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薔薇とすみれ  作者: うばたま
本編
16/23

薔薇の素顔

長いので二回に分けます

 セドリックの後ろには、トーマスが控えていた。

 「やあ、みんな揃っているね」

 そう言って笑うセドリックの顔は疲労の色が濃い。結局、一睡もしていなかったのだ。それでも、彼の顔は晴れやかだった。

 「おお、お疲れさま。殿下、トーマス」

 気安い口調でグレゴリーが笑いかけた。

 「殿下とか呼ばれたのは本当に久しぶりだ」

 「そりゃそうでしょうねえ。今までは何でしたっけ?薔薇の令嬢?」

 「いやあ、今こうしてみると、見る影もないな、ローザ・アーカーソン嬢の」




 死んだと思っていた幼馴染が実は生きているとヴァイオレットたちが知ったのは、あの暴動騒ぎの直後だった。

 父親が人払いをした後連れてきたセドリックだという人物を見ても、ヴァイオレットもヴィクトールも、最初は信じなかった。

 「父上。お忘れかもしれませんが、セドリック様は男児でした」

 兄など、父の頭がおかしくなったと思ったのか、医者を呼ぼうとする始末だった。

 何しろ、目の前にいる人物は、誰の目から見ても、儚げな美少女だ。

 「そ、それに、髪の色も違いますわ」

 ヴァイオレットも、目の前の人物がセドリックだとは到底信じられなかった。まず、性別が男であるということも信じられない。確かに少女にしては身長は高いが、それくらいの身長の少女だっている。

 「ああ、髪はお前が開発した染髪剤を使ったのだよ」

 こともなげにアーカーソン侯爵が言った。ヴァイオレットは最近ミツロウやハーブなどをミソハギに混ぜて、独自の染髪剤を作り出していた。むらが少ないということで、なかなか人気らしい。

 「それにしたって、こんな綺麗な色には……」

 実際、その人物の髪は艶やかな金髪なのだ。いくら綺麗に色を変えられるとしても、こんな自然な色になるだろうか。

 「ああ、それは、もとが色素の薄い銀髪だからだろうね」

 思ったよりも幾分低い声で、()は言った。その声は、まぎれもなく少年の物だった。

 「お、男……」

 ヴィクトールが呆然と呟き、ヴァイオレットは「セドリック様?」と声をかけた。

 「久しぶりだね、ヴィオ」

 それは、彼女の幼馴染だけが呼ぶ、彼女の愛称だった。



 こうして、アーカーソン侯爵家の養女、ローザ・アーカーソンという人物が出来上がった。

 ローザの秘密を知る者は、アーカーソン家の人間と、カーライル家、ヒースコート家の人間だけである。アーカーソン家の使用人たちですら、ローザを令嬢であると思っていたのだ。

 セドリックとカーライル侯爵、そして前王妃と王太子の死の混乱に乗じて、こっそり取り返したトーマスは、七年間隣国へ亡命していた。七年も行方をくらませていたのは、もし誰かがセドリックを見て王太子に似ているとでも言おうものなら、万が一それが現王の耳にでも入れば、命は確実になきものとなるからだ。何しろ彼の銀髪も、長年傅かれて生きてきた彼の態度や仕草も、市井では非常に浮く。

 そうして、彼らは隣国に行き、外国から来た商人の親子を装った。外国人ということなら、多少のことなら文化の違いと思ってもらえる。

 アーカーソン侯爵とヒースコート伯爵は王家に怪しまれない頻度で隣国へ赴き、定期的に連絡を取り合った。新しい王となったことで、ケイン一世も外国までは目を向けにくい。それに、新王に反感を抱く者は、他にも大勢いる。前王の忠臣ばかりに目を光らせてもいられない。

 そうして立ち上げたのがトレヴァー商会だ。

 もともとアーカーソン侯爵家は様々な事業を手掛けている。グレネルから仕入れた生地や装飾品を取り扱い、細々とやっていたが、ある日アーカーソン家のヴァイオレットが偶然作り出した染髪剤を、試しに売ってみることにした。

