第三話 赤髭のサンタクロースは是か非か?
SF作品を名乗るのもおこがましい設定が多々登場致しますが、どうか笑って読み飛ばしてやって下さい。
伏龍士官学校は夏季休暇中だが、何時もと変わらず早朝から出勤している志保は、精力的に居残り組候補生達の指導に当たっている。
尤も、教官としての義務感だけが理由ではなく、ヒルデガルドから依頼された件もあるが故の休日出勤なのだが、その恩恵に与れる教え子らは大いに喜んでいた。
午前中は贈与されたヴァーチャルシミュレーションを使い候補生達への訓練指導に励み、午後からはバラディース最下層にある武道場に移動し、ヒルデガルドから依頼されたコンバットスーツの性能試験を行う日々を過ごしている。
そのテスト中のコンバットスーツは、白銀軍の航空兵用スーツとしても使用される為、上層部からの要請を受けたパイロット達もテストに協力させられていた。
つまり志保は、ラルフ・ビンセント中佐の部下達を相手にして、無手による近接格闘訓練を行っているのだ。
※※※
「はあっ! やあぁッッ!」
気合一閃! 身体を独楽のように鋭く捻ると、腕を絡め捕られていた相手は容易く宙に浮いてしまう。
志保は死に体になった巨漢を遊ばせる事なく、衝撃吸収シートが張り巡らされた床に最短距離で叩きつけた。
「オォッ! 凄いな彼女。体格で勝るゲーリーが子供扱いされているじゃないか」
「ゲーリーだけじゃないよ……格闘技戦では誰一人志保には敵わない。ここにいる連中は彼女に挑んではコテンパンにやられたクチばかりさ……お前もどうだい? 勇気ある対戦者絶賛募集中だぜ」
「う~ん……悩ましいねぇ。彼女の蠱惑的な身体に遠慮なく触れられるのは嬉しい限りだが……あんな風になるのは御免被りたいな」
顔を引き攣らせてそう呟く彼の視線の先には、投げ飛ばされ白目を剥いて失神している同僚達の無残な姿がある。
まさに死屍累々という表現が相応しい光景を目の当たりにすれば、特殊な性癖を持った者でもない限り、その仲間入りをしたいと思う者はいないだろう。
「だらしないわねぇ~。幾ら格闘戦闘は専門外のパイロットとはいえ、殿下が考案したコンバットスーツが、航空兵用のパイロットスーツにも採用されるのだから、早く扱いに慣れておかないと、実戦の時に泣きをみるのは貴方達なのよ?」
溜息交じりに苦言を呈した志保が周囲を見廻せば、男達は露骨に視線を逸らす。
弱腰の彼らに興醒めした志保が小さな溜め息を零すと、それが合図だったかの様に彼女の肢体を包んでいた薄手のスーツが稼働を解除され、リストガードへと姿を変えて両手首に収まった。
原理は皆目見当もつかないが、特殊金属と希少な合成繊維を融合させた新素材で作られた最新鋭コンバットスーツは、正に驚嘆の一言に尽きる出来栄えだ。
思考によるON・OFFで、リストガードに接続している次元収納庫から自在に装備を顕現させ、一瞬で着脱が可能という優れモノであり、軽量かつ強靭な防御力を誇るそれは、スーパーウェポンと呼ぶに相応しい優れ物だと言っても過言ではないだろう。
(完全思考制御型のコンバットスーツか……とんでもない代物だわね……)
とても試作品とは思えない出来栄えに、改めてヒルデガルドの底知れない実力を見せ付けられた志保は舌を巻くしかなかった。
外見は薄手のウエットスーツと差異はなくて非常に頼りない印象だが、軽量で伸縮性に富み、関節部分を強化アシストしているマイクロモーターによって素早い体捌きを可能にしながらも、同時に驚異的なパワーを生み出している。
然も、その見た目とは裏腹に、耐熱、耐寒、耐圧、耐衝撃性能に優れ、範囲限定ではあるが対ビームシールドをも展開できるとなれば、最強の軍用戦闘服だと宣うヒルデガルドの言葉も強ち大袈裟だとは言えないだろう。
