第三十八話 穏やかな日々 ② ~梁山泊軍創案~
「という訳で新都市の完成も見えて来たよ! 移民による人口増を見越した拡張は今後も進めるとして、現在稼働しているアンドロイドの八割方を転用し、衛星ニーニャの工業プラント化と軌道上に据える軍事基地建設に傾注するつもりだよん! まあ、実際に稼働させられるのは半年くらい先だけどね」
最も得意とする分野で好き勝手できると狂喜するヒルデガルドは、マッドサイエンティストの本性を露にするや、鼻息も荒くそう宣言した。
慎治ら地球人で構成する建築部の頑張りもあり、約二十万人の住人が生活可能な新都市は粗方完成し、現在は各エリア毎に必要な各種施設の整備が行われている。
それらと並行し、ロックモンド財閥を隠れ蓑にした輸送部隊が、生活家電や日用雑貨、そして食料などを着々とセレーネに運び込んでいた。
この輸送部隊勤務に志願したアルカディーナも多く、彼らはロックモンド財閥の社員という肩書を得て、後に獣人たちの地位向上に大きく資する事になるのだが、それは今暫く先の話だ。
民族大移動と言うには大袈裟かもしれないが、二十万人が引っ越しするとなれば一大イベントに変わりはない。
となれば、お祭り大好きを自任する連中が黙ってはいないのは自明の理であり、旧都市への感謝と新生活への希望を願って、移転前に大規模な祭りを開催する提案がなされて賛成多数で承認された。
目下、旧都市の大通りや広場等の人が集まれるスペースには、祭りの実行委員会や住民有志らによって、屋台やイベント会場が準備されている最中であり、人々の喜びと期待は弥が上にも高まっている。
市中が熱気と喧騒に包まれていた丁度その頃、白銀邸リビングでは梁山泊軍首脳会議が開催されていた。
移民受け入れの下準備の為に東部方面域に外征しているラインハルトは参加できなかったが、達也とヒルデガルドを筆頭に、艦隊筆頭参謀エレオノーラ、航空戦隊司令官ラルフ、新しく兵站参謀に就任した如月信一郎と新米艦長の詩織。
そして、深刻な負傷から快癒したセリス元帝国皇子という面々が集結し、今後の戦力増強案について意見調整が行われている真っ最中なのだ。
そして、冒頭のヒルデガルドの言には、当然ながら容赦ないツッコミが入った。
「半年ぃ~? プレハブ小屋じゃあるまいし。そんなやっつけ仕事で本当に大丈夫なんですか?」
不安を露にするエレオノーラを睨みつけたヒルデガルドは、心外だと言わんばかりに語気を強めて反論する。
「なんて失礼な事を言うんだいっ、君はぁっ!? 既にボクのラブリーな小惑星型工廠プラントがニーニャの巨大な地下空洞内に固定され、造船所区画では新型艦船の建造が始まっているんだよん! 同時に地下空洞の開発も行われており、重工業を含む一大工業プラント群の建設にも着手しているのさぁッ!! この八面六臂の大活躍の何処が、やっつけ仕事だと言うんだいッ!?」
鼻息を荒くして捲し立てるヒルデガルドの勢いに一同が苦笑いする中、達也だけは不安など微塵も懐いてはいないといった表情で泰然としていた。
日頃の言動と破天荒な行いは兎も角としても、やる時はやる……。
ヒルデガルド・ファーレンとはそういう人だと信頼しているからに他ならない。
「新型艦船の建造については以前説明を受けていた通りですか?」
その達也の質問に『良くぞ聞いてくれました!』と言わんばかりに小鼻を膨らませたヒルデガルドは、大仰な仕種で得意げに説明を始めた。
「この星系中に蔓延している粒子物質が、あらゆるレーダーシステムを無効化し、ビームエネルギーを拡散減衰させる効力を持っているのは以前話した通りだよん。然も更に、先の調査で星系の袋小路の最奥にある第五惑星ヴァイザーこそが、この粒子物質で構成されているという事実が判明したのさぁ!」