 彼女の染髪剤は質が良く、すぐに売れた。その収入を元手にトレヴァー商会は予想していた以上に成長し、七年経つ頃には一大商会とまでなったのだ。

 そうして、セドリックもトーマスも大きく成長した頃、グレネルで大きな暴動が起きた。

 国を揺るがす大飢饉に対する無策ぶり、民たちに武器を向ける王家に対し、大人たちは、いよいよケイン一世を見限ったのだ。

 こうして、トーマスはトレヴァー商会会長の一人息子として、そしてセドリックは、アーカーソン家の養女としてグレネルに戻って来た。



 「それにしても……プッ。あのオウジサマがまさか、セドリックに惚れるとはなあ」

 グレゴリーが思い出したのか、噴き出した。

 「仕方ないですよ。ローザ嬢は男が理想とする令嬢でした。やはり、男の好みは同じ男が一番わかるというものでしょうね」

 ラドクリフが余計なことを言ったため、ヴァイオレットに睨まれた。

 「あんな男に媚びを売る令嬢こそ、世の男の理想なの?」

 思えば父も、ローザには弱かった。父が王太子であるセドリックを、娘より厚遇するのは当然だと理解しているし、そうすべきだと思っているので不満はなかった。だが、父は鼻の下を伸ばし過ぎだったと思う。常に冷ややかな視線を浴びせていても、父は気にも留めていないようだったが。

 「い、いえ。一般論ですよただの。僕の好みとは一言も言ってません」

 「でも実際、ローザ嬢はもてたよなあ」

 儚げな容姿と天真爛漫な態度。誰に対してもにこやかな笑みを向ける天使のような少女。しかし、その正体は王太子セドリックであり、男性である。ローザに傾倒した子息や、婚約者を奪われた令嬢がもしその事実を知ったら、何を思うのだろう。

 「俺たちも大変だったんだ。ローザの正体が男だってばれるわけにはいかないからひっついてたら、取り巻き扱いされるし、おまけにヴィオのフォローまでしなくちゃいけなかったんだぞ」

 そう、ヴァイオレットは、セドリックの女装姿を見るとつい笑いだしたくなる困った癖があった。だからできるだけローザの姿を見ないよう校内では俯いていたのだ。会うたびにグレゴリーがヴァイオレットを睨んでいたのは、また彼女が笑い出さないか心配していたからである。

 「だって完璧な美少女なんですもの。そのくせ、家に帰ると使用人がいないところで素振りをするわ、グレゴリーと取っ組み合うわ、もうおかしくて」

 思い出したことで、ヴァイオレットが身をよじって笑い出した。

 「でも、殿下の完璧な女装のおかげで、妹は無事に婚約破棄されることとなりました。まあ妹の今後の嫁の貰い手が心配ではありますが」

 ヴィクトールがそう言うと、ラドクリフとグレゴリーが、一瞬目を逸らした。

 「……い、いいんじゃないか?まだ十八だし、焦ることはないと思うぞ」

 「そうですよ。それに、ヴィオは学院に通いたいのでしょう?」

 エルドレッドとは卒業から間もなく結婚する予定だったが、それがなくなった今、ヴァイオレットはある意味自由の身だ。実を言うと、かねてより学院に通い、植物学をもっと学びたいという願望はあった。貴族令嬢として結婚が義務であることはわかってはいるが。

 「それに、学院の生徒には既婚者も多いと聞きます。つまり、学院に通うことを許す夫を見つければいいのです」

 ラドクリフがちらりとセドリックを見た。

 「おや、そんなことを言うけど、昔ヴィオは言ったよね。大人になったら僕のお嫁さんになるって。母のような王妃様になって、お城で暮らすんだって」

 「それ、完璧に子供の戯言ですよね」

 「絶対に本人は覚えてないと思う」

 セドリックの言葉に、他の二人が反応しているのを横目に、トーマスが前に進み出た。

 「眼鏡、やめたんですか、ヴィオ様。それに、雀斑も」

 「そうなのよ。婚約破棄のためだと、セドリック様のご命令でつけていたけど、昨日取り上げられてしまったわ」

 「それは残念です。あの眼鏡をかけたあなたは、とても素敵だったのに」

 「トーマス」

 冷たい声を出した主に、トーマスは笑って肩をすくめて見せた。

 「失礼しました。でも、僕の理想なんです、眼鏡に雀斑の女性は。どうしても、初恋の女性を思い出してしまう」

 「あざとっ」

 「あざといですね」

 グレゴリーが顔を顰めた。大体においてトーマスは商人根性が沁みついているのか、したたかで抜け目がない。

 「そんな、ただマザコンなだけです」

 しれっと言った後、トーマスはそっと微笑んだ。

 「ヴァイオレット。アーカーソン家は誰でも構わないぞ」

 再び新聞を読んでいたヴィクトールが、すっかり冷めたお茶を飲んだ後にそう言った。


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