おまけに膝下までのブーツ型レッグガードには、グラヴィティ・キャンセラーと超小型の推進器が内蔵されており、ヘルメットと胸当てタイプの鎧を併用したフル装備ならば、重力下での活動はもとより、宇宙空間での単独戦闘すらこなせるのだから、まさに至れり尽くせりだと言わざるを得なかった。
敢えて難点を挙げるならば、手首から肘の下までを鈍い銀光を放つリストガードが覆うさまが、子供たちに人気の変身ヒーロー物の主人公のようで気恥ずかしいという点。
そして、スーツがフィットする為、身体のラインが際立って羞恥を禁じ得ないという所だろうか。
(打撃の痛みよりも男達のスケベぇな視線でダメージを受けちゃうわよ……殿下に改善要求しておかないと)
冗談半分にそんな事を考えていた時だった。
「お前達ぃっ! 毎度毎度あんな女相手に無様な姿を晒しやがってっ! それでも俺の部下か? 情けないにも程があるぞッ!」
武道場に怒声が響くや志保以外のメンバー達は弾かれた様に姿勢を正し、大股で入室して来た赤毛の男性士官を敬礼を以て出迎える。
彼らの上官でもあり白銀艦隊航空隊指揮官を務めるラルフ・ビンセント中佐は、整列する部下達を猛然と叱り付けた。
「陸な実戦経験もない小娘に好いようにあしらわれやがって! 航空隊のメンバーとして恥を知れッ! 恥をッ!」
ラルフにしてみれば、偏屈で気難しい部下達が嬉々として志保に群がっているのが腹立たしくて仕方がないのだが、遠藤志保という女性士官に対して個人的な憤懣を懐いている事も理由の一つだった。
彼が志保を嫌うのは初対面時の印象が壊滅的に悪かったからであり、その時の事を思い出すだけで不愉快な気分になるのだから、最早天敵と言っても差し支えのない存在なのかもしれない。
おまけに一流のパイロットであるラルフは鍛え抜かれた体躯の持ち主だが、身長に限れば娘のアイラよりも低くて百六十五㎝程しかない。
それ故に長身の志保に漠然とした劣等感を懐いてしまうのが、彼の心情を複雑にする一因になっているのだ。
そんな彼のトレードマークが、娘と同じ真紅の髪の毛と、顔の下半分を覆い尽くしている目にも鮮やかな紅の髭だった。
既に一般人の髭と同じに扱うのが躊躇われる程の立派なそれは、髪の毛と併せれば、両の瞳を残してほぼ顔面を覆い尽くすという奇異な様相を呈している。
彼にとっては自慢の赤髭なのだが、周囲からは秘かに『モコモコ大王』の渾名で親しまれており、マスコット扱いされているのを知らないのは本人だけだ。
しかし、ラルフが志保を毛嫌いするのには、彼なりに真っ当な理由がある。
単身で地球に赴任していた娘のアイラが遠藤母娘に世話になったと聞いた彼が、お礼を兼ねて彼女らの自宅を訪ねたのが全ての始まりだった。
『ぷっ、ぷぷぅぅ──ッ! やぁっ、いやあぁぁ~~ん! も、もこもこよっ! もこもこの赤髭のサンタクロースよぉッ!』
初対面のうら若き女性から自慢の赤髭を指差され、腹を抱えて爆笑された屈辱は今でも忘れられない。
四十二年の人生の中で初めての恥辱、然も、面と向かって女性から笑われたのだから、ラルフの憤懣は相当なものだった。
更にその時は意味不明だった彼女の台詞の一部分が、後で調べてみれば、地球に古くから伝わるイベントキャラの名称だと知ったラルフが、その滑稽なイラスト(飽くまでもラルフ視点)を見て激怒したのを誰が責められるだろう。
当然ながらその場で口論となったが、麗しい志保の外見に油断した挙句、敢えなく投げ飛ばされるという醜態を曝してしまい、彼のプライドはズタズタにされたのである。
