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第四十四話 神の恩寵に隠されし闇 ①

「ふうっ……(ようや)く帰って来れましたね……」


 擬装(ぎそう)された転移ゲートを抜けるや、眼前にその姿を現した青い母星を見た詩織が、安堵(あんど)の吐息と共にそう(つぶや)く。


(なんだかんだと強がってはいても、艦長としての重責に押し潰されまいと必死だったのだな)


 (かつ)ての教え子の心情を(おもんばか)った達也は、自分達を取り巻く現実と理想のギャップに葛藤(かっとう)せずにはいられなかった。


 本来ならば詩織は任官したての新米少尉に過ぎない。

 にも(かか)わらず、独立勢力という曖昧(あいまい)な組織構成を言い訳にして少佐に特進させたばかりか、一艦の艦長にまで抜擢(ばってき)したのだから、度を越した身贔屓(みびいき)だと非難されても仕方がないだろう。

 その点は達也も良く分かっていた。

 しかし、以前クレアにも話した通り、詩織は正真正銘(しょうしんしょうめい)の天才だと認める彼が、その才能に期待しているのも事実だ。

 今回の任務に(のぞ)む上で紅龍を乗艦に選んだのも、彼女の成長ぶりを確認したいという気持ちが強かったからでもある。

 そして、その結果は期待に(たが)わぬものだった。


(基本には忠実だが、決してセオリーに盲従(もうじゅう)しない。明るい性格も幸いして部下との関係も良好。何よりも決断が早くて(すき)がない……よくもまあ、この短期間で此処(ここ)まで成長したものだ)


 余り()めて調子づかれるのも困るため()えて黙っていたが、今回の航海の最大の収穫は、詩織の成長を直接自分の目で確かめられた事だと言っても過言ではない。

 (もと)より『才能がある奴はそれに相応(ふさわ)しい場所で叩き上げろ』が信条であるため、今後の彼女に対する育成方針は確定したも同然だった。

 だが、戦場を生き抜かねばならない軍人という過酷な道を、二十歳(はたち)にも満たない少女に()いる……。

 彼女自身がそれを望んだとはいえ、人の生の無情に達也は忸怩(じくじ)たる思いを(いだ)かずにはいられなかった。


「提督、どうしましょうか? このままターミナルの使用可能な桟橋(さんばし)接舷(せつげん)しますか? 今なら順番待ちもなく入港できますが……」


 物思いに(ふけ)っていた達也は、そう問われて我に返る。


 現在、衛星ニーニャの軍事要塞化と並行して、セレーネの静止軌道上には巨大な宇宙ステーションが建造されつつあった。

 メインになる静止軌道ステーションは、(もっぱ)ら貨物便を含む民間の利用を想定したものであり、地上との往来に使用される宇宙エレベーターを含めて急ピッチで施設の建設と整備が進められていた。

 軌道エレベーターの完成は半年後が予定されており、それまではステーションと地上を行き来する連絡シャトルが、その任を代行しているのだ。


 また、ステーションに隣接する宇宙桟橋(さんばし)は、完成したあかつきには二千隻の艦艇が接舷(せつげん)可能という巨大な代物であり、此処(ここ)を拠点にして人と物資の入出が行われる予定になっている。

 いわば此処(ここ)はセレーネ星の玄関口であり、宇宙船から排出される有害物質から、母星の自然環境を護る防波堤の役目も(にな)う重要な施設でもあるのだ。

 現状で使用可能な施設は(わず)か二〇%ほどだが、外界との交流を断っているので、(もっぱ)らロックモンド財閥を(かく)(みの)にした輸送部隊専用の基地と化している。

 当然ながら軍艦もこの宇宙桟橋(さんばし)の利用が義務付けられているのだが、民間の船舶との軋轢(あつれき)を回避するため、建設予定の高軌道ステーションを梁山泊軍専用の施設とするべく、現在バラディース首脳陣と交渉の真っ最中だった。


 そんな状況を理解している詩織は、達也の心情を(おもんばか)って、ニーニャの梁山泊軍司令部ではなく、直ぐにセレーネに降下できる宇宙桟橋(さんばし)へ紅龍を入港させるべく意見具申(いけんぐしん)したのである。

 今回で五人の子持ちになった達也だが、血縁のある実子の誕生は初めてであり、一刻も早く我が子に対面したいだろうと、詩織なりの気遣いだったのだが……。


「いや、ニーニャの仮設司令部に向かってくれ。我々よりも一足早くラインハルトが戻って来ている筈だから、直ぐに話を聞きたい……私事(わたくしごと)は後回しだ」


 と言われてしまい、己の浅慮(せんりょ)を恥じた詩織は恐縮し謝罪した。


「し、失礼しました。これより進路を衛星ニーニャの宇宙港に向けます」

「うん。(よろ)しく頼むよ如月艦長……それから、気遣ってくれてありがとう。だが、仕事を放り出して帰宅したとクレアに知られたら叱られてしまうからね。あぁ見えて、怒らせると本当に怖いんだよ。うちの女房殿は」


 (かす)かに口元を(ほころ)ばせた達也に謝意を返された詩織は、その気遣いが嬉しくて敬愛する司令官に(なら)って微笑みを返す。

 ニーニャに建設中の軍事要塞に置かれた仮設の司令部までは、此処からは指呼(しこ)の距離であり、到着するまでの時間は(わず)かでしかない。

 だからこそ、シートから立ち上がった達也は、この航海の終わりに詩織ら乗員に謝意を示した。


「今回の任務を無事に完遂できたのは、如月艦長以下、全乗員が日頃の訓練の成果を遺憾(いかん)なく発揮したお蔭だ。今後も(たゆ)まずに研鑽(けんさん)を積んで欲しい。私はそう願って止まない」


