糾弾されるのは
3月15日
「はて、証拠……ですか」
きょとんとした顔でそう言うヴァイオレットを、エルドレッドは憎々しげに睨みつけた。
「とぼけるな!お前は義妹のローザに嫉妬し、嫌がらせをしただろう!ローザの私物を燃やしたり、捨てたりしたと報告が上がっているのだぞ」
「ええ、そうです!今までもドレスやアクセサリーを……」
そう言って涙ぐむローザを優しく抱きしめ、王子は再び婚約者を睨みつけた。しかし、ヴァイオレットの方は鋭い視線にも怯むことはない。
「そういったことがあったのは存じてますが、わたくしは関与しておりません。大体、ローザが物をなくせば、わたくしのものを譲ってやれと父が言うに決まっています。結果的にローザは何一つ失わず、わたくしが失うだけですわ。そんな無意味なことをする必要があって?」
この主張には、観衆も納得した。
アーカーソン侯爵がヴァイオレットよりローザを厚遇していることは、もはやほとんどの貴族が知る事実だ。先週のお茶会で、その場面を目の当たりにした者も多い。
「ああ、それと、エルドレッド様が贈られたあのアクアマリンのペンダントは無事でしたわね。わたくしが妹憎さに何かするとすれば、あのペンダントを真っ先に奪うものだと思うのですが」
「そんなお姉さま!まさかこのペンダントまで狙ってらしたの!?これはエルドレッド様から頂いた大事なペンダントなのですよ!」
何かされたわけでもないのに、そう言って恐ろしそうに義姉を見ながら、ローザが叫んだ。ヴァイオレットはそんな義妹を冷ややかに見ている。この義妹のしらじらしい演技を見るのも、これが最後なのだろうなと思いながら。
「あれは王家に伝わる由緒正しいペンダントだ。あれに手を付けたら、貴様は不敬罪で捕らえられていたな」
「そんな逸品を義妹に?陛下の許可は頂いているのですか」
周囲のざわめきが強まった。かねてより王子が婚約者より、その義妹に心を傾けていることは知れ渡っていたが、まさか婚約者を差し置いて王家の宝をくれてやるとは。ローザがそれを身に着けていたのは先週。今日の婚約破棄よりも前の話だ。浮気の証拠と言っても差し支えない。
「お前には関係ない!それに、暴力にまで及んでいるだろう!先日の茶会でお前がローザに紅茶をかけたのは明白だ!」
「かけておりません。ローザが手を滑らせて紅茶をこぼしただけですわ。きちんとご説明したでしょう」
すらすらと反論して見せるヴァイオレットに、エルドレッドが苛立っているのが目に見えた。こういう時に代わるのが、口巧者なラドクリフなのだが、彼は今エルドレッドの隣にいない。
「大体、その宝石が由緒正しい王家の物だなんて、よくも仰います事」
「どういう意味だ?」
「その宝石は前王妃様がお輿入れの時に持ってこられたもの。しかも、前王妃様がお亡くなりになられた時に、なぜか忽然と消えていたものです」
「な!?」
「そうですわね、お兄様?」
「妹の言う通りです。私も何度か見たことがある。あの方の透き通るような青い瞳に合わせて作られた、隣国の特注品です。大体デザインが我が国の物と違う、隣国の特徴がよく出ているではありませんか。前王妃様のお輿入れの時の肖像画にも、このペンダントが描かれていますよ。それに、あの方はずっとそのペンダントをつけておられた。なぜあなたがご存知ないのか。まあ、そこはいいでしょう。問題は、なぜあなたがそれを持っているのかだ」
ため息交じりにそう言うと、ヴィクトールはさらに続けた。
「前王妃様が亡くなった件で、多くの不審な点が出ていました。表立って誰も言いませんでしたが。そのうちの一つが、消えたペンダントです。再度お尋ねします。なぜ、あなたが、前王妃の死後に忽然と消えたペンダントを持っておられるのか」
「そ、それは、偶然だ!たまたま、開かずの間にアクアマリンがあると聞いたからで」
「ほう、それはどこからの情報ですか」
「そ、それは……う、噂が。宮中で聞こえてきたから……」
「はて、そんな噂は聞いたことがありませんが。ラドクリフ、君は聞いたことがあるか?」
「いいえ、ないですね」
眼鏡を押しながら、観衆の中からラドクリフが前に出た。
「わたくしもございませんわ。これでも、王妃教育のために何度も王宮には伺っておりますが」
ヴァイオレットがそう言い、辺りを見回す。誰も、何も言わなかった。ただ、渦中の王子に目を向けるだけだ。
「一体、いつ、誰が話していたことなのですか、それは」
「それは、知らない……」
語尾を濁し、エルドレッドは俯いた。本当に、それは偶然耳に入った情報に過ぎなかったのだ。そして、勝手に持ち出した罪悪感から、このことはラドクリフにも、グレゴリーにも言わなかった。それが仇となった。
「い、今はそんな話をしていません!」
突如、ローザが叫んだ。形勢がおかしくなったことで、混乱しているようだ。せわしなく辺りを見ながら、義姉を睨みつける。
「今は、お義姉様の悪行の話の最中ですわ!」
「そ、そうだ!話を別の方向に持って行くな!」
そう言って元婚約者をなじるエルドレッドの姿は、もはや無様であると、この場にいる全員がそう思った。