それ以来、彼の中で遠藤志保という女は、嫌な女ナンバーワンの地位を占拠する存在となったのだ。
しかし、それにも拘わらず、何度叱っても娘のアイラは彼女の自宅に入浸るのを止めず、部下達は鼻の下を伸ばして訓練に勤しむ始末。
ラルフのストレスは日増しに蓄積されていくばかりだったが、その一方で志保は一連のやり取りに本気で腹を立てている訳ではなく、悪い事をしたと反省もしていたのだ。
何と言っても妹分として可愛がっているアイラの父親でもあり、その愛くるしい(?)外見も相俟って、寧ろ、好意的だと自負していたのだから。
勿論、ラルフにしてみれば非常に分かり難い好意ではあるのだが……。
それに、志保とて初対面の人間の身体的特徴を笑いものにするのは失礼だという位の良識は持ち合わせているが、それを素直に口にするには照れ臭いものがある。
だから……。
『だって、本当にサンタみたいで可愛かったんだもん』
自分の非は棚に上げてそう開き直る彼女にすれば、ジョークにして誤魔化すのが唯一の解決策であり、その後も『サンタ! サンタ!』と、顔をあわせる度に絡んでは揶揄い続けたのだ。
本人はこれでも親愛の情を表しているつもりなのだから、尚更始末に悪いのだが、当然志保にも言い分はある。
揶揄われて激昂したが故の、売り言葉に買い言葉だったのだが、僅かに見えている目の周囲を赤く染めたラルフが、言ってはならない台詞を口にしたのだ。
『ぶっ、無礼なっ! がさつなデカ女めがぁッ!』……と。
志保は見惚れる程の長身であり、女性ながら身長は百七十八㎝もある。
モデル顔負けの均整のとれたプロポーションを苦もなく維持している為、男女を問わず羨望の眼差しを向けられるのだが、そんな彼女唯一のコンプレックスが女性としては高すぎる身長だった。
この高身長の所為で、昔から気っぷが良いとか男前だと言われ続けて何度人目を忍んで落ち込んだ事か……。
ラルフの一言は、そんな志保の古傷をピンポイントで抉ったのだ。
事の後に母親の美緒から烈火の如く叱責されて渋々謝罪に行ったのだが、そこでも口論になり、再び彼を投げ飛ばして関係は益々悪化する有り様。
それ以来顔を合わす度に揉める二人だが、志保は決してラルフを嫌っている訳ではなく、喧嘩友達のように気心が知れた相手だと思っていた。
だからこの日もニヤリと片頬を上げるや、足音を忍ばせて部下を叱責する赤髭の背後に忍び寄ったのだ。
「ぐわぁぁ──ッ! な、何をするかぁっ! はっ、放せぇ、デカ女ぁッ!」
部下達の顔に動揺の色が浮かんだのにラルフが気付いた時は手遅れだった。
右腕を背後に捻りあげられてホールドされるや、左脇を通して首元に絡み付いた志保の左腕によって上半身の動きを封じられてしまう。
同時にその左手で襟元を掴まれ、完全に拘束されてしまった。
然も、そのまま引き倒されてしまえば、陸な抵抗もできずにジタバタと無駄な足掻きをするしかない。
「部下の人達を責めちゃ駄目でしょ─? それに年頃のレディには優しくしなさいとママに教わらなかったのかな。赤髭サンタさん?」
背後から組み付いた志保が喜色に満ちた声で揶揄うと、ラルフは必死に藻掻きながら負けじと罵声を返す。
「だっ、誰がレディかぁっ! 剛力デカ女のくせ─? ギャアァァ!」
(((オヤジさんも逆らわなきゃいいのに……)))
部下達の憐憫の視線を一身に集める隊長は、捩じられている右腕に更に力を加えられて悲鳴をあげるが、痩せ我慢をして意地でも降参しようとはしない。
「あらあらぁ。まぁ~~た失礼な事を言ったわね。わたし傷ついちゃうなぁ。心の傷を癒す為には、この腕を折っちゃっても構わないわよね?」