惑星ヴァイザーは大気も水もなく、起伏だらけの岩石地帯が広がる惑星なのだが、この岩石地帯の地表部が、新発見された粒子と同質の物体であり、先史文明が残した人工ブラックホールの影響で、地表が少しづつ削られて星系中に粒子を蔓延させた元凶である。
それがヒルデガルドの見解だった。
「然もだよ! このセレーネでは良質で大規模なタングステンカーバイドの鉱床も発見されているんだ! これとコバルトを焼結し、更に新粒子を添加精製すれば、光学兵器並びに物理兵器全般に対する、強力な耐久力を誇る超硬合金が出来上がるという寸法なのさッ!」
「なるほど……新型動力システムと強力な新装甲。その超硬合金を使用した実砲弾も強力な切り札になる可能性がありますね」
兵站を受け持つ信一郎(詩織パパ)などは、驚愕に値する先進技術に思わず唸らざるを得ない。
技術開発分野では、連邦の後塵を拝している地球統合軍出身の彼にしてみれば、ヒルデガルドが生み出す技術は、正に驚天動地と銘打つに相応しい代物なのだ。
寧ろ、こんな話を聞かされて驚くなという方が無理だろう。
しかし、ヒルデガルドは夢想家ではない。
狂気の部類に属してはいても一流の科学者であり、稀代の発明家なのだ。
楽観的な夢物語を語って悦に浸る愚は冒さなかった。
「但し過信は厳禁だよん。どんなに強固な装甲であっても無敵という訳じゃない。ダメージが許容量を超えれば破壊されるのは必然だし、理に適わない運用をすれば、実力の半分も発揮できずに終わる事態も充分に有り得るのだからね」
彼女の警告を一同が真剣な面持ちで静聴する中、達也も言葉を重ねる。
「銀河連邦やグランローデン帝国を向こうに回した時、圧倒的に寡兵なのは我々の方だ。戦いの場で劣勢を強いられるのが避けられない以上、慢心は厳に慎むように……驚異的な性能を誇る艦艇であっても、一万隻の一斉砲火の前には蟷螂の斧に過ぎないのだから」
その厳しい言葉に思わず苛烈な砲撃の雨霰を想像した詩織は息を呑んだが、付き合いの長いエレオノーラは含み笑いを漏らして意地の悪い視線を達也へ向けて言い放つ。
「馬鹿正直に敵の思惑に付き合う気なんかないクセに……あんたがそんなお人好しじゃないのは百も承知しているわ。昔から底意地の悪さは折り紙付き。悪魔の如き奸計で敵を陥れる天才ですものね? 我らが神将様は?」
極めて不本意な指摘に顔を顰めたものの、達也の表情には不敵な笑みが浮かんでおり、次の瞬間にはその口から物騒な台詞が飛び出した。
「誉め言葉と有難く受け取っておくよ。俺の仕事は開戦前に可能な限り勝率を引き上げる……それだけだ。その為ならば悪魔にでも何にでもなってやるさ。それに、どんなに兵器の性能が向上しても、それを使うのは所詮人間だ。だったら、やり様は幾らでもあるものだよ」
平然とそう嘯く達也が発する威圧的な雰囲気に当てられた若いセリスや詩織は、嫌でも身震いせざるを得ない。
「し、白銀殿……」
先日無事退院し、そのまま白銀家に居候が決まったセリスから名を呼ばれた達也は、実に爽やかな微笑みを浮かべ、新しい同居人に念を押す。
「我が家は全員が白銀姓だからね。遠慮はいらないよ、達也と呼んでくれ」
敬愛する本人からそう言われては無碍にもできず、セリスは何処となく居心地が悪そうな顔をしながらも、胸の中に懐いた疑念を言葉にした。
「先ほど『やり様は幾らでもある』と仰られましたが、どの様な勝算が御有りなのか? 差し支えなければ、秘策の一端でも聞かせて戴きたいのですが?」
しかし、達也はその問いには明確な答えを返さず、柔らかい笑みを浮かべた表情の儘、いっそ清々しいまでに残酷な台詞を口にする。
