伯爵家の噂
3月8日
「聞いたか?アッシュフィールド伯爵家の婚約破棄騒動」
食堂でエルドレッドがローザと昼食を取っていると、ふと近くから男子生徒二人の会話が聞こえてきた。
思わずエルドレッドがそちらを見るが、男子生徒たちは気付くことなく話を続けている。
「ああ、確かマデリーン嬢だったか。あの年齢で婚約破棄はきついだろうなあ」
マデリーン・アッシュフィールドは社交界では有名な伯爵令嬢である。その美貌もさることながら、長身でほっそりとした、しかし女性らしい優美な曲線美を誇る肢体を包むドレスは常に斬新で、それでいて優美で。いつも話題をさらっていた。彼女が身に着けたドレスを、他の令嬢たちはこぞって真似したがったし、彼女が身に着けたアクセサリーはすぐに流行りだす。まさに彼女は流行の発信源だった。
最近も、その彼女が愛飲しているハーブティーが話題になっていたばかりだ。トレヴァー商会の新商品であるブレンドティーだ。何でも新陳代謝を促進し、肌の調子が良くなるだけでなく、ダイエット効果も期待できるらしい。みなが、彼女のプロポーションにあやかりたいと欲しがり、品薄が続いている。
そんな彼女だが、私生活はどうもうまくいっていなかったらしい。
「二十歳だったか。いくら美人だろうと、一から結婚相手を探すとなると難しいよな。でもさあ、モラン伯爵家は何だってそんなことをしたんだ?たしかあの家、家柄自体はまあ歴史がある由緒正しい家柄ではあるが、先代が事業に失敗して没落しかかってたところを、マデリーン嬢との婚約でアッシュフィールド家から援助してもらったんだろう?」
「ああ、相手の学費まで出してやってたらしいぞ。確か相手は二つ年下だから……」
「つまり、相手が卒業したら結婚って予定だったんだな。ということは、だ。結婚適齢期の令嬢が二年間も待ってやって、学費まで出してやったのに、いざ結婚というタイミングで婚約破棄ってことか?慰謝料は桁違いだろう。というより、そんなことできるのか?婚約は家同士の契約だぜ?正当な理由もなく一方的にできるものか」
「それが、モラン家の言い分としては、マデリーン嬢はさる令嬢に、長期にわたって嫌がらせをしていたらしい。社交界で中傷したり、脅迫文を送ったり。そういった品行に問題のある女性と一緒に家庭を作ることは不可能だということだが」
「ああ、それなら、一応の理由になるっちゃなるか。でもさあ……」
そう話す彼らの口元は微かに笑いの形に歪み、目には隠しようもない好奇の色が浮かんでいた。自分達とは何一つ関係のない家のスキャンダルは、あれこれ語ることができる上に、責任を負うこともないので気楽なものだ。
エルドレッドは二人の会話を聞きながら、何やら思案顔になっている。傍に控えていたラドクリフとグレゴリーは互いの顔を見合わせ、ローザはほんのわずかに微笑んでいた。