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薔薇とすみれ  作者: うばたま
本編
12/23

ある親子


 エイベル・セドリック・グレネルの前に、ケイン一世はもはや隠しようもないほど動揺していた。

 「お、お前がセドリックだとして、しかし、お前や前王妃を余が殺したとはどういうことだ!」

 王は自分が前王妃やセドリックを殺したことは、否定するつもりのようだ。しかし、セドリックは不敵に笑った。

 「あの時のことは今も覚えていますよ、叔父上。あの日、母と僕はお茶を飲んでいました。あの頃の僕たちは、お茶を飲むのも一苦労でしたよ。常に毒殺の危険がありましたからね。もう誰のことも信用できなくて、母は僕のためにストーブでお湯を沸かしてくれました。料理のほとんども、ただ一人信頼できる女官長がストーブでスープを作ってくれていました。食材は、僕の友人たちがこっそり持ってきてくれていたんです」

 彼の言葉に、ラドクリフとグレゴリーが頷いた。ヴァイオレットもよく覚えている。あの頃のセドリックは食べる物にも困っていた。誰よりも飢える必要のない身分であったはずなのに。

 「その日は友人たちがお菓子を持って来てくれた日でした。友人たちが帰った後、彼らが持ってきてくれたお菓子の余りを僕と母が分けようとしていた時、女官長が茶葉をくれたのです。母は喜んでお茶を淹れ、女官長は僕のためにたっぷりと砂糖を入れてくれました。その甘い甘いお茶を僕は飲みました。女官長は毒見だと先に飲んでくれました。そうして、あの悲劇は起こりました」

 彼はそう言って目を閉じた。忌まわしい記憶は、できることなら掘り起こしたくはない。けれど、戦うと彼は決めたのだ。

 「最初に倒れたのは女官長でした。彼女は苦しそうにうずくまり、そして次に母が。二人とも、顔が真っ赤になって、息ができないのか苦しそうに首を掻きむしっていました。二人を助けたかったのに、何もできなかった。苦しむ二人を前に、幼い僕はあまりに役立たずでした。そして、そのくせ僕は、なぜか平気なままなのです。息苦しくもないし、普通に立っていられた。その理由は、後からわかるのですが」

 ヴァイオレットは、幼馴染の痛ましい過去に、そっと目を伏せた。ある程度のことは知っていたが、彼の口から聞かされるのは初めてだった。

 「僕が母の名を必死で叫んでいると、カーライル侯爵が部屋に飛び込んできました。あの頃、カーライル侯爵とアーカーソン侯爵、ヒースコート伯爵のお三方が交代で僕たちの近くにいてくれたのです。誰が叔父の息がかかっているかわからないという状況だったので、彼らだけが僕たちを守ってくれていたのです」

 名前を呼ばれた三名は、わずかに礼を取った。忠実なる臣下たちに目を細め、セドリックはさらに続けた。

 「とうとう、女官長が泡を噴きながら、息絶えました。彼女の体からは、杏のような、アーモンドのような、お菓子のような甘い匂いがしました。それを認めた瞬間、カーライル侯爵は何が起こったのか悟ったのです」

 「あれは間違いなく苦扁桃の毒。摂取した者はめまいや嘔吐に苦しみつつ、最後は呼吸ができなくなって死ぬ。おそらくは、お茶にそれが含まれていたのでしょう。そうして、毒を入れたのは女官長。目の前で毒見までしてくれた彼女を疑うことなく、お二人は毒入りのお茶を飲まれた」

 王子に続くように言ったカーライル侯爵は、そっと目を伏せた。

 「な、ならば!その女官長の仕業ではないか!余は関与しておらん!」

 「いいえ」

 セドリックが、ここに来て初めて叔父を睨みつけた。強い強い憎悪のこもった視線をぶつけた。透き通るような青が、氷を連想させる冷たいものに変貌し、今まで柔和な印象しか与えなかった彼の瞳が、一瞬で怨嗟の宿る狂気じみた瞳に変わったのだ。ぶつけられたケイン一世だけでなく、周囲の貴族も、慄き言葉を失った。

 「女官長は人質を取られていた。彼女は貧しい男爵家の出で、家族を養うために、結婚も諦めて王宮に長らく仕えていました。そんな彼女ですが、彼女には心密かに愛する男がいたのです。男は平民でありましたが、仕事は真面目で上からの信頼も篤く、彼に世話された馬はみなすこぶる調子がよく健康で、父も愛馬を彼に任せていた」

 「それは……」

 貴族たちの中の数人が、はっと顔を上げた。彼らは思い出したのだ。過去に、王の愛馬の世話を任されていた馬番の男を。王の落馬の責任を取らされ、無実を訴えながらも縛り首にされた、哀れな男を。

 「彼はだいぶ前に妻を亡くしており、息子と二人でつつましく生きていました。彼は謂れのない罪で裁判にかけられることもなく殺され、そんな彼が残した息子は、身寄りがなかった。彼女は、どうにかその息子を助けたかったのでしょう。許されるなら、自分が母になれたかもしれない、その少年を」

 ヴァイオレットはそっと顔を上げた。そして、少し離れた場所にいる少年を、今はある商人の家に養子に入り、恨みや悲しみを必死で押し殺して、十年もの歳月を過ごしてきた彼、トーマス・トレヴァーを見た。

 彼は唇を噛みしめ、糾弾される王を睨みつけている。その拳は固く握られ、わずかに震えていた。

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