「まあ、それは追い追いとね。当面は君ら若手や新人のレベルアップを最優先事項とし、俺自身が鍛え上げてやろうかと考えているよ。士官学校時代が如何に天国だったのか、君達自身の身を以て理解して貰う。とは言え心配する必要はないさ……人間はそう簡単に死にはしないからね」
それを聞いたセリスが恐怖に顔を引き攣らせたのと同じく、げんなりした表情の詩織は深い溜息を吐くのだった。
◇◆◇◆◇
続いて、今後の梁山泊軍が根城とする基地施設の運用の話に焦点が移っていく。
「先ほども俎上に上がった、艦艇の新動力炉に於ける汚染物質の排出問題は、燃焼システムの効率高速化で解決する目途がたったよん!」
平坦な胸を反らしてそう宣うヒルデガルドは、得意げに鼻を蠢かせる。
梁山泊軍の主力戦闘艦艇に導入が決定している新型エンジンは、排出される有害な残存物質による汚染が懸念されており、当初は大気圏での運用を見合わせるよう検討されていた。
だが、新型のフィルター装置の開発に成功し、併せてエンジンの燃焼効率高速化に目途が立ち、あらゆる空間での運用が可能となったのだ。
「とは言うものの、セレーネに軍を常駐させるつもりはないよ。地上の治安維持は今後設立される警察機構に一任し、我々軍は宇宙空間での防衛に専従する」
達也がそう断言した背景にユスティーツとの約束があるのは確かだが、大切な人々が暮らす星を戦火に曝しはしない……。
そんな彼の決意が、星系内の防衛体制構築に繋がったのも事実だった。
「まあ抑々、先史文明の遺産である環境操作システムを使えば、星系内に侵入可能な艦艇はないに等しいしね」
エレオノーラの楽観的意見も強ち間違いではない。
彼女が言う様に先史文明が遺した人工ブラックホールシステムを上手く使えば、アルカディーナ星系に対する敵勢力の侵攻を抑止するのは容易い。
しかし、そのアドバンテージが何時まで有効かは誰にも分からない以上、平素からの心構えを疎かには出来ないのだ。
そう胸に刻んでいる達也は、軍の指導的立場に置かれるであろう眼前の面々に、敢えて厳しい注文を付けた。
「どんなに優れたシステムも絶対では有りえない。だから油断は禁物だよ。君達が率先して下の者達に範を示してこそ、強固で精強な軍組織が成り立つのだと各々が肝に銘じて任務に邁進して欲しい」
一同が表情を真剣なものに改めて頷くのを確認してから、達也は新基地建造の進捗具合と、暫時就役する新型護衛艦の状況を鑑みて、軍人志願者の訓練プランを即急に立ち上げて実施するよう厳命したのである。
◇◆◇◆◇
各担当者が議題に挙げた案件を話し合い、長時間の会議も終了に近づいた頃。
達也に促された詩織が徐に席を立つや、上座に座す親分の背後に設置されている情報端末機を軽快な手つきで操作し始めた。
それは、まさに浮かれた一般JKのそれであり、普段見せる謹厳実直な彼女からは到底想像できない姿に、エレオノーラらは小首を傾げてしまう。
何事かと一同が訝しむ中、達也の背後の空間に戦闘艦の立体ホログラムが転写され、その異形な艦影を見た一同は息を呑んで顔色を変えた。
眼前の参加者達が一様に顔を引き攣らせるのを見ていた達也は、ひどく満足げな微笑みを浮かべるや、その悪い顔をヒルデガルドに向けて宣ったのである。
「殿下……我が軍の主力艦艇は此れで行きましょうよ……なぁに、全艦とは言いません……打撃艦隊の中核を成す戦艦群だけで構いませんから」
希望と期待を満面に滲ませたひとりのオタクが其処にいた。
然も、唖然とするヒルデガルドの視線の先には、達也をバックアップする気満々の詩織が控えており、熱い願望に潤んだその瞳を開発主任者に向ける始末。
だが、ヒルデガルドとて無能ではない。