 司令官から最大級の賛辞を受けた詩織以下乗員達は、一様に顔を紅潮させて喜びを(あらわ)にする。


「本当に御苦労だった。軍施設に入港した後は所定の手続きに(のっと)って艦を係留して解散。以降一週間の休暇を与えるものとする。短い休暇で申し訳ないが、次の任務に(そな)えて英気を(やしな)って欲しい」


 そして最後に背筋を伸ばすや、見惚(みほ)れる様な敬礼をしたのである。

 勿論(もちろん)、艦長以下ブリッジクルーらが笑顔で答礼したのは言うまでもなかった。


「如月艦長。今のうちに君に伝えておく事がある……」


 何時(いつ)もの慌ただしい入港シークエンスを無難に終えた詩織は、前触れもなくそう名指しされて驚いたが、直ぐに背筋を伸ばして司令官に傾注する。

 そんな彼女に淡々(たんたん)とした口調で決定事項を伝える達也。


「今後イ号潜部隊の運用の軸になるのは、特殊任務以外では(もっぱ)ら新人の教育になるだろう。そこで、君には新たに別の艦種の艦長を務めて貰いたいと考えている」


 そう言われた詩織の顔が喜色に(いろど)られる。

 初めて艦長職を(つと)めた艦だけに紅龍に対する愛着は一入(ひとしお)だが、彼女の最終目標は艦隊司令官であり、キャリアアップは(むし)ろ望む所だ。

 だからこそ、次に任される艦種が何であれ、喜んで転属を受け入れるつもりだったが、達也の口から告げられた内容に驚愕(きょうがく)した詩織は、唖然とした顔で辞令を告げた司令官を見つめるしかなかった。


「建造中の新型艦艇が暫時(ざんじ)就役する夏場以降に打撃艦隊を編成してエレオノーラに預ける。また航空機動部隊の指揮官はラインハルト以外には考えられない。必然的に俺の乗艦の艦長席が空くので、おまえを艦隊旗艦の艦長に推薦したのだが、目出度(めでた)く幕僚達の賛同も得られた。今後はそのつもりで精進するように」


 いとも簡単に驚天動地(きょうてんどうち)の人事を告げられた詩織は、双眸を大きく見開いて立ち尽くすのだった。


            ◇◆◇◆◇


「無事の帰還を歓迎するよ、ラインハルト。予定よりも滞在が長引いた所を見ると、ヴェールトで何かあったんだろう?」

「何か所じゃないさ……まぁ、それは追々話すとして、おまえこそランズベルグとファーレンへの行脚(あんぎゃ)御苦労だったな。両国とも安閑(あんかん)としていられる状況ではない筈だ……具体的に何かしらの動きがあるのかい?」


 ()しくも双方腹の探り合いで幕を開けた親友同士の再会に、当の本人達だけでなく、その場に(つど)った他の者達も苦笑いするしかない。


 帰還早々に司令部に顔を出した達也を出迎えたのは、数日前にベギルーデ星系のヴェールト星から帰還したばかりのラインハルトと、留守を預かっていたエレオノーラ、新たに梁山泊軍の情報部門の統括者に任命されたクラウスの三人だった。

 軍の実質的なトップが勢揃いしているのは、それぞれが抱えている案件がどれも緊急性が高く、梁山泊軍の命運を左右しかねない重大事に他ならないからだ。


「ねえ達也。再会を喜ぶのは後にして、さっさと本題に入った方が良いんじゃないの? アンタが帰還したという連絡は自宅にも届いている筈だから、きっと今頃はクレアも子供達も待ち()びている筈よ?」


 雑談が長くなるのを嫌ったエレオノーラが釘を刺すや、それに追随するかの(ごと)くクラウスが追い打ちを掛けた。


「そうですねぇ~~総じて男という生き物は、仕事を言い訳にして家庭を(かえり)みないものですからねぇ……余りに度が過ぎると如何(いか)に出来た奥方とはいえ、愛想を尽かされる可能性は大ですよ?」

「嫌な事を言わないでくれ……自覚があるだけに冗談に聞こえないぞ……」


 達也が顔を(しか)めて文句を言うと、クラウスは薄ら笑いを浮かべて肩を(すく)める。

 達也とクラウスの因縁を知らないラインハルトとエレオノーラは、ふたりのやり取りを見て、その妙に馴れ馴れしい雰囲気に小首を(かし)げてしまう。

 さくらの本当の父親がこのクラウス・リューグナーであるという事実を、達也は親友であるふたりにも打ち明けてはいない。

 実際に『久藤悠也』と面識のある志保でさえ気付かないのだから、ラインハルトやエレオノーラに真相を()(はか)れる筈もなかった。

 だから、深く追及されても答えを返せない達也は、一度だけ咳払(せきばら)いをして強引に話の流れを元に戻す。


「とにかく、各々の報告を聞かせて貰おうか。おそらく、互いの案件は何かしらの関連性がある筈だから、積極的な意見を期待しているよ」


 そう前置きした達也の言葉で会議は始まったのである。

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[一言] 嫌な予感がするのォ(゜Д゜;)
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