も疎外されている最下層居留区の獣人達が、忽然とその姿を消したとの報告が齎されたのは、つい先日の事だ。
活発化していた獣人狩りを危惧し、森林地帯の奥深くに逃げたのではないかとの憶測が飛び交ったが、未だ発見の報は入っていない。
こんな些事を気に留める者は貴族閥には一人もおらず、彼の配下達ですら深刻に捉えはしなかった。
しかし、キャメロットにはどうにも気になって仕方がないのだ。
疑念……いや、明確な焦燥感と言っても過言ではない何かが、彼の胸の中で渦を巻いている。
その一連の疑惑が白銀達也による謀略だと看破するのは容易ではなく、彼を無能だと責めるわけにもいかないだろう。
何と言っても、神将白銀達也は既に死亡したと認識されており、それを疑う者は誰一人として存在しないのだから。
だがこの時期の停滞が後々の情勢に大きく影響するとは、さすがのキャメロットも思い至らなかったのである。
そしてこの時、達也が仕掛けたもうひとつの策が白日の下に晒されたのだ。
ランデルとオルドーが獣人確保の手順を確認して退出しようとした刹那。
執務机の上に置かれた情報端末がけたたましくコール音を響かせたかと思えば、泡を喰った様子の秘書官が誰何の手順も忘れていきなり捲し立てた。
「いっ、一大事ですッ! 本日未明。ランズベルグ皇国で執り行われた皇王家の新嘗の儀式に於いて事故が発生っ! 御座船が爆沈し、乗艦していた全ての皇族が死亡との第一報が入りましたぁッッ!」
この驚愕すべき報に接したランデルとオルドーは元より、キャメロットでさえもが平静を失わずにはいられなかった。
だがそれは邪魔者が排除された幸運に歓喜したが故に他ならず、これで停滞している計画を一気に推し進められるとの思惑があったからだ。
しかし、その高揚感が冷静な判断を失わせ、真実を見落とす結果となり、宿敵の跳梁を許す事態になるとまでは看破できなかったのである。
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