想定外の状況に悩乱しながらも、彼女は努めて冷静に言葉を返した。
「き、君達ねぇ~~この話は済んだ筈じゃなかったかい?」
「あの頃とは状況が違いすぎますよ殿下。建造用の資材は自前で賄えるし、資金は言わずもがな……となれば夢を実現したいと考えるのは、人として当然の欲求じゃないですかねぇ?」
「その通りでありますッ! 小官も提督と想いを共有するものであります!」
半ば恍惚とした表情で『夢』だと語る達也の言い種も、ヒルデガルドにとっては身勝手な我が儘でしかない。
「達也ぁ~君さぁ、先日別の会議の席で『この星系の資産は住民皆のものだから』とかなんとか泣かせる話を打ったそうじゃないかい? その舌の根も乾かないうちに、君個人の欲望の為に皆の財産を流用する気なのかい? それこそ人としてどうなんだい? 信義に悖る蛮行だとは思わないのかい?」
冷静に、冷静に……相手は大きな子供なのだから……自分の事は全く棚上げし、そう心中で自戒するヒルデガルド。
しかし、珍しくも真面な彼女の忠言さえ、今の暴走師弟には通じない。
「何を仰いますやら。私とて立派な住民ですよ? それに、このプランはこの星の未来の為……いえっ! 延いては銀河系全体の安寧に資すると確信しております」
「全くその通りであります! 小官は銀河系の為にも全面的に提督の御意見に賛同するものでありますッ!!」
己の願望を叶える為なら何でも有りの師弟コンビに、ヒルデガルドの無きに等しい忍耐力は一瞬で崩壊した。
「真面目な顔で巫山戯た戯言を言うんじゃないよ! このオタク共がぁ──ッ! こんな面倒な仕事は死んでも御免だよぉ──んッ!」
結局、未曾有の混沌に包まれた会議は脱線暴走し、大いに紛糾したのだが、事情が良く分からないものの、達也シンパのシレーヌが味方したことにより、オウキら長老達も総じて達也支持に廻るという悪夢の展開が実現してしまう。
それが決定打となり、達也と詩織の妄想が承認されるという大番狂わせが現実のものになったのだから、他の面々にすれば災難以外の何ものでもなかっただろう。
歓喜しガッツポーズを決めて雄叫びを上げるオタクふたりを横目に、エレオノーラやラルフ、そして信一郎は頭を抱え深い溜息を漏らす。
そして、ヒルデガルドは燃え尽きて円卓に突っ伏し、意味不明の呪詛を呟く他はなかったのである。
因みに、主要人物のこの時点での梁山泊軍内での階級も明記しておく。
(あくまで作者が忘れない為の物です)
【元帥】 白銀達也 (総司令官)
【大将】 ラインハルト・ミュラー (副司令官兼軍令関連責任者)
【中将】 エレオノーラ・グラディス(艦隊主席参謀並びに司令官)
白銀クレア (対外折衝担当)
【少将】 サクヤ・ランズベルグ (軍政関係指南役)
ラルフ・ビンセント (航空戦隊総司令官)
如月信一郎 (兵站部門統括)
セリス・グランローデン (協力者でありオブザーバー)
【大佐】 遠藤志保 (空間機兵団団長)
先任の艦長経験者多数
【中佐】 先任の艦長経験者多数
【少佐】 アイラ・ビンセント
如月詩織
真宮寺蓮
その他転籍士官多数
【大尉】 同上
【中尉】 同上
【少尉】 バルカ
まだまだ人材不足であり、経験不足に目を瞑った分不相応な人事であるのは明白だ。
今後の人材確保は急務であるが、取り敢えずは、軍としての第一歩を踏み出した達也たちだった。
尤も、決定の場に居なかったクレアを宥めるのには苦労したのだが、それは歴史に隠れた余談に過ぎない……達也はそう信じて全てを忘却の彼方へと葬り去ったのである。
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