「やめろぉ──っ! だ、だいたい! 人の事を不格好なローカルイベントキャラ扱いするおまえが悪いんじゃないか! 俺はあんなお笑い爺さんじゃないぞ!」
「ひどぉ~~い! サンタクロースは世界中の子供達に愛されているのよ。そんな失礼な事を言ってると子供達に刺されちゃうぞっ!」
傍から見る分には漫才のようなやり取りだが、ラルフは痛みとは別の感触に顔から火が出る程に狼狽していた。
志保が背後から密着している為に、彼女の胸の膨らみが背中に押し付けられて、嫌でもこの乱暴者が女性なのだと意識させられてしまうのだ。
「馬鹿もんがぁ──っ! レ、レディというなら恥じらいぐらい持たんかぁっ! む、胸っ! 胸を背中に押し付けるなぁぁ──っ!」
目元を更に朱に染めて抗議するラルフの様子が可愛らしくて、志保はケラケラと笑いながら益々調子に乗る。
「何々? 感じてくれているのかしらぁ? 志保ぉ~嬉しいぃっ! でもでもぉ、赤髭サンタ君はオ・ト・ナなんだから照れてちゃ興醒めしちゃうぞ! 私の教え子の男子候補生の方が、もっと図々しいわよぉ!」
「おっ、おのれぇッ! 人を青臭いガキと一緒にする──っ! ギャアァァ!」
以降、この喜劇は鬼教官が満足するまで繰り返されるのだった。
◇◆◇◆◇
漸く解放されたラルフが痛む右手を押さえ、恨めしげな視線で志保を睨む。
(あちゃぁ~~調子に乗ってやり過ぎちゃったかしら?)
今更反省しても遅いのは重々承知しているが、敢えて罵声を浴びる覚悟で尻餅をついたままのラルフに謝罪した。
「あははは……ちょぉっと調子に乗っちゃったぁ……ご、ごめんてばぁ、そんなに怖い目で見ないでよ。私が悪かったからさぁ! ほらっ! これこの通ぉ~り!」
志保は両手を合わせて頭を下げるが、とても誠意があるようには見えない。
それは、巫山戯て見せればラルフも怒鳴り易いだろうとの志保なりの気遣いだったのだが……。
「……子供に無条件で物を与えてはいかん。欲しい物があるなら、努力して自分で掴み取るようにさせるのが教育だろうが。子供は何時か大人になるんだ。その時に困らないようにしてやるのが大人の責任じゃないのか?」
この期に及んでもサンタクロースへの不満を口にするラルフに周囲の部下たちは呆れたように苦笑いするばかりだが、その台詞に吃驚した志保は、出口へと向かう彼の背中を惚けた表情のまま見つめるしかなかった。
遠い昔……確か五歳の頃だっただろうか、当時子供達の間で流行っていた玩具が欲しくて父親にねだった時に、ラルフに言われた台詞と同じ事を言われて窘められたのだ。
だから、肩叩きや庭掃除、そして食事の用意などの他愛もないお手伝いをしてはアルバイト代を貰い、貯めたお金でその玩具を買った時の喜びと誇らしさを、今でも亡き父親の想い出と共に志保は鮮明に覚えている。
(ちぇっ。赤髭のクセに父さんと同じ事を言うなんて……生意気だぞ)
志保は胸に込み上げて来た感情を鼻を鳴らして誤魔化すや、部屋を後にしようとするラルフの背中に弾んだ声を投げ掛けた。
「ねえっ隊長さん! 赤髭のサンタクロースも良いと思うわよ! 私は断然アリだと思うけどなっ!」
ラルフは一瞬足を止めたが『ふんッ!』と盛大に鼻を鳴らすや、振り返りもせずに大股で立ち去った。
彼の部下たちは意地っ張りな隊長に苦笑いしていたが、志保だけは口元を綻ばせ嬉しそうにしていたのである。
それは、武道場を出る時に垣間見えた彼の横顔が、お髭の紅色と同じくらい朱に染まっていたのをハッキリと見たからだった。
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