お茶会
3月9日
その日は王家主催のお茶会だった。せっかくの休日なので家で過ごしたいところだが、侯爵令嬢という立場上、行かないわけにもいかない。
「王家主催のお茶会なんて楽しみですわ、お義父様」
馬車の中ではうきうきとした様子でローザがはしゃぎ声を上げる。わざわざこの日のためにドレスを誂えていたのだ。淡い水色のドレスは白い肌によく似合っていた。ドレスに合わせたようなブレスレットが光を受けてキラキラ輝いている。そのブレスレットはローザのお気に入りで、白金製の、シンプルながら上品なデザインで、彼女の細い手首を覆っている。お気に入りだけあって普段もつけているのだが、制服は極力肌を見せない作りになっているため、学園内でこのブレスレットを見ることはあまりない。
父が贈ったものだ。
父が誰かに装飾品を贈るなど、今は亡き母以来ではないだろうか。
一方でヴァイオレットは薄紫色のドレスを身にまとっている。普段はドレスにこだわらない彼女だが、王家主催のお茶会となれば、それなりの装いをしなければいけない。
しかし、父は娘のドレス姿は一瞥しただけだった。その後も、ローザを伴い楽しそうに何やらおしゃべりに興じている。
「このドレス、このアクアマリンにもよく合うんですの」
ローザは首にかけたペンダントのアクアマリンを見てから、ヴァイオレットの父ヴィクターの腕に自分の腕を絡めた。
そのアクアマリンは数日前にエルドレッドから贈られたものだ。
昨今王宮では、恋人の瞳と同じ色の宝石を贈ることが流行っている。流行らせたのはトレヴァー商会だとも言われているが、本当のところはわからない。とはいえ、そういったロマンチックな風潮に乗らない手はないと、エルドレッドはローザの瞳に合わせてアクアマリンの宝石を探していた。しかし、ローザの透き通るような青い瞳に合うほどの石がなかなか見つからない。そんな時、王宮にある開かずの間に類稀な美しさを持つアクアマリンがあるという噂を聞き付け、探してみたところ、ひっそりと隠されるようにその宝石を見つけた。
さすがに開かずの間にあった物とは言えず、王家に伝わる由緒正しい装飾品だと贈ったわけだが、エルドレッドはそのことを誰にも言わなかった。
しかし、どことなく異国風のデザインに、傷一つなくまばゆい光を放つそのアクアマリンは、確かにローザの瞳によく似合っていた。
「ドレス以上に君の瞳によく似合う。王子が君にそれを贈ったのも納得だな」
そう言って目じりを下げる父親に、ヴァイオレットは冷ややかな目を向けたものの、何も言わなかった。隣の兄は外の景色を見ている。
「さあ、お手をどうぞお姫様」
先に降りた父は、冗談めかして言いながら、ヴァイオレットではなくローザに手を差し伸べた。
ヴァイオレットの方は、仕方ないといった様子の兄ヴィクトールが手を差し出した。父が、ローザを連れて先に歩き出したからだ。
問題が起きたのは、お茶会の途中だった。
「きゃっ」
ローザが、手を滑らせてお茶をこぼした。彼女の白い指にかかり、隣にいたヴァイオレットの腕にもかかった。
「ローザ!」
近くにいた父が血相を変えて駆け寄ってきた。
「大丈夫か!怪我は!?」
「お義父様。私は大丈夫ですわ」
心配そうに声をかける義父に微笑みかけながら、ローザは自分の指を見た。
「けれど、火傷を負ってしまいました」
「ああ何ということだ。手当てをした方がいいな」
その辺りで、女官がやってきて、ローザを連れて行ったのだが、その後が問題だった。
紅茶はヴァイオレットにもかかっており、彼女もまた火傷を負ったわけなのだが、そんなもの、父の視界には映らなかったらしい。
同情と好奇の視線には、ここ三年ほどで慣れたヴァイオレットだったが、さすがに居心地が悪かった。大体、あの美しいローザと並んで座るだけでも居心地が悪いのだ。
挙句、ローザが紅茶で火傷を負ったという話が、いつの間にか「ローザが紅茶をかけられて火傷を負った」に変化し、最終的には「紅茶をかけたのはヴァイオレット」だと解釈したエルドレッドに、血相変えて詰め寄られてしまった。




